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1 異世界へ


『小説を書いていますが、ハイファンタジーで人気の出る異世界チートの設定で悩んでます。アドバイスをください。』


 そんな掲示板のスレッドには、平和な書き込みが溢れる。


『スマホ持込。スライムになる。女奴隷を買う。全種魔法属性。究極ポーション作成。万能テイム。無尽蔵魔力。不死身。・・・。』



 だが、それを良しとしない男がいた。

 デブでプロニートの俺、雄山(おやま)正男(まさお)だ。


「は!!笑える。本質を隠すな。お前ら、欲望に正直になれよ。ハイファンタジーの必須条件はチートでは無い、《美少女》だ。ブスな嫁が出てくる最強チートなんて読みたいヤツいるのか?はい、論破。」


 カチャカチャカチャ、ターンッ!!



 沸騰したヤカンのように顔を真っ赤にし、キーボードをクラッシュする勢いで叩き込み ほのぼのした掲示板をマジレスで一刀両断。素人さんを黙らせてやったぜ。


 彼は、敵を撃滅した僅かな高揚感の後に、何時ものように訪れる倦怠感や喪失感に漠然とした不安といった負の感情に苛まれていた。


「クソッたれ!あー どいつもこいつも つまらねー。」


 ため息を吐く。

 ぽっかりと心に穴が空いたような。そういえば、ここ数年は心が休まった日が記憶に無いような気がする。最後に平穏を感じたのは何時だろうか、考えてみるものの全く思いだせない。


 挫折と厳しい社会の目が、優しかった彼を捻くれたゴミ野郎に貶めていた。


「アンハッピーバースデー俺 死にてえ。」


 そんな社会のゴミが、本日、記念すべき30才の誕生日を閉塞した牢屋のような自室で迎えた。と、ここまでならよくある話だ。



 ただ、少しだけその日はいつもと違った。


 暇を弄ぶ混沌神(クトゥルフ)が、そんなゴミ野郎の話を聞きつけた。まるで壊してもいいおもちゃを見つけたかのように邪悪に笑う。くひひ。この気まぐれが彼の人生を大きく変える事になる。


 童貞で30歳を迎えた深夜4時。正男は、そのような事も知らず何時ものようにネット巡回業務に勤しんでいた。


 くだらない。

 非生産的な。

 その日もいつもと変わらない死んだような1日になる予定だった。


 そんなクソみたいな日常を変えたのは、脳内に直接響く耳を塞ぎたくなるようなダミ声。


『くひひ、俺様は混沌神(クトゥルフ)だ。お前は、30才なのにまだ童貞で、しかも10年以上も部屋から出てないらしいな。ひぃひぃひっ、実に可哀相だあ。だからあ優しくて偉大なる俺様が、20分だけ魔法使いにしてやるよ。お前さあ、ネットじゃいつもマジレスしてるんだってな?ほら何が出来るの?ほら見せてみろ。ひひひ。せいぜい楽しませてくれ。』


 ふざんけんな!って思うのが普通だろうな。だが、俺は普通にすらなれなかったゴミだ。イカれてた俺はむしろ喜んだ。

 チャンスを掴む。人間としての尊厳を失って久しい。反面、プライドだけは肥大化しているがそれを抑え込んで耐える。なにせ独房で10年間耐えられる我慢強い男だ。耐えられない事など、もはや何も無い。


 だから、変えてくれ。この現実を。



 この時、彼は停滞した人生で実に10年ぶりに変化を選んだ。


 魔法を使え。

 タイムリミットは、わずか20分。


 俺の人生最後の逆転チャンス。



 選んだ奇跡の魔法は、《異世界転生》という、ありふれた魔法だった。それだけでいいと彼は心から願った。


「時は来た!!」


 力の限り 喉を枯らして叫ぶ。


「この世界からは、おさらばだ!貴重な俺という人材を粗末に扱い、失った事を後悔するがいい!引き止めても無駄だ。俺の物語は始まるっ。異世界転生ぇぇぇ。」


 10年間。1日も休まなかった自宅警備の職場を、その日放棄した。


 湧き上がる衝動に身を任せて、封印された部屋の扉を蹴破る。勢いに任せて転がるように自由な外の世界へ駆け出す正男。玄関に彼の靴なんてすでに無かったが、構うもんかと裸足でアスファルトを蹴る。

 ざらついたアスファルトで足が傷つくのは恐れない。心はもっと傷ついている。魂から血が流れてるんだ。

 もう!社会のルールや常識には縛られない。隷属の軛から解き放たれ、赤い光に向かって闘牛のように全力で駆け出す男。心臓が躍動し鬱屈したパワーを解き放て!


 彼は、信号機という赤い光に向かって夏の虫のように飛び込んだ。



 そして今、自宅前の交差点で見事!転生トラックに轢かれて、転生の間にいるのであった。

 白い何も無い部屋。選ばれし者だけが入れる あの部屋だ。


「ははは、本当に人生が変わり始めた。」


 期待感にふるふると身体が震える。

 身体が感じた事のない充実感で満たされていく。


「やった。ついにやった。」


 溢れるのは万感の想い。自宅という社会という牢獄を脱獄した。

 自由という甘美なる味を噛み締める。



 しばらく待ってると正男の眼前にいる白い髭を生やした神が現れて、地球人にお約束の願いを退屈そうに問うてきた。神は、この質問に飽き飽きしていた。


「して、お主は何の異能を望む?」


 その問いに対し、彼は即答する。なろう小説を精読した結果、ファンタジーの必須条件は分かっていた。必要なのは強さでは無いと。

 弱くてもいい。だからっ!


「俺の望みは1つだけだ。世の中、女だけで良い。ハーレムを!美少女ハーレムを寄越せ!」


 正男の魂の叫びに、神は目を丸くする。気持ちいいほどストレートな感情が神の胸を撃つ。日々の暮らしに退屈していた神は300年ぶりに豪快に笑い、その願いを了承した。


「フハハ、逸材じゃ。退屈せぬ。良いだろう。その願い、叶えてしんぜよぉぉ!!」


 興奮したヒゲもじゃの耄碌した神に、バン!と背中を強く叩かれ、異世界ゲートへ押し込まれる。


 期待しているぞと。


 勘違いジジイ神により、願いは歪に変質していたが彼だけのチート異能。絶対美少女化(ハーレム)を獲得し、異世界の魔境へと、転移した。


 物語は始まる。



 湿った空気。生々しい木々。打ち捨てられた杉林と違う生きた森。日本と違うのは、木がうねうねと文字どおり動いている。


「うおっとと、痛ぇーな。何処だ?ここは。密度の高い原生林か。しかし、神なら靴ぐらいサービスでくれれば良いのに。」


 鬱蒼とした森に、急に現れたゲートからジャージ姿で裸足の正男が現れた。素足でふわふわとした一面に広がる苔の上に舞い降りた無闇な天才。ラノベ主人公よろしく、ご都合主義な場所へと転移する。


「ちっ、転生じゃなくて転移かよ。しけてるな。かぁー、太ったままかよ。しかし、社会のゴミから成り上がるならこれも悪くない逆境か。そうだな。それなら今日から、ダストと名乗るか。」


 長年の不摂生から弛んだ腹をつまみ、文句を言いながらもニヤニヤは、とまらない。だって、ここは異世界!ハーレムは約束されてるのだから。勝ち組人生キター。


名前:ダスト

種族:人間(おっさん)

能力:かなり弱い

異能:絶対美少女化(ハーレム)[神R]

装備:異世界の服(ジャージ)[R]

弱点:裸足


 異世界デビューしました。

 どんどん美少女を捕まえてハーレムを作ってください。


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