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怪我 ハイル×リーファ

 にゃんにゃんにゃんの日ですが、猫は何の関係もありません。

 まだ成人を迎えるより少し前のこと。


「ぃっ…!」


 読んでいた本のページをめくるのに失敗して、薄く切ってしまった指先に赤い筋ができる。久々にやってしまったこの感覚に落胆のため息をつきながら、どうしようかと部屋の中を見回して。ふと、大きく目を見開きながらこちらを見ているハイルと目が合う。その顔は驚きの表情のまま微動だにしない。その様子に何事かと声をかけようとした、次の瞬間。ゆらり、と。不自然な動作で立ち上がったハイルの顔が、一瞬その闇色の髪で隠れたかと思えば。次にこちらを見てきたその瞳は、紅に染まっていた。


「ハ、イル…?」


 何事かと思う私のもとに、ゆっくりと近づいてくるその美貌からは表情が抜け落ちていて。ちらりとその口から白い牙が覗いているのを見て、今度はこちらが驚いた。見た目もだけれど、この状態になってここまで感情が一切見えない姿など初めてで。思わず心配になって手を伸ばし、そこで怪我をした指先が目に映りようやく理解した。この血のせいだ、と。

 慌てて手を引っ込めようとして、けれど間に合わずに腕を掴まれる。もう片方の手で怪我をした指だけを伸ばすように掴み、その先へとゆっくりと顔を近づけてきて。


「だ、ダメよハイルっ…!!」


 思わず、叫んでしまっていた。彼が色々なものを必死で抑えていることをついこの間知ったばかりなのに、こんなことでそれを台無しにしてしまいたくなかった。本能に従うかのように口を開けたハイルの、その赤く艶かしい舌が見えて。あぁ、もうだめなのかと思ったその瞬間。ふわりと指先が優しい光に包まれた。


「……ぇ…?」


 何が起きたのか分からずにいる私の目の前で、そのまま崩れ落ちたハイルは床に膝をついて長いすに肘をかけ、大きく息をついている。指先の傷は、きれいさっぱりなくなっていたけれど。


「っ…!!」

「……ハイル…?」


 どうしたのかと声をかければ、俯いたままのハイルから絞り出したような声が聞こえてきた。


「お願い、ですから…血を流すようなことは、しないで下さい…」


 落ち着いてから聞いたのは、突然の甘い匂いに驚いたハイルが私の血を見た途端、何の制御も効かなくなったのだという事実。まだ成人前だからこそ寸前で何とかなったものの、次はどうなるか分からないし成人すればさらに甘い匂いが強くなり今度こそ抑えられないだろうとのこと。本を読むのは構わないけれど、怪我だけはしないで下さいと懇願された私は、この日からページをめくる度に無意識下でも慎重に、怪我をしないように気を付けるようになった。




 ~side ハイル~


 毎日のように執務室にリーファが訪れてくれるようになり、いつものようにキリのいいところまで仕事を終わらせてしまおうとしていた時。ふと、小さなリーファの声が聞こえて。何事かと顔を上げた途端、鼻をくすぐる甘い匂い。抗いがたいほどの何かを覚えて驚いてリーファを見れば、彼女の見つめる先、その白く細い指の先。鮮やかな赤が、ひとすじ。

 私が覚えていられたのはそこまでだった。リーファの焦ったような声に我に返った時、私は強すぎる誘惑に耐えきれず、ふらりとリーファに近づいてその指先を口に含もうとしていた。

 危なかったと、思う。咄嗟に傷を癒して事なきを得たが、もしもあの時リーファが声をかけてくれていなかったら、そのまま僅かとはいえ唯一の血を舐めとっていただろうから。


 正直、成人前の血の匂いでこうなってしまっていては、彼女が成人した後が不安で仕方がない。満月の夜は唯一を求めて餓えた獣のようになるという一文を昔見たことがあるが、今回のようなことがあってはあながち誇張でもなんでもない、むしろそれこそが真実なのではないかと思ってしまったからだ。

 これは早急に、彼女が成人するより先に何とかしなければと用意を始めて念には念を入れるようになったのは、もはや致し方ないことだったのだろう。


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