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第二話 人ならざる者とゴミ

そこはゴミ捨て場であった。ハエがたかり、蛆も沸いている。

とても生きている動物が出入りする場所とは思えない。実際、ここにはゴミを捨てに来る人間以外はほとんど生きている動物はいなかった。

 足音が聞こえた。加えて何かを引きずる音も。

 やがてその音はゴミ捨て場の前で止まる。

「ふー、よっこらせっと。ここでいいんだよな……よし」

 どさりと何かが投げてよこされた。

 地面にあった肉のかけらと蛆が潰れ、異臭を漂わせる。

「うえっぷ。いくら使えない奴隷を処分するにしても、ここには二度と来たくないな」

 声の主は早々に立ち去っていく。残ったのは投げ擦れられたゴミ。

それと、一部始終を見ていた人ならざる者である。

 人ならざる者。彼こそが、のちに魔王と恐れられ、勇者に倒される運命を背負った者だ。

 人ならざる者は擦れられたゴミに近寄る。

 ゴミの硬い首筋に手を当てる。次は僅かに膨らんだ胸に耳を当ててみた。最後に、暗い口が息をしているのを確認した。

 どうやら、このゴミはまだ生きているようだ。

 やがて、ゴミは目覚めた。

「うぷ」

 吐いた。この場の臭気と見た目のおぞましさに、胃液をまき散らす。

 人ならざる者はそれを見ていた。ゴミもそれに気づいた。

 ゴミは最初、彼を恐れた。逃げようとした。けれど、食べ物を食べていない、加えて傷だらけの体は言うことを聞かず、動くことが出来ない。

 人ならざる者はその姿に哀れだと思った。自分のことよりも、その人間の形をしたゴミが哀れだと思った。

 人ならざる者は、震えているゴミに昔話を語って見せた。

 それは、人ならざる者がまだ人だった頃。ほんの数年前のお話。

 名前はなかった。父や母のことは知らない。幼い頃に売られたからだ。

奴隷である。

 だが、彼は異常であった。手枷をいとも簡単に壊すのだ。それだけではない。全身に鎖を巻こうと、大人数人で取り押さえようと、彼を抑え込むことは出来なかった。

 彼はあまりにも強大な力を持っていた。

 強大な力とは、人々から崇められる。だが、強大な過ぎる力は、人々から突き放される。

 彼は強大過ぎた。

 王都の整備された石畳も、鋼の防具も、力を加えるだけでひびが入る。堅牢な牢屋も赤子を捻るがごとく捻じ曲げる。

彼は恐れられた。

 しかし、彼は魔法を知らなかった。魔法は幼い彼を傷つけた。そして、彼をこのごみ捨て場へと閉じ込めたのだ。

 語り終わると、ゴミの震えはさっきとは別の意味になっていた。

泣いている。

しばらく泣いてから、ゴミも自分のことを話し出した。

ゴミも奴隷であった。けれど、普通の奴隷とは違い、主に暴力を振るわれる人形のような扱いである。

 人々は穢れているとその体に直接触れることはなく、石を投げつけたり、棒で殴るのだ。

 ゴミは動けなくなっていた。それを死んでいると思われここに捨てられたのだ。

 人ならざる者の瞳から光るものが零れた。

 ゴミは、人ならざる者の過去を哀れみ泣いた。人ならざる者は心優しきゴミの境遇を想い、泣いた。

 二人には奇妙な絆が生まれた。

 ゴミも名前を持っていなかった。女と呼ばれていたそうだ。

 名無し同士、互いのことを男、女と呼ぶようになった。

 人ならざる者は女の体が治るように、ごみの中からいろいろと探し出した。

 ここで数年暮らしていれば、当然のことである。

 寝る間も惜しんで、人ならざる者は女を看病した。

 そのかいあってか、女は動けるようになっていた。

 しばらくたったある日、女は人ならざる者に言った。

「こことは違う場所に行ってみない」

「俺は、ここから出られない」

 人ならざる者の数年ぶりに出した声はひどくしわがれ、老人のようだった。

「今の貴方なら大丈夫」

 女はそう言って、人ならざる者をゴミ捨て場入り口へと連れて行った。

 女には分かった。ここに人ならざる者を縛っているのは魔法ではなく、思い込みだと。

 人ならざる者は女の顔を見た。その顔は綺麗ではない。汚れ、乱れた髪は汚いし、ひどく瘦けた頬にはそばかすが見える。

 女は微笑んだ。

 その美しい笑みを胸に、彼は踏み出す。

 見上げた空は青かった。

 隣では、女が微笑んでいる。

 彼はその時、自由を手に入れたのだ。

 二人は旅をすることにした。。

 旅先で罵倒され、ひどい目に遭うこともあった。けれど、その度に彼は女を庇った。

 抵抗はほとんどしなかった。女が危ない時だけ、その力を奮った。

 女は彼の力を知っても、恐れはしない。崇めもしない。ただ、共にいてくれた。

 旅を続けるほど、女は良く笑うようになった。彼にはその笑顔がとても愛おしく、かけがえのない大切なものであった。

 この笑顔を守るためならば、なんだってやろう。

 この力はきっとそのためにあるのだ。

 いつの間にか、人ならざる者は人になっていた。

 それは、幸せ、そう言っていいだろう。

 だが、その幸せとは死と隣り合わせである。

 最近、勇者という人が魔を退治しているらしい。それに便乗し、村々では魔女狩りなるものが行われることがあった。

 小さな悪でも、村の皆が賛成すれば火炙りにするのである。

 その日、一つの村が滅んだ。

 五分にも満たない僅かな時間で、二人を残し全てがなくなった。

 更地となった大地で、彼と女は呆然としている。

 彼はここまでやる必要はなかった。だが、大切な女が火炙りになりそうなときに力を制御するというのが無理な話。それも、旅人で汚いからという理由でだ。

 女は謝った。

「こんなことになってごめんなさい。私が、捕まらなければ……でも、ありがとう」

 彼は女と共に、その場を去った。

 その様子を見ていた者がいたとは知らずに。


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