序章
初めて投稿するので試しとして常道の異世界ものをベースにさくさくと話を進めてさくさくと終わらせてみたいと思います。
よろしくお付き合い願います。
◆序章
古来より受け継がれし石造りの街並み、その賑々しい街角のとある3階建て屋敷最上階の一室。
そこでまさに今、老研究者が生を終えようとしている。
一日の殆どを窓際の柔椅子に腰掛け微睡の中で過ごし、時折り訪れる息子夫婦や孫にポツポツと返答するだけの日課が暫し続いていたが、今やそれさえも意識から追いやられようとしていた。
「あ〜、ラギールだ!」
唐突な声が上がり、老研究者は自分の脇に孫の存在を認識する。そして気怠げに何時ものようにポツポツと返答をする。
「ラギー…ル?」
「うん、前に言っただろ? 僕達をいつも助けてくれる“親切な見習い軍人”だよ! 今回の遠征にも行くみたいだ。行軍の真ん中にいる」
孫の流れるような言葉に“親切な見習い軍人”について老研究者も思い至る。落し物を一緒に探してくれた。川に落ちて溺れかけた友達を助けてくれた。いなくなった猫を見つけてきてくれた。道端で子供が生まれそうになったお向かいの奥さんを病院に連れて行ってくれた…枚挙に暇のない程に健全で善人な人物像を思い出す。
「ああ。…今回の戦は…何処と…だった…かな…?」
そんな善人でも戦には駆り出される無常さに心を痛めるも、相手によっては生還の可能性は低くない。なにせ彼はまだ“見習い”なのだから。
「えっと、確か、ヒラギヌ共国!」
孫の言葉によって“親切な見習い軍人”の生還の目途はなくなった。
「……そうか…」
返事を零し失望の念を覚えると、老研究者は身体からがっくりと力が抜け、怠さが何倍にも増したような感覚を覚える。更に抗い難い眠気が急速に襲って来るのを感じた。
(ああ…身体が……重い………本当に……………眠い…………………………)
ふと気づくと老研究者は意識だけの世界に居た。説明されるまでもなく自分には身体がないのだと、理解した。視界のない精神体である状況を認識し、更に思考を進めようとした刹那、上方からと思われる神々しい声にその先を遮られる。
「国益興隆研究者ラルオ・マーキン 満82歳 老衰」
思考を止めたラルオに追い打ちを掛けるように次々といくつかの声が降り注いでくる。しかもすべての声に神々しさが溢れており、姿勢を正すような気持ちで聞き入るしか成す術はなかった。
「功績 子孫継続」
「功績 彼の国とその隣国ダミキラム帝国との講和への尽力」
「功績 彼の国の交易交通機関整備への尽力」
「功績 彼の国の給水質向上設備建設への尽力」
「功績 彼の国の排水浄化設備建設への尽力」
「功績 彼の国の各種組合設立及び執政者との橋渡し」
「罪過 概ねなし」
声が途切れ、一息付くような雰囲気の後、声がラルオ自身へと向いた。
「さて、国益興隆研究者ラルオ・マーキン」
「はい」
とっさに返事を返し、自分が言葉を話せる事に驚愕しつつも相手の次の言葉を待つ。
「察しはついてるかもしれんが、主の生は潰えた」
「……はい」
ここからは一つの声が代表するようだ。
「主は我らの世界に貢献したので最後に報いたいと我らは考えている」
「――報い?」
「我らの世界に貢献してくれた礼だ。何か希望はあるか?」
先程から“我らの世界”と重ねているからにはやはり彼らは神という立場のものなのだろうか? しかしラルオは疑問を口にはせずに掛けられた言葉の内容を反芻した。
(希望……特に思い浮かばない。ならば家族の平穏でも願おうか……)
孫の顔を思い浮かべ、引き摺られるように意識に“親切な見習い軍人”が現れる。
「あ! ラギールという青年を助けてください」
「ラギール?」
「我が国の見習い軍人です。今時珍しい好青年なのですが此度の遠征に参加しておるので……」
「なるほど……誰か分かるか?」
「こちらが。見習い軍人ラギール・ラセナ 満20歳。ヒラギヌ共国との戦により失命予定」
ラルオがその声の内容にはっとすると元の声が続けた。
「国益興隆研究者ラルオ・マーキン、残念ながら我らの世界で失命予定の者を延命は出来ぬ。そんなことをしては我らの世界の秩序が崩れてしまうでな」
ラルオは失望を感じたが、それに沈み込む前にある事に気づいた。
「――“我らの世界”ではなかったら? あなた方の云う“我らの世界”の範疇に入らない世界にだったら延命させられるのですか?」
「それは可能だ。ただし他の世界にも神々がおるので彼らにとっても関わりのない世界――すべての神々に見放された神の居ない世界であればだが」
「すべての神々に見放された世界……そのような世界が存在するのですか?」
「ある。神を信じる者の居ない世界だ。我らは精神体なので物質世界には直接干渉出来ない。だから身体ある信者を媒介に力を発揮するのだ。そしてこの媒介は神を信じる者にしか出来ない。神を信じる者が居ないということは神の力を行使出来ない世界であるということ。それでは我らには居る意味もない。従ってすべての神々は退去する。我らはそういう世界を“縁無き世界”と呼称しておる」
「ならばその世界にラギールを。そして出来るならば彼に身を守る術をお与えください」
「ふむ……皆は如何ように?」
代表としてラルオに声を掛けていた声の主は少し考え込むと周囲の神々にも判断を仰いだ。
「おもしろい」
「興味深い」
「守る術なら我の神力を複写そう」
「おもしろい。我も少し神力を複写そう」
「我は見習い軍人ラギール・ラセナが“縁無き世界”で神力をどう使うのか興味あるわ」
「“縁無き世界”で神の力が行使されるのが見れるなら我も神力を複写させよう」
「どうせなら我ら皆の神力を複写して見習い軍人ラギール・ラセナに“縁無き世界”を導かせればいい」
「おお、それは大変興味深い」
「しかし本人の意思なきままに彼の者の役割を決めるのは如何なものか」
ごちゃごちゃと言葉が行き交っていたが大筋のところを拾うとラギールの延命に対しては概ね前向きに考慮されているようだった。
とはいえ、ラルオは孫の恩人であり憧れであるラギールが若くして失命するのが惜しくて、長生きできるようにと願っていただけなのに途中から何か違う方向に行く話を取り留めもなく聞いていた。何だか途轍もなく大事になってきているような気がするのは気のせいか。内心冷や汗ものであるが、彼らの話し合いに割って入ることは出来なかった。
「見習い軍人ラギール・ラセナ 満20歳。ヒラギヌ共国との戦により戦死」
「功績 彼の国の住人に対する篤い情の数々」
「功罪 子孫非継続」
声が途切れ、一息付くような雰囲気の後、声がラギールへと向いた。
「さて、見習い軍人ラギール・ラセナ」
「はい」
「察しはついてるかもしれんが、主の生は潰えた」
既視感のある流れを前にラルオは恐縮した気分で静かにしていた。本当ならここに居ないはずのラルオだが、神々の代表者に最後まで見届ける(聞き届ける)のが筋だと言われたのだ。
「……はい」
無念そうなラギールの声に神々の代表者は続ける。
「本来ならば主はこのまま転生の手続きに入るのだが、国益興隆研究者ラルオ・マーキンの希望により主にはこの先“縁無き世界”での生を与える」
「は?」
驚愕するラギールを尻目に神々しい声が周囲に響く。
「先程、国益興隆研究者ラルオ・マーキンが老衰にて死亡し、彼の者の功績により報いを所望させた。彼の者の希望は主の延命であったので我ら談合の基、主の身体は回収して治癒の後、延命した主が生きられる世界“縁無き世界”に送り込むことになった。」
「えっ…と。身体を回収? え? 国益興隆研究者ラルオ・マーキンってあの賢人ラルオ・マーキン? なぜ俺を知ってるんでしょう? といいますか、“縁無き世界”って何ですか?」
「主は戦の最中に死亡したので身体が発見されなくてもあまり気にされないだろうでの。でじゃ、国益興隆研究者ラルオ・マーキンについては、主のことを孫の恩人だと言っておった」
「孫…ですか?」
訝しげなラギールに別の声が降ってきた。
「国益興隆研究者ラルオ・マーキンが孫サラディ・マーキンだ」
「サラディ・マーキン……あっ、あのサラディ? ラルオ・マーキンの孫だったのか」
「そして“縁無き世界”とは即ち“神の存在しない世界”である」
元の代表者が言葉を繋ぐ。
「“神の存在しない世界”? どういう世界ですか?」
「我ら神々を信じる者が存在しない世界だ。我らの世界のみならず神の存在する世界にはそれぞれの秩序があるのでな、その秩序に影響しない世界を探すと神のいない世界しかないのだ。神にとって縁のない世界なのでこれらを“縁無き世界”と呼称しておる」
「なるほど……で、その世界で俺はどうすれば?」
「好きに生きればよい。身を守る術として我らの神力を複写して送り出すので身の安全は保障しよう」
「好きに…ですか」
代表者は戸惑うラギールに更に言を浴びせる。
「我らが複写した神力を使って“縁無き世界”の秩序を作り上げようが、どこかの田舎町で何もせず静かに何十年かの余生を過ごそうが主の自由だ」
「えーと、その世界で俺が死ぬとどうなるので?」
「その世界の秩序はその世界の神が創り上げるもの。“縁無き世界”には神がいない。死後の魂はそのままの世界で再誕するのか、無秩序に数多ある周囲の世界に吸い寄せられるのか……主が死後どうなるかは誰にも分からぬ。我らにもな。だが、もし主が神力を使い生あるうちにその世界に秩序を作り世界の住人から神だと認められたならば、死後は主がその世界の神……つまり我らと同様の存在ということになるだろう。更に言えばその時には“主の世界”が誕生し“縁無き世界”が一つ減るのだ」
「んーと、俺がこれから行く世界の為にも出来るなら秩序を作り上げた方がいいみたいですけど……独りでやるのはちょっと無理な気が……」
「ならば随伴者を付けよう」
ラルオは代表者のその声が微妙に楽しそうな声になったのに気づいた。
「随伴者ですか?」
「ああ、国益興隆研究者ラルオ・マーキンを」
「えぇ!?」
「は!?」
ラギールの驚きを余所に思わず声を上げたラルオは続けて言を発していた。
「わたしは既に老衰で生を終えております。その老体を動かすこと能わずではないでしょうか?」
「そうであろうの。我らもそれは解っておる。だからの、主の精神のみを“縁無き世界”に遣り、身体自体は見習い軍人ラギール・ラセナに用意させるで」
「どういう……ことですか?」
「見習い軍人ラギール・ラセナには我らの神力を複写す。これにはもちろん生死を支配する能力もある。精神だけの存在を人として誕生させることなど造作もない。更に誕生させた赤子を自由に成長させることも出来る。まあ、あまり不自然な急成長は当人にとって良くないので多くても5〜6年程度にした方がいいがな」
ラルオが唖然とした隙にラギールが問を奪う。
「つまり、賢人ラルオ・マーキンの精神を俺の行く世界で5〜6歳の人間の子供として創り上げろと?」
「そういうことだな。なに記憶はそのままにしておけば見た目は子供でも老成した意見を呉れるだろうて」
その時何か言わなければと気を取り直したラルオの口を別の神々しい声が遮った。
「それにこれは国益興隆研究者ラルオ・マーキンの希望を叶えるためだ。もちろん本人にも最後まで見届ける責任があるだろう」
ここに至ってラギールの審判の場に自分を同席させた理由に思い至り、嵌められたラルオにはもう言葉もなかった。そこでラルオは一つだけ希望をラギールに告げると、ラギールと神々の話が尽き、それぞれの神力を複写していく過程を聞き流していた。最後に彼らはラルオの精神を魂玉と呼ばれるものに封じ込めると宣告し、それを最後にラルオのこの世界での意識は途切れることとなった。
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