わがままアリスと愉快な盗賊たち 2
木造の小屋の中で、一人の少女と三人の盗賊がテーブルを挟んで向かい合っていました。テーブルにはそこそこに豪華な料理が並んでいます。しかし少女はそんなものには目もくれず、ただ盗賊たちを不機嫌そうに見ています。
対する盗賊たちはと言うと、帽子をかぶった男は何やら怒っており、兎足の男は何やら思案顔で、さきほど森で眠っていた男は今も眠っています。
「……そろそろ話してもらってもいいかしら」
アリスが不機嫌そうに言いました。騎士たちが逃げ出した後、アリスは盗賊たちの隠れ家に招待されたのでした。兎足の男は粗雑な言葉遣いながらも態度は紳士的だったので、アリスはとりあえず付いてきたのです。そしてすぐに料理を出されたのですが、アリスは何も言わず料理にも手を付けず、盗賊たちも似たようなものでずっと沈黙が続いていたのでした。
「ええっと、何を話せばいいんだ?」
兎足の男が言いました。
「……なにかしらね?」
アリスは自分で言っておきながら、何を聞きたいのか自分でも分かっていないようです。
「……とりあえず、自己紹介でもしてもらおうかしら」
なぜか偉そうなアリス。そんな彼女に特に気分を害するでもなく、兎足の男は自己紹介をしました。
「俺はアラスター。わけあって盗賊をしている」
「盗賊じゃない。義賊だ」
「え?」
アリスは目をぱちくりとして、周囲を見渡します。アラスターと名乗った兎足の男が自分たちを盗賊と言った後に、聞いたことのない声が聞こえてきたからです。その声は美声と言えるものでした。
アリスはきょろきょろと辺りを視ました。そしてその視点は、さっきからずっと眠っている男に固定されました。
「起きてるの?」
「おい、やめとけ。そいつは死んでるぞ」
深刻そうな顔をして帽子の男が忠告してきますが、アリスはもう取り合いません。
「ちょっと、寝てないで何か言いなさいよ」
「死体が話すわけないだろう! 馬鹿も休み休み言え!」
「誰が死んでるもんか」
またさきほどの美声が聞こえてきました。アリスの目はしっかりと眠っている男の顔を見ていましたが、その口が動いた様子はありませんでした。
「……ちょっとかっこいいわね」
先ほどは気付きませんでしたが、眠っている男は中々の美男でした。
兎足の男が咳払いをしました。
「あー、そいつの名前はクリス。分かってると思うがちゃんと生きてる。ただ極度の人見知りでな。いつもこうやって眠りながら行動してるんだ」
それを聞いてアリスは首を傾げました。
「眠りながらどうやって動くの?」
「魔法さ。こいつは中々の使い手でな。なんでも本人の感覚としては、眠っている間は自分の体を遠隔操作している感じらしい」
「へえ。変わったことしてるのね」
そう言って、アリスはクリスと呼ばれた眠っている男から目を離しました。そして帽子の男に目を向けます。
「……そいつはロバート。狂ってる」
「ええ、見れば分かるわ」
「うん? 俺か? おい、アラスター。何度言えば分かるんだ。俺は狂ってなどいない!」
「自分のことは自分では見えないものなのね」
その言葉に反応して、ロバートと呼ばれた帽子の男はアリスを見ました。
「鏡も無いのに自分で自分が見えるわけないだろう。馬鹿じゃないのか」
「もう!」
アリスが悔しそうにテーブルをガンガン叩きます。兎足の男は苦笑してその光景を眺めていました。
「さて、俺達の紹介は終わった。次は嬢ちゃんの番だな」
アリスが落ち着いてから、兎足の男が言いました。
「わたし? わたしはアリスよ。それ以外の何者でもないわ」
アリスは立ち上がって、胸を張って言い放ちました。
「その物言いからすると、どっかの貴族の娘か?」
そう訊かれて、アリスは答えに詰まりました。取り敢えずまた席に着き、適当に誤魔化そうと試みました。
「え、ええ。まあそんな感じよ」
「貴族の娘がなんでこんな所に?」
兎足の男の疑問は最もでした。
全てを自己完結させることを是とする貴族は普通、ほとんど自分の住処から出ることはありません。基本的に貴族は魔法の研究に勤しんでいるからです。
「そ、それはあれよ! わたしには経験が必要だったのよ!」
アリスは王族だとばれなければそれでいいと考えました。ですから、目的に関しては本当のことを言ったのです。
「冒険でもしたかったと?」
「そうよ」
「それにしちゃあ嬢ちゃん、準備がなってねえんじゃねえか?」
「え?」
「だってそんな服装じゃ動きにくいだろ」
アリスは指摘された自分の服を見ました。フリルのたくさんついた純白のドレス。確かに動くのには適しません。しかし、アリスはずっとこの様な服しか着てこなかったため、動きやすい服装というものがどういうものか分かりませんでした。
「そうかしら? 別にそんな風に感じたことなんてないわ」
「それでちゃんと走れるのか?」
兎足の男に言われて、アリスは首を傾げました。
「どうして走る必要があるの?」
「どうしてって。そりゃあ魔法生物とか盗賊に襲われたりするからだろう」
「襲われてどうして走る必要があるの?」
「逃げなきゃならんだろう」
「どうして逃げる必要があるの?」
アリスには兎足の男が何を言いたいのか分かりませんでした。それもそのはず。二人の間には世界への認識に物凄い差があるからです。兎足の男は高位魔法使いでもなんでもないため、危険な魔法生物に出会ったらまず逃げる算段を付けます。しかし、高位魔法使いのアリスは文字通り瞬殺できるので、逃げるために走る必要もないのです。それどころか、仮に逃げる必要が出ても、高度な身体魔法や空間魔法を駆使できるために、走る必要すらないのです。飛んだり空間移動したりすればいいのですから。
「なあ、嬢ちゃん。ひょっとしてお前さん、魔法得意か?」
そう訊かれて、アリスは得意そうに言いました。
「それは勿論! だってわたしは高位魔法使いだもの!」
それを聞いて、兎足の男と帽子の男が顔を見合わせました。
「これは都合のいいところに来たもんだね」
美声が響きました。眠っているクリスの声です。
「都合がいい? どういうこと?」
アリスの問を受けて、兎足の男はテーブルの上に少しだけ身を乗り出して言いました。
「嬢ちゃん、お前さんが高位魔法使いっていうのは本当か?」
疑われて、アリスはむっとしました。
「質問に質問で返すのはマナー違反よ」
「こりゃ失礼。でも重要なことだ」
「わたしは高位魔法使いよ。信じられないなら証拠を見せてあげる」
そう言ってすぐに、アリスは兎足の男の背後に空間転移しました。
「どう? これで信じたでしょ?」
アリスは偉そうに言い放ちました。いい笑顔です。
兎足の男は背後に現れたアリスを見て目を見開いたあと、頷いて言いました。
「ああ、どうやら本当の様だ」
高位魔法使いの定義は厳密にいえば、いくつかの分野の魔法で特定の高度魔法を使えることが条件ですが、一般的には空間転移を扱えるかどうかで決まります。
アリスがまた転移で自分の席に戻りました。
「それで? 何の都合がいいの?」
アリスに言われて、兎足の男は厳かに言いました。
「なあ嬢ちゃん、人助けをする気はないか?」
「人助け? 誰か困っている人でもいるの?」
「ああ、大勢いる。それも、下手をすれば死人が出る。急がなくちゃならん」
アリスはそう聞いて、不謹慎にも興奮しました。冒険の予感がしたからです。
「へえ、面白そうね。事情を聞いてあげるわ」
アリスの物言いに顔をしかめながらも、兎足の男は話し始めました。
「ああ、事は一か月前に遡る。この近くに村があってな。これといった特徴もない村だが、村人は皆温厚で互いに助け合っている良い村なんだ。ただ残念なことに、皆魔法が得意じゃなくてな。食料は農業だけじゃなく、古典的な採集や狩りで手に入れなきゃならなかった」
魔法が得意な人間がいれば、魔法で作物の成長を促進したり、家畜を作ったりしていくらでも食料を得ることが出来ますが、村人全員が魔法が苦手となるとそうもいきません。
「一か月前まではこの辺りの森は豊かだから、何とか食料に困らずに暮せていたんだ。だが事情が変わった。それまで採集を行っていた森の深い場所に、魔法生物が住み着いたんだ」
「魔法生物? まさかジャバウォックなんて言わないでしょうね? あんな雑魚に怯えるなんて論外よ」
ついさっきまで見たこともなかったのに、何回か仕留めてアリスはジャバウォックをすっかり雑魚認定していました。
アリスの言葉に、兎足の男は首を横に振りました。
「いいや、ジャバウォックなんかじゃない。あれも子供が相手にするとなるとやばいが、住み着いたのはもっとやばいやつだ」
「へえ、なんていう魔法生物?」
「それが、名前は分からないんだ。どんな図鑑にものってない」
「それなら何で危ないなんて分かるのよ」
「あの魔法生物は、魔法を使うんだ」
それを聞いて、アリスは目を見開きました。なぜなら、魔法を使う魔法生物はとても珍しいものだったからです。
「どんな魔法?」
「村人が見たのは攻撃魔法だったらしい。複数の肉食魔法生物を一瞬で屠ったらしい」
「村人は襲われたの?」
「いいや。幸い、見つからずに逃げることが出来たらしい。ただ、そのあとも何度かその場所に様子を見に行ったらしいが、すっかり住み着かれて採集が出来なくなってしまったそうだ。そのせいで村はいま食料危機に瀕してる。すぐに餓死者が出るわけじゃないが、栄養はかなり不足している。特に子どもが心配だ」
兎足の男は本当に心配そうでした。それをアリスは意外に思いました。
「あなた、結構いい人なのね。盗賊なんてしてるから、てっきり悪い人だと思ってたわ」
「いいや、悪い人間さ。っていうか、嬢ちゃん、俺を悪い人間だって思ってたなら、ほいほいとついてきちゃダメだろ」
「問題ないわ。あんなに弱い騎士団も倒せないようなら、わたしを傷つけるなんて寝込みを襲ったとしても無理なんだから」
そう言われて兎足の男は苦笑しました。
「まあ、いいか。それで、助けてくれるか?」
「わたしは別にいいけれど、どうしてあなたがその村を気にするの?」
「懇意にしている村だ。出来れば助けてやりたい」
兎足の男は真剣な顔でそう言いました。
アリスには特に予定もないため、断る理由はありませんでした。それに、魔法を駆使する魔法生物にも興味がありました。
「わかったわ。わたしがその魔法生物を退治してあげる」
「本当か」
「ええ、本当よ」
「すまない、助かるよ。……ああ、すっかり料理が冷めちまった。さあ、遠慮せずに食ってくれ。どうせ毒なんて気にしないだろ?」
高位魔法使いにとって解毒なんて芸当は余裕です。だから毒を仕込まれている心配もする必要はありません。
「ええ、そうね。頂くわ」
アリスは用意されていたナイフとフォークを手に取り、肉の一切れを口に運びました。
そして一言。
「まずいわ」