7-7
翌朝、動転した様子のアルバートがギルドに駆け込んできた。
ギルド嬢が冷たい声色で語りかける。
「アルバートさんですね。警備兵を向かわせる前に出頭したことは評価に加算します」
「お待ちください! これは何かの間違いでしょう! 今朝方、わたくしのもとへ出頭要請が送られてきましたが、わたくしには全く身に覚えがありませんよ。たちの悪いイタズラだと思って朝一で確認に来たのですよ」
冷や汗を拭うアルバートに、しかしギルド嬢は淀みなく返答する。
「いえ、確かにあなたへの出頭要請は正式にギルドで発行されたものです」
「バカな! いったい誰が!?」
「こちらの彼女です」
ギルド嬢に促されて、ユリアと俺は進み出た。ユリアは頭まですっぽりとフードをかぶり、俺は背負われたランドセルの上に乗っている。
俺たちを見た瞬間、アルバートは僅かに眉をひそめた。
「こちらの方と面識はございますか?」
「え、ええ……。もちろんですよ」
やや言いよどむものの、アルバートはすまし顔を貫く。
「では、こちらの方を郊外で襲撃したのは事実ですか?」
「え、ええ、事実ですとも。しかし彼女は既にギルドを退会しております。確かにギルド員同士の争いは禁じられていますが、ギルド員以外の者との争いは禁止されておりません。そのことはギルド側も周知のはず。ですからわたくしが罪の問われることはありえません」
「そうですか。自供ということですね。では、あなたに対する告発を正式に受理させて頂きます」
「ちょ、ちょっと、お待ちなさいっ!」
アルバートは焦燥を滲ませながらギルド嬢に詰め寄った。
「わたくしの話を聞いていなかったのですか! 彼女はギルドに所属していないので襲っても問題になりません。それに、わたくしを訴えたのは彼女ではなく、レオ・ココネル男爵という人物です。いったいどちらの貴族様ですか! わたくしはこのような人物を全く存じ上げておりませんよ!」
徐々に口調が荒くなるアルバート。
「ですから、こちらにおられるのが、そのレオ・ココネル男爵さんです」
「はぁ!?」
ついには額に青筋を立てながら腕を振り上げる。
「彼女はユリアという名前です! レオ・ココネル男爵などという名前ではありません! いったい、何を言っているんですかッ!」
「いいえ、確かにこちらの方はレオ・ココネル男爵さんです」
アルバートは鬼の形相でユリアに近づくと、突き刺すような視線で全身を見回した。全く理解できないと、混乱しながらフードの中の顔を覗きこむ。
ユリアはひっ、と顔を背けた。
「あの、どちらを見ておられるのですか?」
ギルド嬢もまた、別の理由で困惑したように言うと、アルバートはバカにされていると思ったのか、ついに怒鳴り散らした。
「あなたが言ったのでしょうが! わたくしの目の前にいる少女がココネル男爵だとッ!」
「で、ですからっ! こちらの方ですってば! そちらではなく、こちら!」
ギルド嬢のが向けた手のひらは確かにユリアの顔に向いていた。いやしかし、顔の中心からは微妙にずれた位置でもあった。その指差す先を目で辿ったアルバートは、ユリアのランドセルに乗った俺と目があう。
そろそろ種明かしをしてやろう。
俺はアルバートの額に肉球を当てると念話を送った。
『我輩は、猫である。名前はレオ・ココネル男爵である』
アルバートは呆気にとられたような目で、しばし俺の瞳を見つめた。
なんとなく固い口調になってしまったが、こっちのほうが雰囲気が出るからこのままいくか。
「ね、ネコ……?」
言葉に詰まったアルバートの後を受付嬢が継いだ。
「はい。レオ・ココネル男爵さんは希少種である猫種族の方で、先日人間登録をされました。《念話》スキルをお持ちで意思疎通もできますし、納税意欲も高いのでギルドとして正式に受け入れた次第です」
そう、アルバートを訴えたのはユリアではなく、俺だ。
ユリアがギルドを退会する際に、逆に俺は入会していたのだ。あの瞬間から俺は猫であっても人間と見なされるようになった。
「ば、バカな……、お、お前は、ただのペットだったはず……」
焦点の定まらない瞳を小刻みに揺れ動かしながら、アルバートは半ば放心状態に陥った。
それもそうだろう。人間である以上、俺にも人権があることになる。
そのうちの一つにこうある。
――不当な暴力・殺傷、拉致監禁などの犯罪に巻き込まれた際、報復と損害賠償を求めることができる。
順を追って話せば、人間ギルドに登録した俺はユリアと共に郊外で襲撃された。実はこのとき俺は片方の奥歯に仕込んだ解毒剤で麻痺常態から回復していたのだが、麻痺している振りをしてそのまま拉致された。同じ攻撃を二度くらうほど、俺はバカじゃない。麻痺対策はちゃんとしていた。
あえて監禁をされて、逃げることができない状況に置かれた俺はやむを得ず、反対側の奥歯に仕込んだ自決剤を使って自害した。もちろん予定通りである。自殺を強要されたので、ヤツに傷害致死くらいの罪状は加わるだろう。失ったLPは後で請求すればよいのだから。
デスリポップによって教会で復活すると、一目散にアルバート邸に向かった。そこでちょちょいと工作してから、隙を見てユリアを救出。そのままギルドまで避難したわけだ。
この世界では死ぬと死体が残る。だから一時的に俺と全く同じ肉体が死体として残るわけだが、檻の中に閉じ込められていたので誰にも確認されずに、いいブラフとして機能したわけだ。
いずれにせよ、これでアルバートに言い逃れるすべはなくなった。
ちなみに、名前に男爵とあるが、もちろん俺に貴族の爵位などない。これはギルド登録の際に自由に名前を決められるからついでに付けただけだ。何となく偉そうに見えるし、本当の男爵と勘違いして態度を軟化させる人間もいそうだからな。少なくともアルバートが朝一で飛んでくるくらには効果があることが立証された。それに、猫には男爵がよく似合うじゃないか。
もっとも、俺が本当に貴族の男爵になると、レオ・ココネル男爵男爵という間抜けな名前になってしまうのだが、仕方がない。一度登録したギルド名は変更できないからな。
『獲物を前に油断したな。二流もいいところだ』
「…………ッぬぅッ!」
己の不利を悟ったからか、アルバートは長い沈黙を続けた。しかしすぐさま計算を終えたような顔に切り替わり、落ち着きを取り戻した口ぶりでしゃべり始めた。
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしました。このアルバート、素直に落ち度を認めて謝罪を申し上げます」
一転して態度を軟化させた。
「ですが知らなかったことなのです。聞けばそちらの御仁がギルド登録をしたのは昨日のことだというではありませんか。わたくしがそのことを知らなかったのも無理のないこと。そもそもわたくしが捕縛をしたのはレオ殿ではなくユリアさんです。彼女は借金を踏み倒して逃げようとしたのです。わたくしはそれを捕らえたにすぎません。レオ殿はそのときに不幸にも巻き込まれてしまったのです。意図的にレオ殿を襲ったわけではございません」
なるほど。アルバートの狙いが読めた。不幸な事故で悪気はなかったとして減刑を申し出るつもりだ。もしくは示談に持ち込むか。
ギルド嬢は少し悩む仕草をしてから、
「なるほど、そちらにも言い分があるということですね?」
「左様です」
「借用証書はありますか?」
アルバートから受け取った証書を見て、ギルド嬢は眉根を寄せた。
「一日一割の複利で1000万の貸付ですか。10日の返済日を過ぎたら即奴隷落ちと。ずいぶんな暴利ですね。とても信じがたい条件です」
「ですが正式に交わされた契約です。緊急にお金が必要とのことでしたので」」
まったく悪びれることなく言い放った。
「これでお分かり頂けたと思います。ですので、ここは示談金をお支払いするということで穏便に収めて頂けないでしょうか」
やはりそう来たか。
普通なら断るところだが、俺はあえてその誘いに乗る。
『いいだろう。ギルド嬢に間を取り持ってもらおう』
俺はアルバートとギルド嬢にそれぞれ肉球を触れる。
「では、いかほど」
『率直に申し上げて、3億ほど要求する』
「なっ!? ありえない! 高すぎる!」
当然アルバートは憤慨する。
『見たところあなたはたいへん裕福そうだ。あまりに小額では懲罰にならないでしょう』
「にしても高すぎる!」
「確かに高すぎますね。襲撃、拉致、監禁、傷害致死、その他もろもろと罪状は多いですが、さすがに3億は行き過ぎです。せいぜい2億くらではないでしょうか?」
「2億だとッ!? 法外だ! 相場ではせいぜい1000万くらいのものだ!」
なるほど。これだけ罪状を重ねても1000万くらいにしかならないのか。この世界の罪軽くね? まあ、死んでも蘇る世界だから日本の尺度では計れないが。
『では傷害・拉致・監禁については1000万で手を打ちましょう。しかし致死については納得できませんな。運悪く教会にリポップするのに十回以上もかかりましたからな。途中でゴーストの群れにLPを吸われたこともあり、我輩のLPはもとの三割くらいにまで減ってしまった』
「嘘をつかれるな! ギルドに登録すれば確率は五割! そんなに連続で死ぬことなどない!」
『我輩が嘘をついていないと証明できますかな?』
強気に出る俺に、ギルド嬢がさりげなくサポートする。
「確率的にないとは言い切れませんね」
「ぐぬぅぅぅ!」
もちろん嘘に決まっている。しかし嘘だと証明できないことだ。ここは強者の立場を利用して押し切る。
『現在我輩のLPは200万ほど。失った400万に慰謝料も含めて1000万としましょうか。合わせて2000万です」
「…………い、いいでしょう」
アルバートは唇をかみ締めながら了承した。これで開放されるなら良しと判断したのか。しかしそんなもんで許されると思うなよ。
『では次に、我輩が最も許せない強盗についてだが――』
「ちょっと、お待ちなさい! わたくしがいつあなたの物を奪ったというのですか!」
『奪ったではないですか。我輩の目の前で、我輩の最も大切なモノを』
そういって俺は視線をユリアへ向けた。
「何を言って……彼女はギルドを抜けた、ただの浮浪者」
俺が合図をするとユリアは腰から一枚の紙を差し出した。
「それは……」
昨晩ユリアが渡しそびれた紙だ。俺が、もしも本当にやばくなったら出すようにユリアに言っておいたものだ。
そこに書かれていたものは、
「ペットの所有証明書……」
ユリアが俺のペットである証拠だ。
「ありえない! 人間はペットにできないはずッ!」
そう。たしかに人間はペットにできない。おそらく税金逃れにペットになるのを防ぐためだと思われる。だが、ゾンビの例もあるように、例外的なものがあると俺は考えていた。
その答えは、ユリアがフードを脱いだことで判明した。
「耳……しっぽ?」
ユリアは、頭頂部から髪と同じキャラメル色の立派な猫耳を生やし、腰には同じ色の猫しっぽを躍らせていた。そして首にはペットの証である首輪。
『彼女は獣人なのです。今は絶滅したと言われている獣人ですが、獣と人と、両方の扱いを受けるため、例外的にペットにすることができたのですよ』
「バカな……そんなバカな……いや、以前の彼女には猫耳なんて生えてなかった。いつから? いや、それ以前に、どうしてそんなことが…………ま、まさかッ!?」
何かに気付いたように、アルバートは怒髪天を衝いた。
「貴様ッ! わたくしのコレクションを盗んだな! 『獣魂玉』をッ! 昨晩ゾンビが現れたのも、貴様の差し金かッ! 証拠隠滅のために荒らさせたのだろ!」
『はて? なんのことでしょうか。全く身に覚えがありませんな』
一昨日の夜にジーノと地下室に潜入したときに『獣魂玉』を見つけて、俺はこの計画を思いついた。
まずはスキル屋に出向いてユリアの《獣調教Ⅱ》のスキルを売って、直後に俺が買いなおして使う。ギルドでユリアを退会させた後に、売らずにとっておいた『獣魂玉』をユリアが使って種族を獣人に変更。すぐに俺が覚えたての《獣調教Ⅱ》スキルでユリアをペットにしてしまう。
流れるようなコンボでユリアは俺のペットとなった。フードで頭を覆っていたのはこの事実を隠すためだ。
ペットは主人の所有物とみなされる。よって強盗が成立するのだ。
盗品の窃盗は罪にならないのに、強盗は罪になるとか、この世界の基準はいまいちわかりにくい。
さらに言えば、ペットを奴隷にすることはできないので、あらかじめユリアの奴隷化を阻止していたわけだ。
つまり俺は、
――幼い少女から人権を剥奪し、それどころか人間を辞めさせてケモ耳としっぽを生やす人体改造を施し、首輪をはめてペットにして、自分の所有物にして飼育する――という『健全』な行いによって、ユリアの窮地を救ったわけだ。
って、何だ! このゲスさはッ! 字面にすると酷いな、おい。
もちろん昨晩ゾンビたちを地下室に呼び出したのも俺だ。ユリアと共有されていたアイテムボックスの中身がそのまま俺の所有となったので、ユリアのペットであるゾンビたちに協力してもらったわけだ。
ユリアのピンチだと告げると、ゾンビシャーマンが全身全霊でゾンビを召喚しまくってくれた。
『彼女は我輩が最も大切にしている宝だ。それを強奪するとは許しがたい!」
「盗っ人がよくもぬけぬけとッ!」
おお、確かにその通りだw。
よく考えればどちらが盗人かわかったもんじゃない。しかし盗っ人猛々しいとも言うし、これが本来のあり様か?
そもそも先にハメたのはそっちだ。だから容赦しない。ま、多少の慈悲はかけてやるが。
『彼女については、一億ほど要求しようか』
「ふざけるのも、大概にしなさい! ペット一匹に一億など聞いたことがない! せいぜい500万くらいでしょう!」
『ほう、ユリアに1000万を貸し付けた男の言葉とは思えませんな。彼女自身を担保貸し付けている以上、あなたは自ら最低でも1000万の価値が彼女にあると認めているわけですから』
「ぐぅぁうううう!」
喉を絞ったような声をあげた。激高しすぎてまともに発声もできなくなってきたか。
『我輩が彼女に値を付けるとしたら3億は軽く下らないでしょう。なにせ、《歌唱》スキルをⅣまで育て上げた天才ですし、【駆け出しアイドル歌手】【歌姫】【楽聖】などのレアな称号まで保有しているのです。さらに【聖女】でもあるとか。もはや値の付けようのない逸材ではありませんか』
「ふくっ……ふぅ……んふしぃ……」
アルバートは呼吸まで乱し始めた。
『それにあなたは人のモノを強奪したうえに破損させたのです。彼女は精神的に耐え難い恐怖を味わせられました。人を怖がるようになってしまったのです。彼女の歌で稼ごうと思っていたのに、一体どうしてくれるのだ! こうなるとネコカフェならぬ、少女カフェで働かせるくらいしか使い道がなくなってしまう。まったく、大損害だ! どう責任を取ってくれるのだ!』
もはや人の声とは思えぬ、獣の呻きのような声で呪詛を唱えるアルバート。紳士を気取っていた男の化けの皮を剥いでやったらこうなった。底の浅い男よ。
『まあそれでも、今回は不幸な行き違いもあったようですし、それを考慮した上で1億で手を打とうと言うわけです。我輩が示せる慈悲としてはこのあたりが限度ですな。ああ、もちろん彼女の負債の利子分を引いた上での額ですよ』
「クァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ついには恥も外聞もなく奇声をあげ始めた。「はぁ、はぁ……」と荒い息を整えるのにしばらく時間がかかった。
「…………いいでしょう。わたくしをここまでコケにした人は、あなたが初めてです。覚えておきなさい。わたくしを怒らせたことを必ず後悔させて差し上げます!」
アルバートは捨てゼリフを残しながらも支払いに応じた。しめて1億2000万ゾイ。ギルド嬢が手続きとLPの受け渡しを行ってくれた。もっと絞れるかと思ったがこんなもんか。一気にリッチになったぜ。
ユリアの借金問題も解決したし、俺の報復はこれくらいで勘弁してやろう。俺の、はな。
「これを支払ってもわたくしの資産はまだ残る。それを使って必ずあなたに復讐をしに参ります。首を洗って待っていなさい。それから、あなたもですよ、ギルド嬢! どうも裁定がわたくしに不利な方へ傾くと思っていましたが、あなた方はグルだったのですね!」
ギルド嬢は一瞬目を泳がせたが、すぐに毅然とした態度を取り戻した。
「聞き捨てならないですね。ギルドの公平性を疑うおつもりですか?」
そうだぞ! 人を疑うなんて良くないぞ! 《獣調教》のスキルをユリアから貰うときについでに貰った《交渉》と《賄賂》のスキルが揃ってレベルⅡに上がっているからって、公正中立なギルド嬢を疑うなんてけしからんことだ! まったく。ぷんぷん。
『いつでも来るがよい。我輩は逃げも隠れも――――得意分野だからな。にゃっはっは。まあ、そんなときが来れば、の話だが』
「どういう意味です?」
俺がくいっ、と首をギルドの入り口へ向けると、ぞろぞろと集団が入ってくるところだった。その先頭の男が良く通る声で言った。
「たのもーう! 僕はジーノというものだ。今日はある人物を告発しにきた。一人は高利貸しのアルバート! もう一人は奴隷商人のハワードだ! 二人は結託して冒険者たちに多額の借金を背負わせて奴隷に落としていた。さらに奴隷をアンデッド堕ちするまで使い潰していた。ここにその不正の証拠がある!」
ジーノが抱えている書棚には見覚えがあった。アルバート邸の地下にあったものだ。
「そ、それはッ!?」
当然アルバートは目を剥いて驚いている。
「ほう、それは穏やかじゃないですね。ギルドに登録されている者を奴隷にすることは禁じられているはずですが……」
手口は同じだ。借金漬けにして返済不可能になった冒険者が、ギルドを脱退した瞬間に拘束して奴隷にしてしまう。あとはひたすらこき使って絞り尽くす。最後はゾンビになってから迷宮に捨ててしまうのだ。口を聞けなくなったゾンビに訴えることはできないので、ある意味、完全犯罪と言える。
もちろんどちらも不正だ。奴隷にするために自己破産を強要することも、ゾンビに堕ちるほど絞り尽くすこともだ。
理由は当然、人を保護するためではない。このクソゲーにそんな高尚な理念はない。そもそもこの世界の犯罪というのは突き詰めていけばたった一つの事でしかないのだ。
それは、――――税収を減らす行為、である。
借金を理由にギルドを退会するのは、それ以上利息を重ねずに返済して、再びギルドに戻るための制度だ。
奴隷制度も、税金を払いたくないからギルドに登録しない人間に圧力をかけるための見せしめ制度であって、ギルドに加入できる人間を使い潰してアンデッド化させることはアウトなのだ。
何度も言うが人道的な理由ではなく、納税できる可能性を持った人間を減らすことが税の減収に繋がるからアウトなのだ。
だが、それでも抜け道や裏技はいくつもある。その中で、二人は思いついてしまったのだろう。理論上は絶対にバレない違法な儲け方を。
事実、その目論みは成功していた。ユリアというイレギュラーな存在が現れるまでは。
ゾンビは一度堕ちると、余程運が良くなければ自力で人間に戻ることは難しい。よしんば人間に戻れたとしても、証拠がなければ訴えられない。証拠を探そうとアルバートたちの前に現れれば、また捕まって同じ手口でゾンビに逆戻りだ。そもそも証拠が残っているとも限らない。
結局、泣き寝入りするしかない。失敗すれば何十年、何百年と続くゾンビ生活に逆戻り。しかもLPの少ない人間に戻りたてでは高確率で失敗する。そんなリスク、誰も犯せない。くやしいが諦めて新たな人生をやり直したほうが堅実だ。
そんな背景があり、今の今まで発覚しなかったわけだ。
しかしユリアが数十人のゾンビを人間に戻してしまったことで事態は急変した。被害にあった冒険者たちが徒党を組んで一斉に訴え出たら? 決定的な証拠とまではいかなくても、訴えを裏付けるような状況証拠が見つかったら? それをたまたま処分される前にジーノが地下室で発見していたら?
さすがにギルドも調査せざるをえない。
そんなわけで、ジーノたちは行動に移したのだ。
「拝見致しますね」
ギルド嬢は書類の束にササッと目を通した。《速読》のスキルを持っていそうだ。俺も欲しい。
そうそう、思い出した。
盗品の窃盗が罪にならないのは、盗品を闇市場に流すと税が発生するからセーフ。むしろそのまま埋もれていると税が発生しないので、むしろ積極的に盗んで市場に流せというわけだ。
逆に強盗が罪になるのは、盗品にして隠されてしまうと、入ってくるはずの税が入らなくなるからアウトなのだ。
どちらも一貫して税収を増やす行為を合法。減らす行為を違法にしているわけだ。
マジで、クソ過ぎる。
そんなことを思い出していると、ギルド嬢が資料を読み終えたようだ。
「なるほど。詳しく話を聞く必要がありそうですね。アルバートさん。あなたに新たな嫌疑がかけられました。疑いが晴れるまで身柄を拘束させて頂いてもよろしいですね?」
「は、ははっ……はっは……」
アルバートは乾いた笑いを漏らしながら、気付いたように視線を俺に返した。
「これも、あなたの差し金ですか?」
答えに窮するところだが、とりあえず言うべきことを言っておこう。
『そう言えば以前、妙なことを言っていたな。確かユリアに「あなたは始めからわたくしの手のひらで踊らされていたに過ぎないのですよ」とか。今ならわかるだろ?』
俺はややもったいぶったように間を溜めてから、
『お前は、我輩の肉球の上でコロコロされていたに過ぎニャいのだよ!』
ユリアに手を出したらどうなるか、思い知ったかい?
イケナイ高利貸しはたっぷりとおしおきを受けるといい。なにせ、もとゾンの彼らは俺と違ってあんたに慈悲なんてかけたりはしないだろうからな。
「あっ……、はっ……はっは、……アァアアアアアっはっはッハッハッは――――」
ギルド内に広がったアルバートの狂ったような笑いは、しばらくの間続いた。
俺はギルド嬢に今回の協力と手数料として獲得額の10%を支払った。そういう約束だったからな。なに、手数料さ、賄賂とは言わんだろう。ついでに去り際にハワードがアルバート邸にいることも伝えておいた。すぐに警備兵が向かうことだろう。
さて、大金を手にしたことだし、今日は美味いものでも食いに行くとしよう。
『ユリア、行くぞ。問題は全て解決した』
「ほんと? ユリアはもう自由なの?」
『ああ。飯でも食いに行こうぜ。今日は贅沢なものを食いに行くぞ!』
俺はユリアのランドセルに乗ってギルドを去った。
出口付近でジーノとすれ違うときに軽くウインクを飛ばされた。やはりぞわっとする。まあ、後の事は好きにするといい。じゃあ、またな。
◆
その後、捜査が進みアルバートとハワードは揃ってお縄につくことになった。決め手はハワードの証言だった。自分をはめたアルバートを許すはずもなく、減刑を条件に司法取引に応じて、あっさりとゲロったわけだ。
取引したハワードはともかく、アルバートには長い長い獄中生活が待っていることだろう。ずっと出てこなくていいぞ。
ヤツが出所して復讐にきても返り討ちにできるように俺たちは強くならないとな。




