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7-6

視点注意。

 アルバート邸の応接室で、奴隷商のハワードが興奮している。


「ついに、このときが来た! ハァハァ、聖女が、目の前に! 穢れのない純真な者にだけ与えられる伝説の激レアジョブ。ハァハァ、素晴らしい! この純粋無垢な少女が我が物に! 犯したいッ! 全てをムチャクチャにしたい! ハァハァ、この純白な聖処女に、この世界の汚穢(おわい)を塗りたくって、冒涜の限りを尽くしたい! ハァハァ」


 小太りなおっさんが脂ぎった汗を振りまきながら少女を見つめる姿は醜いことこの上なかった。


「もうしばしの辛抱ですよ、ハワード様。彼女の奴隷化が先です」

「わかっておるわ!」


 ハワードは契約書を懐から取り出すと、ユリアの細腕を乱暴に握って、指を書面に押し付けさせた。そして「スキル《隷属》」と短く唱えた。すると契約書にユリアの名前が自動的に書き記されていく。


「あとは、わしの名前を書くだけだ、ハァハァ」


 ペンを取り出したハワードだったが、書類を押える下敷きがないことに気付いたらしく、アルバートを呼ぶ。


「おい!」

「ご用意してございます」


 アルバートが用意しておいたバインダー付きの板に契約書をはさむと、そのまま彼に板を持たせ、自分は主人の欄にペンを走らせようとする。


「おっと!」


 アルバートが手を滑らせて板を落とした。慌てて身をかがめた彼は、板が地面につく前に何とか拾い上げた。


「おい、気をつけろ!」

「失礼いたしました」


 気を取り直してハワードはサインを完成させた。


「奴隷契約はなった! これでお前はわしのものだ!」


 板から契約書を剥ぎ取りすぐさま自分のアイテムボックスに収納したハワードは、血走った目つきでユリアへ近づき、


「お前はもうわしの命令には逆らえない。たとえ、どんなに屈辱的なことでも、どんなに苦痛を伴うことでもな、ふっひっひっひ」


 目深にかぶったフード越しにユリアの表情が歪むのを楽しむように眺めた後、


「では最初の命令だ! 服を脱げ!」


 興奮から声を震わせながら言い放った。




 ――しかし、ユリアは動かなかった。


「ん? どうした? 聞こえなかったのか! 服を脱げと言ったんだ! まずはそのローブを脱いで顔を見せろ、さあ、早く!」


 それでもユリアは従う気配を見せない。

 どうなっているんだと、ハワードが困惑したように眉の形を歪めていると、


「くっくっく、はっはっはっは!」


 突然、アルバートが大声で笑い出した。


「何がおかしい!」

「ええ、それはもう。契約書をもう一度ご覧になってはいかがですか?」


 ハワードは再び契約書を取り出して目を通した。

 そして、次の瞬間には驚愕したように瞳を大きく見開いた。


「奴隷委譲書……ハワードが所有する全ての奴隷の権利をアルバートに委譲する……だとッ!? な、なんだ、これはッ!!」


 アルバートは契約書を押えていたバインダーをひっくり返した。すると、裏面にもう一枚の契約書が貼り付けられていた。


「本物の契約書はこちらです。既に主人の欄にはわたくしの名前を書いておきました」

「き、貴様ァアアアア! 裏切ったのかァアアアアアアア!」


 怒り狂ったハワードが怒鳴り散らす。が、すぐにビクッと身体を跳ねさせて沈黙した。目線を自分のわき腹に移し、そこに針が刺さっているのを確認すると、すぐさま膝が折れてうつ伏せに倒れた。


「主人が襲われそうになった場合、奴隷は身を挺して守る。本業のあなたが知らないはずありませんよね。優秀な奴隷さんです。主人が変われば即座に前の主人を刺せるのですから」

「き、さまぁ……!」


 アルバートに所有権が移った戦闘奴隷が、麻痺針で突いたのだ。


「油断しましたね、ハワード様。目の前のお宝に夢中になるあまり周りを見失うなど二流もいい所です。注意力がないから、私が契約書をすり替えたのも、背後から麻痺針で襲われたのにも気付けなかったのですよ」

「なぜ……裏切っ……」

「惜しいと思ったのですよ。あなた程度の男に伝説の聖女が支配されるなんてね」


 アルバートは質素な装飾が施された曲刀を取り出すと、ハワードの手に握らせた。


「これは『ハルペー』と呼ばれる刀です。これによって傷つけられると癒えない傷を負ってしまいます。神話のペルセウスがメドゥーサを倒した不死殺しの武器をモチーフにしているのでしょう。ただし、このハルペーは呪われています。呪いの効果は反転。つまり、装備者が負った傷や状態異常が回復されなくなってしまうのです」


 すでに声も出せなくなったハワードが凄まじい形相で睨みつけた。

 人を殺せそうな視線を意に介さず、アルバートはさらにアイテムボックスから盾を取り出した。


「そしてこれは土喰らいの盾。地面から吸い取った生命エネルギーを装備者に与え続ける貴重な品です。もっともLPの回復量は微々たるものですがね。一日中動かないあなたの消費分のLPくらいは回復してくれますよ。ついでに満腹度も回復してくれます。これであなたは食べることもLPを稼ぐこともなく、ずっと生き続けられます。よかったですね。どちらもあなたには過ぎたる貴重な品々ですよ」


 これでアルバートの意図が判明した。ハワードをずっと生かさず殺さず拘束しておくことだ。いっそ封印といっても良いかも知れない。


 死ぬことでリセットされるネクラ世界では、死はそれほど取り返しのつかないことではない。逆に死ねないほうがはるかに恐ろしい。このまま何ヶ月も身動きが取れずにいると税金の滞納が積み重なって、おそろしい額のペナルティーを受けることになる。数年も滞納を続ければもはや返済不可能な額にまで罰金は増額され、徴税官に捕まれば数百年、数千年の刑期が待っている。もはや人として生きていくことはできない。


 そのことを理解したのか、ハワードの瞳の奥には怯えの色が生まれ始めた。

 何かを言いたそうに唇を僅かに震わせるが、その声が届くことはない。


 手早く処置を済ませたアルバートは、もはや小太りな奴隷商など記憶にないとばかりにスッキリした表情でユリアに近づいた。


「さて、お嬢さん。あなたにはおしおきが必要だと言いましたね」


 アルバートはユリアの全身を嘗め回すように眺めた。


「い、いやっ」


 べっとりと張り付くような視線に、ユリアは身をすくませた。


「ご安心ください。わたくしはあの二流のように少女の身体に性的な興奮を覚えたりはしませんよ。ただし――」


 僅かに間を置いた後、アルバートの声質が変わった。 


「信じられるかどうかはわかりませんがね、わたくしにはこの世界に生まれる前の記憶があるのですよ」


 ユリアが一瞬、ピクリと反応した。


「わたくしはそこで、表向きは平凡な人生を歩んでいました。裕福な生活でしたが、退屈な一生でした。唯一の楽しみと言えば、食事。わたくしは世界中の美味・珍味を食べつくしました。しかし幸せな時間は長くは続きませんでした。美味の味に慣れすぎたわたくしは、もはや世界のどんな料理にも満足できなくなっていたのです。そんなときでした。アジアのとある国に旅行していたときです。わたくしは今までに食べたことのない料理に出会ったのです。そのあまりの美味しさに、とりこになりました。そして料理人に尋ねたのです。この料理は何だ? どこで作った? 材料は何だ? とね。はじめ、彼は決してわたくしの質問に答えませんでした。しかし何日も通い、大金を握らせて、誰にも話さないと誓うと、小声で教えてくれました。何て言ったと思いますか?」


 ごくりと、アルバートは喉を鳴らし、


「その人は、『人の肉』だと言うではありませんかぁあああっ!」

「い、いやぁああああああああ!」


 ユリアはフードの上から耳を押えて叫んだ。


「わたくしは、美食家なのです。それも人肉専門のね」


 アルバートは「ひひっ、うひひっ」と、狂気じみた裏返った声で、狂った笑いを漏らしながら続けた。


「世界中の料理にことごとく飽きたわたくしでしたが、人肉だけは何度食べても飽きが来なかった。わたくしは何人も殺して食べました。殺害数は400を下らないでしょう。そうしているうちに、最も美味な食材を発見したのです。…………あなたのような児童の肉ですよ。ひひっ、いっひっひっひ」


 アルバートはユリアのフードの裾を破ると、足を露出させた。


「きゃぁあああああっ!」

「ああ、美しい! 産毛すら生えていない滑らかな肌。無駄な脂肪のない引き締まった肉。若々しい香り。ベローーン」


 アルバートは涎を垂らしながらユリアの足を舐めあげようとした。が、


「イヤッ!」


 足をひっこめたユリアは、そのままアルバートの顔面を蹴り飛ばした。


「痛いッ! ……気持ちィィイ!」


 蹴られたにもかかわらず、恍惚の笑みを浮かべるアルバート。


「ご、ごめんなさぃ……」


 その妙な気持ち悪さに気圧されたのか、ユリアは反射的に謝る、が。


「何を謝ることがありましょう。痛みは至高の快楽へ通ずる道。わたくしが初めて快楽を覚えたのは幼少期の孤児院のことです。イタズラをして罰を受けることになったわたくしは、衆人の前で尻をむき出しにされて鞭で叩かれたのです。そのときの快楽があまりにも凄まじく、わたくしは勃起を抑えることができず、そのまま射精に至ってしまいました」


 もはや常人には理解不能の妄言を垂れ流すアルバートはしかし、二の句に信じられないことを付け加えた。


「あなたにも、最高の快楽を与えて差し上げましょう。痛みと快楽は食材への最高のスパイスなのです」

「……ぇ」

「まずは鞭打ちです。肉は叩けば叩くほど柔らかくなります。それからからだに釘を刺します。不安がる必要はありません。わたくしの体内にも何本も釘が刺さったままです。深く刺しすぎて抜けなくなってしまったのです。それでも深く刺せば刺すほど気持ちよくて、どうにも止められなくてですねぇ、ぅひぃひひひ。それから油を染み込ませた綿を直腸に詰めて火を点けます。身体の内側から焼かれるような感覚は陶酔ものです。そうして快楽の絶頂にあるときに、肉をそぎ落とすのです。まずはスライスして生で。ステーキ、シチュー、ソーセージ、あらゆる方法で食すのです。全てを食べつくしますよ。内臓も血液も糞尿に至るまで、全てをね」


 ユリアはその細く白い足をカタカタと震えさせた。


「実はわたくしのように前世の記憶がある人間もいるようでしてね、その人たちは口をそろえてこの世界は地獄だと言います。しかしわたくしはそうは思いません。この世界はむしろ天国です。好きなだけ人肉を貪れるのです。そして気に入った食材は何度でも蘇るのです。あなたはこれから、毎日、わたくしの食卓を彩るのですよ、ひゃぁっっはっはっはっはっは!」


 狂っていた。完全にイカレた狂人の高笑いが響く。


「さあ、そろそろ宴の時間です。立ちなさい、聖女ユリア。そして服を脱いで、新鮮な食材を現しなさい。さもなければ、あなたの大切なお友達が代わりにわたくしの夕餉になりますよ?」


 アルバートが指差した先には檻があった。中には動けずに横たわる黒い子猫。


「ナスキーに手を出さないで!」

「それは、あなた次第です」


 ユリアは震える足で立ち上がった。ローブの前を開き、腰に手を回す。


「良いじらしかたです。食欲がそそられます」


 ストンとスカートを床に落とすかに思えたユリアの手つきだったが、その予想は裏切られ、腰から一枚の紙を取り出した。それをアルバートに差し出す。


「何ですか、この紙は?」


 アルバートが受け取ろうとした瞬間、血相を変えたメイドが応接室の扉を開け放った。


「大変です、ご主人様! ゾンビが屋敷内で暴れまわっています!」

「なんでっすって!? どうしてゾンビがこんな場所に。まさか、屋敷の敷地内にゲートでも開いた!?」

「地下室のほうにまで侵入しています!」

「バカなッ! あそこにはわたくしのコレクションがッ!」


 アルバートは素早く手下に指示をした。


「一人はわたくしと地下室へ来なさい。もう一人はここを見張っていなさい」


 アルバートは血相を変えて駆け出した。





 応接室に残ったもう一人の男はユリアを視界に納めつつ、檻のほうへ向かう。


「見張ってろとは女のことだろう。だから、こいつは多少痛めつけても構わないだろう。いい加減、お前に落とされた腕の借りを返しとかねーと、むかっ腹がおさまんねーんだよ!」


 男は鉄格子の隙間にナイフを差し込むと、動けない小動物の足首に突き刺した。


「いい声で泣けや、クソ野郎が!」

「やめてぇえええええええ!」


 ユリアが駆けつける。男は向かってきたユリアに拳を構えた、その瞬間――、


『にゃはっ、後ろがお留守ですよ~』


 ――背後から忍び寄った黒猫が、《風刃》を一閃した。


「な、なぜ!? おまえは、檻の中……に……」


 胴体から切り離されて空中を舞う男の瞳には、確かに檻の中で横たわる黒い小動物が映った。しかし、それと同時に、もう一匹が別の方向にいたのだ。


「くっそ、そういうことか……」


 男がトリックに気付いたときには既に手遅れだった。


     ◆




『ユリア、大丈夫だったか?』

「えっ? ナスキーが二人っ!?」


 未だ事情の飲み込めないユリアは混乱したように俺と檻の中の俺を交互に見つめた。


『説明は後だ! 早く逃げるぞ!』

「わかった、じゃぁ、ナスキーを連れていかないと」


 ユリアは黒猫が入った檻を抱える。


 いや、だから、それは……、とにかく説明は後だ。俺はユリアを連れて屋敷を脱出した。


 とりあえずギルドへ駆け込む。ここならば冒険者を保護してくれる。ギルド内で諍いを起こせば多額の罰金を請求されるため、ここで襲われることはまずない。

 あとは明日の朝になれば、全てが解決するだろう。

話の流れで、この回だけ3人称っぽくなってしまいました。

作者の力量不足で、申し訳ありません。

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