2-1 『ネクスト・ライフRPG』
十数年以上前に一本のゲームソフトが発売された。
まだネットやオンラインゲームが広まる前、ゲームといえば家庭用ゲーム機が全盛だった時代だ。
『ネクスト・ライフRPG』
通称、ネクラ、もしくはネクラゲー。
RPGと銘打つ通り、その形態は一般的なロールプレイングゲームの枠に収まるが、どちらかといえばシミュレーションゲームに近い性質をもっている。
ストーリーはオーソドックスだ。迷宮の最下層に到達できればどんな願いでも叶うと伝えられている異世界。主人公は冒険者となって仲間と共に迷宮の最奥を目指すというものだ。
しかしこのゲームの特殊なところは、必ずしも冒険者になる必要は無い点だ。
ゲームに実装されている職業は軽く三桁を超えていて自由に選べる。ある者は剣士に、ある者は料理人に、農民でも鍛冶職人でも神父でも、条件さえ満たせばどんな職業にでもなれる。
一本道ストーリーが主流だった当時のゲーム業界の常識をぶち破る自由度の高さ、それがこの作品の最大の特色だ。
どの職業を選んでもゲームクリアは可能だ。自身が迷宮最深部に直接赴かなくても、何らかの貢献をして踏破者を支えることでもクリアしたとみなされる。たとえば踏破者の装備を鍛えたり、食事や寝床を提供したり商品を売ったり――と。一定以上の貢献度があれば一緒にクリアしたことになる。
そんな時代を先取りしたような力作は当然のごとく注目が集まった。
当時は社会全体のゲーム熱も高く、毎日のように新作が発表されていた。
不屈の名作とでも言われない限り、数多の作品は移ろいやすい人々の記憶から忘れ去れるのが常だが、このネクラはその厳しい競争を勝ち抜き、しばらくの間ユーザーの中で話題を独占した。
泣けるほど感動する良作だった……と言うわけではなく、ど派手なアクションが目を惹いた……というわけでもない。むしろその逆、つまりは…………クソゲーだったのだ。
クソゲーと言えど、よくあるレベルの不具合ならこれほど人々の記憶に残ることはなかっただろう。
なにせこのネクスト・ライフはそんじょそこらのクソゲーとは比べようもないクソ具合だったのだ。
クソゲーの定義は人によってまちまちだが、大別すると以下の四つだろう。
1.つまらない
2.難易度が高すぎる
3.操作性やシステムにストレスを感じる
4.致命的なバグ、などだ。
これらの中で最も許されないのはバグだろう。はなっからクリアできない仕様になっているなど不良品もいいところである。
だがネクストライフにはそういったバグの類はない。もっとも、ボスを倒してしまうと先に進めなくなる不具合は見つかっているが、製作側はバグではないと一蹴した。
とすると、このゲームはバグも無いのにクソゲーの栄冠を欲しいままにしたことになる。
その一端を紹介すると、まずは初っ端のキャラメイクだ。
自由度を謳い文句にしていたくせに、自分の分身たるアバターを自由に作れない。通常ならば種族や職業などを自由に決めて、初期ステータスにボーナスを割り振るのが一般的だが、ネクラではそのような常識的なキャラメイク法は採用されていない。
プレイヤーは突然始まった性格診断のような質問に次々と答えていく。好きな食べ物や趣味や、あまつさえ性癖までも臆面も無く質問される。数百にものぼる項目に全て正直に答えると、『あなたのキャラが決定しました』とシステムメッセージが流れる。
どんな職業で、どんなスキルを持って生まれるかはゲームが勝手に決めるのだ。
それでも、まだこれは許せる範疇だ。
一部の豹変者を除き、ゲームの世界で自由に生きたいと願うプレイヤーは、もともとアバターに自己投影をする傾向がある。だから作られたアバターが自分に近いことは決してデメリットにはならない。むしろ自分の内面の深い部分まで注いだアバターなら愛着もひとしおに沸くものだ。
問題はここからだ。
ようやくゲームが開始された直後、何の前置きも無くプレイヤーは無責任な放置プレイにさらされる。一切の説明がなされないまま異世界に放り出されるのだ。
通常のゲームならば『はじまりの街』などの安全で人がいる場所からスタートし、すぐにお助けキャラによってチュートリアルを受けるものだ。むしろ操作や戦闘の説明が終わるまで自由に行動できないほうが一般的とさえ言える。
ところが、このネクラではそういったあたりまえの親切心が欠如している。
チュートリアルキャラもいなければ、付属の説明書さえない。
プレイヤーは右も左もわからないまま、いきなりゲームがはじまる。しかも始まる場所はランダム。それも世界中に点在するモンスターのリポップ地点から沸くのだ。
そんなことをしたら何が起こるのかは自明の理だ。
プレイヤーは何もわからないまま自分と同時にリポップしたモンスターに瞬殺される。
当然プレイヤーは「はぁアアア!?」っと眉根を寄せることになる。そして直後、畳み掛けるように悪夢が始まる。
ゲームオーバーになったプレイヤーはデスペナルティーを受けた状態でゲームを再開する。普通のRPGなら教会で「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」などのお決まりのセリフを聞きながら復活するか、あるいは最後にセーブしたポイントからのやり直しになるはずだ。しかしネクラにはそんな親切な復活システムなどない。
そもそもセーブボタンすらないことから、このゲームにやり直しの概念などないのだ。
常に強制セーブがかけられた状態でゲームを再開すると、そこは別のリポップ地点。当然の帰結として、またもや近くを徘徊していたモンスターに虐殺される。
これがネクラのいやらしいシステムの代表例その一、『無限デスリポップ』である。
テレビ画面の前のプレイヤーはストレス指数をマッハで高めることになるのだ。
自分の精神性を受け継いだアバターがただ理不尽になぶり殺しにされる。それも一度や二度ならず、何度も、何度も。
自分の人格をそのまま写したようなアバターを作り、辛く退屈な現実を忘れて異世界で自由を謳歌しようと思っていた矢先に、この状況。
たちの悪いイタズラにしか思えない。
まるで異常犯罪者に拉致されてデスゲームを強制されているようなものだ。
プレイヤーの多くが、怪しい仮面をかぶり声を変声器で変えた男に「さあ、ゲームを始めよう」とでも言われるような光景を幻視したと証言していほどだ。
こうして、手際よくモンスターをばったばったと倒して爽快感を得ようとしていたユーザーがここでふるいに落とされた。
このあまりの理不尽さにゲームを手にしたユーザーの半数以上が開始直後にリタイヤを余儀なくされた。
当然のごとく怒りの矛先は開発会社に向かった。
烈火のごとく殺到する苦情に対して製作側は、
「ユーザーがゲームを選ぶのではない。ゲームがユーザーを選ぶのだ」
と、深い意味がありそうでなさそうな謎の珍言で切り捨てた。
こうした不誠実な対応が拍車をかけ、ユーザーの不快指数は、バブル経済時の株価上昇率を軽く凌駕するほどに高まったのは言うまでもない。
これが数あるネクラ関連事件の一幕である。
それでもまったくクリアできないわけではなかったのでネクラは絶版回収されなかった。内容はともかく、ゲームとしては一応の体裁を保っていたからだ。(もっとも評価は地に落ちたわけだが……)
話は戻るが、それでもゲームを続けた一部のプレイヤーはデスリポップを何度か繰り返すと教会に転移することを発見した。確率にしておよそ十分の一。そこで物騒な釘バットを持ったシスターに出会うことで世界に仕組みについて説明されるのだ。
ここにいたってようやく最低限のチュートリアルを受けたプレイヤーは晴れて本当の意味でゲームをスタートするのだ。
だが、これには一つ重大な落とし穴があった。
それは、アバターが人語を離せない人外だった場合だ。
ネクラにおいて教会のリスポーン地点はダンジョンのリスポーン地点と区別されていない。よって通常のモンスターが街中の教会にリスポーンされることになる。
そのため、教会のリスポーン地点には常に高レベルのキャラが配置されていて、出てきたモンスターを即座に始末するようになっている。
よって、人語を話せないアバターになってしまったプレイヤーはモンスターと勘違いされてキルされてしまうのだ。
そう、つい先ほど俺が経験したようにな。
「うニャァアアアアああアアア!(このクソゲーがぁあああああ!)」
新たなリスポーン地点で俺は叫んだ。
撲殺シスターの案内でギルド登録しないとゲームの恩恵をほとんど受けられない。それをなくしてこの過酷な世界を生き抜くことは不可能に近い。
そして人外に属する猫になってしまった時点で、ただでさえ鬼畜なゲームバランスが二~三ランクは上がる。しかも職業とは違い、初期に決定された種族は超レアアイテムでも入手しないかぎり基本的に変更不可。
……変更……不可能……。
……つんだ。