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 ――――ハッ!?


 三度、俺は意識を取り戻すと、すぐさまからだ全体が異常を訴えているのに気がついた。


 ――暑いっ! てか、眩しいっ!


 薄暗い谷底から一転、肌を突き刺すような強い日差し。焼けるような太陽熱。全方位に広がる砂色の世界。

 どこからどう見ても灼熱の砂漠だった。

 なにげなく自分の身体を見ると、やはりというべきか黒猫のままだった。


 もう何が何だか、わけがわからない。

 だが似たような現象を三度も立て続けに経験すれば、ある種の共通性や法則性が見えてくる。


 一つずつ情報を整理してみる。

・俺は地球でトラックにはねられて死んだ。

・気がついたら黒猫になっていた。

・見たことのない化け物に殺された。

・死ぬと別の場所にワープしている。

・その際、肉体の損傷などは全て治っている。


 これらの情報が矛盾なく交わる最大公約数的な回答は……。


 ――猫になって死後の世界、もしくは異世界に転生した!? さらにはこの世界で死ぬと肉体が元通りになって、別の場所に飛ばされる。


 俺はしばし呆然と立ちつくした。

 しかしすぐに喫緊の問題に対応を迫られた。


 ――熱ッつい!


 肉球が火傷しそうなほど熱い。ついでに体毛も黒なので太陽熱を吸収しやすい。


 あちち、あっち、あっちっち、熱っちぃいいいいよぉおおおおおお!


 灼熱の環境が考え事を許さない。

 俺はフライパンの上で踊るポップコーンのように砂の斜面を跳ねて移動する。

 どこへ? どこだって良い。とにかく日陰になっている場所を目指して。

 少し駆けては空中で足首をプルプル振るわせることを繰り返し、俺は小高い砂山の頂上へ辿りついた。

 頂上から見渡せば、そこは絶景だった。

 風の形に波打つ砂の山脈が地平線の彼方まで続いていて、上空から燦々と降り注ぐ日光が砂の粒子に反射してキラキラと輝いていた。

 もしもこれが秘境を旅するドキュメンタリー番組だったなら、この光景を映しながら渋い声で気の利いたナレーションの一つでも流れるところだろうが、生憎と今の俺にとってはこの光景は絶望でしかない。


 街もない。オアシスもない。それどころか草木の一本すら生えていない。

 どこにも日光を遮る避難所がないのだ。


 俺は一瞬、足裏の焼け付く痛みも忘れてめまいを覚えた。

 すでに状況は詰んでいるといっても過言ではない。それでも最後の抵抗とばかりに、砂山の斜面の反対側へ降りると、僅かに陰となったその斜面を掘る。

 地表の砂よりも内部のほうが熱の吸収率が低い。少しでも温度の低い場所を求めて砂を掻き続けた。そうしてできた窪みに身を滑らせて、僅かにでも太陽の脅威から逃れようとした。


 それでも熱い。乾く。喉がひび割れそうだ。

 無駄な労力を節約するために目を閉じる。


 そのとき、何も見えないはずの真っ暗な視界に文字が浮かび上がった。


===============


 ◇ ステータスメニューを開く


===============


 ――えっ?


 驚いて目を開ける。すると途端に文字は消えてなくなっていた。

 今のは何だ? 錯覚か? 現実逃避をしようとする自分の脳が見せた幻覚だろうか?

 どうやら自分が思っている以上に精神的にキテいるんだろう。俺は雑念を振り払うように首を振り、再びまぶたを閉じる。――と、


===============


 ◇ ステータスメニューを開く


===============


 ――ッ!?


 再びその光景は現れた。

 どうやら夢でも幻でもないらしい。目を閉じているときだけ見えるようだ。

 俺はその文字を凝視した。目を閉じた状態でどうやって視るのかは疑問だが、頭の中のイメージとして強く念じるような感覚だろうか。

 すると、すぐさまゲーム画面のような光景が広がった。


 ――何だ、何だ?


 そこに映し出されたのはゲームキャラクターのステータス画面そのものだった。

 名前、種族、職業などの個人データから、戦闘LvやスキルLvなどのいかにもなRPG用語が並んでいる。

 しかしながら、一般的なRPGのステータス画面とはどこか違う。

 通常なら筋力、魔力、素早さ、運などのお馴染みの項目が並んでいるはずだ。しかし現在見えている画面にそれらの表示はない。戦闘に関するものは『戦闘Lv』という一項目だけ。そして画面の上部には格闘ゲームの体力ゲージのような細長いバーと、その下に付随する気力ゲージのような小分けにされたブロックが表示されている。

 通常のRPGならHPやMPは数値で表現されるものだが、なぜかそこは格闘ゲーム風。ゲームジャンルを判別しにくいアンバランスな作り。


 それを見て俺は何か引っかかるものを感じた。

 どういうわけか、初めて見たとは思えない既視感のような何かが頭の端にこびり付いている。


 他に情報はないかとステータス画面の端々に視線を走らせる。


 LP 810


 ライフポイントの略だろうか。しかしまたどうして中途半端な値なのだろう。

 死んで減ったのだろうか。判然としないな。


 少しでも情報を集めようと奔走するが思うように頭が働かない。暑さで思考力が著しく低下している。


 ふと目を開けば空間が歪んでいた。上空から照るつけた太陽熱が地上で反射してうねるような熱波を放散している。これが蜃気楼か。リアルで見たのは初めてだ。


 ああダメだ。体中の水分が蒸発して干乾びる寸前だ。とそこに、揺れ動く空間から黒い影が見え隠れした。

 影は徐々に近づいてくる。間近に迫るごとにその輪郭が明らかになってくる。

 黒いザリガニのようなフォルム。しかし尾が上を向いていて、その先端には尖った針があった。


 ――ああ、サソリか、サソリね、サソリ…………、ってッ!? サソリぃいいいッ!!


 思考がにぶっていたせいで判断が遅れた。逃げなければ!

 俺は勢いよく砂から飛び出す。が、


 ――あれっ? からだが、動かない。


 ふらつく足を支えられず、その場に転倒。砂の斜面をサァーっと滑り落ちる。

 間の悪いことにその行く先にはちょうどサソリが待ち構えていた。

 自ら敵の前に無防備な姿を晒した俺に、もはや打てる手はない。


 サソリの尾が振り下ろされる。首筋に毒針が突き刺さった。


 あっ、あっ、あっ……。


 ドクドクと血管に妙な液体を注がれる。すぐさま身体が痺れる。そして筋肉が痙攣を始めた。ガラスの粒子で体内を切り刻まれるような痛みを全身に感じる。

 痛い、熱い、苦しい。

 声すら出せない。そのうち呼吸もままならなくなり、酸素不足から内筋が暴れる。

 全身の筋肉をよじれさせながら最後の抵抗を試みるが、無情にも呼吸気管は言うことを聞かない。

 気の遠くなるような数分間、ひたすら悶え苦しむ。もはや自分の意志ではなく身体の防衛反応が勝手に筋肉を収縮させるのに身をゆだね、しかるのちに俺の視界は暗転した。




     ◆


 ひぃー、はー、ひー、はー!


 激しく深呼吸を繰り返しながら意識を取り戻した。

 もう、何度目になるんだ。いつまでこんな苦しいめに合い続けるのだ。

 人が死ぬ瞬間は想像を絶するほどに苦しい。何度経験したって決して慣れることなどない。

 まるで生き地獄だ。どうしてこんなことになったんだ。


 深い絶望に包まれて、俺はその場にうずくまった。

 もう何もかも全てが嫌だ。

 また化け物が回りにいて食われるかもしれない。でも、もうどうでもいい。考えたくない、見たくない。

 何も見たくないのに両目を閉じればステータス画面が出てくる。そんな些細なことが俺の神経を逆なでする。でも、もう怒る気力もない。

 惰性で項目を眺めていると、LPがまた減っていた。


 LP 729


 またもやきりの悪い数値。そんなろころくらいスッキリさせろよと、見当違いの不満をぶつける。

 心が荒んでいるのだろうか。いや、考えないようにしているのだ、最悪の可能性を。


 何度死んでも蘇る。言い方を変えれば『死ねない』状態になってしまったということだ。つまりこれから何百、何千と終わりのない永遠の苦しみを受け続けなければならない可能性。

 そんなこと、まともな精神で耐えられるはずがない。そんな地獄のような現実を受け入れられるはずがない。

 だから無意識にそのことを考えないように避けているのだろう。きっとそうに違いない。


 俺は発狂寸前の精神状態でまぶたを開いた。

 すると今までにない希望のある光景が広がっていたのだ。


 陽光を取り込むステンドグラス。

 黄色、青、緑と鮮やかな色合いのガラスが織り成す光の絵画だ。白い鳩が大地から飛び立ち大空を舞う様子が描かれている。

 俺は自分の置かれた状況の何もかもを忘れてその光景に見入った。

 今までの厳しい大自然とはまるで違う、人の手で作られたガラス細工。視線を横にずらせば石のブロックで築かれた壁。ここは建造物の内部だ。天上からはシャンデリアの優しい光りが降り注ぎ、部屋の隅には巨大なパイプオルガンが鎮座している。

 教会だ。中世ヨーロッパ風の教会堂だ。


 自然と俺のまぶたから雫がこぼれる。

 人がいる痕跡をこんなに嬉しく思ったことはない。前世は人間なんて動く生ゴミくらいにしか思わなかったけど、散々酷いめに会った今ならわかる。

 人って素晴らしい。

 こんな建造物を作れるのだ。化け物から身を守ってくれる石壁の安心感。今ならウォール教に改宗してもいい。

 人間っていいな。

 今はとにかく人恋しい。人の声が聞きたい。人の温もりに触れたい。


 今までのは悪い夢だったに違いない。

 前世で真面目に生きなかった俺への罰はもう終わったのだ。

 慈悲深い神が俺を許してくれたのだろう。

 俺、心を入れ替えて真面目に生きるよ。


 そんな心境の変化を迎えた俺に背後から声がかけられた。


「あら、珍しいお客さんね」


 優しげな女性の声だった。

 恋焦がれた人の声に、俺の胸は高鳴る。

 相変わらず姿は黒猫のままだけど、踊るような足取りで振り返る。


 足元まで覆う濃紺の修道服、胸にはロザリオ。優しげな左の目元にはセクシーな泣きボクロが花を添えている。そして肩に担いだ釘バット。


 ――え? 釘バット?


 そのいでたちはどこから見ても清貧なシスターそのものだが、そこに違和感が過剰労働したとしか思えない無粋なアイテムがご相伴にあずかっている。

 木製のバットに釘を何本も打ち付けて折れ曲がった釘からベットリと赤黒い濁液が糸を引いている。


 釘バッドを持つシスター。そんな罰当たりな信徒など地球では見たことがない。しかし、なぜか俺はこの光景を以前にも見たような気がする。遠い昔に、頭の片隅に見え隠れするくらいかすかな記憶だが。


「見たことのない魔物ね。可愛らしいけど、人間ではないのだから、仕方がないわね」


 シスターは無造作に手に握った凶器を振り上げる。


「ニャ、ニャぁ、ニャァアアアアッ!(ちょ、っちょっと、まてぇええええッ!)」


 俺は必死に意思を伝えようとするが、悲しいかな猫に人語の発音は不可能だ。言葉がダメなら身振り手振り、いや身振り前足振りで試みるも失敗。


 残像を生み出すほどの凄まじい速度で振りぬかれた釘バット。釘の先端が俺の肌に突き刺さり、筋肉を裂きながら空中に弾かれる。

 教会のステンドグラスと地面がぐるぐると何度も交互に映り変わりながら、俺は空中を舞った。やがて重力に引かれて地面に激突。グチャりと背骨から聞きたくない種類の音が発せられる。

 ピクピクと水揚げされた魚のように痙攣する俺の上空から撲殺の犯人であるシスターの声が届く。

 だが、俺はその言葉をまだ聞く前から予見していた。


 きっと撲殺シスターはこう言うはずだ。



「あなたの来世に祝福あれ。南無阿弥陀仏アーメン」



 いったいどこぞの宗教を信仰しているのか判別つかない無茶苦茶な文言。しかしながらその特徴的な決めゼリフを聞いたおかげで確信した。


 ――ここは、『ネクスト・ライフRPG』の世界だ。


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