一.
去年の暑さは並じゃなかった。
寝坊助お化けのミル雄、通称ミックンはようやく目覚めました。夏祭りの夜に小さな祠で倒れて以来ずっと眠っていたのです。気付いたら屋台のハッピは白い着物に、水玉もようの鉢巻きは無くなっていました。
「とにかく普通の暑さじゃないんだもの。まったく、テキ屋の仲間がみんなでふざけてこんな格好にさせたんだな。俺の屋台はどうなった。シーフード串焼きの屋台。魚介だって安くないんだよ。」
ミックンは言いながら半分は気付いていました。立ち上がって確信しました。
俺は、死んでいる。
声も出せないくらい胸の奥は詰まっているのに、自分のしていることがとっても笑えるんだ。生きていたときは絶対にしないもの。一人でぶつぶつ言いながら立ってさ、突然黙る。ぼうぜんとする。頭の中で、俺は死んでいる、だってさ!
しばらくして、祠から離れたミックンは声のするほうに飛んでいきました。辺りはなぜかうきうきしていたのです。太陽の光はやわらかくて、木々の緑が穏やかで、ぽつぽつと建っている家の小庭には色とりどりの花が競うようにあふれているんですから。ちくしょう。黄色や紫、白に赤。
自分が死んでいたことも、夏が終わってからもずっと眠りこけていたことなんかも、とにかく悔しくて悔しくてじっとしていられなかったのです。
声だけを頼りに飛んでいたミックンがたどり着いたのは桜の樹でした。
「は、春だ」
秋も冬も終わってこの世は春になっていたのですね。
「うそーん。うそだよ。こんなの、こんなに眠っていられるわけ無いもん。」
歳もわすれてミックンはうろたえ始めました。
思えば寿命じゃないのに死んだ人間は、お化けになったとき、その多くは自分のお葬式を見て驚いたりします。自分が死んだことに気付かず、家族や友達に声をかけてはおろおろとしたりするのです。その内に自分が死んだことに気が付きあの世に向かいます。人間の世界の時間ではたいてい、四十九日かかると言われます。ミックンはあの世に向かう機会を一度失ってしまいました。お迎えに来てくれるはずのあの世の使いは、ミックンがお葬式や家族の側にいないからミックンを見つけられなかったのでしょうか。
「ちょっと、静かにしてもらえますか。」
なんとも目つきの悪いお化けです。
ひたすら頭を振ってはそこいらじゅうにぶっつけています。
驚くよりも笑いたくなったミックンですが、ここは冷静に聞き返しました。
「あなたも、ユウレイなんですか。」
「そうだよ。ユウレイだからね。怖い感じで写真に写るのが趣味になってさ。この桜はちょっと変わっているだろう、枝が垂れててね。よく人間が写真を撮るからボクも入ってやるのさ。」
このお化けに一人でしゃべられてミックンはつまらなくなりましたが、頭からずっと血を垂らされていると強い態度にでれません。結局、写真に怖く写る特訓をさせられたけれど寝起きのミックンはアクビばっかりして落第になりました。