毛虫
―自分にやられて嫌な事は他人にはやってはいけない。
よく聞く言葉ですよね。
他人を不愉快にさせておいて自分がやられたら怒るなんてあまりにも理不尽な話です。
ある程度それを念頭に置いておかなければきっと他人からは自己中心的な人だと言われ、嫌われてしまうでしょう。
大抵の人はきっとその概念を持っていて、それは常識だとかマナーだとかになっていくのです。
では、それを人間以外のものにも当てはめて考えてみたことはありますか?
そりゃ猫とか犬とか可愛い動物であれば、酷い事をすれば立派な虐待ですし、ほとんどの人は自分のペットであれば可愛がるでしょう。まさか他人のペットを虐待する人なんていないですよね。
じゃあ、どうでしょう。
虫。
蚊なんかはいたら堪ったもんじゃない。すぐ手でバチンと殺してしまいますよね。
だって蚊はこちらに危害を加えてくるのですから仕方がない。
蟻なんかは小さくて目に見えなかったりしてよく知らないうちに踏んでしまったりしますよね。
最小限の害。許される範囲。
小さくて弱いから。気持ちの悪い生き物だから。もし軽い気持ちで必要以上に害を加えるのなら、虫だってきっと怒るでしょう。
どんなに人間より小さくて、弱く、醜いものであっても、虫にだって生きて、人間と同じ場所で生活をする権利はあるのです。
虫だって私たちと同じ、生き物なのですから。
これから話すのは、よくある話。
多少ニュアンスは違えどあなたも聞いたことがあるでしょう。
これはよくある話を、反したお話。
―
ある日公園の花壇の近くにいた私たちはとても大きな毛虫を発見した。
私は大の虫嫌いなものだから悲鳴を上げてすぐに毛虫を踏みつけた。
けれどもその毛虫があまりにも大きく、まるで玩具の様であったから、友達のXちゃんはそれを有毒な針で刺されないようにと気をつけながら木の棒で拾い上げ、なんとなくと拾い上げた毛虫を真っ二つに割った。
「うわ気持ち悪い。」
Yちゃんはそう言いながら、そっと木の棒で毛虫の頭をつつく。
すると毛虫が動いたものだから大声で悲鳴を上げて毛虫を踏みつけた。
「ねー。毛虫こっちに棘向けてるよー。これって刺そうとしてるのかな?」
Pちゃんが声をあげる。
毛虫の下半身はなるべく体を縮めて針をたくさん出していた。
「頭こんなにぐちゃぐちゃなのにねー。動けるんだね。恐るべし生命力。」
私も虫嫌いを忘れて毛虫の様子に見いってしまう。
散々踏みつけられた頭の方はすっかりぐちゃぐちゃになってしまっているが、下半身はまだ綺麗だ。
潰れた上半身はさすがに動かせないようだが、下半身はいつまでも蠢いている。
私たちはしばらく毛虫の様子を観ていたが、そのうちXちゃんが口を開いた。
「飽きた。」
そして毛虫の二つに分かれた体を踏みつけ、足を擦る。
それを見て一気に気が冷めてしまった私たちはそのまま帰る事にした。
―
ボクは一生懸命努力して生きてきた。
生きるために植物や、地面に落ちている葉っぱを精一杯食べて他より大きくなってみせた。
外敵に狙われた時のためにこの毒の棘の手入れも怠ることはない。鳥などに狙われることのないように上手く土に隠れたり葉に隠れる技術を持ち常に用心して生活していた。
それが―
ある日突然避けようのない大きな影がボクを襲った。
影は精一杯大きくなったこの体を踏みにじる。
「あ……ああ……」
意識が朦朧とする。
早くこの場から逃げなくてはと思うが少し体を動かそうものなら酷い激痛が全身を襲った。
そうして動けないうちに、ひょいと何かが体を持ち上げた。
(木の棒……?)
少しだけ痛みが緩和した体をなんとか動かし、必死に木の棒にすがりつく。
しかし、木の棒は唐突に動きだし、ボクの体を振り落とした。
地面に叩きつけられ体を起こそうとした途端、再び、しかも先程とは比べ物にならないくらいの痛みがボクを襲った。
何が起こっているのか分からない。
ただとても痛い。
呻いていると声が聞こえた。
「うわ気持ち悪い。」
再び頭を踏みつけられる。
尋常ではない激痛。体に何が起こっているのか分からない。
「飽きた。」
―ボクの意識はここで途切れた。
―
何者かが話しかけてくる。
『このままでいいのかい?』
真っ暗だった視界が開ける。
ここはきっとさっきまでボクがいた場所だろう。
ただ、妙に視界が広い。
『これはさっきまでのキミに起きたことさ。』
なるほど。ニンゲンか。
その巨体に多くの仲間が殺されている。
ああ!こんな殺し方ニンゲンにしかできない。なんて酷いことだ。他のどんな動物でさえこんな殺し方しない。
さすが生物の最高位に立つ冷徹で残虐な王様。その権威を横暴に振舞い、弱い者の魂を奪っていく。
『ニンゲンが一番強いなんて一体誰が言ったのさ。キミも望めばニンゲンよりも強くなれる。』
そんな力なんてボクにはない。
『ここは何でも起こりうるのだから。』
不意に体が軽くなる。
『さあ。幕は開けた。喜劇の始まり。始まり。』
モノクロのセカイは色づき、セカイは逆再生に動き出した。
―
「飽きた。」
その言葉を合図に私たちは帰ろうとした。
その時、Xちゃんが悲鳴を上げた。
「Xちゃ―」
私はXちゃんの方を見て声にならない悲鳴を上げた。
Xちゃんの身体は上半身と下半身が真っ二つになっていた。
「い、いやぁ!!」
Yちゃんはパニックになり、どこへともなく走り出した。
すると何かがYちゃんの足を引っかけ転ばせた。
「ひっ…………」
Yちゃんの足には黒い影のようなものが絡みついている。
何かが近づいてきている音がしているが、その姿は決して見えない。
―ぐちゃ
凄い音がした。
何が起きたのか分からない。
次に見たときにはYちゃんの頭が潰れていた。
「ニンゲンって脆いんだね。一回踏まれただけで簡単に潰れちゃう。」
影は何度も何度もYちゃんの頭を踏みつける。
そして、まるで飽きた玩具を捨てるかのように、Yちゃんの身体をぽいっと捨てた。頭がどうなっているかなんて見たくもなかった。
「いいねーニンゲンは。下にたくさんいてさ、玩具がいっぱいだね。」
影はPちゃんへと歩み寄る。
「いいね。その顔。最高に気持ち悪いよ。」
影の言葉と同時にPちゃんの身体が吹っ飛ぶ。
身体が痙攣し、首は変な方向に曲がっている。
「あーあ。殺り損ねちゃった。」
―めきっ
不快な音とともに大量の血が私の顔面にかかり、身体に何かが当たった。
視界は真っ赤に染まって何も見えない。
次は私の番……!
「醜い者の気持ち、キミには分かる?」
身体の震えが止まらない。
「まあいいよ。さようなら。」
真っ赤な視界。最期の声はとても冷ややかな声だった。
―
どうでしょう。
弱い者いじめはほどほどに、ですよ。
ここまで読んで下さった方に心からお礼申し上げます。
私の他の小説を読んだ方は多分こう思うでしょう。
「おい!麗琶!!」
某小説の後書きでホラー苦手とか言ってたのは嘘だったのか!?
実際私はホラーが苦手で特にグロい系のホラーは大の苦手です。そのこともあり文章もかなり控えめになっていますね。(文章書いているこちらがグロいの苦手ですから汗)
さて、光が当たるところには影があるように、身の回り至るところには醜いものと綺麗なものがありますよね。
案外綺麗なものは壊れがちで醜いものは耐久力があったりするんですよね。
そして、唐突に立場はひっくり返ることがあるから醜いからと言って馬鹿にしてはいけないと思うのです。
なんて、なんか恥ずかしくなってきたのでそろそろ終わりにしますね。
こんな変な話にいつもよりも長い、もっと変な麗琶の後書きまで目を通して頂いた方、本当にありがとうございました!