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第七話 激突

 俺は体中を這い回る鈍痛に耐え、どうにか立ち上がった。

 ホールドアップの姿勢で、交戦の意思がないことを示す。

 被っているヘルメットはフロントガラスにぶつかり、傷だらけになっていた。

 お気に入りだったのに。

 隣を見ると、アリシアは《百色換装AAカレイドスコープ》を人間ベースに調整していた。

 胸にはバンパー、尻にはマフラー等自動車のパーツが全身に混じり合い、サイボーグみたいな外見になっている。

 一方ベスターは地面に置かれたケージの中で震えていた。

 まさか、こんな目に合うとは想像していなかっただろう。

 こいつも運がない。

 

 

 状況を把握するため、俺はアリシアに小声でささやいた。

 彼女は惨劇を目の当たりにしたショックで顔色が悪そうだが、今は優しい言葉をかけている場合ではない。

 

 「できるだけ情報を引き出してみる。あいつの立ち位置も不明だからな」

 「・・・・・・」


 返事はないが、肯定と受け取っておこう。

 三秒で気持ちを切り替え、ギャルをナンパする気軽さで声をかける。

 

 「聞いてくれ、見てのとおり俺たちはヒーローだ。俺がハンドマンで、横のお嬢さんはカラフル。

で、見た感じおたくはヴィランだよな? だがまあ非常事態だし、ルキフェルと関わりでもなけりゃ無理にケンカすることもないだろ? 収集が着いたらカラオケにでもいこうぜ」

 「ルキフェルのボスは恩人だ。オレは幹部のディナー、ナメた口きいてると殺すぞ?」

 

 ディナーがペッと痰を吐き捨てる。

 期待を裏切らない話の通じなさ、案の定ルキフェル絡みだしな。

 話し合いは、いきなり暗礁に乗り上げた。

 

 「待て待て、無抵抗な相手を襲うつもりか? 話せばわかるって」

 「ヒーローは喰って殺す。そんだけだ」

 

 額を脂汗が流れる。ちったあ会話しろ。

 パワーの正体が不明な奴とやり合いたくねえんだよ。

 それに、一度クールダウンさせて闘争心を削っておきたい。

 こっちはまだギアが入ってないしな。

 

 「オーケー、おたくの気持ちはよーーくわかった。喰われる前に、一つだけ質問させてくれ。

そのエキサイティング恰好は何か理由があるのか? 気がかりを残したままじゃ死んでも死に切れん」

 「ア? こいつは二重異能実験の後遺症だ。クサレ科学者連中が、パワーを二種類扱えるようにオレを改造したのさ」


 進展アリ、ここからが肝心だ。


「二種類か、そいつはすごいな。じゃあさ、おっ始める前にそれがどんなパワーか教えてくれないか? 

白状すると、俺のパワーはCクラスでな。ヤバイ実験を耐えたおたくに勝てるとは到底思えねえ。幹部様ならハンデの一つや二つくれてもいいだろ?」

 

 こい、のってこい。


 「アー、そうだな・・・・・・。あんたザコっぽいしいいぜ。よく聞いとけよ、オレのパワーは《現実維持Bネバーエンド》と

喰帝Aワイルド》だ。《現実維持Bネバーエンド》は品物を触った時の状態に保つ、履いてるパンツが燃えてねぇだろ? それともう一つこいつ本命なんだが、《喰帝Aワイルド》は人間を喰えば喰うほどオレの筋力、治癒力が強化される。今日だけで二十人は喰ったからな絶好調だぜ!」


 よし、こいつが馬鹿で助かった。

 パワー不明のアドバンテージよりも、自己アピールを優先させる典型的なヴィランだ。

 近接型のパワーだと判明したのは大きな収穫。

 当然ディナーがデタラメを述べている可能性もあるが、ヒョットコとの戦闘を見る限り、脳ミソを使って戦うタイプではまずない。

 

 「説明はオワリだ。死ね」

 「タンマ、タンマもうちょっとお話ししようぜ――」

 「・・・・・・いいです」

 

 ここで俺は初めて、アリシアの様子がおかしいことに気付いた。

 さらにその数十秒後には、自らの判断を大きく後悔することになる。

 

 「・・・・・・茶番はもういいです、ハンドマン。こいつはわたしが討滅します」

 「お、おい急にどうした?」

 「あ、ああ。うああああああああああああああああああああ!!」

 

 叫び声が上がる。

 それは、酷い金切り声だった。

 古いバイオリンを弓で掻き毟ればこんな音色になるだろう。

 そして、恐怖にかられたアリシアは、矢のごとくディナーに向かって駆け出した。

 新人のアリシアにとって、目の前で人が死ぬという事実は、助けることができないという現実は、余りにも重すぎたのだ。

 敵に対抗する術を考えるのではなく、味方のケアを最初にするべきだった。


 「消えろ! この世から一片の欠片も残さず!」

 「ハッハー! 活きのいい肉は大好物だぜ!」」


 皮膚のない腕が風船のように膨らみ、メロン大の力こぶが五、六個浮き上がる。

 対するアリシアは、ガシャガシャと左腕を組み変え、ショベルのような金属製のアームを造り出した。

 二つの拳がぶつかる。

 火花が飛び散り、衝撃波が一帯の土埃を吹き散らした。


 「待てカラフル! 一旦戻れ!」

 「黙れ黙れ黙れ黙れぇ!」

 「ヒャハハハハハ! おもしれぇじゃねぇかメスガキ! いいぜ、もっと殺り合おう!」


 言葉にまったく耳を貸さず、両者は殴り合いを続ける。

 肉体変化タイプ同士の戦いは外部からでは、その速さに動体視力が追いつかず、衝突音しか聞こえない。

 可能ならば援護したいが、アリシアとディナーが接近し過ぎているために、浸透弾も《三掌Cトライデント》もフレンドリー・ファイアの恐れがある。

 と、ふいにアリシアの動きが止まり、《百色換装AAカレイドスコープ》が解除された。

 四輪駆動車はバラバラになって散らばり、彼女はガクンと、その場で膝をついた。

 ここまで互角だったはずだ、どんな手品を使った。

 

 「ヒュー、効くだろぉこいつは」

 「まわ、たて・・・・・・?」


 ぐびぐびとディナーが煽っているのは、腰にぶら下げていた酒瓶だ。

 やられた、そういうことか。


 「ガキにこいつは早かったみたいだなぁ、酔いが回って立てねぇだろ?」

 「くっ、そんなもろで・・・・・・」

 

 自動車と融合したことが仇になった、給油口にアルコールを流されている。

 アリシアは必死に体を起こそうとするが、足に力が入らず、呂律も回っていない。

 ここままでは喰われるのを待つばかりだ。

 考えろ、考えろ。


 「イタダキマス」

 「や、やだ・・・・・・」

 

 ディナーの上顎と下顎が捕食体勢に入り、アリシアを飲み込もうと迫る。

 その瞳から涙がこぼれた。

 

 が、その時ディナーの背後で砂利を踏みしめる音がした。

 そいつを見て俺はかすれ声でこう言った。

 

 「マ、マジかよ、パターナイフまで来やがった・・・・・・。じょ、冗談だろ?」

 「ハ? パターナイフ? お前はボスの護衛を――」


 本来は有り得ないことなのだろう、怪訝な顔つきでディナーが後ろを振り返る。

 そこにいたのは、半足しかないブーツだった。

 正確に言うと、《三掌Cトライデント》の一号が歩かせているブーツだ。

 

 首をかしげるディナーの背中に狙いを定め、俺は片足靴下のまま自動拳銃のトリガーを引いた。


 「オ、ぱぱあぱぱあっ!!」


 浸透弾を弾倉が空になるまで撃ちまくる。

 ディナーの体に無数の波紋が浮かび上がり、派手にぶっ飛ばした。

 俺はアリシアを抱え、ブーツを回収し、レストランを目指し走る。



 

 従業員や客は避難しているのか、広い店内には人っこ一人いなかった。

 テーブルの上には食べかけのステーキやパスタが散乱しており、椅子は横倒しになったままだ。

 外から見えないように厨房に連れ込み、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを飲ませる。

 

 「ご、ごめんなさひ、アズマ・・・・・・」

 「果糖がアルコールの分解を高めてくれる。このままゆっくり休めと言いたいところだが、俺一人であの野郎に勝つのは無理だ。すまないが、もうひと踏ん張りしてもううぞ」

 「ひ、ひとふはいがあらいですね・・・・・・」

 「悪いな、何とか復帰してこいつと融合してくれ」



 アリシアに策を伝えるのと、ディナーが店内に入って来るタイミングは、ほぼ同時だった。


 

 「っーてーなコラ! くだらねぇ小細工しやがってよぉ! てめーはミンチだ! 挽肉にしてから喰ってやる!」

 

 当たり前だが、怒髪冠を衝いている。

 普通なら半年はベットから起き上がれないはずだが、ピンピンしてやがるな。

 アリシアが復帰するまで時間を稼ぐ必要がある。

 俺は防弾マントを外し、自動拳銃を投げ捨てた。

 

 「なら、小細工はなしだ。正々堂々と勝負しようじゃねえか」

 

 腕を楽に構え、アゴを引き、前かがみになる。ボクシングの構えをとった。

 素手の戦いなら柔術でしめ落とした方が手っ取り早いのかもしれないが、四輪駆動車を蹴り飛ばす相手に組み合う度胸はさすがにない。

 

 「ヘェ、殴り合おうってのか。いいぜ、ケンカは大好物だ」


 ディナーも腕を前に突き出し構える。

 大雑把なフォーム、パワーが強力な奴は武術など使わない。

 

 「こいよ腰抜け、いつでもいいぞ」


 挑発しつつ、足をとられないように机や椅子の位置を再度確認する

 互いの距離は直線で約五メートル。

 数舜の後、二匹の獣が激突した。


 「ハアァァァァッァァァッ! ブッ殺す!」


 先に動いたのはディナーだ。

 《喰帝Aワイルド》で筋力を強化し、床板を壊れんばかりに踏み込んで、猛然と突進する。

 そして、瞬く間に俺の眼前に到達――、しなかった。

 突進は三メートルも進まずに、止められたからだ。

 ディナーの両肩、右足を掴む《三掌Cトライデント》一、二、三号によって。


 「正々堂々、何でもありでやらせてもらうぜ」


 ボクシングの構えを解き、右足を板バネのごとく跳ね上げた。

 下段蹴り、睾丸を潰す。

 頭部を掴み上段膝蹴り、下顎骨破壊。

 左鉤突き、こめかみを撃ち抜く。

 ディナーが倒れこむ。

 追撃。

 顔面にサッカーボールキック、鼻骨粉砕。

 右足を高く振り上げ、側頭部を踏みつけ。

 踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつける。

 

 

 手ごたえはあった。

 やったか、そう思った矢先。

 ディナーが俺の足首を掴み、後ろの壁まで投げ飛ばした。

 ジェットコースターに乗った時の気持ち悪い感覚が体中を駆け抜け、次の瞬間には内壁にぶつかっていた。

 肺の中の空気が残さず押し出され、頭の中で星が瞬く。


 「が、がはっ・・・・・・」


 やっとの思いで立ち上がると、瞳孔に桃色の拳が飛んでくるのが見えた。

 そして、拳は俺の顔面を粉々に砕く。

 いや、違う。正確には被っていたフルフェイスヘルメットを砕いた。

 とっさに頭を抜いておいたのが功を奏した。

 

 「クソッ、まったくダメージなしか」

 「どんなツラかと思えば、しけたおっさんかよ。ジジイがなめやがってぇ・・・・・・、ほら、どうしたもう一度やってみろよ」

 

 コーナーに追い詰められないよう、店の中央を目指し歩き続ける。

 ディナーの股間や顔面の傷はたちどころ治り、俺の連打は敵を激高させるだけのものとなった。

 苦し紛れに、《三掌Cトライデント》で椅子を持ち上げ叩きつける。

 が、ダメだ。テーブルナイフで真っ二つに切り裂かれた。《現実維持Bネバーエンド》で固さや切れ味を補っている。

 

 「てめぇのクズパワーとの違いを教えてやんよ。《喰帝Aワイルド》フルスロットル」


 ディナーの姿が消え失せ、次の瞬間、俺の腹部に拳がめり込んでいた。


 「っ――」

 「今のは前菜だ。フルコースは始まったばかりだぜ、サンドバッグちゃん」


 暴虐の嵐が荒れ狂った。

 嬲り殺すために手加減はしているのだろうが、こちらからすれば一発一発金属バットで打ち付けられるようなものだ。

 頭、首、胸、背中、腕、腰、足と全身の肉を柔らかくするように、叩きのめされる。

 倒れることも出来ずない。

 口から血反吐がこぼれ、意識が朦朧とする。


 「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 「やめて! もうやめてよ!」


 遠くでアリシアの声がする。

 バカ、居場所がバレるだろ・・・・・・。

 そうだ・・・・・・、俺はあいつ任せてばかりだ。

 前回も今回も。

 だったら――、少しはかっこいい所も見せねえとな。


 「ハンドマン! 完了です!」

 

 その言葉でようやく意識が戻った。

 ディナーの姿はもはや桃色の線にしか見えないが、力を振り絞り、カウンターのひじ打ちを入れる。

 それは、顔面を捉えた。


 「グペッ!」


 ディナーが鮮やかに円を描いて転倒する。

 高速で動いているだけに、衝突時の反動も半端ではない。

 

 「素人が、技の組み立てがワンパターンなんだよ」

  

 偶然当たっただけなのだが、カッコイイ台詞をきめておく。

 俺はおぼつかない足取りで、よたよたとディナーから距離を取る。

 直後、店の床板が、いやレストランの内装全てから若草色の光が発せられた。

 次に瞬間には、店内の至るところから木材やコンクリート、金属製の腕がヘビのように襲いかかり、ディナーを絡めとっていた。

 ミイラ男めいた包装を百重に千重に施し、自由を奪う。

 

 「ふざけんなっ! このオレがこんなもんで・・・・・・」

 「二十人喰ったそうだが、今この空間の全てが《百色換装AAカレイドスコープ》でカラフルそのものになっている。どれだけ筋力が増そうが、この重量には耐えられんだろ。――明日の朝日を拝めたら出してやるよ」

 「――――――」

 

 


 やがて静寂が訪れ、その中心には虹を掻き混ぜたようなケーキのオブジェがそびえ立っていた。



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