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第六話 前を見て

 ショッピングセンターのテナントの一角、ファッションモールで俺とアリシアは、これからの方針について、話し合いを行っていた。

 俺は丸椅子に腰かけ、アリシアはその正面に立って、腕組みをしている。

 季節が夏ということもあって、多彩な色のトップスが周りを囲んでいた。


 「アズマはこれからどうするつもりなんですか」

 「何がだ」

 「たった今あったルキフェルの宣誓です。戦うんですか、それともこのまま隠れているんですか。これだけのヒーローが集まっているんです。たとえ逃げたとしても誰も責めません」


 この場合逃げるとは、ゲームに参加しないという意味だ。

 街からの脱出を試みるヒーローもいるが、巨大な壁が行く手を阻む。

 鳥類獣化や空間移動のヒーローでも、制限時間以内に市民全員の避難は不可能だ。

 そうなると、やはり戦うしかない。

 実際五○○人ものヒーローがいるのだ、アリシアはともかく俺がでしゃばらずとも、事態は収束するかもしれない。そもそもCクラスのヒーローでは戦力にならないだろうが。

 しかし、それが実現する確率は紙のように薄いだろう。

 まず間違いなくタワーまでたどり着くことも出来ずに大半が殺され、そこを突破できてもルキフェルが待ち構えている。

 数秒の逡巡の後、俺は答えた。


 「――当たり前のことを聞くな。戦うに決まってんだろ。さっさと着替えるぞ」

 

 アリシアが目を丸くする。ハンドマンは余程信頼されてないらしい。


 「意外ですね。Aクラスヒーローでも裸足で逃げ出す怪物を相手にしているのに」

 「バーカ、俺だって隠れている間に正義の味方が悪者を倒して、ハッピーエンドでエンドロールが

一番だと思ってる。ただ」

 「ただ?」

 「もしそんな奴がピンチに陥った時は、横から割り込んでやろうと思ってるだけさ。クライマックスを

台無しにしてやるよ」


 ふぅ、と息を吐く。

 鉛玉が飛び交う戦場に、手製のパチンコで突入する様なものだ、我ながら無謀ことを言っていると思う。

 正面にいる主人公ヒーロー様は呆れた顔をしてやがる。

 だが、どんなヒーローにも矜持ってもんがある。

 勝ち目が薄かろうが濃かろうが、悪党を目の前にして、立ち上がらない訳にはいかない。

 

 「・・・・・・まったく、仕方ないですね。それならわたしも協力しますよ」

 「お前こそ無理する必要はないんだぞ、デビューしたばかりなのに」

 「自分の知らないところで、命運を決められるのもイヤですから。それに、サイドキックにだけ戦わせるヒーローがどこにいるんですか。まだ依頼が終わっていないことをお忘れなく」


  顔を見合わせ、ニヤリと笑う。どうやら心は決まったようだ。


 「ならとっとと着替えるぞ、試着室があるしな」

 「覗かないで下さいよ」

  

 一分とかからずコスチュームに着替える。

 ハンドマン、カラフル出動だ。


 「ところで、何か作戦はあるんですか。あの白い兵士や獣、ええと《白兵ホワイトカラー》と《白獣ホワイトアウト》でしたっけ、はこの辺りにもうようよしています。まずあれをどうにかしないと、ここから出ることも出来ませんよ」


 沈黙。


 「ないんですか! あーもう!」

 「あー、あれだ、今思いついた」



 ショッピングセンターの一階部分に面する駐車場には、インスタントヴィラン共が獲物を求めて徘徊していた。

 幸いなことに、奴らは屋内にいる一般市民にまで危害を加えるつもりはないようだ。

 狙いはあくまでヒーロー達ということだろう。この状況で、外に出ている者を襲うつもりだ。

 銃弾すら弾くヴィラン相手にどう切り抜けるか、答えは簡単。

 逃げる、だ。


 『ブオオオオーン! オオオオン!』


 エンジンが唸りを上げ、屋上駐車場へと続くゲートから、四輪駆動車が発車した。

 《白兵ホワイトカラー》 を次々と跳ね飛ばし、前方に立ちふさがる《白獣ホワイトアウトの頭上を走り幅跳びでもするかのように跳躍して飛び越えた。

 着地の衝撃で車体が激しく振動するが、タイヤはそれをものともせず回転を続け、緑の垣根を踏み荒らしながら車道に躍り出た。

 

 「よし、脱出成功。さすが《百色換装AAカレイドスコープ》」

 

 助手席で、俺はほっと胸を撫で下ろす。


 「その物体が本来行わない挙動はすごく疲れるですけどぜ。今のも機械より人間のスペックを反映させているんですからぜ・・・・・・。ちょっ――! 勝手にあちこち触らないでくださいぜ。どれもわたしの体なんですからぜ!」

 「流石にその口調はどうにかならんのか?」

 「わたしだって恥ずかしいんですぜ! ゲフン! ゲフン! 恥ずかしいんです!」


 簡単には奴らの包囲を突破できないと考えた俺たちは、屋上駐車場に止めてあった四輪駆動車拝借し、

アリシアが《百色換装AAカレイドスコープ》で融合、強化したのだった。

 外見は完全に車で、アリシアの肉体は各パーツに溶け込んであり、意識はエンジン部分に収まっているらしい。運転も意識するだけで、思いのままだ。

 もっとも、車に人の動きを再現させるのは、なかなか骨が折れるようだが。

 路上で放棄されている車達をのりこえ、アリシアが進む。この悪路の中でも迂回しなくて済むのはありがたい。

 と、カーオーディオからアリシアが叫んだ。


 「ハンドマン! 追ってきています!」

 

 サイドミラーを確認すると、二頭の《白獣ホワイトアウトが猛然とこちらに向かって来ていることがわかる。

 散乱している瓦礫や車を蹴って進むことで加速しているのだ。

 さすがに、地の利が向こうにあるということか。


 「麻酔弾は効かないんですよね!? わたしが直接戦います!」

 「問題ねえカラフル、お前は前だけ見てろ」


 右足に装着したホルスターから自動拳銃を抜き出し、フルフェイスヘルメットを脱ぐ、窓から身を乗り出して《白獣ホワイトアウト》の顔面に狙いをつけた。

 奴らとの距離がぐんぐん縮まる。残り一○メートル、九、八、七、六・・・・・・。


 「追いつかれます!」


 アリシアの悲鳴を聞き流し、トリガーに指を掛ける。

 二匹が、残り五メートルの距離にまで近着いた瞬間、銃口から弾丸が発射された。硝煙のツンとした匂いが鼻腔を刺激する。

 合計六発の弾丸は二手に分かれ、二頭の顔面にそれぞれ着弾する。

白獣ホワイトアウト》 の体が左右にブレ始め、足がもつれ、最後には派手にローリングを決めた。

 追跡が途絶えたことを確認し、俺はガッツポーズを決める。


 「よし、カタログでみたとおりの威力だな」

 「なるほど、そういうことですか」

 「おう、今撃ったのは麻酔弾じゃねえ。浸透弾だ」

 

 浸透弾。それは着弾の衝撃で潰れた弾頭が、対象の内部を揺らす弾丸だ。

 元々皮膚が岩石で構成されているなどの、頑丈なヴィラン相手を相手にするために協会が開発している。

 それを前に戦った時の経験を生かして、購入しておいたのだ。

 当然俺の自腹で、一発五千円もするため乱射はできないが。

 

 「ここから空守タワーまでは約一○○キロ、ギリギリまで近づいて、他のヒーローがいれば合流したいんだがな。携帯は使えりゃよかったんだが」

「そう簡単にいくとは思えないですけどね。ところで、ベスターまで連れて来ちゃって大丈夫なんですか?」

 

 後部座席にケージごと押し込められているベスターは、ニャア、ニャアと不満を表明していた。

 

 「あのまま置いていけないだろ。それにこの街全体のピンチなんだ、こいつにも役に立ってもらわないとな」


 車をかき分け、タワーを目指し突き進む。

 十分後、ようやくベスターが静かになった。そして、ぽつり、とアリシアが呟いた。

 

 「・・・・・・ルキフェルは何故こんな事態を引き起こしたのでしょうか。街を孤立させて、地震を起こして、これだけ大勢の人の命を奪うなんて、わたしには理解出来ません」

 「さあな。映画では、ヒーローが自分の母親を助けられなかったなんて言っていたが、ありゃ脚色してあるしな。俺たちは例えどんな事情があれ、タワーまでたどり着いて、あいつを止める。それだけだ。」

 「・・・・・・」

 「考え込まねえ方がいいぞ。単に破壊が好きなだけのイカれ野郎も多いからな、気にしだしたらキリがねえ」

 「ちょ、ちょっと気になっただけですから! 気遣ってくれなくていいですから!」

 

 

 

 そうこうして車を走らせていると、進行方向がほのかに明るくなった。ショッピングセンターで拝借した双眼鏡で確認する。

 原因は火柱だ。

 縦長に立ち上る火柱があがるのが、遠目に見えた。距離は一キロメートルほど先だ。


 「迂回するか、カラフル」

 「いや、手当が必要な傷病人がいるかもしれません。行ってみましょう」

 「了解、ただ逃げ足は早めにな」


 

 ややあって、火柱が上がっていた地点が見えてきた。

 片側が二車線ある四車線の道路で、左右には、レストランやコンビニ、リサイクルショップが立ち並んでいる。

 ごうごうと、いきりたつオレンジ色の炎から熱風が発せられ、僅かに車内の温度を上げた。

 一番初めに双眼鏡のレンズに飛び込んできたのは、火花を散らす二人の男だった。


 車内から見て手前にいる一人は、協会で何度か顔を合わせたこともある、ファイヤヒーローのヒョットコだ。今走ってる車線の前方にいる。

 《火吹Bバーナー》のパワーの使い手でその名のとおり火男の面を被っている。

 そして、ヒョットコが火炎を吹き続けているもう一人の相手は《白兵ホワイトカラー》や《白獣ホワイトアウト》ではない。

 

 その男には皮膚が存在しなかった。


 上半身は人体模型を想起させる裸体で、桃色の筋肉が脈動するさまを視認することができた。

 下半身には迷彩色のカーゴパンツを履き、黒ビニールの細ベルトにはナイフやフォーク、丸皿にグラスと酒瓶、缶詰などの雑多な食器類や食品が針金で吊るされている。

 この大火で燃え尽きないのは、何らかのパワーによるものか。

 

 「クソッなぜ燃えない!」


 男はその身に吹きかかる炎をものともせず前進を続ける。

 高熱にさらされた腕や脚が黒く炭化するが、黒炭になった部分が剥がれ落ちると、その下からみずみずしい筋繊維が生えてくるのだ。

 これまでの経験から察するに、あれは危険だ。脳細胞が全力で警告音を発している。

 俺はカーオーディオに向かって叫ぶ。

 

 「カラフルあの人体模型野郎に突っ込め! あれはヤバイ!」

 「えっ!?」

 「何もしなけりゃヒョットコが死ぬ! 急げ!」


 四輪駆動車がヒョットコの背後から見て右手側、対峙する二名の間に割り込む形で突撃する。

 位置の関係で先に俺たちに気付いた人体模型野郎が、こちらに視線を送り、その姿がフロントガラスから消えた。

  

 「前菜がおわってねぇんだ。ちょっと待ってろ」

 

 人体模型野郎が車体の側面に一瞬で出現し、蹴りを放つ。バキンと四輪駆動車のドア部分がくの字に折れ曲がり、俺たちは車体ごと真横に吹き飛ばされた。


 「おわっ!」

 「ひゃっ!」


 近くにあった分離帯にぶつかり停車する。天地が逆さまになり、申し訳程度にエアバックが作動した。

 

 「クソッ」


 体が痺れる。シートベルトを外し、どうにかドアを開けて、俺は外に転がり出た。

 人体模型野郎はヒョットコのいる方向へ向き直り、何事もなかったかの様に行動を開始する。


 「ハァーア、飽きた。もういいぜ」

 「このおおおおおおおおおおおお」」


 ヒョットコがさらに火炎を吹きだす。人体模型野郎が足を止める気配はない。焼き尽くされながらも迷わず前進を続ける。

 そして、ついにヒョットコの眼前までたどり着いた。


 「あ、ああ・・・・・・」

 「フゥー、んじゃ、いただきます」


 ヒョットコは食われた。

 比喩表現ではない。人体模型野郎の顎が上下に大きく開き、ヘビがネズミを丸飲みするみたいにヒョットコを飲み込んだのだ。

 ジュルジュルと不快な租借音が響き、その腹部がヒトの形に膨れた。

 そして、奇声があがる。


 

 「ウメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!

マジやばい! マジすごい! 人間の美味さってハンパねえ!!」


 

 言葉が出てこない。

 知り合いが目の前で死んだのというのに、まったく感情が動かない。

 ヴィランとの戦いはこれまで幾度となくあったが、このレベルは初めてだ。

 人間のフリをしているエイリアンだと思いたい。


 奴の腹が元通りの形に戻る。そして、ようやく俺たちを見た。

 否、食料を見た。

 

 「せめて、メインコースにはなってくれよ?」


 

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