第四話 万能なお姫様
太陽はすっかり沈み、時計の短針が文字盤の一○を指す。
月は雲の影にかくれ、生暖かい風が吹く。今夜は寝苦しい夜になりそうだ。
ビジネスホテルの一室で俺とアリシアは体を休めていた。いや、正確いうと休んでいるのはアリシアだけだ。
こちらはというと、アリシアの瞳の先で正座させられていた。
ベッドの上で足を組み、こちらに怜悧な視線を向ける彼女はあきらかに不機嫌だ。汗がナイアガラの滝のように流れ落ちるのは、クーラーが効いていないからではないだろう。
理由は簡単。あの後ベスターを取り逃がし、追跡中に路上で営業していた屋台を壊して、警察のお世話になったバカな男がいるからだ。
「さて、言い訳を聞きましょうかアズマさん?」
おそるおそる顔を上げる。なかなかにピンチだ。
「結果よりも努力した過程をみてほしい」
「あなたを捕まえた警察官の話では、居酒屋の屋根から落っこちて、近くにあったアイスクリームの屋台を壊した挙句、ドブにはまってもがいていたとありますが」
「前言撤回、みないでほしい」
「わたしがヒーローライセンスを見せなかったら、どうなっていたと思うんですか。ヒーローが犯罪者とか笑えませんよ」
「面目ない」
「はぁー、あなたを信じたわたしがアホでした。これからは全面的にわたしの指示に従ってもらいますからね」
「了解した・・・・・・」
かなりみっともない状況だが、今はなにも言い返せない。しばらくはアリシアの言うことを聞くしかなさそうだ。
「とりあえず今日はもう休もうぜ。軽く筋肉痛だ」
立ち上がり、背伸びをする。足がしびれ、少しふらつく。
と、アリシアがじっとこっちを見ていることに気が付いた。
まだ何か言いたいことがあるのだろうか?
「それはかまいませんが、この部屋に何か疑問に思うことはありませんか?」
「冷蔵庫にペットボトルが入らないことか?」
「ベッド! ベッドです! なんで一つしかないんですか! この変態!!」
顔を真っ赤にして、叫ぶ。
いまさらだが、確かにこの部屋の寝具はベッドが一つあるだけだ。
しかし、予算の都合でこの部屋しか取れなかったのだから仕方ない。
あいにくガキに欲情するような性癖は持ち合わせていないし、こいつの魅力度は、ストライクかボールでいえば、ボークレベルだ。
「仕方ないだろ、他にホテルねーんだから。そんなに嫌ならソファーで寝てやるよ」
「ぜひお願いします!」
かくして、ソファーで寝ることになった。お姫様はベッドに潜り込みスヤスヤと寝息を立てている。シャワーを浴びて寝転がると、一日の疲れがどっとでて、俺はすぐに夢の世界へと落ちていった。
翌日俺たちは、ベスターを捕獲するために調査を開始した。
手分けして町の人々に聞き込みをし、おおまかな移動ルートを特定する。
後はひたすら尾行だ。見つからないように、一日中張り付いているのはかなり神経をすり減らす。
しかし、三日間尾行を続けたおかげで、パワーに関する情報や行動パターンを知ることができた。
どうもこいつは、南部にある中華街を拠点に悪さをしているようだ。あちこちの民家に侵入して食べ物を盗んでいる。駅前の喫茶店まで足を運んでいたずらをするようなことは稀なようだ。
街の住民も捕獲を試みたたそうだが、あのパワーのせいで上手くいかなかったらしい。今回こちらに依頼が来たのもそのためだ。
そして、これが重要なのだがあの瞬間移動のパワーは、どうやら上下方向にしか使えないようだ。
しかも、一度に移動できる距離は一○から一五メートル程度。
つまり、相手がネコだから手ごわいのであって、人間ならCクラス相当のパワーでしかないことが判明した。名称を検索すると、《不足移動C》というパワーだと記述されていた。
ルートを特定し、パワーが判明した。
後は具体的な捕獲の手段を考える。まあ、その内容は全部アリシアが決めることになった。俺は名誉挽回を願い出たが、却下された。
実際に決まった案はこうだ。
「これを使いましょう」
そう言って差し出されたのは、ネコ用の首輪だった。ただ、市販のものとは違う点がある。
それはこの首輪が金属製で、抗パワーの電波を発生するというところだ。
本来は突然パワーに目覚めてしまったペットに使う。
「こんなものよく手に入ったな。手続がかなり面倒なはずだが」
「動物病院でヒーローライセンスを見せたら快く貸してもらえました。みなさんもベスターには
手を焼いているようでしたし」
金色のライセンスカードをつまみ、ひらひらと見せびらかす。
ヒーローライセンスは、協会から正式にヒーローとして認められた者だけが使えるカードだ。
銅から金までのランクがあり、上位のカードなら進入禁止の建物に立ちいったり、物資を市民から借りるなど、様々な特権が得られる。また、活動中に破損した備品や建造物なども協会に保障しもらえる。
もちろん俺が持っているカードは銅だ。新人のこいつが金なのは、それだけパワーが強いということになる。
俺が牢屋にブチこまれなかったのもこいつのおかげだ。
「それで、どうやってこれを着けるんだ? そこらのドラネコとはわけが違うぞ」
「心配いりません。そろそろアズマにも、わたし実力を教えてあげましょう」
アリシアは、自信たっぷりにそう言った。
◆◆◆
ベスターとの初遭遇から八日後、ついに、捕獲作戦が決行された。
テリトリーにしている中華街に乗り込み、朝飯を物色しているところを捕まえる算段だ。
俺はヘルメット以外のヒーローコスチューム装着し、辺り一帯を見回せるように、ビルの屋上で双眼鏡をかまえていた。トランシーバーを使い、ベスターがテリトリー外にでた時にアリシアに知らせるのが仕事だ。
一方アリシアはというと、ドラゴンののぼりを掲げているラーメン屋の前で、両腕でネコを抱えていた。
今回の作戦のために、ペットショップで借りてきた三毛猫だ。見知らぬ場所に連れ出されたせいか、不安げな表情を浮かべている。
そして、身に着けているコスチュームは、スカートの丈を短くした制服にスパッツとアイバンドのみというシンプルな構成だ。頭に着けたインカムは、状況を把握するため、常にオンになっている。
ちなみに、アリシアのヒーローネームはカラフルという。
作戦中は、お互いをヒーローネームで呼ぶ。
しばらくするとベスターが現れた。場所はラーメン屋から三軒先にある屋台の屋根の上だ。
ついに、作戦開始だ。
「ごめん。あなたの能力少し借りるね」
アリシアがパワーを発動する。尋常ならざる気配に三毛猫が驚き、カッと眼を見開いた。彼女は先ほどよりも強く抱きしめる。
すると、両腕と抱えていたネコの輪郭がゆらぎ、水に溶かした絵の具のように混ざり合い始めた。全身が若草色に発光し、目のくらむ様な光が立ち上る。
光が収まると、そこにはネコ耳と尻尾を生やした一人の少女が立っていた。
『変幻自在の万華鏡はどんな悪も逃がさない! 撃滅! 撲滅! プリンセスヒーロー、カラフル参上にゃ!』
「・・・・・・」
『何か言いたい事でもあるのかにゃ? ハンドマン?』
「カラフル、そのセリフは自分で考えてんのか?」
『当然にゃ』
彼女のセンスに関するコメントは控えるが、これがアリシアのパワー《百色換装AA》だ。
触れた物体と融合し、その能力を自分の肉体に上乗せできるかなり上位のパワーだ。日本にこのクラスのヒーローは十人もいないだろう。融合相手の影響を受けてしまうのが玉に瑕だが。
持って生まれた才能の差。横柄な態度になるのも、仕方がないのかもしれない。
ともかく、ネコの身体能力に追いつくためにはネコということだ。
「悪い子にはお仕置きにゃ」
四足獣の構えをとったアリシアは、背骨を弓のようにしならせ、跳躍する。体長の五倍の高さまで跳べるネコの運動能力を活かし、ベスターの眼前に降り立った。
驚いたベスターは、《不足移動C》を使い、近くにあった中華飯店の屋根の上に上る。
追いかけっこが始まった。
中華街の屋根の上と、石畳を交互に移動しながらベスターは逃げる。ネコは動かないものは見えにくいと聞くが、的確に移動先を見極め転移している。
それをアリシアは、窓枠や配管を器用に上下し追い詰める。完全にネコになりきっているな。普通の人間には絶対にできない動きだ。
だが、軒先を走る彼女の頭上から、土産物屋が陳列していたお面やキーホルダーが降り注ぐ。あの時と同じように、触れたものを《不足移動C》で空中に転移させているのだ。
「お店の人に迷惑かけたらダメにゃ」
彼女はそれを全てキャッチし、並べなおした。この間二秒。曲芸師として金をとれるレベルだ。そして、追跡を再開した。
アリシアが追い詰め、ベスターが移動する。幾度かこのやり取りを繰り返した後、ベスターは広場を円形に囲む石垣に着地した。広場の北側は細い路地がいくつも分かれており、逃げ込まれたら万事休すだ。
勝利を確信したのかベスターが、ニャオとひと鳴きした。
が、しかし、その余裕もここまでだ。
アリシアの作戦がバッチリはまった。
「ふふんっ、わたしの計算どうりにゃ」
路地に向けて走り出そうとしたその足がピタリと止まる。
慌ててさらに足をバタバタと動かすが、もう遅い。
なぜならば、石垣の上面がぐにゃりと揺らぎ、四足と溶け合っていたからだ。《不足移動C》でこれだけの質量を背負って転移はできないだろう。
この石垣は既に、アリシアの体の一部となっている。彼女は作戦が始まる前すでに、《百色換装AA》を使って、ベスターのテリトリーの中心となる石垣と融合していた。
そして、追いかけっこを続けながら、この場所まで追い込んでいたのだ。
「チェックメイトにゃ」
新人ヒーローに人気のセリフ第一位を吐きつつ、アリシアは、カチリと首輪をはめた。