第三話 ベスターを追え
二○二五年八月一四日
俺とアリシアは依頼を受けるために電車で移動していた。
服装は前回顔を合わせた時と同じだ。
今回の目的地、空守市にはあと三十分ほどで到着する予定になっている。
依頼の詳細は、現地で三木に連絡して説明を受ける手はずになっている。
右前方に映る海を眺めながら俺は駅弁を食べる。アリシアはゼリー飲料のみだ。少し太陽がまぶしい。
「いいのか、そんな飯じゃチカラでねえぞ」
「かまいません。栄養さえ補給できればいいので」
・・・・・・さっきからずっとこんな調子だ。よほど俺のことが気に入らないらしい。まあ、ショートケーキを注文して、出てきたのが軟骨の唐揚げならこんな態度にもなるか。
状況としては、女子中学生にため口をきかれてるこちらのほうがキツい気がするのだが。
「そうトゲトゲすんなよアリシアちゃん。楽しくトークしようぜトーク」
「アリシアでいいです。アズマ」
いったん箸を置き、アリシアの顔を見る。
「―――前から思っていたんだが、俺はともかくなんでキミが呼び捨てなのかな!?」
「今はわたしが主人公だからです。あなたは脇役に徹してください」
「コミックの読みすぎだっての。もっと仲良くしようぜ」
「フローネヒーローアカデミーではそのように習っていますが。これからの時代ヒーローとサイドキックは上下関係をはっきりさせておくべきです。実戦でも女性とイチャイチャしているからよけいなピンチに陥るんです。特に今の日本のヒーローは」
取りつく島もねえなこりゃ。そういやこいつはアメリカから来た留学生だったか。あの後見たアリシアのパワーは実際強力だったしな。
しかも、フローネヒーローアカデミーといえば《大家族AA》のフローネ・エクサランスが設立したエリート校だ。
そこで学んでりゃ仲良しこよしの日本のヒーローは貧弱に見えるのかもな。
「いや俺も、恋人がサイドキックってのはどうかと思うぞ? 最近そんなヒーローも多いけどな。人質にとられたりしたら、いざという時に判断が鈍るだろ? でもな、テレビの前だけニコニコしていて、楽屋で険悪ヒーローなんてイヤじゃないか?」
「仕事とプライベートは区別していますので。あと、アズマにさっきの話は適切じゃありませんね。まず、女性にモテませんから」
「・・・・・・いや、俺も恋人くらいいたからな? 昔はだけど」
「今はどうなんです?」
「ここにいるけど言わん。セクハラになる」
「?」
『次は空守――、次は空守――』
アナウンスが聴こえる、もうすぐ駅に到着だ。
俺は、残った弁当を急いでかきこんだ。
駅は人でごったがえしていた。空守市は大都市なだけあって、利用する人の数も半端じゃない。駅自体がアリの巣のようだ。
「おい、はぐれんなよ」
「子供あつかいしないでください! これぐらい平気です!」
アリシアが人の大海原に飲みこまれながら叫ぶ。
このまま放っておいたら今日中に再会することはまず不可能だろう。
俺は、《三掌C》でアリシアを引っ張り上げる。まるでクレーンゲームだ。
「大丈夫か?」
「・・・・・・サイドキックとして当然のアシストですね」
「へいへい」
空守市は総人口、約百七十万人の港町だ。面積は六百平方キロメートル。
貿易で栄えた町だけあって北東部のオフィス街以外は、古今東西ざまざまな文化の建物が散在しているオードブルのような町だ。
そして、その中でも特に目立つのは、中心部にそびえ立つ空守タワーだ。電波塔、展望台の用途を持ち、最長部は五○○メートルもの高さになる。
また、この町は過去にキャプテン・マイティとSクラスのヴィランが闘った決戦の地でもある。
十年前、たまたま日本に観光に来ていた彼が、『人間バースデーケーキ作戦』を実行しようとしていたヴィランと遭遇。日本のヒーローも巻き込む大事件になったことがある。
この件は、後日映画化もされたのだが、話が長くなりそうなのでやめておこう。
俺たちは駅近くの喫茶店に入り、窓際の席に着く。ウェイトレスにコーヒーと紅茶を注文した。
「まさか、おしぼりで顔を拭いたりしませんよね」
「エスパーかよ」
携帯電話を取り出し、三木に電話をかける。
ここで今回の依頼について、説明があるはずなのだが――。
目の前を赤茶色の影が横切る。
突如手元の携帯が消失した。
「なっ、なんだぁ!?」
「アズマ! 上です!」
頭上から携帯、そしてさっき注文したコーヒーと紅茶が降ってくる。
「あぢぢぢぢ!!」
コーヒーを頭から被っちまった。熱さに転げまわりながら辺りを見回すと、どうやらアリシアは見事にかわしたようだ。さすがエリート。しかし、店内は阿鼻叫喚のありさまだ。ほかの客も同じような目にあっている。
原因はなんだ? そう考えた次の瞬間、目の前に一匹のネコが現れた。
それは、丸まる太った赤毛のペルシャ猫だった。野良猫なのだろう。首輪もつけておらず、毛並みは薄汚れている。そして、その顔に愛くるしさなど微塵もない。控え目にみてもブサイクなネコだ。。
ネコはこちらを向いて、ニヤリと笑うと、その場から一瞬で姿を消した。なるほど、こいつが原因か。
よく観察すると、カップが中空に出現する瞬間あの猫も同じ場所に浮かんでいる。つまり、触れたものと一緒にテレポートしているわけだ。
「人間をなめきってるな」
パワーを発動する。空気が渦を巻き、《三掌C》が発現した。狙いを定め、一、二、三号が天井と左右から襲いかかる。しかし、その指が触れる前にネコはまた姿を消してしまった。
すぐに周囲を確認したが、今度は店内にもいない。外に逃げたのだろうか。
「アリシア! 客や店員に怪我人がいないか確認してくれ! 俺はあの猫を追う!」
「命令しないで下さい!」
「お前のパワーなら大人数を同時に診られるだろ! 頼む!」
「―――今回だけですからね!」
アリシアが言い終わる前に、俺は店を飛び出していた。歩道に出て、喫茶店の正面にまわる。すると、頬に水滴が当たった。今日の天気は晴れのはずだ。すぐに頭上を確認する。
と、空を見上げた俺の瞳に映ったのは、雨ではなく屋根に使われている無数のレンガだった。
「うおあっ、あ、アブねえ!」
横っ跳びでレンガをかわす。歩道に叩きつけられたレンガは粉々になった。土埃が舞い上がり、レンガに付着していた泥水が跳ね回る。
幸いにもこの周辺に通行人はいなかったようだ。ほっと胸をなでおろす。
体を起こした俺は、口に入った砂を吐き出す。
ネコは喫茶店の屋根の上でニヤついていた。
《三掌C》で体を支え雨どいを足場にして、喫茶店の壁をよじ登る。
三味線にするぞこの野郎。
店内の人々に大きなケガはなかった。わたし、アリシア・コーウェンは事務室にあった救急箱を使い、応急手当を施した。
今はみんなも落ち着いている。まったく、とんだ災難だ。アズマはちゃんとネコを捕まえているだろうか。
様子を見に行こうと思い、わたしは店の出口へ足を進める。そのとき、カツンと足に固いものが当たった。よくみるとそれはアズマの携帯電話だ。マナーモードのなっていたので、さっきまでは気付かなかったが、今もバイブが動いている。わたしは電話にでた。
「ああよかった、やっと繋がった」
かけてきたのは三木さんだったのか。ずいぶんと待たせてしまった。
「はい、アリシアです。すいませんお待たせてしまって。アズマは今取り込み中なので、要件はわたしが伺います」
「あれ? アリシアかい? そうか取り込み中なら、きみに説明しておくよ」
「はい」
「今回君たちの依頼はね・・・・・・、なんとネコ探しだ!! おや? 今なんでそんな貧乏探偵みたいなことをと思ったかな? でもね、そのネコはパワー保有者なのさ!!」
「・・・・・・それは驚きですね」
「詳細は現地で聞き込みをするなり、ネットで調べるなり、二人で協力してやってくれ。あいてのパワーが分からないことなんて、ヒーローには日常茶飯事だからね。でも、初めての依頼だからヒントを上げようかな。ネコの特徴は赤毛と、後はそうだな・・・・・・あまり可愛い見た目じゃないかな。おっと、これ以上は教えないからね」
「・・・・・・貴重な情報どうもありがとうございます」
「どういたしまして。あっそうだ、最後に名前を教えておくよ。町の人が勝手につけたんだけどね。そのネコの名前はね――」
「・・・・・・名前は?」
「べスターだ。君たちはベスタ―を追ってくれ」