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第二話 サイドキック

  二○二五年八月七日

 

 俺は日本ヒーロー協会の本部へ呼び出されていた。

 この前の依頼の続きだろうか。本部で直接話すということは、重要な案件のはずだ。

 今日は打ち合わせだけだと聞いているので、服装はヒーローのコスチュームではなく、Tシャツとジーンズだ。

 五十階建てのビルのロビーには、受付のほかには机やソファーが数点、協会の広告を流しているディスプレイが一台あるだけの殺風景なつくりになっている。

 ディスプレイは以前訪れた時と変わらず、ヒーロー協会が各国に誕生したいきさつを説明していた。

 概要を説明するとこうなる。


 ヒーロー協会とは《パワー》を保有する悪党と戦うためにつくりだされた組織だ。


 八○年前突如、《パワー》という特殊な能力を持った人間が世界中で生まれ始めた。原因は今も解明されていないが、年々その人数は増加し、その能力はこれまでの人間を遥かに凌駕するものだった。

 初めの二○年は差別が起こり、軍事目的に利用しようとする者も現れ、世界は混乱を極め、争いも起こった。

 だが、時とともに人々の理解も進み、本人が望むならば薬で《パワー》を抑えることも可能になった。


 今では、国民の一○○○人に一人は《パワー》の保有者だ。もちろん協会のライセンスなしでの使用は固く禁止されているが、世界はそれなりに平和になっている。

 しかし、どんな力でも悪用する人間がいる。それがヴィランだ。

 普通の人間では対抗できないヴィランに対抗するためにヒーローは生まれ、世界中にヒーロー協会が誕生したというわけだ。


 受付に要件を話すと、すぐに俺を呼び出した張本人が現れた。


 「東、久しぶり」

 「よう、三木」

 

 金縁メガネを掛け、ダブルのスーツを着こなし、笑みを浮かべるこの男。

 こいつは三木四郎、俺の元相棒で今は協会の広報室室長。

 陽だまりの様な笑顔とは裏腹に、奈落のごとく腹黒いが、基本的には気のイイ奴だ。

 仕事を紹介してくれる稀有な人間でもある。

 

 「で、今日は何の用だ? カミさんの料理を美味くするのは俺でもムリだぞ」

 「今はカレーにカブトムシ入れたりしてないよ。それより、君に会わせたい人がいるんだ」

 「それが今日の要件か?」

 「ああ、詳しくは上で話すよ」

 

 受付の右手にあるエレベーターに乗りこむ。三木は三十階のボタンを押した。

 

 「どうだった? 『老虎会』売人捕縛の依頼は」

 「報酬は悪くないが、謎が多い依頼だったな。あの薬一体どういう理屈でパワーを与えているんだ? 異形変化タイプはトリックじゃ説明がつかないぞ。これでヴィランの大量発生なんてことになったらぞっとするね」

 「薬に関してはこちらで調査中だ。『インスタントヴィラン事件』の対策室も今回の件を受けて、戦闘専門のヒーローを増員している。早期に相手のパワーを知ることができたのはお前のおがげだ。感謝している」

 「ありがたいね」

 「だだ、こちらの想定よりも深刻な事態だということが判明したからね。これからは協会本部所属のパワーAクラスのヒーローが捜査の主導権を握ることになると思う。東やほかのフリーランスのヒーローにはこの件から手を引いてもらうことになるかもしれないけど・・・・・・」

 「かまわんさ、便利に使われるのが俺の仕事だからな」

 

 電子音声とともにエレベーターが三十階に着く。そこから少し廊下を歩くと第二会議室という場所に着いた。

 

 「入ってくれ、彼女がおまちかねだ」

 「彼女?」


 ドアを開けると、ブレザーを着た一人の少女が椅子にこしかけていた。

 

 金髪をショートボブにセットし、コバルトブルーの瞳は宝石のようだ。

 年齢は十三、十四くらいだろうか、まだ顔にあどけなさが残っている。

 だが、表情はぎこちなく、どこか冷たい印象を受ける。

 それでも、正直な話そこらのアイドルよりよほど可愛らしい。

  

 彼女は俺たちに気付くと立ち上がり、自己紹介をはじめた。


 「はじめまして、アリシア・コーウェンです。趣味はヴィランの撃滅、撲滅、殲滅です。よろしお願いします」

 

 何か物騒なセリフが聞こえた気がするが気のせいだろう。差し出された手を俺は握りかえす。


 「東古市だ、よろしく」

 

 自己紹介が終わると彼女はこう切り出した。


 「さっそくですが、アズマさんあなたのパワーを見せてもらえますか?」


 基本的に日本で初対面の相手にパワーのことを尋ねるのは失礼にあたる。

 『パワーを見せるは親の友』という言葉もあるからな。

 しかし、彼女はまだ日本文化に馴染みがないのだろう。そう考えた俺は《三掌Cトライデント》で一号を生み出し、三木の胸元にあったボールペンを抜き取って、器用に回して見せた。


 「それだけですか?」

 「えっ」

 

 動転した。それだけとはどういう意味だ?


 「念力を手の形に形成して操っているのはわかります。ほかには何かないんですか?」

 「今のが一号であと二号と三号が残っている。全部で三本まで出せるぞ。力は成人男性くらいある」

 「・・・・・・これで全部ですか? Cクラスのパワーだと思うのですが」

 「Cクラスのパワーだが?」

 「・・・・・・」


 沈黙が重い。

 説明を求めるために三木の顔を見たら、目をそらされた。


 「時間を止めることは?」

 「時計なら」

 「天候を操るとか」

 「ニュースを観ろ」

 「音速で走ったり」

 「バイクは乗れるぞ、AT限定だが」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 

 「三木さん、このおじさんまったく使えませんよ」

 「はあああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 な、なんて失礼なガキだ。親はどんな教育をしてんだ。

 

 「おい、人のパワーをバカにするのはハゲにハゲって言うようなもんだぞ。キレるぞ」

 「率直な感想を言ったまでです。実際ハゲ散らかったパワーですし」

 「てめぇ!!」

 「待ってくれ! 二人ともちょっと落ち着こう!」


 たまらず三木が仲裁に入る。


 「先に説明しておかなかったぼくが悪かった。東、お前にはアリシアのサイドキックになるために、今日ここに来てもらったんだ」

 「サイドキック!? そんな話は今はじめて聞いたぞ!」

 「今はじめて言ったからな。アリシアは先月ヒーローとしてデビューしたばかりなんだ。それで、協会のほうでも相棒を募集したんだが、いいサイドキックが見つからなかったんだ。だからお前を呼んだんだよ」

 「ニュービーのお守りをしろっていうのか? しかもこんなひねたガキの? ごめんだね」

 「他のサイドキック候補は全員同じようなセリフを吐いて辞退したんだよ。東、お前が最後の頼みなんだ」

 「俺だってイヤだっつーの! どんな頭してんだ!」

 

 俺たちの会話を聴いていたアリシアがため息をつく。


 「はぁ、わたしの初デビューだというのに、どうして三流ヒーローばかりなんですか。少なくてもパワーB+以上のサイドキックを期待していたのですが」

 「そうかい、ならそいつとよろしくやってくれ。じゃあな」

 「まてまてまて! わかった! 東こっちで話そう! アリシアは少し待っていてくれ!」


 三木が俺を廊下に連れ出す。


 「アリシアはあんな性格だが、パワー自体は本当に強力なんだよ。だから、協会のスポンサーもアイドルヒーローとして、プッシュしようとしているんだ。

 でも、実績のないヒーローじゃ世間が認めてくれないだろ? それで、優秀なサイドキックをつけて依頼を達成させてやりたいんだよ」

 「知ったことか」

 「――ならこれならどうだ? 東、アリシアのサイドキックとして依頼を達成できたら報酬のほかに、協会のほうから特別手当として一○○万円だそう」


 おい今のは聞き捨てならないぞ。一○○万円!? 本当か!?

 『老虎会』捕縛の報酬は家賃払ってギャンブルしたら消えちまったからな。

 次の依頼はいつあるかわからないし、今後のことを考えたらこんなにおいしい話はない。


 「・・・・・・今の話が本当なら考えてやってもいいが、ほかの奴らにはこの話はしていないのか? 飛びつくやつは大勢いると思うぞ」

 「実力があるやつにしか使わない最終手段だからな。はやく決めるように上層部にも催促されているんだ。お前が断ったら候補はあと二、三人しかいない」

 「パワーがCクラスでもか?」

 「パワーがCクラスでもだ。協会に評価されなくてもお前は強いよ」

 「――わかった。元相棒の頼みだ、その依頼受けよう」


 部屋に戻ると、三木はアリシアに俺が承諾したことを伝えた。


 「なんでいきなりやる気になったんですか? あんなに嫌がっていたのに。なんかキモイのですが」

 「大人の事情ってやつだよアリシアちゃん。さっきのことは忘れて共に依頼を達成しよう。サイドキック東の活躍に期待していてくれ」

 「あなたのようなパワーが弱くて、カッコ悪いおじさんはわたしの趣味じゃありません。三木さん、もっとイケメンでわたしに釣り合うような人はいないんですか」

 

 こめかみに血管が浮くがぐっとこらえる。我慢しろ俺。一○○万円のために。

 

 「アリシア、そう言って今まで五十人ぐらいいた他の候補者も断っただろう? そろそろこのへんで妥協しないか?」

 「ヒーローは妥協なんてしません」

 「・・・・・・しょうがないなあ、ちょっとこっちで話そうか」


 今度はアリシアが廊下に連れていかれた。ドアを開けるときの三木の目、あれはそうとうにキテるな。

 あの目をした時の三木は非人道的な手段もいとわない。はっきり言って俺も怖い。

 

 「これまで君が断り続けてきたせいで、ぼくも上層部ににらまれているんだよね。撮影等のスケジュールもあるし、早くサイドキックを見つけて依頼を受けてもらわないと困るよ」

 「いい加減な仕事はできません。わたしにもプライドがありますから」

 「うん、だよね・・・・・・じゃあ、こういうのはどうかな?」

 「なんですか」

 

 

 「アリシア、きみ十四歳なのに夜一人でトイレに行けないんだって?」

 「!?ッな、なんでそれを!?」

 「大人はね、いろんなことを知っているんだよ。いろんなことをね。ねえ、東をサイドキックとして認めてくれないかな?」

 「わたしを脅すつもりですか......ヒーローなのに」

 「そんなつもりはないよ、ただ今後ネット上に君の恥ずかしい画像が流れるかも知れないだけだよ」

 「・・・・・・わかりました、あなたの条件を飲みます」

 「うん、頭のいい子がぼくは好きだよ」

 

 三木とアリシアが帰ってきた。なぜかアリシアの顔が先ほどよりも赤い気もするが。

 

 「アズマ、あなたをわたしのサイドキックとして認めます。だだし、次に受ける依頼のあいだだけです。それが終わったら解消しますから」

 「オーケー、仲良くやろうぜアリシアちゃん」

 「アリシアでいいです」


 こうして、俺とアリシアはコンビを組むことになった。

 どんな依頼でも達成するだけで一○○万円。ボロい仕事だ。

 この時の俺はそれしか考えていなかった。


 

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