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第一話 コンテナと銃弾

 二○二五年七月二〇日

 

 『ジジジ、ジジジ』

 「九十八、九十九、百」


 ウォーミングアップの腕立て伏せを終え、おもむろに立ち上がる。

 居間の丸机に置いてあるデジタル時計を見ると、時刻は午後六時を回っていた。

 日中やかましかったセミの鳴き声も、少しはマシになったようだ。

 時計の隣にあるタバコを掴み、ライターがないので台所のコンロで火をつける。喫煙者に厳しい世の中だが、これだけはやめられない。

 窓の外を観ると、空がほんのり茜色に染まり始めていた。

 木造アパートの二階に夕陽が差し込む。

 

 「さて、仕事の時間だ」

 

 俺は東古市あずま ふるいち、年齢は35歳。ハンドマンという名前でヒーローをやっている。 

 ん? どんなヒーローかって? もちろん正義のヒーローだ。

 悪党どもの尻をけっ飛ばすのが俺の仕事さ。

 基地はこの六畳一間だ。まあ、貧乏学生と大差ない基地だが。

 

 BGM替わりに点けておいたテレビからコマーシャルが流れる。燃え盛る炎の真っただ中で、イケメンヒーローがハンバーガーを食べていた。

 炎は彼の背中から噴き出し、さらに勢いを増す。

 

 『フレッシュファイヤのフレッシュバーガー! 燃えるような美味さだぜ!』

 

 《炎熱操作Aヒートハグ》のフレッシュファイヤか。最近売り出し中の俳優ヒーローで、若い女性に人気があるらしい。

 派手なパワーもその理由の一つなのだろう。この数十秒でどれだけ儲けているのか。

 フリーランスの俺には正直うらやましい。

 

 ズキンッ

 

 くそっ、余計なことを考えていたら頭痛がしてきた。タバコを灰皿で消し、サイレンが鳴り響く前頭部を左手で押さえる。

 昨日競馬で負けた腹いせに、飲みすぎたのは失敗だったか。今日目が覚めたら昼間だったしな、もう酒は絶対に飲まん。

 何十回目の反省をしつつ、ふらつく頭を抱え洗面所に向かう。

 蛇口をひねり、冷水で顔を洗う。タオルハンガーから布きれを取り、水で濡らして汗まみれの体を拭う。

 気分はすぐれないが、いまさらサボるつもりはない。今日の依頼を終わらせないと、今月の家賃も払えないのだ。

 

 居間に戻ると、テレビから先程と同じ音声が聴こえた。部屋の隅にあるリモコンに意識を集中させる。

 すると、リモコンが宙に浮き、テレビの電源を落とした。こんな時、俺のパワーは便利だ。

 

 汗を落とした俺は、壁に掛けてあるコスチュームに手を伸ばし、スマートグレイのスパンデックスを身に着ける。同色のフルフェイスヘルメットを被り、背中には黒地に黄色で手の平のアイコンが入った防弾マントを装着する。右足にホルスターを取りつけ、自動拳銃を差し込む。

 アパートのガレージに止めてあるバイクにまたがれば準備完了。

 

 ヒーローハンドマンの出動だ。


 「♪~ ♪~~」


 キャプテン・マイティのテーマソングを口ずさみながら、高速道路を走る。ヘッドライトが道を示し、影を下ろした景色が歌詞と共に後背を流れていく。

 キャプテン・マイティはSクラスの《パワー》を持ち、何度も世界を救ったヒーローの中のヒーローだ。

 俺も子供のころテレビで観た彼に憧れて、みんなを守れるようなヒーローになるのが夢だった。

 

 現実に叶った夢は俺の想像と少し違っていたが・・・・・・。

 

 おっと、仕事まえにネガティブになってどうする。そろそろ目的地だぞ。

 気合いだ。気合い。テンション上げろ。

 ヘッドライトの光が眼前の闇をかき消した。

 


 

 湾口のコンテナヤードに到着した俺は、ゲートをくぐりクレーンのそばにバイクを止める。そこから徒歩で移動して、海沿いにあるコンテナの影に身を隠した。

 辺りには碁盤の目状に赤茶色のコンテナが林立している。ここの責任者にはすでに話を通しておいた。今夜俺がこの場所をどう使っても問題はない。

 

 今夜の依頼の内容は、取引を行うチャイニーズ・マフィア『老虎会』の麻薬の売人を捕縛と、奴らが新たに開発した薬の奪取だ。

 ヒーローとしては二か月ぶりの活動になる。

 

 『老虎会』という組織は、これまでも麻薬の売買で多くの人間を破滅させてきた悪党だ。

 そいつらが最近になって、ヴィランの研究にも乗り出しているという噂が流れた。 嘘か真かしらないがを薬で《パワー》を与えているそうだ。

 それだけなら与太話として処理してもよかった。人為的に《パワー》を付加することは現代の科学力では不可能だからな。

 

 しかし、ここで問題が起こった。

 以前、協会所属ヒーローが、噂の真偽をたしかめるために『老虎会』アジトに潜入した。

 だが、そいつはささいなミスから潜伏先を突き止められ、奴らに捕えられてしまったのだ。

 そして、つま先から一日に一センチずつ切り刻まれ、三カ月かけて拷問され殺された。

 日数が正確にわかるのは、その様子がネットで公開され、大きな社会問題になったからだ。

 

 日本ヒーロー協会は、この件を事件を『老虎会』からの挑戦状と受け取り、『インスタントヴィラン事件』と命名。協会所属、カンパニー所属、フリーランスなど各ヒーローに『老虎会』の調査を依頼した。

 仲間の死を無駄にしないためにも全力をつくせということだ。

 

 そして、今回俺にも話がまわって来たというわけだ。

 殺されたヒーローは気の毒に思うが、感傷にひたっていてもしょうがない。今は金を稼ぐことに専念せねば。


 

 満月がコンテナを照らす。時計の針が午前一時を指した頃、ようやく売人が現れた。

 待たせやがって、手持ちのタバコがもう空だ。 

 売人の人数は十人、そのうち九人は黒のスーツを身に着け、残りの一人が白のスーツにサングラスを掛け、アタッシュケースを携えている。

 おそらくこの白服がリーダーのマオだろう。ここまでは、協会が事前に用意した情報どおりだ。

 

 連中の位置は、今俺が背にしているコンテナから直線で三台コンテナを挟んだ場所だ。そこは車道が通っており、辺りがひらけている。

 ホルスターから麻酔弾が装填された自動拳銃を取り出し、セーフティを外す。

 ヒーローに殺人はご法度だからな。

 

 姿勢を低くし隙をうかがう。連中に大きな動きはない。

 そして、取引相手は未だ姿を見せない。

 奴らの苛立がこちらにも伝わってくる。

 

 

 雲が流れ、満月にかかる。闇がさらに深さを増した。

 世界が漆黒に塗りつぶされる。

 瞬間、俺はコンテナの影から飛び出した。


 

 目標との距離を詰めながら六度トリガーを引く。乾いた発砲音と共に、薬莢が排出され、眠りのつぶてが発射される。

 一発は外した。だが、残りの弾丸が黒服の胸や腹に命中する。

 

 「ガッ」

 「カハッ」

 

 弾丸の先端にある注射針から薬液が注入され意識を奪う。

 その場で糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 残り五人。


 俺の存在に気付いた残りの黒服が、胸元から拳銃を取り出し発砲する。

 防弾マントを前方にひるがえし、盾にする。特殊繊維が衝撃を吸収し、銃弾を雨粒のように弾いた。

 だが、ライフルでも持ち出されたらこんな布きれでは防げない。

 撃ち殺される恐怖を押し殺し、麻酔弾を撃ち込む。さらに黒服が昏倒した。

 残り二人。


 防弾マントで視界の影になっている部分から、最後の黒服が飛び出してきた。

 こちらが反応する暇もなく、ノータイムで前蹴りを放つ。 

 手元の自動拳銃が弾かれ、カラカラと音を立てて地面を転がった。

 こいつは不味い。

 

 「ハイ――!!」

 

 どこか間の抜けた掛け声が聴こえる。

 動揺している隙に、敵の下半身が鞭のようにしなり、上段回し蹴りが側頭部を捉える。靴に鉄板でも仕込んでいるのか、ヘルメット越しにでもハンマーで殴られたような衝撃が頭蓋骨に響く。

 

 「っ」


 視界が点滅する。

 膝をつきそうになるのをグッとこらえる。

 落ち着け、体勢を立て直せ。

 息をつく暇もなく、みぞおちへ順突きが放たれる。これは、なんとか右手の平で受ける事が出来た。鋭い一撃に刺すそうな痛みが走る。

 こんどはこちらの番だ。頭突きを顔面にいれ、視界を奪う。

 肉が潰れる。ブチュリという嫌な音がした。鼻血が噴き出す。黒服は、右手で鼻を抑えた

 この隙を見逃さず、袖と襟首を掴み重心を崩す。

 のんびり殴りあっている暇はない、これで終わらせる。

 

 「らあああああああああ!!」

 

 体を反転させ背負い投げを叩き込む。

 アスファルトに肩から落とし、痛みで動きを制限する。鎖骨が逝ったかもしれない。

 続けて、打ち上げられた魚の様にのたうちまわる黒服の顔面に、容赦なく足刀を撃ち込む。

 どうやら前歯が折れたようだが、こちらの靴も血まみれだ。引き分けということにしてほしい。

 もう聴こえてはいないだろうが。

 ともかく、黒服どもの制圧は完了した。これがゲームならC判定といったところか。


 

 かなり時間をかけて闘ってしまった。この間抜け野郎め。

 リーダーに逃げられたらここまでの苦労が水の泡だ。

 自動拳銃を拾い、急いでマガジンを交換、辺りを見まわす。

 すると、意外にもその姿はすぐに発見できた。というより二十メートル前方で腕をゴムチューブで縛ってやがる。

 足元にはカギが開いたアタッシュケースが転がっていた。

 

 「おい、この状況わかってんのか? お前の部下はみんなねんねだぞ? トリップしてる場合じゃねえと思うんだが」

 「ええわかってますヨ。私は正気でス。それより、自己紹介くらいいいでしょウ? 私はマオといいまス。貴方ハ? ヒーローさン」

 「チッ、俺はハンドマンだ」

 「ハンドマン、貴方の相手は使えない部下たちに代わって私がしましょウ。この薬の実験も兼ねてネ」

 

 

 言うが早いかマオはアタッシュケースから注射器を取り出し、紫の薬品を自らの腕に打ち込んだ。

 マオの肉体が変異する。体は紙粘土のような白い皮膚で包まれ、身長は三メートルほどに増長する。腕が丸太のように太くなり、両手足に獣のような爪が生えた。頭部だけが人間のままなのは薬が未完成ということだろうか。


  噂は本当のようだ。本当に薬でパワーを付加してやがる。

 

 

 「こいつがインスタントヴィランか。出来の悪いマシュマロマンみてえだな」

 「アハハハハハハ!! 気持ちイイ! 気持ちイイ! 気持ちイイ! 気持ちイイ! 何度やってもこの瞬間は最高ダ! 今の私ならラ! 神にだって勝てル!!」

 「それは盛りすぎだろ」

 

 マオの話には取り合わず、自動拳銃を構え、鼻っ面に麻酔弾を叩き込む。

 しかし、弾丸は顔にかざした太い腕で受け止められてしまった。腕にめり込んだ弾丸の先端にある針が折れ、そのまま地面に落ちる。

 

 (異形変化、肉体強化タイプのパワーか、接近戦はキツいな)

 

 「この力、存分に味わってくださイイイイイイ!! 《白獣Bホワイトアウト》!!」

 

 マオがこちらに向かって突進する。

 速い。

 一瞬で距離を詰め、腕を振りかぶる。


 「フンッ」

 

 連続側転でパンチを躱す。

 破壊の風が吹き抜け、さっきまで俺が立っていたアスファルトに、蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 破片が宙を舞った。

 

 「ノーコンだな。ピンクの象さんとダンスでも踊ってろ」

 「黙レェェェ!!」

 

 コンテナの一つを両手で掴み、こちらに放り投げる。

 信じられない馬鹿力だ。

 

 「オイオイオイ」

 

 うつぶせになり、飛来する鉄塊から身を躱す。

 コンテナは背中の上を通り過ぎ、轟音とともに他のコンテナを押しつぶした。

 こっちは基本普通人だぞ。トマトケチャップにするつもりか。

 

 マオが俺の生存を確認する。

 両脚がアスファルトを踏みしめる。

 先ほどよりも速い速度で、ミサイルの様に突っ込んでくる。右腕を水平に持ち上げ、五本の爪で肉を切り裂こうとこちらに迫る。

 上半身を起こし、片腕に集中させて、引き金を引く。

 ダメだ、やはり効かない。

 人さし指の爪が胸元の肉を切り裂き、コスチュームが血で赤く染まる

 痛みで苦悶する俺の目に、両腕が死神の鎌のごとく迫る。

 

 「しまっ」

 「捕まえタ。離さないヨ」


 マオが両腕で俺の体を掴む、腕ごと掴まれているため身動きがとれない。つま先が地面から離れ、万力のような力に全身の骨が悲鳴を上げる。手の平から自動拳銃が滑り落ちた。

 

 「がああああああああああ!! 待て! やめろ!」

 「なラ、今から土下座しロ。そうすれば許してやってもいいヨ」

 「ほ、本当か? 本当にそれで助けてくれるのか......?」

 

 哀れみを誘う声で懇願する。

 金は大事だか命はもっと大切だ。

 こんなところで死ぬなんて冗談じゃねえ。

 

 「嘘だヨ。死ネ」


 ついに力に耐えきれず骨が砕ける。激痛が全身を駆け巡る。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 夜の闇に絶叫がこだまする。

 月の光が俺たちを残酷に照らしていた。

 ただし、これは悪党の絶叫だ。

 

 「キっキサマ! なにをしタ!!」

 「嘘つきなのはお前だけじゃねえよ。聖人君子と戦っているつもりか?」

 

 百八十度折れ曲がった右手の小指をおさえ、マオが叫ぶ。両腕の拘束から逃れた俺は距離をとりながら、ゆっくりと解説を始めた。

 

 「一方的に殴りたいんならサンドバッグ相手にやってろ。 こっちにもパワーがあるに決まってんだろ」

 

 俺の周りの空気が渦を巻き、手の形に形成される。数は1つ、刻まれた文字は一号。半透明な掌が空中に生み出された。

 

 「それがガ貴様のパワーカ・・・・・・」

 「そうだ《三掌Cトライデント》一号から三号まで手の形をした念力を操るのが俺のパワーさ。一つ一つの力は成人男性と大差ないが、力を合わせればお前の小指を折るぐらいのことはできる。三矢の教えってやつだ」

 

 「くだらん真似ヲ!! 殺ス!! 生まれてきたことヲ後悔させてやるゾ!!!」

 

 マオの憤怒に呼応するように皮膚がさらに増長する。呼気が熱をおび、背景をゆがませた。

 

 「そりゃ無理だな。もう勝負はついている」


 解説で注意を引きながら俺はマオの背後に残りの二つ、二号と三号の掌を創り出していた。

 二つの掌は、先ほど落とした自動拳銃を構え、生身の後頭部に狙いをつける。


 「・・・・・・!! マッ待!!!」

 「おやすみ、いい夢を」


 銃声が響きマオの意識は完全に闇に包まれた。

 粘土のような皮膚が剥がれ落ち霧散する。

 残りゼロ。

 依頼完了。

 今回もギリギリの勝利だった。

 

 「あーしんど、明日は病院にいかねえとな」


 日本ヒーロー協会に依頼の達成を報告すると、すぐに事後処理部隊がやってきた。警察への連絡や救急車の手配など後のことは彼らがうまくやってくれるだろう。薬の件に関してはまた後日説明しよう。

 

 

 俺はバイクにまたがり家への道をひた走る。

 キャプテン・マイティのエンディングを口ずさむ元気はさすがになかった。

 


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