世界は理不尽で満ちている。だけど……
君に聞いて欲しいちょっとした話があるんだ。
高校三年生の時のことなんだけど、ちょっと受験勉強の疲れでさ、勉強をほったらかして街をふらふらしていたんだ。まあ、今思えば恥ずかしい話だよ。そのとき、小さな珈琲店をみつけて、ふらふらっと入っていったんだ。
カランカランとベルの音が静かな店内に鳴り響いた。
何も考えずにカウンター席に座ると、すぐ右隣にその頃の僕より少しだけ大人びた女性が座っていたことに気付いたんだ。
その女性はさ、とても綺麗な黒髪をしていて、優雅にコーヒーを啜るんだ。一目惚れ、というやつだね。こんな美しい女性がいるもんなんだ、てさ。
とりあえずその頃好んで飲んでいたブラックコーヒーをバリスタに頼んで、その人に話しかけてさ。色々話を聞いたんだ。
年齢、職業、職業、どれだけ学力が高くてどんな経験を詰んだかってね。
ああ、君は知ってる? 人間は他人の“数字”を気にするって言われているんだ。……僕もそう思うよ。
そうだよ。僕はだんだんその女性の話を聞いていて、どす黒いものを覚えたんだ。その人はとても学歴も高い、そして単純にお金持ちだった。そういう僕は、高校の偏差値は中で、家も貧乏。学歴はしょうがないにしても、貧富の差は、本当に理不尽だ。だって、僕とその女性は絶対に釣り合うことがないんだから。
もうその時点で一目惚れの熱は冷めちゃったね。
でも、僕はその人に会って一つだけ嬉しいと思ったことがあったんだ。その人が帰りがけに僕のこう聞いたんだ。
『君は今、やりたいことはあるの?』
ってね。僕は肩を竦めて無いですって答えたら、少し微笑んで、
『この珈琲店に入った理由は?』
って質問してきたんだ。そのとき、一瞬言葉に詰まった。僕がこの店に入った理由は、惹きつけられるものがあったから。それしかなくてさ、そう伝えると、その女性は僕の頭をくしゃくしゃと撫でて、僕の分まで精算してくれたんだ。
そして、別れるときにこう言ってきたんだ。
『惹きつけられるっていうのは、恋と同じなんだよ!』
僕はその意味をすぐに理解できなかった。でも、さ。それから暫く経って大学に入ったとき、またふらふらとしていたら珈琲店を見つけたんだ。ちょうど、同じ時期にね。どうしても惹きつけられて入ると、珈琲の匂いがなんだかとても心を落ち着かせてくれたんだ。
未だやりたいことがみつからない、というわけじゃない気がすると僕は初めてそう思ったんだ。もうやりたいことはみつかっているんだって。
その時バリスタの人に纏まらない思考をぶちまけるように話すと、今日から働いてみる? って言われて、二つ返事で返事をしたんだ。
「どうでした、僕のコーヒーは?」
高校の制服を着た少女に僕の過去を全部話した。この子は、昔の僕と同じように難しい顔をして、心が脆く、すぐに崩れてしまいそうな表情をしていたから。
そして、僕みたいに相談できそうな大人の人がいなかったから、伝えてみたんだ。
この子はそっと僕を見つめてきた。
「……この世界は理不尽に満ちていますよね」
「そうですね。……でも僕は、『だけど』って付け加えます」
コトリと少女の前にコーヒーを置いて、微笑んだ。
「世界は理不尽に満ちている。だけど、それに立ち向かえるのも人間なんだってね」
お読みいただきありがとうございます。
少し前に書いた「フレーズ小説」という小説です。
今あなたがぼんやりとでもやりたいと思っていること。それを貫き通してください。




