道
「随分仲良しになったものね。本当に驚くほど時間の経つのの早い事。とうとうあの子達にもこの時期が来たわね。あなたどう思う?マリさん」
院長が物思いにふけったように遠くを見つめながらマリに質問した。
「あの4人に心配なんて不釣合いですよ院長。」
マリが深くうなずきながら答えた。
「そうね。きっとうまくいくわね。あの子達はきっと幸せな未来をつかむでしょうね。」
院長が微笑んだ。
「それにしても。あの子達はいつまでもやんちゃね」
そういって院長とマリは笑った。
その時けたたましいバタバタと廊下を走る音がしたかと思うと院長室の扉が勢いよく開いた。
髪の長い一見女の子らしい見た目の小柄な少女が満面の笑みで入ってきた。
「院長~!お早うございます!お呼びですか?」
リリだ。
見た目とは相反して随分とやんちゃな雰囲気をかもし出している。
その後ろからヒロが追って勢いよく入ってきてリリに後ろから激突した。
「いったいなぁ。ヒロ!何やってんのよ。ちゃんと前…」
そこまで言いかけたときにそのすぐ後ろからシンが入ってきて続けた。
「ちゃんと前を見て走れよ。」
するとそのまた後ろからユウが。
「いや。まず走るなよ。リリ大丈夫か?」
そういってシンからリリへと目線を移した。
「うん。大丈夫!」
リリがいたずらっぽく笑いながら言った。
「俺の事は無視かよ。まだ痛いんだけど…」
するとヒロが不公平だと言わんばかりに胸の辺りをさすりながら言った。
そうやってふざけていた4人を前にしばし笑顔で黙っていた院長だったが、しばらくして咳払いと共に真剣な面持ちを繕って話し始めた。
「あなた達にお話があります。」
院長があらたまって言った。
4人はふざけるのをやめ院長のほうに向き直った。
「ここの方針は知っていますね?」
ユウを筆頭に4人が曖昧にうなずいて見せた。
「院の付属中学を卒業したら自分で生きる。それがここの方針です。でも強制はいたしません。選ぶのも自分自身、どうするか自分たちで決めなさい。これからはすべて自分次第ですよ。」
4人は黙ってうなずいた。
少し沈黙があってユウが口を開いた。
「院長。俺たちその話は4人で色々相談して決めたんです。」
そこで一度言葉を切って3人のほうをチラッと見た。
「俺たち4人で一緒に暮らしていきます。高校はもう同じところを受験しましたし、後は4人とも受験結果を待つのみです。万が一俺たち4人のうち誰かが落ちたら俺たちは別の高校をまた受験しなおします。家族として互いに差さえあって生きていくと決めたんです。よろしいですか?」
ユウが4人を代表していった。3人がうなずいて院長を見つめた。
しばらく考えるように院長は黙っていたが口を開いてこういった。
「…たしかに問題はないでしょう。でも」
院長が口ごもった。
「あなた達は今は学生でまだ若く互いを求め合うのも分かりますが、リリは女の子だし。あなた達もいずれはそれぞれの幸せに違いを見出していくのよ。分かる?」
「院長それも分かっています。でも俺たちは家族なんです。血は当然つながっていないけど。離れるなんておかしな事なんです。分かってください。」
とユウが強いまなざしを向けて言った。
3人が強くうなずいて賛同した。
少し黙って考え込んだ後院長が言った。
「まぁいいでしょう。あなた達を信じましょう。」
しばらく間をおいて院長が続けた。
「それから。あなた達に差し上げるものが2つあります。」
4人は黙って聞いていた。
「まず初めに1つ目は。苗字をそれぞれに与えます。」
その言葉に4人は少し期待の表情を向けた。
が、その表情を読み取ったように院長が続けた。
「いいえ。残念ながら4人とも別の苗字が既にあります。」
「別の苗字?」
ヒロがつぶやいた。
「仕方ないのよ。こればかりは。あなた達がここを訪れた時に決めた事だから」
院長がため息混じりに言った。
「俺たちは家族なのに」
ヒロが言った。
院長が口を開きかけたがユウが先に答えた。
「俺たちは今まで苗字なんかなしで生きてきた。家族なんだからいまさら形式上の苗字がついて、それが違ったからって家族じゃなくなるなんてこと無いだろヒロ。リリもシンも。だからそこをあんまり気にするな。血だってつながってないけど気にしたことあるか?」
3人が少し悲しげだがうなずいて見せた。
「よろしい。」
院長が続けた。
「では2つ目です。あなた達の本当の家族…」
ここまで聞いて4人が少し身構えた。
「その方々があなた達に託したお金があります。それぞれ金額はバラバラです。受け取るも受け取らないも自由です。かなり高額な金額なのであなた達の希望どおりの受け渡し方法をとります。今後あなた達が生活していく上で必要です。受け取って損はないかと思います。金額については、それぞれの金額をそれぞれにのみお教えします。」
院長は文章を読み上げているかのように一本調子で言った。
「本当の家族はここにいる4人、そしてこの孤児院のみんなだもん…それ以外に家族なんていないよ…」
リリが少し意味ありげに声を詰まらせながらボソッとつぶやいた。
「リリ。大丈夫俺達がお前の本当の家族それが真実だ。昔のことなんか忘れていいんだよ。でもこの話が出る事も覚悟してた事だ。だからもうそれ以上深く考えずにこの場を乗り切ろうぜ。な?」
シンが優しさをこめてリリを説得するように軽く髪に触れながら言った。
リリはそれ以上何も言わずに黙ってうなずいた。
しばらくして気持ちを切り替えたように冷静な面持ちでシンが聞いた。
「院長。総額でいくらですか?」
「それぞれの金額をそれぞれにのみお教えします。」
院長は機械的に繰り返した。
「どうせ言っちゃうよ後でみんなに。」
リリが確信をついた。
院長は顔をしかめて考えていた。
「総額は4人が暮らすのに十分な金額ですか?」
何かを考え込みながらヒロが聞いた。
「十分すぎるでしょうね。はっきり言って相当あります。」
院長はため息交じりで、あきらめたように言った。
すると床を見つめて考えをめぐらせながら、ゆっくりシンが話し始めた。
「これはあくまでも俺の案なんだけど、もし3人が賛成なら…」
「何だ?」
シンのほうを見ながらユウが聞いた
「うん。総額の半分を俺たちが持って出て行く。そして残りの半分をこの孤児院に寄付するっていうのは…?」
シンは目線を上げて院長を見ながらいった。
その言葉に3人が口々にそれがいいといって院長を見た。
「あなた達は本当に立派に育ちましたね。金額も聞かずに…。」
院長がそうなることを分かっていたような感じで4人を順に見ながら話した。
「院長。アタシたち自分たちで決めたんです。そうしたいです。だからもう何を言われても意見は変えません。」
リリがきっぱり言った。
3人がうなずいた。
「分かりました。では話は以上です。」
そういって院長はニコッと笑っていつもの雰囲気に戻った。
4人は院長に一例をし部屋を出た。
部屋を出て中庭に向かう道を歩いているとき。
「絶対に大丈夫。俺がみんなをちゃんと守るから。何も心配するな。」
ユウがいきなりくちばしった。
「何改まってそんなこと言ってんだよ。みんなでお互いを守るんだろ。お前一人に俺たちを守るなんてそんなこと背負わなくていいよ。俺たちは4人でひとつだぜ。みんないるじゃんかよ。」
柄にも無くまじめな顔でヒロが言った。
「アタシずっとここの手伝いしてたからお料理とか洗濯とかは任せてよ。院の子供たちの世話だってしてたんだから4人になったら楽になるくらいだよ。」
リリがやさしい笑顔で言って見せた。
「あぁそうだな。俺もみんなを守るし。4人でいればきっと大丈夫だよ。」
シンが続けた。
4人は笑顔で互いの顔を見た。
「よしじゃあまず住む家を探さないとな。金はあるみたいだし。これから俺たちが住む家はとりあえず少しましなところにしよう。それぞれちゃんと部屋があったほうがいいし。」
気合を入れるように伸びをしながらシンが提案した。
「そうだな。」
ユウが賛同した。
「そうそう。リリは姫だから一応プライバシーもあるだろうしな。」
ヒロがリリの肩に腕を回しながらからかった。
「ちょっとやめてよ。アタシは姫じゃないからユウがお姫様の名前なんか付けるから…それに…ちょと体重かけないでよ!」
ヒロの腕を重そうにしながらリリがブツブツ言った。
「姫は俺がお守りいたしますよ。」
からかうように笑いながらシンがそう言って王子様のようにリリに手を差し伸べてヒロに目配せした。2人は大爆笑だった。
そんな2人をよそに
「こんな馬鹿2人じゃあまりにも頼りないな。」
と笑いながらユウがやさしく声をかけてリリの頭をポンポンとたたき、かがんで目線を合わせてニコっと笑って見せた。
「あんた達に守ってもらわなくても自分の事は自分で守れますよ。それになんでアタシだけいつも子ども扱いなのよ。。」
と男勝りの目で3人を見つめ返しながらリリが言った。
4人は笑いながら何気ない日常のやり取りを楽しんだ。
だがその気持ちの奥にはそれぞれ新しい生活への期待と不安な気持ちを少なからず感じていたのだった。






