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Charm of love  作者: 橋本 真一
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再会

冬の晴れた早朝のことだった。

寒いエントランスは人気もなく、静まり返っていた。

そんな平和極まりない静寂を破るように突如、孤児院のベルが鳴った。

その日は珍しく院長は不在であった。

夕べから隣町へ出かけていたのである、昼頃に帰ってくる予定だという事だ。


当院に働き始めて10年になるマリ。

マリは孤児院の子供たちのお姉さん的存在であった。

「はい。ただいま参りまーす。少々おまちくださーい。」

明るい人当たりの良い声で扉の向こうに待っているであろう何者かに向かって声をかけ、寒いエントランスに駆け下りてきた。

マリはガウンの前をきつく閉めなおして自分の姿をエントランスの大きな鏡に映してニコッと笑い一呼吸おいてから扉を開けた。

扉を開けたそこには誰も立っていなかった。

目線を少し下げてマリの心は悲しみと世間への落胆に肩を落とし、大きくため息をつきながら貼り付けた笑顔をさっと消し去った。

”現代にこんなやり方と…”

マリは心の中でそうつぶやくと、玄関先にあるベビーカーを押してあわてることなく院の中に入った。

扉の前にはベビーがぽつんと置き去りにされていたのだ。

ベビーカーの中には。生まれてまだ間もないと思われる乳飲み子が眠っていた。

マリは部屋の中へ赤ん坊を連れて行き、抱き上げて常に予備でおいてある共同リビングのベビーベッドに寝かせ余分な毛布をかけてやった。

赤ん坊をどけた後のベビーカーに目をやるとそこには手紙が1枚。

彼女は手紙を広げて内容を確認した。

”院の口座にお金は振り込み済みです。差出人名M”

彼女はその手紙を裏返してみた。

真っ白だった。

”たったのそれだけ…名前は…年齢は…?いったい何を考えているのかしらまったく…ひどすぎる”

と心の中で嘆いた。


その日の昼過ぎ。

院長が帰ってきた。

寒そうにコートを体に巻きつけて裏口から白い息を吐きながら只今とホールに向かって声をかけた。

院長は年老いた優しい母親のような雰囲気漂うふくよかな女性だ。

マリがすぐに駆け寄り今朝の出来事をまくし立てた。

赤ん坊のこと手紙のこと。

それ以外に何も無かったこと、全てを一気に話終えた。

このなんとも心を突く出来事を聞いた院長は心とは裏腹にニコッと笑い。

「素敵な日にしてあげましょう。現実は変えられない。だから嘆いても仕方ないでしょ。何も分からないなら、そうね…今日が誕生日ということにしてあげれば良いわ。今日は素敵な日よ。」

そういって共同リビングの赤ん坊の下へと足を運んだ。

そうして彼の誕生日は12月1日その日となった。

そのすやすやと眠る赤ん坊の顔を見て優雅な笑顔と優しさをと、院長がユウと名づけた。

ユウはあまり泣かない子であった。

ニコニコと無垢な笑顔を振りまいて毎日を過ごし院の皆の心を癒していた。


ユウが院にやってきて2ヶ月も経ったであろうか。

また晴れた朝のことだった。

今度は院長室の電話がなった。

男の子を引き取って欲しいという要請であった。

院長は一度院へお越しくださいと愛想良く伝え電話を切った。

それから1時間ほどで再び電話が鳴った。

内容はこうだ

「代理の者が子供をつれて伺います。よろしくお願い致します。」

と、半ば押し付けるような口調のずさんなものだった。

それからまもなく玄関のベルがなりおそらく使用人なのか誰なのか若い男性が子供を抱えて院に入ってきた。

その男性は押し付けるようにそそくさと子供をマリに引渡し、冷静な無表情を崩さずに。

「すぐ戻ります」

そういって車に何か取にいきすぐにまた玄関口まで戻ってきた。

男の手には大きな鞄が2つ、中には金が詰まっていた。

マリが何か質問しようと口を開こうとしたときには既に、きびすを返して逃げるように車に乗って去ってしまった。

院長がまた笑顔で小さな新入りを迎え、ユウの隣のベビーベッドにそっと寝かせた。

そのとき不思議な事に、あまり泣かないユウが突然泣き始めた。

抱き上げてあやすとより激しく泣き、なかなか泣き止まなかった。

それはとても珍しいことだった。

すると隣のベッドからも連鎖するように泣き声が上がった。

サイレンのごとく部屋中に2人の泣き声が響き渡った。

さっきの赤ん坊までもが泣き始めてしまったのである。

するとあやしても泣き止まなかったユウが泣き始めたときと同様に突然泣き止んだ。

子供というのは他の子供の泣き声に感化されることは多いが…

すると新入りの赤ん坊がユウにつられ、こちらもあやすこと無く泣き止んだ。

一瞬の出来事だったがなぜか妙に不自然な感覚だった。

耳を劈くような2人の泣き声の後の急な静寂に耳に違和感を覚えて院長は少しあっけにとられていた。

そのとき不意に玄関のベルが鳴り忙しい聴覚への攻撃に顔を上げて玄関のほうへ目を向けた。

来客の対応にはマリが出た。

するとこんどは少し年配の男性が赤ん坊を抱えて入ってきた。

妙に不気味で挙動不審な男だった。

赤ん坊をいきなりマリに渡し。

ポケットから小切手を出すと乱暴に床にたたきつけた、するとそのまま無言で走って逃げてしまった。

嵐のように矢継ぎ早にいろいろな事がありすぎて驚きを隠せないままマリは、赤ん坊を連れて院長の下へ急いだ。

そんなマリの顔を見て院長は、ため息交じりに複雑な顔をした、だがすぐに笑顔になって赤ん坊を抱き上げた。

ベビーベッドの予備が別の部屋にあるので取に行く間とりあえず、さっきの子と同じベッドへ寝かせた。

奥の部屋へマリを引き連れて一端3人の赤ん坊を残し部屋を出た。

奥の部屋に行きマリと一緒にベッドを運びながら院長が赤ん坊のいる部屋に戻ってきた。

そのとき院長が急に目をきつく閉じパチンと頭に手を当て、しまったという顔をした。

「私としたことが」

「どうなさいました?院長」

その様子にマリがあわてて聞いた。

「どっちがどっちだったかしら」

と笑いながら院長がつぶやいた。

院長はお茶目な笑顔で苦笑いを隠そうとしていた。

2人の子がごっちゃになってしまったのである。

「まっ仕方ないわね。どちらにしろ今後どっちが先輩かでもめるような事になっても厄介だしねっ。数分だから一緒に来たってことでいいわよね…」

といって少女のような笑顔を作って笑ってごまかした。

その笑顔にマリはいつもの院長のユーモアあふれる少し抜けた性格がおかしくなって一緒に笑った。

しばらくの間は急に2人の赤ん坊が仲間入りした事で院長とマリは朝からバタバタと忙しかった。

さきほどの不思議な泣きの連鎖はもう無いのかと院長が様子えお見ていたが特に何も起こらなかった、というか、これほどまでに周りで慌しくバタバタとしているのに3人ともよく眠っている。静か過ぎるほどに。

院長はこの赤ん坊2人にも12月1日という誕生日を与え。

まず一人を、広い心と広い知識をもって育つように。ヒロ。

そしてもう一人には信念と信頼をもって清く育て、とシンと名づけた。

3人はすくすくやんちゃに育ち兄弟のようにお互いを慕いながら育った。

同じ年の子供は彼ら3人だけだった事もあり、3人はいつも一緒だった。

ユウはいつも暖かい目で2人を自分の弟のように優しくときに厳しく従えていた。

シンとヒロはというと、いつもどちらが先輩かという事が口げんかの種だった。

マリや院長にしつこくどちらが先に来たのかと質問を繰り返す始末だったが、院長もマリも同時だったと答えを一貫して貫いていた。

微笑ましくも手の焼けるこの3人は院の中でも一際皆になついていた。

そして。

彼らが4歳になる12月1日の午後。

また院の玄関ベルが不吉な予感とともに鳴り響いた。

マリが扉を開けると、小さな女の子が魔女を思わせるような小汚い老女に手を引かれてやってきた。

小さな女の子は泣きそうなのを必死にこらえ、冷たい目で一瞥をくれると女性の手を振り解いた。

老女が少女の背中を押して院の中へ突き出した。

少女は少し抵抗するように、ふてくされた顔で少しつんのめりながら一歩前に出た。

「あの?ご用件は」

マリが愛想良く声をかけると老女がかすれた声でこういった。

「私はそこでこの子をここへ連れて行けと頼まれましてね。ただその役目を果たしただけです」

といってポケットの辺りを気にした。

マリは子供を孤児院に連れて行く代わりにと老女が貰ったのであろう金がポケットの中でこすれあう音を微かに聞いたような気がした。

マリが怪訝な顔をしていると

老女はニヤッと笑いお役ごめんとばかりにうれしそうな足取りで去っていった。

追いかけようとマリが玄関から乗り出したとき後ろから院長が引きとめた。

深追いしても少女は幸せにはならない、そう院長はマリに目で言い聞かせた。

院長はいつもそうだったように、少女に駆け寄り院の中の暖かい共同リビングにいざなった。

少女の手には小切手と手紙が握られていた。

半分泣きそうになりながらも必死にこらえて口を接ぐっていた。

院長が前かがみぎみに、優しい声で話しかけると少女が小切手と手紙が握り締められていた拳を突き出した。

その手紙をやさしく少女の手から受け取り内容を確認した。

手紙の内容はこうだ。

”名前無し。3歳”

とだけ書かれていた。

この少女は3年間も名前すらも付けてもらえずに生きてきたというのか?

不思議に思い院長がまた優しい声で聞いた。

「お名前は?」

「しらない」

少女があふれる涙を必死にこらえながら震える声で言った。

「どこから来たの?」

「しらない」

少女は何を聞いても消え入りそうな声でそれを繰り返すだけだった。

小切手を持っているところから見て、この子もまた他ならぬ最低な富豪に捨てられたのであろう。

名前も付けていないとはどういうことなのか?

院長はこの少女が虐待にでもあっているのかと思い少し調べてみたが特に目立った害傷は無い。

困った顔をしていても始まらないとばかりに院長は立ち上がり、少女にあたたかいココアを飲ませ落ち着かせた。

少女は相変わらずココアのカップを小さな手で包み込んだまままじっと黙って下を向いていた。

相変わらず何も言葉は発していない。

しばらくすると、そこへやんちゃ3人組が慌ただしく共同リビングへ入ってきた。

状況に目を留めた3人は興味津々顔で小さな椅子に腰掛ける少女にジワジワと近づいてなにやらニタニタと笑みを浮かべた。

「新入り?」

ヒロが360度少女を見るように周りを駆け回りながら聞いた。

少女はうつむいたまま脅えたように黙っていた。

するとそんなヒロの様子を見たユウが。

「ヒロやさしくしてやれよ。」

と嗜めながら少女に近づき目の前で目線を合わせるようにかがんだ。

そして顔を少女から院長へと移しなく何か言おうとした。

だが口を開いたのは後ろに立つシンだった。

「院長この子いくつ?名前は?」

3人の中ではシンはいつもこういう時は冷静な対応をするタイプだった。

「3歳だって。貴方たちと同じぐらいね。でもねこの子はお名前がまだ無いんだって。お誕生日も分からないの。だけど今日から皆のお友達だから、優しくしてあげるのよ。」

院長がやんちゃな3人を優しく順に見回しながら紹介した。

「ふ~ん。変なの名前が無いなんてそんなやついんの??」

またヒロだ。少女の顔を覗き込みながら言った。

すると少女が突然ワッと泣き出してしまった。

さすがにまずいと思ったのかヒロがあわててキョロキョロした。

さっきまで冷静だったシンもヒロにつられて、あたふたとユウに助けを求めるような視線を投げかけた。

するとユウは一人落ち着いた様子で優しい笑顔をにっこりと向けた。

「お前の誕生日は今日12月1日!俺たちと一緒に今日4歳になる!名前はそうだなぁ…リリだな。」

といって少女の頭をポンポンとたたいて慰めた。

院長はそのユウの妙に大人びた振る舞いをみて少し驚いた。

すると少女が顔を少し上げて口を開いた。

「リリ?」

「そう。いい名前だろ?前に院長が読んでくれた絵本に出でてきたお姫様の名前なんだよ。君によく似ててとってもかわいいお姫様なんだ。嫌かな?」

その童話は以前院長が生徒たちに読み聞かせたお話で、小さくて美しいお姫様が妖精たちと冒険に出るかわいらしいお話だった。

少女がうれしそうにしかし口をつぐったまま頭を横に振った。

そして3人が順に名前を言って自己紹介した。

自己紹介を終えるとヒロがリリの手を引いて言った。

「さっきはごめんね。リリ」

横でシンがうなずきながら同じように笑って見せた。

そのままヒロがリリの手を引いて中庭に走っていった。

その直ぐ後をうれしそうにユウとシンが追った。

その日の夕方には4人そろって4歳のお誕生日を院の皆と盛大に祝った。

いつもの3人に新たに加わった一人これからどう成長していくかを院長はこの幸せな瞬間の光景と共に、にこやかに見守っていた。


日々成長する子供たち。

ユウは相変わらず皆を率いるリーダーのような存在だった。

シンとヒロは性格などの多少の差こそあったが日々めぐる好奇心の源を見つけると直ぐにはしゃぎまわった。

はじめは無口だったリリも3人と過ごすごとに元気いっぱいの明るい子に育ちまるで男の子のようにやんちゃに成長していった。


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