プロローグ
真実。すなわち生。
偽り。すなわち死。
正義は悪を征し。
悪は希望を打ち砕く。
どちらがより黒い闇をもたらすのか。
天使の嘘。
悪魔の真実。
誰を信じるか。
答えを導き出したとき勝利は貴方に。
大都会の真ん中に存在する不自然な場所。
一見すると大きな緑地のようにも見てとれる。
緑に囲まれたその中心にある大きな屋敷は外部からハッキリとは見えない。
都会には不釣合いの自然あふれるこの場所。
目を向けずともわかる存在感たっぷりの場所。
だがそこが孤児院だということを知るものはごくわずか。
そこにはたくさんの孤児たちが生活を共にしていた。
だが、そこに住む子供たちの存在は現実社会から切り離されている。
隠されているのだ…子供たちが存在するという事実自体を…
孤児たちの親はこの都会にあふれる金持ち達。
子育てを放棄し自分の子供たちに愛情を抱くことも無く邪魔な存在として扱い、大金を積む代わりにと親の責任から逃れようとする。
そんな子供たちを引き受けるこの孤児院は院長の善意と一部のボランティアで成り立っている。
院長は年老いた富豪の未亡人だ。
皮肉にも悪辣な金持ちたちに求められ善良な金持ちにより成り立っている。
そもそもここはただの孤児院だった”善良な金持ち”の院長が、”悪辣な金持ち”の無責任な行動を見かねて子供を引き取ったことからこの孤児院にはあるサブタイトルが着いたのである。
そのサブタイトルこそ”金持ちの子捨て城”である。
子供を余計な面倒と一緒に金で引き取ってくれるという情報がさまざまなネットワークから広まり多いときで年に数人の哀れな子供たちがこの場所へやってくるのである。
子供たちはここで新たに人生を歩み始める。
大人への不信感や恐怖などを持ってやってくる子供は数多くいる。
だが院のボランティアたちが皆、我子のような愛情を持って接する事で次第に孤児院での生活に幸せを導き出すのであった。
さらに院長という存在が子供たちに親達への無駄な復讐心や恨みを育てる心を欠いていた。
ここの孤児院は別に金持ちじゃなくとも、親の無い子供ならばいかなる子であっても受け入れている。だがなぜかここへは金持ち達がわが子を捨てにくる。
頼んでもいない大金とともに。
おそらく
”誰にも言うな。”
”二度と顔を見せるな”
っといったような、そういう意味がこもった金なのであろう。
だが金は汚いもきれいも、子供たちが生きるのに必要である。
院長の方針でこの孤児院は中学を卒業するとひとり立ちするというのが基本の方針であった。
そのとき初めて子供たちは唯一の親からの贈り物である金を手にここを出て自立するのだった。
中にはその金を受け取ることをためらう子供もいる。
だがほとんどが現実的に生きていくうえで必要という理由から受け取り、まともに生きる道に向かうという、結構ポジティブな子達が多かった。
そんな俗世間的な現実を院長はあえて子供たちに隠すことなく伝え教えて育てる。
そして幸せは金では買えないということを教え。何より大事なものは愛や思いやりだと教えていた。
この物語のスタートはこの場所をもって運命の出発地点とする。
決して人は生まれたその日。誕生日が人生のスタートではない。
人生そして運命の始まりの日それこそが誕生日でありスタートなのである。
親に見捨てられた不運な4人を中心にストーリーが始まる。
それぞれに通じる共通点。
運命の手により引き寄せられる4人の男女。
彼らは運命を共にする。
4人の運命のつながりとは。
4人に待ち受けた試練とは。
3人の少年たちが背負う運命。
1人の少女の命が3人に委ねられる。
ファンタジックと空想にリアルな心の動き。
非現実的なことが起こっても現実的にしか行動対処できない人の心。
彼らの前に現れるなぞの影。
タロットの使者たちが彼らを導く。
悪魔と天使の対立をなかつかれらが背負い戦う。
狂う日常。
明日を迎えるための戦いが今始まる。