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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
散り逝く闘神
8/35

維心は、毎日自分の知っている限りの神の宮を仙術で探り、膜が張られていないか調べた。

それも不発に終わると、今度は空き家から何からしらみつぶしに当たって行った。そんなことをしても、炎嘉が移動でもしていたらもうわからないのはわかっていた。それでも、維月を見つけるまで、維心は諦めるつもりはなかった。

あれから、もう三週間も経ってしまっている。いったい、維月はどんな夜を過ごしているのだろう。炎嘉が維月に触れると思うたびに、維心は身を焼かれるような苦しさを感じた。夜は、とても宮で休む気になどなれなかった…横になっていると、そんな思いが心に迫り、とてもじっとしていられなかったからだ。

略奪社会と申すなら、また略奪仕返したら良いだけのこと。維心はそう思いながら、必死で維月を探した。今はとにかく、維月の気を感じたい…あの声を聞きたい。そして、触れたい。

維心は、同じように十六夜の気も月からずっと維月を探しているのを感じ取っていた。あれだけ広域を見渡せる十六夜に見つけられないとは…。

維心は絶望感が襲って来るのと戦っていた。

維心は、海岸に降り立った。思えば、維月は海が見たいと良く言っていた…きっと見つけて、連れて来てやらねば。

《父上!華鈴が炎華殿の気を読みとれまする!すぐにお戻りを!》

維心は、急に飛んで来た将維の念に面食らった。

《将維?なんと申した、ヤツは膜の中におるというのに。》

《鳥族の間の周波数があるのだそうです。炎嘉殿は龍に転生し申したが、父のせいなのか読み取れると、華鈴は言っております。》

維心は身を強張らせた。では…炎嘉の居場所がわかると申すか!

《すぐに場所を知らせよ。我にこのまま送るよう、華鈴に申せ。》

しばらく、沈黙した。将維が説明して、華鈴が場所を探っているのだろう。そしてしばらくのち、若い女の声の念が送られて来た。

《王。場所は今居られる海岸線沿い…南にあります林に入る辺りでございます。》

維心は言われるままに見た。そこには、確かに林がある。しかし、入る辺りには木々があるのみであった。

《いや…潜めそうな場所はないぞ。》

相手は戸惑ったような声を返して来た。

《家ではありませぬ。地下へもぐっているような…でも、海に向かって、上の方に窓がございます。ですので、入り口辺りに隠れるように窓があるはず。》

維心は念のため、自分の気配を消してそこへ近付いた。

そして、そこに小さな窓を確かに見つけた。足元にあり、中を伺うことが出来る…維心はそっと、中を覗いた。

そこは、やはり膜が張られていた。黄色く薄い膜が掛かっている中、維月が座っていた。維心は、飛び込んで行きたくなる気持ちを抑えて、回りを見た。炎嘉が居る。維月に歩み寄ると、肩を抱き、維月が横を向いているのに自分のほうを向かせ、唇を合わせた。維月は立ち上がって下を向き、炎嘉に背を向けた。炎嘉はなおも、その背を抱き寄せた。

維心は、我を忘れた。

一度に気を放つとその窓とつながる壁も破壊し、維心は飛び込んで炎嘉に頭上から一気に気を降らせてなぎ倒した。

維月は何かわからない衝撃で弾き飛ばされそうになり、それを誰かの腕に支えられて抱きしめられるのを感じた。

「維月…!維月…!もう離さぬ…!」

維月は声の主を見上げた。

「ああ」維月は見る間に涙を溢れさせた。「維心様…!ああ、お会いしたかった…。」

維心は維月の唇を塞いだ。柔らかく、優しくて強い気…。間違いなく、我の維月だ。

「主を奪い返したぞ。もう誰にも渡しはせぬ。」と炎嘉を見た。「…こやつ…!」

維心は維月を小脇にしっかりと抱え、炎嘉を気で持ち上げてがんじがらめにし、砂浜へ転がした。十六夜の、安堵した気が降り注いで来る…維心の手に、維月が居るのを見たのだ。

《維心!そいつはそんな所に居やがったのか!》

十六夜が実体化して降りて来る。維月を見ると、その手を取った。

「ああ維月…お前の気が感じとれねぇのが、辛くて仕方なかった。まるで死んでしまったようだって思ってよ…」と、頬に触れて、軽く口付けた。「よくがんばったな。もう大丈夫だ。」

維心の腕に力が入った。

「こやつは、封じてやる。碧黎がこやつを送れないと申すなら、我はこやつをもう、世に放つことは出来ぬ。ゆえに封じる。」

十六夜が頷いて手を上げた。

「オレがやる。オレの封印を解けるのは、オレか維月しかいねぇ。万に一つも、二度と世に出ない為にな。」

維心は頷いて場を譲った。十六夜が手を上げると、炎嘉が唸って目を開けた。

「今度ばかりは許さぬぞ、炎嘉。」維心が言った。「しかし、主の末の娘のおかげで助かったわ。」

炎嘉は目を見開いたが、フッと笑った。

「華鈴が生きておるのか。」

「将維が妃にすると申すので、生きて連れて参ることを許した。今は将維に感謝しておる…まさか鳥族の周波数があるとは。」

炎嘉は気で縛られたまま座った。

「殺せ。」

十六夜が首を振った。

「お前を殺すことは碧黎が許さねぇだろう。だが、オレらはもう我慢の限界なんでぇ。封じさせてもらうぞ。」十六夜は手を上げた。「お前には転生なんてもういい。眠ってな。」

光りが、十六夜の手から溢れた。炎嘉は目を見開いて、首を振った。

「眠る…?封じられたら、死ぬことも出来ぬではないか!」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「オレ達の苦しみを少しは感じ取ればいいんだよ。調子に乗り過ぎたんだ、炎嘉。」

十六夜の手から、光が溢れた。

炎嘉はその光に巻き込まれ、そしてその砂浜の脇の潜んでいた所に、十六夜によって封じられた。

一瞬のことで、維月も声を出す事も出来なかった。維心はひたすら維月を胸に抱き、その一部始終を見守っていた。

十六夜は、くるりと振り返った。

「さあ、もう行こう。今度あいつが出て来ることがあったら、それは碧黎の奴が封印解いたんだと思うぜ…もう殺してやれってな。」と、維心に言った。「早く維月を連れて帰ろう。維月が一番傷ついてるんだからよ…。」

維心は頷いて、維月を抱き上げた。そして、言った。

「我が、完全に忘れさせるのは無理であるが、記憶を薄くすることが出来るゆえ。主にそれをしようぞ。気持ちが楽になるゆえな。安堵せよ。」

維月は黙って頷いた。維心の胸が心地よい…。

龍の宮へ向かって運ばれながら、維月はホッとして、維心の腕の中で眠りに落ちて行った。


しばらくの間、維月は夜うなされたり、悪夢を見て突然に起き上がって維心を驚かせたりしたが、その度に維心が抱きしめて心をつなぎ、今は共に居ることと、あの三週間は忘れるようにと誘導することで、少しずつゆっくりと眠れるようになって来ていた。

人の時とは違い、閉じ込められた状態で、しかもそれが何百年続くかもしれぬ恐怖は、想像以上に維月の心にダメージを与えていたのだ。維心は昼も夜も、片時も維月を離す事なく、政務の時にも必ず連れて行き、手を握り、いつもどこかしら触れているようにしていた。

そのうちに、表情が固かった維月も、自然に笑うようになった。維心はその笑顔を見ると、とても安堵して嬉しかった。維月につらい思いをさせてしまった…そのことが自分のせいであると、維心は思っていたのだ。

その日も、維心は維月をしっかりと腕の中に抱いて、居間で並んで座っていた。そこに、将維が入って来た。

「父上、母上。」

将維は頭を下げた。維心は軽く返礼した。

「将維。」と傍の椅子を示した。「座るがよい。」

将維は腰掛けた。相変わらず、二人は仲睦まじい。母の表情も、前の明るいものに戻って来ていて、将維は安心した。意に沿わぬ相手と閉じ込められて過ごすのが、一体どれほどの重荷になるのか、将維には想像もつかなかったが、心をつないで補佐している父が言うには、あまりに不憫で見るに耐えないと言っていた…きっと、母は心を病むほどつらかったのだ。将維は口を開いた。

「父上、そろそろ桜の花見の季節になり申したと、洪が言って参りました。」と努めて明るく言った。「来週には見ごろになるのではないかとのことでございまするが…今年はどうなさいますか?」

維心は維月を見た。桜は、毎年人の世へ皆で酒を持って出掛けて、桜の下で花見をしながら騒ぐというたわいもないことであるが、維月はこれを毎年とても楽しみにしていた。しかし、まだ無理なのではないか…。

維心がそう思って維月を気遣わしげに見るので、維月は微笑んだ。

「まあ維心様。久方ぶりに、とても気の晴れることでございますわね。今年は月の宮の桜が見事であると聞いておりまする。人の世ではなく、月の宮へ参りとうございます。」

維心はホッとして微笑み返した。

「そうよの。人の世へ参るとなると、またいろいろとややこしいゆえ。今年は月の宮へ参ろう。」と将維を見た。「では、洪に申せ。月の宮へ花見に参る。」

将維は頷いた。

「はい。では、蒼にも知らせを出しましょう。」と立ち上がって頭を下げた。「では、失礼いたします。」

「あ、将維」維月が声を掛けた。将維は振り返った。「あなた、華鈴を助けたそうね。あなたの妃なのですって?」

将維は困ったように首を傾げた。

「…いえ、まだ妃ではございませぬ。妃になる予定であると申しましょうか。」

維心は笑った。

「まあ、主にはまだ早いかもしれぬの。良いではないか。花見にでも連れて出てやると良い。」

将維は戸惑ったような顔をしたが、頷いた。

「はい。父上がそうおっしゃるのでありましたら…」

将維は今度こそ、出て行った。

それを見送っていると、維月が自分を見上げているのを感じた。維心は慌ててそちらを見た。

「どうした、維月?」それでもまだじっと自分の顔を黙って見ている。維心は困って、もう一度聞いた。「我の顔がどうかしたか?維月、黙っておってはわからぬ。今は心をつないでおらぬゆえ…。」

維月は微笑した。

「維心様…とても整ったお顔ですこと。将維が維心様そっくりに成長しておりまするので、本当によかったと思っておりますの。」

維心はびっくりした。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

「維月…我は…己の外見をそのように思ったことはないのだ。だが、将維が我にそっくりであるのは分かる。我もあれぐらいの年の頃は、まさにああだった。」

維月は、ほほほと声を立てて笑った。

「まあ…維心様はご自分のことを何も知らずにおられまする。私はこの黒い髪も深く青い目も、とても好きですわ。最初お会いした時、とても長い髪を束ねていらしたのも好きですけれど、面倒だと短く斬られた今も好きですわ。」とどう答えれば良いのか戸惑っている維心の頬を両手で柔らかく挟んだ。「そして何より、そのお優しいお心も大好きですわ。維心様…私を愛してくださって、本当にありがとうございます。いつも感謝しているのです。」

維心は、維月の目を見つめながら、目に涙を溜めて微笑んだ。

「そのような…我は主を無理に望んだ最初であったのに。我が一方的に主を愛したのに…我こそ、主に礼を言わねばならぬ。我を愛してくれて、感謝しておるぞ、維月。」

維月は微笑んで、そのまま維心に唇を寄せた。維心は歓喜してそれを迎えた。あの事件以来、このように維月から寄って来ることはなかった…それが、こうして元に戻って来たのだ。維心は維月を抱き締めた。

「維月…共に居ようぞ。」

維月は頷いた。

「永久に…でございますわね?今度はお忘れではございませんか?」

維心は笑った。

「おお。覚えておる。」と真剣な顔をした。「我は…何も覚えておらぬのに、やはり主を愛したのだ。あれは400年前の我であったのに。主に惹かれて仕方がなかった。主のために早く思い出したいと思った。主が妃だと聞いて、嬉しかった…あの時の我にとっては、あれが初めての夜であったのよ。どれほどに幸福であったか。こんな幸福があるのだと思った…記憶が戻った時は、今の己がどれほどに恵まれておるのか、身に染みて分かった。もう二度と離さぬゆえ。安堵せよ。」

維月は頷いた。維心様はとても私を大事にしてくださる…今回のことも、私があまりに心に深手を負っていたので、あれほど毎夜求めて来たこのかたが、今の今まで一切手を付けて来られない。それが、どれほどに維心様にとって我慢が必要であるのか、長く一緒にいる自分は知っていた。

「では、維心様」維月は言った。「本日はもう、疲れましてございます。失礼して湯殿に参って、休む支度を致しとうございます。」

維心は頷いた。

「では、参ろうか。我もそのように。」

二人は立ち上がった。維心は維月の手を取って、湯殿へと向かった。


寝間着に着替えて、いつものように寝台に横になると、維心はやはりいつもと同じように横から維月を抱き締めて、目を閉じた。維月はそんな維心をそっと見た。

気が、いつも維月を求めていた夜のように湧き上っている。きっと、我慢しているのだろう。それでもじっとそれを見せないように耐え、ただ自分を抱き締めているだけの維心を見て、維月は心を痛めた。私が、炎嘉様とのことで傷ついたのを知っているから…。でも、もう二か月以上経つのに。維心の思いやりに、維月は胸がいっぱいになって、維心の、きつく結ばれた唇に口付けた。

維心は驚いたように目を開けると、困ったように維月を見た。

「維月…もう眠るのだ。我は、その、もう…。」

我慢が出来ぬ、という言葉を飲み込んで、維心が口ごもったので、維月は微笑んだ。

「私をお気遣いくださって、我慢してくださっていたのでしょう?」

維月が言うと、維心は驚いたような顔をした。

「…気付いておったのか。」

維月は苦笑した。

「それは30年も維心様の気を感じて参りましたから…」

維心はため息をついた。

「主には隠し事は出来ぬな。気を使わずともよいのだ。無理をするでない。主がどんな目にあったのか、我は心をつないで知っておるゆえな。その傷が癒えてからでよいのよ。」

維月は維心を見上げた。

「私は、もう大丈夫でございます。維心様がずっと傍で助けてくださいましたので、今は確かに維心様が傍にいらっしゃると思えましてございます。」

維心は、我を忘れそうになるのを抑えて、言った。

「本当に良いのだな…?」

維月は頷いた。

「ただ…最初は心をつないでいてくださいませ。確かに維心様であるとわかっていれば、私は大丈夫でございますから。」

維心は逸る心を抑えて、言った。

「では、そうしようぞ。」

維心は維月を抱き締めて口付けた。

その夜、やっと維月が手の中に戻った気がした。

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