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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
散り逝く闘神
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襲撃

龍は、鳥の宮へ到着した。

既に破られた気を遮断する膜の中を、維心は上空から探った…だが、維月の気も炎嘉の気もなかった。既にどこかへ連れ去られたのか…維心は青く光ったままの目を細めて、迎え撃つ軍勢に目を向けた。

気で一気に破壊するのは簡単だった。だが、やつらはまだ維月を膜の中へ閉じ込めて、自分たちの中に置いているかもしれない。維月を傷つける危険は、絶対に避けなければならぬ。

400年前までの記憶しかない維心にとって、目の前の軍勢の将など知らぬ顔ばかりであった。気も大したことはない…維心はニッと不敵に笑った。

「…他愛もない」維心は隣に浮かぶ将維に言った。「400年後にはこんな神しか残っておらぬのか。鳥に虎、それに土地神達であるの。我に仇成そうという心意気だけは認めてやろうぞ。」

将維は言った。

「…鳥の軍神筆頭と次席も、鳥を滅ぼすような炎翔殿の判断には従えぬと、もう数か月前に宮を出たと聞きました。今残っておるのは、鳥であってもそう力のある者達でもないのではないでしょうか。」

維心はフンと鼻を鳴らした。

「軍神達にも見捨てられるような王か。」と、刀を抜いた。「月と将維は東、義心は西、領嘉はそこで我らに飛んで来る仙術を回避させよ。我は正面から参る!」

言い終わったかと思うと、維心は返事を待たず正面から斬り掛かって行った。十六夜はそれを止めようとしたが、無駄だった。

将維が慌てて東側へ向かう。龍達もそれぞれの隊に分かれて将の後に続いて行った。

地響きがする…気弾が飛んで来ているのだろう。将維は初陣でためらっていたが、相手は命を取りに来ている。気が付くと、一人、また一人と自分の刀の前に、敵は落下して行った。…返り血を浴びながら、将維は震える手を抑えつけて、自分が確かに奪って行く命を感じていた。

一方、十六夜は遙か後方で戦いながらも、神を消すことは出来なかった。一人一人封じて行くものの、刀で斬り捨てるような訳には行かない。

思えば、自分は命を奪ったことがない。十六夜は思った。維心のように、王としての覚悟が足りないとはこのことなのか…十六夜は悩みながらも、封じられるだけ封じて行った。

維心は、一斉に向かって来る敵兵に囲まれながらも、取り乱す風もなく簡単に一太刀で相手を斬り捨てて、奥へと飛んだ。

「我が妃はどこだ!」

維心の声が響き渡る。無数の敵兵を斬り捨てているにも関わらず、僅かに手の甲に返り血があるのみの維心は、他の龍達も畏怖の念を持って見ていた。どんなに囲まれようとも、返り血を浴びない方向へと斬り捨てることが出来るなんて…。

戦慣れしている維心と、太平の世になってから生まれ、軍神となった者との違いが表れていた。


十六夜は、崩れて亡骸が転がる鳥の宮の部屋を、まだ兵は潜んでいないかと飛んでいた。十六夜は将維のかなり後方を進んでいたので、将維が討ち果たした後、残った敵兵を封じて回っていた。

ふと、部屋の隅に気配を感じる。

十六夜は、警戒しながらそっと崩れた壁の横にある、厨子を蹴飛ばして転がし、その影の気配を見た。

…それは、鳥の気を持つ小さな子供だった。

「…逃げ遅れたのか」十六夜は力を抜いて言った。「安心しな。こっちへ…」

十六夜が手を差し伸べると、突然頭上から刀が振って来た。目の前の子供は一瞬にして血の海に沈む。十六夜が慌ててそちらを見ると、そこには維心が立っていた。

「お前、怯えて動けない子供を…!」

維心は、フンと鼻を鳴らした。

「見よ。」維心は子供の亡骸を指した。それは見る間に成人した姿の虎のそれに変わって行った。「見た目に惑わされるとはの。月も大したことのない。」

維心は呆れたように言うと、フイと将維の方へ飛んで行った。十六夜は、その亡骸の前に立ち尽くした。オレに戦は無理だ…。殺せねぇ…。


炎嘉は自分の袿の中に維月を抱き、気を遮断する膜に包まれながら夜空に浮いていた。

「…あれを見よ。」炎嘉は、龍達が鳥の宮へ攻め入る様を指した。「あれが維心よ。主が知るはあれの生きて来た時の内、太平になった僅かな間の維心だ。あれが本来の龍王であるヤツの姿。ためらいもなく敵を斬り捨てる…しかも返り血を浴びないように冷静に考えながらの。」

維月は、その姿を見た。命乞いする者であっても目もくれずにあっさりと斬り捨てて先を急ぐ。その動きは目で追い切れないほどなめらかで早く、そして無駄がなかった。

人を殺し慣れている…。

維月にはそう見えた。維心の記憶を見てある程度は知っているつもりだった。だが、実際に見る維心は、記憶の中の維心より遥かに荒々しく、そして情け容赦のない様子だった。

「…維心様…。」

維月は呟いた。ああやって戦って来たのか。たった一人で、ああやって龍族を守り、地を平定して行ったのか…。

維月は、たくさん殺した後の維心が、部屋に戻ってどれほど苦しんでいたのかを知っている。たった一人で返り血を洗い流し、湧き上る残虐な気を抑え、力を暴走させないようにただ耐えるー。

維月は維心に手を伸ばした。

「維心様…!」

今日は傍に居なくては。こんなに殺してしまった後で、きっと一人、奥の間で必死に耐えるはず。一人にきりにしておけない。炎嘉は、それを抱き締めて止めた。

「あんな姿を見ても、まだ維心を案じるのか。主は…それほどまでに維心を愛しておると申すのか…。」

維月は炎嘉を振り返った。

「炎嘉様、どうか私をお返しください!維心様をお一人に出来ませぬ!」

炎嘉は首を振った。

「…まだ返せぬ。我にはやることがあるゆえ…主は待っていよ。」

炎嘉は、維月を手に近くの森の中へ降りて行った。


そこは、鳥の宮から少し離れた所にある森であった。勝手しったる風でその奥の房へとたどり着いた炎嘉は、そこへ維月を連れて入った。

「さあ、ここは森番の者が居った頃使っておった房よ。ここには誰も来ぬゆえ…ここで待っていよ。外へ出れば、龍も居ろうが、鳥も虎も居る。敗残兵がおるやもしれぬ。主を見つけてどうするか…主は分かるであろう。」

維月は身震いして頷いた。確かに、見つかればただではおかれないだろう。

炎嘉は維月を引き寄せて口付けた。そして一人、夜空を見上げると、飛び立って行った。


華鈴は、侍女達に背中を押されて回廊を走らされながら、龍達が攻め入って来るのを窓から見た。

思えば、お兄様は様子がずっとおかしかった…華鈴は思った。

事の始まりは、炎翔が炎覚を討ったことからだった。その後長く部屋に篭られ、そして悔やんでいるような様子で居て…。全ては、龍王から罰するようにと沙汰が来た為の事だった。確かに、龍王は炎覚を殺せとは言わなかった…だが、格下の神に成り下がってしまっていた鳥に、龍王からの沙汰を、そんな軽い罰で済ませられることがあろうか。龍王に迷惑を掛けたとして、一族を滅されるのを避ける為、その罪が確かなものと判断した炎翔には、心ならずも炎覚を斬るよりなかったのだ。

そしてそのあとからは、華鈴と将維の婚姻を、是が非でもと推し進める、炎翔の姿があった。それは父王の時代に取り決められたもの。父王亡きあと、いつ破談になるかもしれない。炎翔はそう言って、華鈴にも将維に手紙を書くよう強いたり、会いに行くよう無理に連れ出したり、執拗に粘る姿があった。

華鈴は、逆にイヤだった。将維には嫁ぎたかったが、無理強いしてまで押し掛けようとは思っていなかったからだ。それでは、逆に嫌がられてしまうのではないかしら…。華鈴は思っていたが、炎翔は諦めなかった。なんとしても将維と華鈴を結び、以前、父が龍と共に地を治めていたように、自分もその地位を取り戻そうと、何かに取りつかれたかのようになって、ただそればかりであった。

華鈴が案じた通り、将維との縁談を、龍王が正式に断って来た…その日、炎翔の怒りようは凄まじかった。

その後から、炎翔は完全に変わってしまった。

虎が頻繁に宮に出入りするようになり、ほかにも見慣れない格下の神達が出入りするようになった。

宮には、変な術で作った膜がそこかしこに張られるようになった。

炎翔が笑わなくなった…宴席も滅多に開かれることはなく、宮は常にない、暗い雰囲気の中にあった。

華鈴は月を見上げ、いつか将維と見た月を思い出した…あれほどに穏やかであった宮には、もう戻ることはないのであろうか…。

「華鈴様!」

華鈴はハッとした。つい、物思いに沈みながら侍女に伴われて走っていたので、足元がよく見えない。

明かりが着いていたのに…?

華鈴は回りを見た。明かりが消えている。まさか、もう龍がここまで?!

侍女達はガタガタと震えながら華鈴を中の透けないベールで覆った。自分は王族。侍女達とは違い、見つかれば必ず殺される。しかも龍は、侍女も何もかも容赦なく殺すことで有名だった。

華鈴は侍女を落ち着かせようと手を握り、道を示した。

「明かりが消えただけよ。さあ、こちらへ…そっとこの場から逃げ出せまする。」

侍女は安堵したように頷いて、華鈴と共に回廊を歩いた。進んで行くと、その先の回廊から何かの臭いがする…華鈴は本能が命じるままに、足を止めた。

月明かりの中、甲冑を着た龍が一人、立っていた。手には刀を抜き身のまま持ち、そしてそれは血に塗れていた。華鈴は悟った。この臭いは、血の臭いだ。

華鈴が急いで引き返そうと踵を返して侍女の手を引くと、その龍はこちらを見た。

ー見つかった!

華鈴は必死で足を動かした。しかし、手を引いて、後ろを走っていた侍女が叫び声を上げた。

断末魔の叫びだった。

「ああ!」

華鈴が慌てて侍女に寄って命の光を見ようとしたが、そこにはもう、生命の兆候はなかった。その龍は青い目を光らせて華鈴を見た。

「…主の気、王族であるな。」と刀を振り上げた。「ほんに、こう何人も王族がおると、始末するにも手間で仕方がないわ。」

相手は、なんのためらいも無く刀を振り下ろして来る。華鈴は目を瞑ったー大丈夫、一瞬のことよ…。

キンと刀がぶつかる音がした。向かって来るはずの衝撃がない。華鈴は恐る恐る目を開けた。

目の前には、同じように甲冑を着た龍が、華鈴に振り下ろされた刀を受けていた。

「…何をする、将維。」

「父上」と将維は言った。「これは我の許嫁であった者。我にお任せください。」

維心は眉を寄せた。

「任せるとはなんだ?これはもはや我らに仇成す血族ぞ。命を助けて放逐することは許さぬ。」

将維は華鈴を見た。華鈴は、久しぶりに見る将維に一瞬目を奪われた…なんと凛々しくお育ちであることか…。将維は維心に向き直った。

「宮へ連れ帰り、我の妃の一人に迎えまする。」

維心は片眉を上げた。そして華鈴を見た。

「…いいだろう。正妃には出来ぬぞ。」

将維は頷いた。

「元より承知でございます。」

維心は刀を退いた。

「…連れて行け。」

維心は、いつの間にか回りに居た軍神達に命じ、華鈴を運ばせた。

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