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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
散り逝く闘神
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略奪

炎翔の高笑いで、炎嘉はハッとして隣の部屋へ入った。炎翔は炎嘉の顔を、得意げに見て言った。

「ご覧ください、父上!龍王の目の前からかっさらってやった!」

炎嘉は慌てて炎翔の足元を見た。維月が気を失って倒れている…顔色は悪くなかった。炎嘉は慎重に言った。

「…おお、主はどのようにしてこんなことが出来たのか?我は主の能力を軽んじておったぞ。」

思った通り、炎翔は顎を上げて笑った。

「父上、仙術でありまする。この女の慣れ親しんだ者の人型を模して、吸い込む術を掛けましてございます。思った通り、こちらへ寄って来て、最後はその腕を掴んでこのように」と維月を指した。「例え音に聴こえる龍王の結界といえども、仙術には対応しておらんようだの。さあ、では我はさっそく今夜、この女を妃にして、期を見て布告しようぞ。記憶を失っておるとはいえ、大層に大切にしておったそうではないか。今頃慌てふためいておる様が目に浮かぶようぞ。」

炎嘉は険しい顔をした。そうなったからと、文句を言える者は居ない。神世は略奪社会なのだ…守り切れなかった、夫が悪いと言うことになる。

炎嘉は維月を見た。しかし維月をそのようなことに巻き込むなど、我には耐えられぬ。炎嘉は拳を握りしめた。

「待て」炎翔が維月を運ばせようとするのを、炎嘉は止めた。「その女は、我が妃にする。」

炎翔が目に見えて驚き、炎嘉を見た。

「父上、それは父上ならご興味を持たれて当然であるかもしれませぬが、これは我が…」

炎嘉はちらりと炎翔を見た。その視線の強さに、炎翔は口をつぐんだ。

「何も我が興味だけで申しておるのではないわ」炎嘉はにやりと笑った。「我を誰だと思っておる。炎嘉であるぞ。維心とは旧知の友。それは400年前の記憶しか持たなんでも同じであるわ。主が娶るのと我が娶るのと、果たしてどちらがあやつにとって屈辱的であるかの?」

炎翔は、思い立ったように表情を変えた。そして、見る見る笑った。

「おお、父上!さようでございまするな。我より父上が娶ったと聞いたほうが、龍王の衝撃は大きいでありましょう。分かりました。では、父上にお譲りいたしましょうほどに。」

炎翔が傍の臣下に運ばせようと合図したが、炎嘉は首を振った。

「いや、我が連れて参るゆえ。」

炎嘉は気を失っている維月を抱き上げた。炎翔は父の執心に眉をひそめたが、女好きの父のこと、そんなこともあるかもしれぬと気にも留めなかった。

炎嘉は維月を運びながら、思った。これで炎翔に奪われる心配はない。しかし、目覚めた時、維月がどれほどに驚くものか…。

炎嘉は、自分の部屋へと急ぎながら、心を痛めていた。


その少し前、十六夜は維月がこちらを見上げたのを見て取った。

あれは吸い込む花と同じものだ…!十六夜は懸念の通りに、自分の人型を使って維月をおびき寄せたことに腹を立てた。

維心が悟って必死で維月に手を伸ばすのが見える。

しかし、人型の自分が維月の手を掴む方が早かった。一瞬にして維月は消え、後にはなんの気配も残らなかった…。

十六夜は、地面に降り立って叫んだ。

「維月!くそ!」と維心を見た。「あれはあの花と一緒なんだよ!別の場所に送る…」

維心は訳がわからないという顔をした。そうか、あれは最近か。維心にはわからないのだ。

「なんで記憶なんか失ってるんだよ!維月はたった今さらわれた…オレ達の目の前で!あれは仙術だ…前にオレ達が一緒に解決した事件のと、同じ原理だったんだ!」

維心は十六夜が何を言いたいのか悟って、眉を寄せた。危険を察知できなかったのは、我が記憶を無くしているせいか。記憶のある我なら、わかったはずのことなのだ。十六夜はそれが言いたいのだ…今の我だから、維月を守れなかったと。

「すまぬ…!我が油断してこのような術に掛かっておるばかりに、維月を守れなんだ。どうやってこの術を破れば良いのか、それを探ろうとした矢先にこのように…!」

十六夜は、その維心の様子を見て、我に返った。維心を責めても仕方がない。つらいのはこいつも同じなんだ。

「…すまねぇ。お前に当たっても仕方ねぇのに。」と領嘉を見た。「お前、どう思う?あれはどう見えた。」

領嘉は頷いた。

「仙人が使っている術ではありません。力の種類が違う。向きは南です。」

維心が頷いた。

「鳥の気がした。やはり鳥の宮からか…しかし、あの気は炎嘉ではなかった。」

十六夜も頷いた。

「炎嘉は今は龍だ。鳥の気はしねぇ…」と、領嘉を見た。「お前、膜の有る無しが遠くからでも分かると言ったな?鳥の宮はどうだ?膜があるか?」

「少しお待ちを」

領嘉は空を見上げて、何かを唱えた。そして何かを見ているような目をして空を探っていたが、やがて、言った。

「…あります。小さな膜がいくつも分かれて宮の中に点在している。この中の一つに、維月様が居てもおかしくはない。術の向きと合致しています。」

十六夜は立ち上がった。

「すぐに助けなきゃならねぇ!炎翔のヤツが何をしやがるか…あいつは炎嘉とは違う、たちの悪いほうの女好きなんでぇ。炎嘉は一本筋が通ってやがるがな。」

維心はその言葉に苦笑した。確かにそうだ…月は炎嘉のことも良く知ってるのか。

「すぐに参ろう。我が鳥の宮を討ち滅ぼしてくれる。我がその気になれば、一族を根絶やしにも出来ようぞ。」

維心の目は青く光った。十六夜はその目に背筋が寒くなった…この維心は、オレが知っている維心ではない。まだ回りを討ち滅ぼし、気に入らなければ斬り捨てる、残虐な王として名をはせていた頃の維心だ。

確かに、やるだろう。ためらいもせずに、女子供まで斬り捨てる。それがこの時代の維心なのだ。

「…行く前に、話がある、維心。」十六夜の言葉に、維心はいらだたしげにこちらを向いた。「女子供は殺すな。根絶やしにする必要はねぇ。」

維心はフンと横を向いた。

「そのようなこと、選らんでられぬ。残して置いては、後々我が一族に仇なすものとして牙をむく可能性がある。情けを掛けて何度それを討たねばならなかったことか。その度にこちらにも犠牲が出た。我は滅ぼすと決めた限りは全てを滅する。まして我が妃を奪うなど、許されぬことであるゆえ。」と気ぜわしげに空を見た。「…早くせねば、維月が奪われる。話しは終わりだ、十六夜。」

維心はくるりと踵を返すと、叫んだ。

「我の甲冑を!軍を集めよ!鳥の宮へ出撃する!」

十六夜はその背中に、戦国を生き延びで来た維心を見た。自分が維心に出逢った時には、とっくに平穏な世で退屈に過ごしている王でしかなかった。だが維心は、自分でその世を作り上げて行ったのだ。何もかもを自分で判断し、そして多くの命を散らすのも自分の決断次第。400年前の維心は、まだそんな世に居たのだ。

十六夜も甲冑を身につける中、維心は庭の上に浮かぶ人影に目を止めた。慌ててそちらへ走り寄る。

「炎嘉!主…なぜにこんな時にここへ!」

炎嘉は寂しげに微笑した。

「維心、鳥を滅ぼすと決めたか。」

維心は口を結んで炎嘉を睨んだ。

「…もう、我の決断は覆せぬ。いくら主の頼みでもだ、炎嘉。」

炎嘉は首を振った。

「我は龍だ。鳥はもう関係ない…だが、炎翔にとっては、まだ我は父のようであるな。」と下を向いた。「今、我は鳥の宮におる。炎翔が今夜妃に迎えると主から奪い取った維月は、我が炎翔から守っておる。それから」と維心の事を見た。「主の記憶を封じたのは、炎翔よ。我が調べた所、それは術者が死なねば解けることはない。それだけ、主に伝えに来た。維月を連れて参ることは出来なんだが…これは我の幻であるゆえの。」

炎嘉の姿が一瞬揺らいだ。維心は炎嘉を止めた。

「炎嘉!我は今から攻め入るのだぞ。せめて宮から出よ!維月を連れて…」

炎嘉は微笑んだ。

「…主は変わらぬな。400年前からの。我も殺せ。維月を奪われぬためにの。今の主なら出来るはず。400年後の主には出来なんだがな。」と何かに気付いた顔をした。「ではな。」

炎嘉の姿は掻き消えた。維心は拳をギュッと握り締めて、振り返った。

「出撃する!我に付いて参れ!」

軍神達が一斉に飛び上がる。維心はその先頭に立って飛び、十六夜と領嘉は遅れてそれに続いた。

月明かりの中、龍達は鳥を急襲すべく、大挙して鳥の宮へと南に飛んだ。


維月は、寝台で目を覚ました。

なんだか気だるい。私は庭で十六夜に話し掛けてそれから…どうしたのだっけ?

回りを見ると、見たこともない部屋で、襦袢姿で寝ていたようだ。そして、ふと、窓から外を見る人影を目に留めた。その相手も襦袢姿で、こちらを振り返った。

「…気が付いたか、維月。」

維月は息を飲んだ。炎嘉だ。自分は炎嘉と、お互いに襦袢姿で…まさか、また、私はこのかたと…。

「え、炎嘉様…私は、何も覚えておりませぬ…。」

炎嘉はこちらへ歩いて来て、微笑した。

「さもあろう。何もなかったゆえの。」炎嘉は言った。「主は炎翔に術でここへ連れてこられたのよ。炎翔が主を妃にすると申すゆえ、我がと申して主をここへ連れて参った。でなければ、今頃は炎翔の寝台の中であったわ。我は、気を失っておる女を抱く趣味はない。」

維月は少しホッとした。何度もあんなことがあったら、さすがに維心様は切れてしまうだろう。それに今は400年前の維心様なのだ…やはり怖い所がある。とても血気に逸っている時があるのだ。あれが、きっと龍本来の姿なのだろう。

「炎嘉様…ありがとうございます。」

炎嘉はフッと笑った。

「主はわかっておらぬの。気を失っている女はと申した。主は今、気が付いたではないか。」

維月はハッとして後ずさった。でも、助けてくださったし、炎嘉様はこれでとても優しいかただし…あの時も、むしろ維心様より優しい感じだった。性格的な荒々しさは、きっと維心様のほうが上なのだろう。龍であるからだ。

そんなことが無駄にぐるぐると頭を巡り、維月はくらっとした。考え過ぎると頭がぼーっとする…。

炎嘉は、寝台に乗って維月に口づけて来た。肩をグッと押されて倒され、維月は覚悟した。ああ、このままあの日の夜のように…。維月がそう思っていたら、炎嘉は唇を離した。

「…維心が来る。主と、己の記憶を取り返すため、ここへ攻め入って来るのだ…鳥は根絶やしにされよう。そしてここに居る虎を見て、虎の宮へも攻め入るはず。ヤツの力に敵うものなど、地上には居らぬ。全て、ヤツに逆らう者達は今夜消されるのよ。」と、慌ただしくなって来た宮の中の喧噪を聞いた。「ほれ、炎翔が軍を立て直しておる。あのようなもの、役には立たぬ…維心を怒らせたのだからな。」

維月には、宮の慌ただしさが感じ取れた。女子供も居る…逃げまどっているようだ。鳥だけでなく、虎の気も多数する…それに他の気も…これは、連合軍なの?

「数ばかりがそろっても維心には勝てぬわ。」と維月を抱き上げた。「主をここに置く訳には行かぬ。維心は戦いの最中、何も見えなくなる。全て無に帰するまで、殺して討ち尽くすのよ。さあ、我が主を安全な場所へ連れ参ろうぞ。」

炎嘉は、突然に消えた。瞬時に飛んだのだ。

その刹那、戸が大きく開かれた。

「父上!」炎翔はもぬけの殻になっている部屋を見て、地団太を踏んだ。「遅かったか!父上はこれを知っておったのか!」

炎翔は踵を返して、軍の集結場所へ急いだ。これが、父にばかり頼った我の代償か!逃げ惑っている女達を脇目に、炎翔はただ走った。龍王が来る…予定したよりずっと早く、我らを討ち滅ぼす為に!

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