表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
月で王妃で女で母で
32/35

選択

日が沈む。

維月は、瑤姫の所を辞して、維心の対へと歩いて居た。問題は、どうやって維心をここに留めるか…帰ったら、きっと帰ろうと言うだろう。それを、なんとかして明日の朝まで留まるように説得出来なければならない。

正攻法で行っても、まず無理だろう。また不機嫌になって、連れ帰られてしまうに決まっている。維月は、真剣に考えた。もう、これしか手はない。でも、いくら維心様でも、つられてくれるかしら…なんて言っても、もう結婚50年なのだから。そうそう維心も、自分に関心がある訳でもないだろうに。

戸口の前で、維月は迷った。が、意を決して顔をキッと上げると、戸を開いた。

蒼と維心の二人が立ち上がっていて、こちらを見ていたので驚いた。帰って来たのがわかったのかしら。

維月は一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して維心の方へ寄って行った。維心は言った。

「維月、遅かったではないか。話は済んだのか?今、ちょうど蒼も帰ろうとしておったところよ」と、維月が何やら深刻そうな顔をしているので、維心は眉を寄せた。「…どうした?何かあったのか。」

維月は維心の胸に寄り添い、背伸びをして首に手を回して耳元で小声で言った。

「維心様…少し離れても、もう私はお会いしたくて…お顔を見たら、なんだかホッとしたのでございまする。」

維心は蒼を少し気にしながらも、維月を抱き寄せた。

「我もそうよ。さあ、急ぎ宮へ帰ろうぞ。主の望みを叶えてやるゆえの。」

維心も小声でそう言った。維月は言いにくそうに、下を向いた。

「ですが維心様、もう日が沈んでおりまする…」と、少し気にするように蒼を見た。そして、さらに小声で呟くように言った。「私は…あの、もう宮までは…。」

維心はそれを聞き取って、しばらく意味を考えていたが、ちらりと蒼を見た。蒼は、聞いていないようなふりをして斜め上を見た。維心ももっと声を落として言った。

「維月…それは、宮までは我慢がならぬということか?」

維月は、それを維心から聞いて、本当に恥ずかしくなったので、自然に赤くなった。私ったら、よりにもよって、結婚50年で初めてこんなことを、しかも息子の前で言うなんて。蒼だって聴覚はものすごくいいはず。聴こえていないはずはない。

しかし、ここで違うと言ってしまうと、元の木阿弥なので、維月は小さく頷いた。

維心は本当に驚いたように維月を見たが、維月があまりに赤くなっていたので、あまり見ては不憫だと思い、胸に抱いて、蒼から見えないように隠した。

「蒼よ」維心は普通の声で言った。「我が妃は疲れておるようであるの。我が軍神達に伝えてくれぬか。我は今夜はここで休み、明朝発つゆえ。」

蒼は頷いた。

「分かりました。では失礼いたします。」

きっと、今日だけでは話は付かなかったのだろうと蒼は思っていた。それにしても、母さんはすごい。維心様は、きっと母さんには敵わない…でも、あれも維心様の愛情を、ずっと自分に惹きつけて来た母さんの特権なのだ。なので、見なかったことにしようと蒼は思った。

戸を閉めたその背後で、勢いよく寝台の揺れる音が聞こえ、維心の声が聞こえた。

「維月よ…なんと愛いやつよ!」

蒼に聴こえることも忘れて声を上げた維心に、蒼は苦笑してその場を去った。溺愛するとはこのことなのだ。自分にも、あれほどに溺れる愛情というものは起こるのだろうか…。


次の日の朝、維月は目が覚めて、隣に眠る維心を見た。その端整な顔を眺めながら、昨夜子供のように嬉しそうにしていたことを思い出し、自然に微笑んだ。このかたは、本当に私を想ってくださっているのだわ…どこがいいのか未だにわからないけど。維月は思って、ソッと頬に口付けた。

維心が目を覚ました。維月を認めると、明るく無邪気に笑った。

「維月…目覚めておったのか。」

維月は頷くと、その胸に寄り添った。

「おはようございます、維心様。昨夜は失礼を…無理を申しました。」

維心は維月を抱き寄せて首を振った。

「良い。」と少し黙って、言った。「ここに留まりたかったのであろう?」

維月が驚いたような顔をすると、維心は笑った。

「わかっておるわ。そうそう我は騙せぬぞ?だがの、それでも良いのよ。」と、じっと維月を見た。「主からあのように求められると、どの道我は断れぬ。」

維月は赤くなった。

「まあ…維心様…。」

維心は微笑して言った。

「主は賢い妃よ。どのようにすれば、我が快く言いなりになるのか知っておる。だから良いのだ。それに、昨夜は我も良い思いをさせてもろうたしの。」と、ますます赤くなる維月に言った。「これからも、何も無くともこのようにせよ。主から求められるのは、大変に心地よい。」と、維月を離した。「さあ、朝よ。瑶姫に用があるのであろう?行くがよい。」

維月は頷いて維心を見た。穏やかに微笑んでいる。維月はそれを見て、言いようのない愛情がわき上がって来るのを感じた。私は本当にこのかたを愛している…。

ふと、寝台を出て行き掛けた維月は、維心を振り返った。維心はそんな維月に、問い掛けるような視線を向けた。維月はたまらず維心に抱きついた。

「…維月?」

維心は不思議そうに言う。維月は今度こそ本心から言った。

「…維心様…まだ早ようございます。…今一度…。」

維心は今度こそ驚いた顔をしたが、心底嬉しそうな顔をして維月を抱き締めた。

「まだ足りぬと申すか維月…なんと欲の深い妃ぞ。」と唇を寄せた。「愛いやつよ…。」

そして、一時ほどして、維月は維心に見送られて瑤姫の部屋へ向かった。


部屋へ入ると、瑤姫は待っていてくれていた。維月の姿をみとめると、嬉しそうに笑った。

「お母様。わざわざのお運び、ありがとうございまする。」

その顔は、心持ちすっきりとしていた。維月は微笑み返しながら言った。

「瑤姫…答えが出たようね?」

瑤姫は頷いて、維月に椅子を勧めた。維月はそれに腰掛け、瑤姫の言葉を待った。

一方瑤姫は、相変わらず穏やかな気を発する維月をまじまじと見た。ほんのりと残る兄の気は、先程まで兄が維月に気持ちを深く持って接していたことを示す。きっと兄は、本当に深く強く維月を愛しているのだろう。でなければ、気が混ざるほどに気配を残すことは無理だからだ。瑤姫はため息をついた。

「瑤姫?」

維月が不思議そうにこちらを見る。瑤姫は微笑した。

「お母様に、お兄様の気が感じられまする。それほどに気持ちを残そうと思うたら、よほど深く想わなければ無理であるはず。思えば私は…暖かな愛情は感じておりましたものの、蒼様からそれほどに激しい感情は、感じたことがございませなんだ。」

維月は寂しげに顔をしかめた。確かにあの子は、そんな激しい性格ではないから…。維心様は、一見穏やかではあるものの、あれで龍であるので、激情型だ。抑えてはいるものの、折々にふと、感じることがある…。

「お母様、私はこれからの生は、穏やかに一人、過ごしたいと思うております。蒼様のことはお慕い致しておりますが、男女のそれではないのです。妃としてお仕えすることは、叶わないと思うのです。これから、蒼様にその事をお話し、里へ下がらせて頂けるようにお願い申し上げまする。その後、お兄様にお願い申し上げ、宮でなくとも、結界の内の房でもよろしいのです。そちらへ入れて頂けるようにお願いいたしまする。」

維月は覚悟はしていたものの、やはりショックだった。蒼もそうであろう。しかし、瑤姫が考えて決めたことなのだ。しばらく黙って、頷いた。

「わかったわ。維心様には私からもお願いいたします。」と立ち上がった。「では、蒼と話すのでしょう。私は部屋へ戻ります。」

瑤姫も立ち上がった。

「お母様…もう、お母様ではなくなるのですね。」

涙ぐむ瑤姫を見て、維月は微笑んだ。

「まあ瑤姫、私はあなたのお兄様、維心様の正妃よ?これからは姉になるだけ。縁が切れる訳ではないわ。」

瑤姫は涙を拭いながら、微笑んだ。

「はい。では、お姉様とお呼びいたしまする。」

維月は微笑み返し、その場を後にした。


維心の対に戻った維月は、起きて椅子に座って何かを読んでいる維心が出迎えた。

「維月、早かったの。どうであった?」

維月は、維心の顔を見て、何か力が抜けて行くような気がした。眉をひそめた維心は、書物を置いて立ち上がると気遣わしげに維月に寄って来た。

「維月?どうした?」

維月は張り詰めていたものが切れて、維心に抱きついた。

「維心様…。」

維心はそれを抱き留めながら、察して維月の髪に頬を刷り寄せた。

「…そうか。あやつはここを出ることにしたのか。」

維心の声は落ち着いている。維月は頷いて、涙が流れて来るのを感じた。

「私の力不足ですわ…申し訳ありません…。」

維心はそのまま首を振った。

「主はようやった。男女のことはままならぬもの。外から何を申しても駄目なものは駄目なのだ。気に病むでない。」と、維月の涙を袖口で拭った。「なぜに主が悲しむのよ。だからといって、二人が我らの他人になるわけではあるまい。」

維月は言った。

「わかりませぬ。なぜだか涙が溢れて…」

維心は優しく維月を抱き締めた。

「泣くでないぞ。人の世も神の世も同じであろう。よくあることよ。新しい人生に入るだけよ。」

維月は維心を見上げた。

「維心様…維心様は、私と共に居てくださいませ。私、とても不安で…。」

維心は気遣わしげに微笑んだ。

「維月…何を心配するのだ。我は傍に居ろう?」と抱き寄せた。「離しはせぬぞ。安堵せよ。我らは死するも共であるゆえ。のう?何を憂いるのだ。」

維月は維心にしっかりと抱きついた。

「維心様…。」

維心は頬を維月に刷り寄せ、愛おしげに抱いたまま言った。

「しばらくこうして居ようぞ。安堵せい。我はここに居る。愛しているのだ。我を信じよ。」

維心の愛情を、体いっぱいに感じる。維月は自分の幸せを感じ、瑤姫も蒼も、同じように幸せになれるよう祈った。

「愛しておりますわ。維心様…失いとうございませぬ…。」

維心もまた、維月の愛情を強く感じて、その幸福を瑤姫も蒼も感じられればと願った。

「皆が良いように…我も尽力しようぞ。」

二人はしばらくそうやって抱き合って、お互いの気が深く混じりあうのを心地よく感じながら佇んでいた。


蒼は、瑤姫に問うつもりでいた。妃としての務めを果たすのか、否か?…答えいかんでは、正妃を降ろすことも辞さないつもりであった。なぜなら、このままでは宮は乱れる一方だからだ。昨日から、維月が瑤姫と話してはくれているが、事態が動く様子はない。蒼は王として、心を険しくして瑤姫を居間へ呼ぼうと考えていた。

そのとき、侍女が頭を下げた。

「王妃様のお越しでございます。」

蒼は仰天して立ち上がった。まだ呼んでいないのに。これは、母さんとの話が終わったということか。

瑤姫が頭を下げて入って来た。心持ちやつれたものの、その美しさは健在で、蒼は思わず息を飲んだ…何か、瑤姫から決意を感じる。

瑤姫は、話し始めた。

「…長らく失礼を致しました、蒼様。本日はお話を致したく、お時間を頂きたいと思い参りました。」

蒼は、ためらいながらも、頷いた。

「いいだろう。話すがよい。」

瑤姫と頭を上げた。

「蒼様…私は、長らく妃としてのお務めをはたして来ませんでした。それは人の世では許されても神の世どは許されぬ、私のわがままでございました。」

蒼は頷いた。瑤姫は続けた。

「昨日よりお母様がお訪ねくださり、お話を進めて行くにつれて、わかったことがございました…私も蒼様も、今では慕うような気持ちはあるものの、男女の愛情はお互いに感じられぬようになっております…それは、お母様を見てもわかりました。お母様にはお兄様の激しい愛情を示す気が混じり、私はそれほど深く蒼様と繋がっていなかったなと。」

蒼は黙って聞いている。瑤姫はその、終わりに向けた蒼から流れて感じられる気の波を感じていた。

「蒼様…私は妃としてお仕えすることは、もう叶わないと思うのです。親愛の情はございます。ですが、妃としての愛情はもはや感じられませぬ。どうか、私にこちらを辞して、里へ戻ることをお許しくださいませ。」

蒼は、話の流れから察してはいたが、しかしショックだった。駄目なら里へ帰そうとまで決心していたのに、それでもこの50年以上共に暮らして来た瑤姫と、こんな形で終わってしまうのが残念でならなかった。

そして、激しい愛情ではなかったものの、自分は確かに瑤姫を愛していたのだと思った。確かに今は瑤姫の言うように男女の愛情ではないかもしれない。だが、穏やかに感じるそれは、やはり愛情であったのだ。蒼は言った。

「どうしてもと言うのなら、止めはしない。確かにオレもそんな激しい愛情ではなかったかもしれない…瑤姫が不満に感じても仕方がないと思う。だが、神の世の妃のように過ごせとは、オレも思ってはいない。こんなものだと夫婦としてやって来たのだから。宮の行事などに同席して、これまでのように機嫌良く並んでおればオレは多くを求めるつもりはない。それすら、主は出来ないと言うのか?」

瑤姫はうつむいた。そうではない。蒼が多くを求めないのは知っている。だが、それでは示しが付かないのが神の世なのだ…比べる対象の華鈴が居ればなおのことそうであろう。瑤姫は言った。

「…このままでは示しが付きませぬ。わかっておられるはずです。蒼様はもう、当主ではありませぬ…王なのですから。宮のことをお考えくださいませ。」

蒼は、ためらいがちに視線をそらした。

「しかし、維心様は…」

瑤姫は首を振った。

「お兄様にはお願い申し上げまする。宮に戻れなくとも、お兄様の結界の内ならば安全でございますわ。ですので、どちらかの房でもよろしいのです。置いていただきまする。ご安心ください。」

蒼は、黙った。確かに、母さんも居る。維心様が、母さんが頼むことを拒絶するとは思えない。きっと、結界の内へ入れるだろう。

蒼は、瑤姫に視線を向けた。

「…わかった。無理な状態をこのまま主に強いるつもりはない。帰ることを許す。」

瑤姫は、蒼を見て、涙を流した。

「蒼様…。」

蒼は、瑤姫を抱き寄せた。きっとこれが最後になる…仮に顔を見ることがあったとしても、抱き寄せることなど叶わないだろう。

「…結局こんなことになってしまって、すまない。オレが王になどなったから…。」

瑤姫は首を振った。

「当主であられた時から、覚悟しておくべきでありました。私は、人の女に近くなりすぎたのです…それなのに人の世では生きて行けない、中途半端な女になってしまったのですわ。これよりは一人で、生きて参りまする。ですが、蒼様と過ごした時間は忘れませぬ。」

蒼は頷いた。涙が浮かんで来る。このじんわりと来る悲しみはなんなのだろう。まるで、母親から離れるような…娘が嫁ぐような…。この感情が出て来る時点で、自分はきっと、瑤姫を妻としてではなく肉親として愛していたのだと、蒼は思った。

そして最後の仕事へと、維心の対へ二人で向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ