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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
月で王妃で女で母で
29/35

それぞれの世の女

瑤姫は途方に暮れていた。

何かあれば、龍の宮の兄の元へ帰れば良いと思っていた。だが、兄王は結界の内へ入れてはくれなかった。王の許しのないままに、戻るは許さぬという言葉だった。

蒼は変わってしまった。優しいのは変わらないが、以前のように、不機嫌に黙っていてもその理由を探ろうといろいろ機嫌を取って来ることもなくなったし、これは前からなのだが、一緒に夜、休むこともほとんどなかった。

ただ、日中はとても優しく仲睦まじく接してくれるので、自分はそれでよいものだと思って来た。

蒼も、その最初の言葉通り、決して他の女に寄り道することもなく、まさにそんな影もなかった。なので、すっかり安心していたら、あの、龍の宮からの打診があった…そして、鳥の王族の姫が嫁いで来た。

どうなることかと思ったが、相手は若いのにも関わらず、出過ぎることもなく、姿も全く見せず、居るのかどうかもわからぬような感じであった。

夜、瑤姫はいつも自分の部屋で休むので、居間を辞してから蒼がどうしているのかは知らなかった。いつものように、部屋へ帰って休んでいるのものだと思っていた。なのに、そうではなかった。侍女達にそっと聞いたところ、蒼は毎夜、華鈴の所で休んでいるようだった。それが毎夜何かあるかというとそうではなくて、ただ眠っているだけでも、蒼は華鈴の所に出掛けている。

男としての必要を感じるから行っているのではなくて、傍に居るだけでも通っているのだ…そういえば、妃を迎える前から、蒼は自分に夜は何も言って来なくなっていた。蒼が人の世の考え方なので、自分が嫌な顔さえすれば、それで寄って来ることがないことを知った瑤姫は、結婚当初から、子育てでそちらに気が向いている時は、蒼のことはほったらかしであった。それでも、人として育った蒼は、別に怒る訳でもなく文句も言わず、仕方がないかと言って退いてくれた…いつしか、それに慣れきっていた。

しかし、それに気付いた瑤姫も、今更どうすることも出来なかった。蒼から何か言ってくれたらそれで自分も改めようと思っていたが、元より蒼とはこれで何十年も過ごして来てしまったのだ。神の女である瑤姫が、自分から蒼の部屋へ忍んで行くことも出来ず、どうしようと思っていたところに、早々と華鈴が身籠ったことを知らせる侍女が来た。

もしかして、このまま華鈴が妃として従順に蒼に従っていたら…?蒼はもっと華鈴の元へ通うようになり、自分は愛されていない正妃として飾り者にされるのでは…。

華鈴が来た当初も、蒼はどういう風に通うかと、翔馬を通じて聞いて来たことがあった。

しかし、元より夜は共に過ごすことが少なかったので、瑤姫はそれを重く見ていなかった。王の良いようにと答えたのだ。最初交互に通おうとしていた蒼も、瑤姫がそれほど頻繁に自分の部屋へ来ることにいい顔をしなかったので、それではと、良い時に良い方へと取り決めた。

今更に交互に通うなどと言い出せなかった瑤姫は、待った…もしかして、今日は自分の所かもしれない、明日かもしれない、と。

だが、既に蒼の中では、自分はいつもそういうことには無関心であると位置づけられてしまっているようで、ついに待っている間、夜に呼ばれることも、訪ねて来る事もなかったのだった。

もう、無用なのかと龍の宮へ帰ることを決意した瑤姫は、蒼が宮へ行っているのを見計らって、そちらへ帰ろうと考えた。兄に間に入ってもらって、話してもらおうと思ったのだ。

だが、兄は帰ることを許さなかった。王である蒼が許さぬのに戻るとは何事かと、大層怒っていたと、義心が言った…。

そのあと、月の宮へ仕方なく帰って来たが、もちろんのことそのことは蒼の耳にも入っていて、兄が近々やって来ることを告げた。それまでに少し話す方が良いのではないかと蒼は言ったが、瑤姫は話す勇気がなかったのだった。


維心が、月の宮へ到着した。入れ替わりに十六夜が龍の宮へ向けて飛び立ったのを蒼から聞いた。きっと維月に会いに行ったのだろう…早く用を済ませて帰ろうと、維心は思った。

「それで、その後どうであるのか。」

維心は、蒼の居間で言った。

「さらに悪いと思います。」蒼は申し訳なさそうに言った。「来られる前に話し合おうとしたのですが、私の持って行き方が悪かったのか、聞く耳を持ってもらえませんでした。」

維心は憮然として言った。

「何を申しておるのだ。主はほんに王であるのか。妃の顔色など窺う必要はない。王は話したい時に話して、やりたい時にやりたいことをやる。決めるもの王よ。妃が決めるのではない。どちらが守っておるのか、立場を考えよ。主の守りなくば、生きて行くこともままならぬのだぞ?であるのに、それはおかしいであろうが。それを知らぬ訳でもあるまいに、我は知っておって責務を果たさぬ我が妹にほとほと呆れるわ。」

維心はすこぶる機嫌が悪くなった。こんな所に瑤姫を呼んで大丈夫だろうか。維心様はここぞという時は、本当に厳しいのだ。

蒼が迷っていると、維心がいらいらと言った。

「…何をしておる。瑤姫を早よう呼ばぬか。」

蒼は仕方なく傍の侍女に頷き掛けた。侍女は頭を下げて下がって行き、しばらくして、瑤姫が入って来づらそうに来た。

「お兄様。」

頭を下げる。維心はちらりと瑤姫を見た。

「主、大方は聞いておるが、王とは何かはわきまえておるの。」

瑤姫は、兄の不機嫌を感じ取って縮こまった。

「はい、お兄様。」

維心はにこりともせずに続けた。

「王とは我ばかりではない。蒼と我は同列であるぞ。主、我に同じことが出来るのか。」

瑤姫は驚いた。

「…どのお話しでございましょうか。」

「許可を得ずに宮を出て参ることぞ。」維心は尚もイライラとしている。「王の許可なく出入りは許されぬ。まして主、この間は我の許可もないまま結界に入ろうとしたであろうが。妹とは申せ、今は蒼の妃。別の宮の妃ぞ。主は我が宮で神として350年の間暮らした。月の宮でいくら慣れ親しんだとはいえ、神の世の理を忘れるはずはあるまい。蒼は許すのかも知れぬが、我は許さぬ。人であった維月ですら慣れようと必死に我に仕えてくれておるというのに。元人の王に嫁いで礼儀も責務もわきまえぬようになるなら、人になればよいぞ。我は妹と思わぬようにするゆえの。恥ずかしゅうて他の王へ示しがつかぬわ。」

維心は肘をついて、そこに顎を乗せ、不機嫌に言う。蒼は、さすがにフォローしなければと思った。

「維心様、この間の里へ帰って来たのは、オレが龍の宮に居たからだと思います。それなら聞けぬので…。」

維心はそちらを面倒そうに見た。

「主の帰りを待たずにか?」維心はフンと横を向いた。「たいだい我が良いとも言わぬのに、もう宮へ向かっているなどと戯けたことを。そのようなこと、許したことはないわ。知らぬわけでもあるまい。礼儀を重んじるのは、我ら龍の常ぞ。」と維心は立ち上がった。「さよう、主に申し付けるために我はわざわざここへ参った。妃としての責務を全うせよ。我も娘が生まれたばかりであるし、維月が心配であるのよ。帰る。」

維心はくるりと踵を返すと、こちらに背を向けてすたすたと歩き出した。蒼は慌ててそれを追った。

「維心様!せめて瑤姫の話を聞いてやってもらえませんか。」

維心は歩きながら蒼をチラッと見た。

「…あれは今話す気などない。気を読めばわかる。我の話など、頭に入っておらぬわ。主、あれが行いを改めぬようなら、正妃を降ろしても良い。」と瑤姫を振り返った。「ほんに、どこが己の正しいことだと思っておるのか。」

維心は不機嫌なまま、空を見上げた。

「蒼、近々我のほうへ来るがよい。話があるゆえ。」

蒼はこれより他にまだ何をと思ったが、頷いた。

「はい、維心様。時間を空けて参りまする。」

維心は軽く頷くと、飛び立って行った。

蒼が躊躇いがちにその後ろ姿を見送って振り返ると、瑤姫が袖で顔を隠して駆けて行くのが見えた…これも本当なら、自分に場を下がっていいか聞いてから出るのが礼儀なのだ。蒼は自分が悪かったと思った。人の世のことを瑤姫に話し、そして自分は王になって神の礼儀を習って行くのに、瑤姫は逆に人の世を知って自分を主張するようになった…。人の世で育った自分なのだから、それでも仕方ないかと思っていたのに。叱ったりもせず、話し合うこともなく、それでいいとここまで来てしまったから、こうなってしまった…。今更、神の女の常らしく戻ることが瑤姫に出来るだろうか。

蒼は、どうすることも出来ないもどかしさに、ため息をついた。


維心が居間へ入ると、十六夜が緋月をあやしていた。

「ほんとにかわいいなあ。維月に似ててよ。オレはお前が赤ん坊の時は抱けなかったが、小さいお前を抱いてる気分だよ。」緋月はじっと十六夜を見ている。その瞳を見て、十六夜は少し眉をひそめた。「ま、瞳の色は維心なんだけどよ。」

維月も緋月を見て言った。

「私はこの瞳の色が好きなのよ。いいじゃない、みんな同じで。」

十六夜は笑った。

「気はお前にそっくりだし、別にいいけどな。」

維心は、まるで十六夜が父親のような様子に少し機嫌を悪くした。気配に気づいた維月が、維心を見て、慌てて頭を下げる。

「維心様、お帰りなさいませ。」

維心は頷いて維月に手を差し出した。

「今、帰った。また緋月の面会か?」

維月はその手を取ろうと維心に駆け寄った。

「はい。十六夜が参りましたので。」

十六夜は緋月を腕に抱いたまま言った。

「取り上げられたコイツを桶で洗ったのはオレだぞ。有と涼しか居なかったんでな。」と、まだ十六夜を見ている緋月と目を合わせた。「こんなに気が維月と似てるなんてなあ。コンパクトな維月って感じで、持ち運び便利だから持って帰りたいぐらいだ。」

維心はとんでもないと首を振った。

「我の最後の子ぞ!そんな簡単に持ち帰られては困る。」と慌てて緋月を腕に取り返した。「まったく、皆が皆…我の子をなんだと思っておる。」

十六夜は不機嫌に維心に言った。

「最後って、維月が生むのが最後なだけで、お前はいくらでも作れるだろうが。」

維心は何度も首を振った。

「有り得ぬわ。これが我の最後の子ぞ。」と維月を引き寄せた。「そんなことがあったら、維月が出て行ってしまう。我はそんな危険は絶対に冒さぬ。」

十六夜は呆れたようにため息を付いた。

「仕方ねぇなあ、頑固なヤツだ。ま、十分に堪能させてもらったし、オレはもう帰るよ。」とグイと維月を引っ張ると口付けた。「じゃあな、維月。また節分越えた辺りに里帰りしろよ。旅行でもいいぞ。」

維月はふふと笑った。

「わかったわ。維心様に聞いてみるわね。」

目の前で繰り広げられているその光景に、維心は眉を寄せた。

「長くは許さぬ。月の宮にせよ。」と下を向いた。「でなければ我が会いに行けぬ…。」

十六夜は、はいはいと頷きながら窓へ向かって後ずさった。

「仕方ねぇな。じゃあ、いつも通り宮へ戻って来るようにするか。」と窓から後ろ向きに飛んだ。「じゃあな!」

維月は居間の窓から手を振っている。十六夜も手を振り返して、北の空へ消えて行った。

維月が振り返った。乳母が維心から緋月を受け取って下がって行く。

「維心様、とてもお早かったですわね。お話しはいかがでありましたか?」

維心は思い出したようで幾分眉をひそめると、居間の自分の寝椅子に座った。

「話も何も、我が一方的に話して帰って参ったわ。瑶姫は聞く耳持たぬ気を発しておったゆえの。あれは人の女の、我ら神の王が受け入れられぬ悪い所を身に付けてしもうておる。その方が楽であるからであろうが、神の世はそう甘くはない。なぜなら、男女の力差が、神の世の方が大きいからだ。神世は力社会、女は誰かに守られねば生きては行けぬ。維月、主は人の世で一人で生きて行く事が出来るが、瑶姫には無理であろう。あやつは中途半端であるのよ。それぞれの世の楽な所だけ選んで生きるなど、許されるものではない。誰かに守られて、それに感謝もせず、己を棚に上げて大きな顔をするなど、我には許せぬ。」

維月は気遣わしげに維心の隣に座った。

「ですが、それを蒼が許して来た50年であったのでしょう。ここまでこじれるまで放っておいた蒼にもまた、責任はあるかと思いますわ。」

維心は頷いた。

「確かにの。あやつは王として、もう少し自覚を持たねばならぬわ。ここは人の世にあらず。神の世よ。宮の格が王や王妃の振る舞い1つで変わってしまう。炎嘉はあちらにあった時、何を教えておったのか。」

維心は少しイライラしているようだ。維月は言った。

「私は何も知らずにこの宮に入りました。維心様が王であられたから、私もそれを見てなんとか学んで参りました。ですが、未だに分からぬことも多く、ご迷惑をお掛けしているかと存じます。」

維心は維月を見た。

「それでも、主はよう我に仕えてくれておる。最初は愛してもおらなんだ我のために慣れようと努めて、文句も言わずに子を次々と生んでくれた。主は…愛がなかったのだから気が進まぬことも多かったであろうに…。」

維月は微笑した。

「維心様ったら…そんな50年も前のことを。」と、いつまで経っても同情から始まったとか、愛情が無かったとか言う維心に、言っておかねばと向き合った。「心をつないでおるのに、その頃の気持ちは複雑過ぎて維心様には読み取れないのですね。ですので今申し上げますが、いくら私でも全く気持ちもないようなかたと子を作ろうなどと思うことはありませんわ。命の調整をして頂いた時、心をつないだので生い立ちや考え方などを知るに至りました。あの頃から、少し慕わしく思っておりましたのも確かなのです。ですけれど、私には十六夜がおりましたし、愛しておりましたから…意識しないようにしておりました。」

維心は50年間聞きたくても聞けなかったことに、固唾を飲んで身を乗り出した。そうなのだ。その頃の感情は複雑で、心をつないで見ても、維月がいったいどう感じてどう思っていたかが、維心には理解出来なかった。維月は続けた。

「だって、愛してはいけないでしょう?私には十六夜という夫が居て、ずっと愛して来てやっと共に居られるようになったところだったのに。でも、いつもとても維心様が気になっておりました。寂しくお育ちなのも知っていたし、どう生きていらしたのかも知っていたし、とても魅力を感じておりましたの。もしも十六夜が居なければ、きっと初めから抵抗もなく愛していたと思うくらい。でも…その湧きあがりそうな感情に、蓋をしておりましたの。二人も愛する自信はありませんでしたもの。」と下を向いた。「そもそも、こんな状態を十六夜も維心様も我慢できるとは思わなかったし。失礼なことになってはいけないから…。それで、複雑な気持ちになっていたのですわね。読み取り辛かったと思いますわ。」

維心は頷いた。

「そう、知りたくてもわからなかった…主はいろいろな感情が入り乱れて、混乱しているかのようであったものな。」

維月は維心の目を見つめた。

「はい…。でも…こちらに来て共に暮らし始めて、毎日維心様に愛されていると、抑え切れなくなりました。そして、自分でも維心様を本当に愛してしまったのだと自覚してしまったのですわ…。それがあの、一年近く経った頃のことでした。私にはどちらも選べなかった。なんて浅ましいのかしらと思って、耐えられなかったのですわ。」

維心は維月の手を取った。

「あの頃は我も必死であったものな。主からの愛情を感じて、無くしてなるものかと…十六夜がよく許したものと思う。感謝しておる…確かに今も我はあれを妬みもするがの。」

維月は頷いた。

「ですから、まったく愛が無くこちらへ来たのではありませんわ。それに、維心様はとても愛してくださって、私はそんなに深く愛されたことがないから、自分の気持ちを封じておくことが出来なくなってしまったですわ。」と維心の胸に身を寄せた。「今ではこんなに愛しております。同情から始まったのではありませぬ。分かってくださいませ。」

維心は愛おしげに維月を抱き寄せて、その髪を撫でた。

「維月…我はなんと幸福なことよ。主に出逢って、正妃に迎えて、我は初めて王であってよかったと思ったのだ。王でなければ、とても主を妃には迎えられなかった…望む神は多いからの。主のために王であったのだと思うと、我はこれまでの不幸も苦労も報われる思いよ。」とため息をついた。「…そう、主は人であったのにこのように我の妃として我を充分に癒してくれておるのに。瑤姫はのう…人であった男ですら幸福には出来ぬのよ。人の男の求めることは、王の求めることに比べれば、簡単なことであるのになあ。」

維月は維心の胸に抱かれながら、考えた。私が瑤姫の話を聞きに行くべきではないかしら…。

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