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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
月で王妃で女で母で
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初夜

華鈴は、その知らせに驚いた。

自分は、龍の王族の誰の気も受けられないのがわかって、死を覚悟していた。元々妃になるために助けられた命。本当は死んでいたはずなのだから、王族の自分が生きていられるはずはないと思っていた。

それが、月の宮の王が、我を妃として迎えると言っているという。

月に宮の王には、華鈴は一度も会ったことがなかった。なので、それがどんな王なのか全く知らなかった。まだ70歳の若い王だという。50歳の自分とは、歳も近いのでご安心なさってよいと洪は言っていたが、そんなかたが、会ったこともない我をなぜ、妃に迎えようとなさるのか。

妃になれないのだから、いつまでも将維の対に居る訳にも行かなかった華鈴は、東の客間へ移されていた。今夜、その月の宮の王がここへいらっしゃる。

華鈴は、ただ怖かった。もしかして死した方がよかったと思うのではないか…。我は慰み者になるのではないのか…。

侍女に髪を結われながら、華鈴は不安げに暮れようとしている空を見上げていた。


蒼は、李関を供に龍の宮へ降り立った。

ここへ来るのに、これほどまでに気が重かったのは初めてだ。瑤姫は腹をくくったという感じで、送り出す時もいつもとさほど変わらぬ様子で見送ってくれたが、蒼はまだ思い切れていなかった。

維心が部屋着ではなく、ある程度きっちりとした着物で出迎えてくれた。将維も隣に控えている。蒼は頭を下げた。

「維心様。」

維心は軽く返礼した。

「よう来たの、蒼よ。」と将維を振り返った。「将維から話しがある。」

将維は軽く頭を下げて、言った。

「蒼、この度はこちらの申し出を受けてもらえてありがたく思う。我としても、無用な命は散らせたくなかったゆえ…感謝しておるぞ。」

蒼は頷いた。それにしてもしばらく見ない間に、将維はまた一段と維心様と雰囲気が近くなった。何かあったのだろうか。

「オレは元より、命が散るのを黙って見てはおれぬので。それより、将維。雰囲気が維心様に格段に近付いていてびっくりしたよ。何かあったのか?」

将維は驚いたように目を丸くした。維心は片眉を上げたが、黙っている。

「…おそらく…妃がどうのとここのところ動きが激しかったので、考え方も変わって来た。そのせいではないか?」

蒼は首を傾げた。

「…そうだろうか。落ち着いたような、悟り切ったような感じを受けるんだが。」と蒼は両眉を少し上げた。「まあいい。それで、オレはどうしたらいいんだ?」

「案内させよう」と維心の方が言った。「侍女に付いて参るがよい。」

侍女が二人、進み出て頭を下げた。蒼は維心に頭を下げると、侍女に付いて歩いて行った。

それを見送りながら、維心が言った。

「…さすがにあの維月の血の繋がった息子、勘が鋭いの。我は時に、あの維月そっくりの目で見られると怖い時があるのよ。」

将維は頷いた。

「父上…我は母上のことは妃にしようなどと考えてはおりませぬ。約束は違えませぬゆえ。」

「わかっておるわ。あれから我を訪ねて居間にも来ぬであろうが。血は繋がらぬともあれは確かに主を生み育てた母。母としてなら、会いに来ても構わぬゆえ。」

維心の言葉に、将維はためらいがちに下を向いた。

「はい…しかし、もうしばらくお時間をくださいませ。我もさすがに、まだ…。」

維心はちらりと将維を見た。

「…なるほど、主は我と同じとはいえ、我より我慢強いの。我ならそうはいかなんだ。さすがに我が妃が育てた子ぞ。」と踵を返した。「我は去ぬ。主は引き続き妃の選別でも急ぐがよい。」

去って行く維心の背に、将維は頭を下げた。我がこの父に敵うとでも思うのか。心の強さも、大きさも、何もかもが敵うはずもないー。

将維も、自分の対へ帰って行った。


蒼は、侍女に付いて、東の対へ着いていた。

数々の戸の前を通り抜けて、やっと一番奥の突き当りの戸の前で、侍女は立ち止まった。二人の侍女は、先に戸を開けて言った。

「月の宮の王のご到着でございまする。」

そして両脇に分かれて頭を下げる。蒼はその前を、思い切ったように歩いて、中へ入った。

背後で戸が閉まる。中にいた侍女達に促されるまま奥へと歩いて行くと、薄いベールを頭から被った女が、頭を下げて待っていた。これが華鈴か…?蒼は誰かが何か言うのを待った。

侍女が、言った。

「月の宮の王、蒼様にございまする。」と蒼の方を見た。「王、こちらは華鈴様でございまする。」

華鈴は頭を下げたまま進み出て膝を付いた。

「蒼様、華鈴でございまする。よろしくお願い申し上げまする。」

瑤姫とはまた違った、透き通るような若い声だ。確かまだ50歳ほどなはず。神の世で言えば、同い年であるぐらい蒼とは年が近かった。

「表を上げよ。」

蒼が言うと、華鈴はベールの中で顔を上げた。蒼は驚いた…瑤姫も美しいが、華鈴はまた違った美しさがある。炎嘉の血のせいか、明るく親しみの持てる目元に、大きな瞳。多分妃に似ているのだと思われる、気の強そうな唇に、通った鼻筋。ベールの上からでも、その美しさは見て取れた。

一方華鈴は、蒼を見て同じように驚いていた。月の宮の王とは、音に聞こえる力の持ち主で、滅多に公の場に出て来ることはない。宮に篭って、その考えは定かではないと聞いていた。

しかし、実際に会った王は、背が高くスラリとした優しげな雰囲気を漂わせる王で、何より若かった。その気は明るく暖かく、とても王という感じではない。切れ長の目は、龍の王妃に似ているように思えた。

蒼は、侍女に進められて、ハッとして慌ててそのベールに手を掛けた。そうだった、これを取るんだった。何しろ式を挙げたのは50年前、その時何をしたのかなど、覚えていなかったのだ。

蒼はそのベールを取った。中から出て来たのは、透き通るような肌の、息を飲むほどに美しい女であった。神であるので、50歳ほどでもまだ成人しておらず、どこか幼い雰囲気は残っているが、間違いなく華鈴は美姫であった。

あまりに驚いたので、しばし呆然としていると、侍女達が頭を下げた。

「…それでは、我らはこれで失礼いたしまする。」

侍女達が一人残らず退室して行く。蒼は今会ったばかりでもう二人きりにされてしまったことに、戸惑った。瑤姫の時は、結婚まで5年あったのだ。それが、今度は会っていきなり床に入るというのか。

維心が話していた父王の逸話が思い出される。…ある日言われた部屋へ行って見ると、見知らぬ女が居たことがしょっちゅうあった…。王とは、いい身分のようで、そうではない。蒼は身に染みてそう思っていた。

しかし、黙っている訳にも行かないので、蒼は言った。

「…つらい思いをした聞いた。主には我らの諍いのせいで、大変に辛い思いばかりさせてしまった。オレは元は人であって、生まれながらにこのような神の世に居た訳ではない。なので、おそらく、主も戸惑うことがあるかと思う。主にとっては不本意であるかもしれないが、オレの妃になればその命、長らえることが出来る。なので辛抱してくれるか。」

華鈴は驚いて顔を上げた。では、この王は、我を助けるために妃に迎えようと言ってくださったのか。顔も知らぬ、我を助けるために…。

「…我のような、滅びた宮の女を妃に迎えてくださること、有りがたく思っておりまする。我はもう、この命無いものだと思っておりました。王に助けられた命、必ずやご恩に報いたく、尽くして行く所存でございまする。」

蒼は頷いて、華鈴を立たせた。瑤姫と思って、愛するつもりで来た。しかし、それではこの華鈴に失礼だ。華鈴も生きていて、感情がある。つらい思いをした上に、助けられるはずの将維とも縁組出来ず、結局顔も知らないオレと縁組することになった。それでしか、生き残る術がないなんて、これも命を守る自分の役目だと思い、蒼は華鈴も幸せにしようと心に決めた。

「必ず、オレが守り切るゆえな。もうあちらこちらに行かされることもない。月の宮で、生涯を過ごせばよいぞ。オレは不死ゆえ。なんの心配も要らない。主があの世へ旅立つまで守ろう。」

華鈴は思ってもいなかった言葉に、声を詰まらせた。このかたは、本当に我を助けてくださるために妃に迎えてくださるのだ…。我など、何の取り柄もないのに…。

「蒼様…我は、精一杯蒼様のお役に立つよう努めまする。」

涙を流す華鈴に、蒼は微笑して頷くと、唇を寄せた。

そして、出来る限り愛情深く華鈴を愛したのだった。


維心は、月を見上げた。

「蒼は、主に似ておるの。」

維月は顔を上げた。

「そうですわね、目元がそっくりだと昔から言われまする。」

維心は微笑して振り返った。

「そうではない。芯の強い優しさがある。主のような、慈愛に満ちた心を持っておるのだ。あれは真似をしようとして出来るものではない。特に我ら神の男には到底無理だ。将維は優しいようで、やはり神であるから強引であるしな。主は全てをその身に包み込む優しさがある。それを蒼も継いでおる。」

維月は苦笑した。

「…時にやりすぎと申すのでしょう?私が情に流されるところがあるから…。」

維心は維月に歩み寄って抱き寄せる。

「確かにの。だが、それによって救われる命や心もまたあるのも事実よ。我だって、最初はそうであった。主は我を愛してはいなかった…なのに我にその身を許し、子を宿し、求めに応じてその子を生んだ。主の慈愛がなければ、今の我はない。」

維月は微笑んだ。

「まあ維心様…でもそれがなければ、私もこんなに愛するかたを知らずに過ごしておりました。これほどに大切に深く愛してくださって、私は今とても幸せでございますわ。」

維心は微笑んで維月を抱き締めた。

「維月…我こそどれほどに幸福であるものか。主は我の命より大切な妃。離れることは許さぬぞ。もはや離れて生きることなど我には出来ぬ。時に狂うておるかと思うほど、主が愛おしくてならぬ。」と、維月の顔を両手で包んだ。「我をこれほどまでに溺れさせよって…どうしてくれようぞ。」

維月はフフと笑った。

「溺れておるのはお互い様でございまする。私も維心様だけは失いたくございませぬので。」

維心は維月をじっと見つめた。

「おお維月…いつまで経っても、主が愛おしくてならぬわ…我の正妃よ。さあ、今宵も我と共に参れ…。」

維心は維月を抱き上げた。そして口付けながら、奥の間に向かった。

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