選別開始
次の日の朝、将維は目を覚まして思った。これで、我の夢は覚めたのか…。
隣には、維月がまだ眠っていた。昔から変わらぬ、若く美しい姿…。昔から、自分はこの姿にどれほど癒されて来ただろう。いつも傍近くに過ごし、自分を愛情で包んでくれた。父の分身のような自分も、父のような不幸な生い立ちを背負わずに済んだのは、そうやって大切に育ててくれた、ひとえに維月のおかげであった。神の妃に育てられていたなら、おそらく侍女と乳母しか居なかったろう。だが、維月は人であったゆえ、ほとんどを自分で育てようと、仕事のかたわら自分達に気を掛けてくれていたのだ。ほとんど交流のないはずの父の王とも、それでまるで人の親子のように過ごすことが出来た。
…なので、自分は父を殺してまで、その妃を得ようとは思えないのだ。
将維はそう思っていた。父王の、父としての愛情を、普通の皇子なら知らずに育つ。だが、自分は知っている。それは、全て維月ゆえだった。父が常に維月と共に居て傍を離れないので、同じように維月と傍に居る子供たちは、皆父と母と家族で過ごすことが多かった。それゆえ、家族の絆はほかのどの宮の王族達のそれより深かったのだ。
それがよもや、血が繋がらないとは。
将維にとって、その事実は悲しむべきことであるはずだった。確かにそれは、少なからず残念な気持ちにさせた。だが、それは同時に、何かの希望を将維の中に生み、そして、求める気持ちが抑えられなくなってしまった…。
将維が口付けると、維月はんんっと唸って目を開けた。
「あら…?」維月は不思議そうな顔をして、そしてハッと目を開けた。「将維、もう、朝なの?」
将維は頷いた。
「夜が明けて、もう2時間ほどになるか…。」
維月は外を見た。昨日から降り続いていた雪が止んで、朝の光に少し積もった雪が光っていた。
「まあ、とてもきれいな朝ね。」
維月が身を起こそうとすると、将維はその肩を抱いた。
「これで最後ぞ。」将維は維月の目を見ずに、ただ抱きしめて言った。「今一度…。」
維月は少し考えていたが、一つ頷いて、黙って目を閉じた。
数日後、維心は、居間で空を見上げていた。
もう外は夕暮れに近付いている。段々と薄く染まって来る空を見上げ、気を読んでいると、愛しい気が近付いて来るのが感じ取れた。
維心の心に、日が射したかのように明るい感情が湧き起こり、居ても立っても居られずに庭へと足を踏み出した。
思った通り、十六夜が維月を抱いて近付いて来た。そして庭に立っている維心に気付くと、宙に浮かんだまま言った。
「お前さあ、たった十日じゃねぇか。なのに庭まで出て来るってことは、気を探って待っていやがったな。」
維心は十六夜を見上げて頷いた。
「いつもはもって三日ぞ。それを十日も連れ出しておいて、まだ焦らすつもりか。」
十六夜はため息をついた。
「へーへー、お返ししますよ、大事な妃だもんな。」
十六夜は地上に降り立った。維心はすぐに小走りに駆け寄って、維月を抱き締めた。
「維心様…!」
維月が言って抱きつくと、維心は答えた。
「おお維月、待ちかねたぞ…!」
十六夜は呆れたように肩をすくめた。
「だから十日だってぇの。大袈裟なんだよ。こら、聞いてるのか?」
維心は維月に口付けてこちらを見ていない。十六夜はため息をついた。
「どれだけベッタリなんだよ。お前に限って、心変わりなんかあり得ねぇなあ。」
維心はチラリとこちらを見て唇を離した。
「何を言っている。そのようなことあるはずはないではないか。まさか主、また変な事を維月に吹き込んだのではないであろうな?」
十六夜はフンと横を向いた。
「なんでオレがせっかく維月と二人きりなのに、お前の話をしなきゃなんねぇんだよ。心配しなくても、お前のことなんかこれっぽっちも話してねぇよ。オレ達は一緒に居る時は神の世は忘れることにしてるんでぇ。」
それはそれで、維心は複雑らしい。維月の方を見た。
「…主…宮は窮屈であるか?何か不満があるのなら、我が聞くゆえ。遠慮なく申せ。」
維月は首を振った。
「そうではありませんわ。私達人の世の方が板に付いているので…二人で人のフリをするほうが、無理がなくて。北海道で普通の人の夫婦して来ただけですわ。」
「まあ維月が綺麗だから、他のヤツがじろじろみやがって落ち着かなかったけどよ。」
十六夜が割り込む。維月が十六夜を見た。
「違うでしょ?十六夜が目立つのよ、背が高くて綺麗な顔だから。」
「はあ?男どもがお前を見てるのがオレは気に入らなかったんだぞ。」
「何を言ってるのよ、おばちゃん達があなたを見てたんじゃないの。」
「もういい」維心は言った。「とにかく、無事に帰って来てよかった。さあ維月、中へ。」
維月は頷いて、紙袋を見せた。
「お土産がありますの。お見せしますわね。」
十六夜は苦笑した。
「とにかく、オレはもう帰る。」と維月を引っ張った。「また行こうな、維月。」
維月は微笑んだ。
「ええ。とても楽しかったわ。蒼にも予約してくれてありがとうと伝えておいて。」
「わかった。」と維月に口付けた。「じゃあ、またな。」
十六夜は飛び上がって、月の宮の方向へと飛び去って行ったのだった。
「…将維から聞いておる。」維心は、次の日の朝、寝台に横になったまま言った。「我と同じだと。」
維月は頷いた。
「はい…。ですので、妃の選定は慎重にしなければなりませんわ。おそらく、維心様と同じか、それ以上の気でございます。」
維心は眉を寄せた。
「…複雑よの。主がなぜにそれを知るに至ったか聞かれたら、どう答えたものか。」
維月は目を伏せた。
「…はい。ですので、維心様より臣下にそのように申して頂ければと…。」
維心は首を振った。
「その必要はない。将維が戻ってすぐ洪に申しておったわ。洪は驚いておったが、大方その辺りの女でも相手にして来て、死なせたか何かだと思うておるようだの。ゆえに我は何も申さなんだが。」
維月は口を押さえた。
「まあ…。」
将維がその辺りの女って…思うかしら、普通。あの真面目さを洪は知ってるのに。
「ゆえにの、血筋どうこうより、臣下達は、今は主のような気を持つ女を探すのに走り回っておるわ。滅多におらぬ…強い気の女は居るが、主のような気を持つなどな。ほんに将維も、臣下に苛酷な課題を突き付けたものよ。」
維心はフフンと笑った。
「それで、華鈴はいかがでございましたか?」
維心は首を振った。
「受け止められぬ。月の宮から戻ってすぐに、将維は試そうとしたが、腕に触れた時点でわかったそうだ。腕に火膨れが出来たらしいぞ。」
維月は眉を寄せた。
「そのような…では、妃にはなれぬのですか。あの子は、もう戻る宮もないというのに。」
維心はため息をついた。
「…仕方がないの。本当は他の兄弟か、我の妃になるしかないのだが…討ち滅ぼした宮の王族であるので。我は元より将維が無理であるのに迎える訳には行かぬ。他の兄弟は、どうであるのかまた一人ずつ確かめねばならぬ。何もかもダメとなると、死なせるより他ない。」
維月は身を起こした。
「そのような!形だけでも将維の妃ということには出来ないのでございますか?」
維心は首を振った。
「本来なら殺しておかねばならなかった女。それに、生かされておるだけという状況をあれが望むと思うか?本人は既に死を決意しておるようだ…神の王族は、この世のことをよくわかっておるからの。」
維月は涙ぐんだ。
「何か、他に方法はないのですか?」
維心は困ったように黙ったかと思うと、言いにくそう言った。
「…後は共に戦った月の宮の王に嫁ぐことだ。」
維月はハッとして息を飲んだ。
「…それは…蒼?」
維心は頷いた。
「それか十六夜であるな。しかし十六夜は主以外に首を縦に振るまい。蒼の妃になれば、あれは生き延びられるであろうよ。だが…蒼は元人。主と同じ考えであるなら、瑶姫以外に首を縦に振るとは思えぬな。」
維月は思い詰めた顔で、維心を見た。
「蒼に打診を。もしかしたら、華鈴はそれで生き延びられるやもしれませぬ。」
維心は眉を寄せた。
「我が言うたらあれは断れぬぞ。主にとってはただの夫かもしれぬがな、我は龍族の王であるのよ。我の言うことは絶対であるのだ…滅多なことは言えぬ。」と、考えて、「洪に言わせようぞ。さすれば断る余地も残される。」
維月は頷いた。
「お願いでございます。これ以上、悲しいことは避けたいのでございまする。」
維心は苦笑した。
「主の頼みは断れぬわ。ほんに無理ばかり言いおって…」と、頬を触った。「我の望みも聞くのだぞ?」
維月は維心を真剣な眼差しで見て何度も頷いた。維心はその様子に再び苦笑すると、その唇を塞いだ。そして、言った。
「ほんにまさか、この龍族の王の我が、女一人にここまで翻弄された上に言うことを聞くとはの。主には精神誠意尽くしてもらわねばならぬものよ。」
維月はどこまでも真剣に頷いた。
「はい。ですから、華鈴の命を…」
「わかったわかった。」維心は言って、維月を抱き締めた。「決められたことであるゆえ、我の独断でどうにか出来る訳ではない。あとは蒼の決断に委ねようぞ。我は働きかけるだけだ。」
維月は祈った。蒼、どうか華鈴を助けてあげて…。人の私が生んだ、最初の男の子…。




