表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
月で王妃で女で母で
20/35

妃のリスク

その夜、維心は何も言わずに維月を求め、そのまま朝を迎えていた。

目が覚めた維月が隣りを見ると、もう維心は起き出していて居なかった。

慌てて話しをしようと自分も起き上がると、手水を済ませ、着物を着換えて居間へと出て行った。

だが、そこにも維心は居なかった。いつも私が起きるまで傍に居るのに…。維月はそう思って、居間から見える庭の空を見上げた。今は月は出ていない。だが、空は十六夜を思わせた。維月は気配のない空に向かって、考えた。

…もう、私はお暇をもらう時が来たのかもしれないわ、十六夜…。

そう、もう結婚して50年が経った。人の世で言えば、きっともう老人同士で、寿命による別れも経験し始める時…。ただ、自分たちは長い時を持っている。だから、こうして一緒に来たけれど、もう引き際なのかも。人だった自分と、神の王の維心。考え方が徹底的に違うのにここまで来れたのは、幸運だったのかもしれない。維心様もよく我慢してくださった。もう、いいのだ。

維月がそう思っていると、何やら大勢の気が、宮の出入り口付近にするのがわかる。そこに、炎嘉の気を感じ取った維月は、思い立ってそちらに向かって走った。

同じ神の王だった炎嘉様。せめて話を聞いてから、ここを出よう。


維月が息を切らせてそこへ着くと、もう一向は出発しようとしている所だった。維月は呼びかけた。

「炎嘉様!」

炎嘉は振り返り、維月を認めるととても驚いた顔をした。

「維月ではないか。どうしたのだ、そのように慌てて。一人か?」

維月は頷いた。

「炎嘉様、どうしてもお話ししたいことがあるのです。」

炎嘉はまた驚いた顔をしたが、頷いてこちらへ足を向けた。

「主はよく知っておるの…我は主の頼みを断れぬわ。」と軍神達を振り返った。「すまぬな。出発は一刻ほど遅らせる。」

軍神達が頭を下げて、仕方なく解散して行くのを見た炎嘉は、維月を促した。

「さあ、庭へでも参ろう。」

維月は炎嘉に伴われて、北の庭へ出た。

炎嘉は、歩きながら言った。

「だいたいはわかるがの。しかし昨日は、維心と一緒だったのではないのか。我は確かに維心の気を感じたがの。」

維月は俯いた。

「あの…確かに夜は共に過ごしました。ですが、朝起きたらもういらっしゃらず…お話も出来ず仕舞いで。」

炎嘉は呆れたようにため息を付いた。

「あれは気を回し過ぎであるのよ。目が覚めて傍に居ったら、主が煩わしく思うと思ったのであろう。それで先に起き出して、どこかに行っておったのよ。怖くて主に触れられぬと申しておったのに、昨日は共に居るようであるから、安堵致しておったというに。」

維月は悲しげに眉を寄せた。

「なぜにそのような…維心様の方が、私を煩わしく思ってのことだと思いまする。」

炎嘉は立ち止まった。

「どうも主達はすれ違っておるようだの。維心から聞いたが、主を得るために王妃を殺すと言ったことが引っかかっておるのか?」

維月は顔を上げた。

「そのことをお聞きしたかったのですわ。炎嘉様も王であられたのですから、お分かりになるかと思って…。」

炎嘉は、少し考えて言った。

「…維月、我は主の思っておるような答えは返せぬぞ。なぜなら、我も己の一番に欲しい者を得るためなら、里へ帰らぬ妃を殺したであろうからな。維心は間違ったことは言っておらぬ。」

維月は下を向いた。炎嘉はため息をついて言った。

「ではな、維月、神の妃とは何をしておる?」

維月は考えて、思った。自分は頼んで仕事をもらって無理矢理仕事をしているが、普通の妃は奥に篭ってこんなことはしない。戸惑いがちに言った。

「…王をお慰めすることでございますか?」

炎嘉は頷いた。

「そうよ。その他は何もしておらぬ。子を育てるのは乳母、身の回りの世話は侍女、政務は王。あやつらはただ、王に守られて、王に愛でられるために居る。それが神の妃よ。」と維月を見た。「主はどう思っておるのか知らぬが、王族の結婚などほとんどが臣下が決めることであってな、お互いに愛情などそこにはない。王は妃の生活を保障し、妃は王を慰めることで安心感を得ておる。なので、王が望む者の妨げになるなど、もってのほかであるのよ。そんな妃は要らぬ。なんのメリットもないであろうが。我らもボランティアで王をやっておるのではないわ。王の責務はな、並大抵のものではない。判断一つで何百の命が散ったり救われたりする。そんな毎日を忘れたいのに、なぜにそんなお荷物に自分の望みを阻まれねばならぬ。それが王の考えよ。そして妃も、それが分かっていて妃になっておる。それでも妃の位置に残ると申すなら、殺す。王に逆らった訳であるからな。」

維月は、その厳しい現実に驚いた。そうか、妃達は何も、自分の道楽の為に着飾っているのではなかったのだ。王に気に入られ、見放されないように、自分の生活を保障してもらうために、あれはあれで闘いであったのだ。ゆえに出過ぎたことは言わず、奥に篭り、王の気に入ることだけをして必死に己を守る…。

そして里へ帰れる者はまだ良い方で、立場上帰ることも出来ないものは、死ぬよりない。野垂れ死にするより、せめて王に殺されることを選ぶー。

維月は神の世を甘く見ていた。そして、それを当然のこととして生きている神達の中で、自分はおそらく奇異な目で見られているのだ。

「…知りませんでした。」維月は小さな声で言った。「私は人であったから、結婚は愛する人と、共同生活をする場で…そのように生活を保障するとか、媚びるとか、考えたことはなかった。愛してもいない人、愛されてもいない人とそのように生活するなんて…。」

維月が青い顔をしているので、炎嘉は表情を緩めて言った。

「…しかしの、維月。王も愛する者を見つけることがある。その時はそれを、何が何でも手に入れるのだ。利害関係など関係なく、ただ傍に置きたいだけに妃に迎える。それが例え、別の王の妃であってもな。それこそが、他の妃を返して、殺してでも手元に置きたい妃であるのだ。そのために戦を起こしたり、親兄弟から息子に至るまで殺してでも、王はそのただ一人を手に入れるのだ…滅多に出逢えるものでもないからの。王族とは、宮に篭められて臣下に管理され、それはおもしろくないものであるのだ。その決められた中で見つけたとあっては、手放せるはずもなかろうよ。」

維月は目を上げて炎嘉を見た。神とは、それに王族とは、なんと不自由なものなんだろう。ワガママなように見える王達は、実は責務に縛られ、結婚相手すら自分で見つけることが出来ず、狭い宮で政務に追われ、気が付けばその生涯を終える…。普通の王なら許されなかった独身も、維心は己の大きな力で抑えつけて来た。そして、維月を望んで、妃に迎えて…。

「炎嘉様…私にはよくわからないのでございます。維心様は私を望んでくださった。そのお心は、やはり移ろうのでしょうか…。」

炎嘉は苦笑した。

「それを我に聞くとはのう、維月。」しかし、炎嘉は答えた。「変わらぬ。一度愛してしまうと、変えられぬのよ。神は忘れることがない…知っていて己で記憶を封ずることは可能であるがな。ただ好ましく思っておるだけなら忘れることもあるであろうが、深く愛してしまうと、相手が死なねば諦めるのは難しいの。死しても、忘れられぬ者も居るの。維心はそのタイプぞ。奴は主が先に死すれば狂うぞ…主が地に送られた時の奴を知っておるが、自分を何としてでも殺そうと斬り付けるゆえ、全身傷だらけであったわ。毎日主の亡骸を抱いて、命の気の補充もせず、ただひらすら涙を流しておった…葬儀も出さず。死するは共と約したとそればかり申して。我が傍に立っても気付きもせなんだの。見ておられずすぐに去ったがな。」

維月はじっと炎嘉を見た。

「…人とは違うのですね。神は、なかなか愛さないけど、愛してしまうとその一人に縛られる…ということでしょうか。」

炎嘉はフッと笑った。

「そうよ。妃は愛されるのを目指す。それで安泰であるからだ。だが、なかなかに思い合うとは難しい。」と炎嘉は維月を見た。「我は主を愛しておるが、今は共に暮らそうなどとは思うておらぬ。今はもう、王ではないしの。想いの強さは維心には負ける。維月…もしもここを出ようなどと考えておるのなら、主、少し考え直さぬか。」

維月はびっくりして炎嘉を見た。

「まあ炎嘉様、なぜにそのような…」

維月は見透かされたようで、赤くなった。炎嘉は笑った。

「思い詰めた顔をしておったからの。主から見れば、我らの世界など、奇異なものに見えるであろうて。だが、愛する気持ちというものは変わらぬ。表現の仕方も、常識も違うかもしれぬがな…愛しておる者を手に掛けるなど、出来るはずはないではないか。主は維心にそれを問うことで、暗に奴に己を愛しておらぬであろうと言ったことになるのよ。それが今の維心にとって、どれほどに衝撃であったか、主にはわからぬか?主に合わせようと、己の愛情を伝えようと、この50年必死であったはずよ。それが全て無であったと言われているようなものであるからな。今度ばかりは、我は維心が不憫でならぬわ。」

知らなかったとはいえ、維月は自分が維心になんてことを言ったのだろうと深く後悔した。神の常識を、未だ知らない自分が、維心様を冷たいなんて言えない。自分も維心様に同じようなことをしているのだもの…。

「炎嘉様…私は未だ知らぬことだらけでございます。維心様にお会いしなければ…。探しに参りまするわ。」

炎嘉はニッと笑った。

「おお、その必要はないぞ。」とちらりと後ろを振り返った。「つい先刻より、そこに居るわ。」

維月はびっくりして顔を上げた。維心が遠慮がちに向こうの茂みの脇から歩み出る。一体いつからそこにいたのだろう。

「どうせ維月が心配で参ったのであろう?主も意地を張るでない。なぜに怖がってばかりおらず、話そうとせぬのだ。主らしくもない。」

維心はこちらへ歩いて来た。

「…主はもう帰ったのではなかったのか。」

炎嘉はからかうように言った。

「ふん、なんでも目覚めたら主が居らぬから、我と話したいと維月に引き留められたのよ。期待してほいほい来てみたら、結局は話は主のことであったがな。」と維月を見た。「さあ、我はもう戻るぞ。維月、我は共に暮らすまでは望まぬが、たまには我の部屋へ参れ。我の腕の中も良いであろうが。」

維月が驚いて顔を上げると、炎嘉は軽く盗むように維月に口付け、維心がそれを遮ろうとして割り込んで来るのを笑いながら見て、去って行った。

維心は、所在なさげに立っている。維月は、維心を見上げた。

「…維心様…。」

維心は維月を見ない。だが、言った。

「昨夜は…我は己を失のうてしもうて…。無理に主をあのように扱って、悪かった。」

維月は胸が痛くなった。維心は、自分も傷つけられたのに…そのことは言わない。ただ、こちらを気遣って…。維月は維心がとても健気で、涙が溢れて来た。

「維心様…私が悪うございました。神の世の常識を未だに知らず、人の世の常識でしか見ることが出来なくて…私があのように愚かな質問をしたことを、維心様は許してくださいまするか…?」

維心は、驚いたように維月を見た。維月は目にいっぱい涙を溜めて立っている。維心は思わず、維月に向かって足を踏み出した。

「維月…我を疎ましく思うておるのではないのか。」

維月は首を振って下を向いた。

「維心様こそ…私を厭わしく思われていると思って、私は…ついにお暇を戴く時が来たのかと…。」

維心は維月の手を取って引き寄せ、抱きしめた。

「そのようなこと、あるはずなどないではないか。」維心は、心持ち震える声で言った。「我は主に愛情が無くなったのならそれでも良い、ただ傍に置けたらとそればかり…。」

維月は維心の胸に抱かれながら、その暖かさに酔った。

「ああ維心様…無知だった私をお許しください。愛しておりますわ。本当に心から。人の世の考えでは、心は移ろいます。ですので私はあのような事を申したのです。決して今の維心様の愛情を疑った訳ではありません。」と、維心に腕を回して抱きしめた。「本当にごめんなさい…こんなに愛しているのに。私もただお側に居たい…。」

維心は、抱く手に力を入れた。安堵感と、愛情がどっと溢れて来て、体が熱くなる。

「維月…我も理解出来ず話もせずすまなかった。我が主に人の考えの、そのままで良いと申したのに。愛しておるぞ。主の他に愛する者などおらぬ。」と、維月の顔を持ち上げた。「生涯主しか望まぬ。約したではないか。我には主以外の女を深く愛した記憶などないわ。これからもそれは変わらぬ。安堵せよ。」

維心は維月に深く優しく口付けた。維月はそれを受け、唇が離れた時に言った。

「維心様…今日は目が覚めてお隣に居られず寂しゅうございました…。」

維心は微笑した。

「あのように無理に抱いたゆえ。主が我の顔を見たくないと思うてしもうて…寂しい思いをさせたの。」

維月は維心の着物の合わせを手でなぞり、上目遣いに維心を見た。

「では…今からそこへお連れくださいますか…?」

維心は少し驚いた顔をしたが、フッと笑った。

「維月、まだ朝ではないか?」と、頬を寄せた。「良い良い、主の頼みぞ。存分に我を受けるがよい。参ろうぞ。」

二人は寄り添って北の庭を出た。

その様子を、自分の対から、将維は悲しげな目で見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ