表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
月で王妃で女で母で
19/35

誘惑

維月は南の庭を、ぶらぶらと重い打掛を引きずるようにして歩いていた。後ろから、将維が付いて来て、その打掛を手で掴んで持ち上げた。

「…母上、これで少しは楽でありますか?」

維月は微笑んで頷いた。この息子は、維心にそっくりな外見でそっくりな声であるにも関わらず、自分が育てたのでとても優しく、人の考え方を解する神だった。二人はそのまま並んで奥の池の所まで来て、池の傍の芝生の上に座った。

ため息を付く維月に、将維が気遣わしげに言った。

「…何か、お気がかりなことがおありですか?」

維月は将維を見た。そして、言った。

「…少し、維心様と行き違いがあって。生まれながらに神で王の維心様なんだもの、考え方が違っても仕方がないと思うの…それにね、あまりに将維とのことを深く気になさるから、私、十六夜に聞いて…どうしてなのか、その理由を。そして、昨日の朝、あなたの体を、自分の部屋から私の月の力で調べて、それが事実だとわかったのよ。」

将維は驚いた。昨日、母は我を調べたというのか。月の力は、本当に自然過ぎて、気取ることが難しい。

「我の体が、いったいどうしたのですか?父上が、なぜにそのように?」

「あなたがっていうか…子供たち全部なのよ。」と維月は言った。「でも、一番色濃く出たのが、あなただったってこと。」

将維は、要領を得なかった。

「よくわかりませぬ。」

維月は頷いた。

「そうね。あのね、将維、あなたは龍であって人ではないでしょう?」

将維は頷いた。

「はい。完全な龍です。」

維月は続けた。

「人には龍は生めないわ。そして、私のこの身は人のものを使っているの。だから、あなたは私の子ではないのよ。」

将維は目を丸くした。

「しかし、我は母上から生まれたのでしょう。」

維月は頷いた。

「そうなのよ。だから私も、絶対自分の体から生んだから、遺伝子的にもつながっていると思っていたのだけど…違ったの。私の月の命の方の種と、維心様が交わって出来たのがあなた達なの。」とふっと息を付いた。「要は、蒼と十六夜みたいなものよ。あとは地と十六夜みたいな。同じ種類の命ではあるのだけど…それも、少ししか混じってないわ。どうしてって龍族は、生粋の龍を生ませることが出来るからよ。月の命は、その苗床になったに他ならないわ。」維月は下を向いた。「特に私の率が低いのは、将維、一番最初に出来たあなたなの。維心様はそれを知っていたから、あんなに将維を警戒したのだとわかったわ。十六夜も昨日、不思議がる私に、仕方なく教えてくれたって感じだったもの。」

将維はショックを受けて、呆然とした。母であって、母でない。同じ種類の命が混じって出来たのが、自分…。

それで、父上はあれほどまでに我を母から引き離したのか。そして我は、だから父上にこれほどよく似ておるのか…。

将維は、残念そうに気落ちしている母を見た。では、龍族にとっての龍、鳥族にとっての鳥のように、母は同じ種類の命なだけであったのか。そして、父の遺伝子を濃く継いでおるがゆえに、我は母を求めてしもうたのか。これは、血のせいなのか…。

「母上」将維は言った。「それでも、我にとって、母上は我を育ててくれた母であるのです。そのように塞いでおられてはいけません。」

維月は将維を見て、微笑んだ。

「将維…あなたはとても優しいわね。きっと、私の話を小さい頃からよく聞いて、真面目に従ってくれていたから…人の気持ちもわかるのだわ。あなたはきっと、私の落ち込む気持ちも、わかるのね…。」

維月の寂しそうな様子に、将維はどうしたらいいのかわからず、いつも父がやるように、その腕に抱きしめてみた。維月は驚いたようだが、身を退かずに将維を見上げた。

「…将維?」

将維は母を見降ろして微笑んだ。

「我を父だと思っていただいてよろしいですよ。何か諍いがあったのでしょう。母上はお強くていらっしゃるが、本当はお一人が苦手であるのも、我は知っておりまするので。」

維月の目は見る見る潤んだ。将維はそれを見て困ったようにその涙を拭うと、笑った。

「また…どちらが子供か、これでは分からぬではありませんか。我は…」

我は。一体何を言いたいのだろう。将維は口をつぐんだ。何も言わないでおこう。母が自分から離れてしまう危険は、冒したくないー。

「さあ…試してみましょうか?」将維は言った。「我を父だと思うて…」

将維の唇が 維月の唇に落ちて来る。

その口付けは、今度は深く、長かった。


維心がそこへ着いた時、将維が維月に口づけて、維月がおとなしくそれを受けているところであった。

思わず気配を消して二人の背後の木々の間に入った維心は、炎嘉が追い付いて来たのを感じた。事態を悟って炎嘉も気を消し、そこに二人で佇んでいた。

一方維月は、将維が打掛の内側の、着物の腰をグッと抱き寄せたのを感じて、我に返った。これは、維心様ではないのに。

維月は唇を離した。

「やっぱり駄目よ将維…。いくら維心様だと思えと言われても、あなたは将維なのよ。私の愛する子なのよ…。」

将維は抱き寄せた維月を離さなかった。

「わかっています。あなたが実際の母ではないと知ってしまった以上、我には我慢する枷があまりにも少ないのです。しかしながら、我は他に妃を迎える。父と約束をしたので。だが、我が最初に抱くのは、あなたが良い。それが我の望みであるのです。ただ一度、父と思っておっても良い。我の望みを叶えてもらえまいか。転生なさると聞いて、炎嘉殿ですら許されたのでしょう。ならば、我は良いのではありませんか。」

あまりに真剣な将維の瞳に、維月は迷った。この深い青い瞳は、維心様にそっくりだと、いつも愛していつくしんで来た瞳…。でも、どうしたらいいの。血はつながらなくても、命は繋がっている。確かに私が生んだ子なのだもの。

「将維…お願い、時間をちょうだい。私、どうしたらいいのかわからないの…。維心様のお心だって、最近ではわからないのよ。私、本当に今、混乱しているの。」と将維を見た。「そんな、維心様にそっくりな目で言わないで。私…どうしたらいいのか…。」

維月は将維の腕の中で、下を向いた。将維はため息をついて、抱きしめる腕に力を入れた。

「…我こそ、急にこんなことを申して、悪かったと思っております。」と将維は言った。「ですがもう、母上とは呼べぬかもしれない。」

維心は炎嘉と共に、それを聞いていた。炎嘉が維心の肩に手を置いて、念で言った。

《やはり主の息子よの。律義であるが、頑固よ。それに、知ってしもうたようだな。》

維心は厳しい顔のまま頷いた。

《…月より性質(たち)の悪い。我の分身のようなものよ。あれは…困ったことに月の力も継いでおる。このまま成人すれば、我は勝てぬ。我に月の力であるぞ。無敵よ。》

炎嘉は頷いて、大広間の方を示した。

《戻らぬか?》

維心は首を振った。

《いや》と気配を戻した。《維月を連れて戻る!》

炎嘉は慌てた。

「こら!維心!」

維心は飛び上がって将維に気を降らせた。将維はすぐにそれを気取って、片手で防いで横へ跳ね返した。

ゆっくりとこちらを振り返る。

「ほんにこの正月から!」

炎嘉は呆れたように言った。維心は構わず、将維に向かって大きな気の放流を向けた。

将維は維月を横へ除けると、それを受けるように自分も気の放流を出す…維心の目も将維の目も真っ青に光っていた。

いわば維心同士の気のぶつかり合いのようなその衝撃は、激しい地面の揺れを起こし、よろけた維月を炎嘉が気で守り、そして宮にはビリビリと衝撃が走った。

炎嘉が叫んだ。

「こら!賓客が居るんだぞ!不仲を晒すつもりか!」

将維がハッとして、放流を止めてガードだけにした。維心も、それを見て気を止める。

その瞬間、収まった地響きに何事かと大広間から神達がわらわら出て来た。維月がどうしようかとおろおろしていると、炎嘉が進み出て笑った。

「いやあ、すまぬの!酔っておるゆえ、座興だと戯れが過ぎたのだ。こやつらは己らの力をわかっておらぬのよ。」と二人を見た。「さあさあ、立ち合いは訓練場でするがよいぞ。主らは酒が過ぎる。」と、賓客達のほうへ歩いて行った。

「侍女達!王と副王を部屋へお連れ申せ。ほんに我も驚いたわ」と傍の神を見た。「おお、なんと廉紫殿ではないか。久しぶりよの。我に西の果ての海の話を聞かせてもらいたいものよ。」

それぞれの侍女達が慌てて王と副王の元へ走る中、炎嘉は回りの神達を連れて、大広間へと戻って行った。

維月はそれを見てホッとした…さすがは、炎嘉様だわ。それは、洪も同じのようだった。洪は維月と目を合わせると、軽く会釈して自分も大広間へと戻って行った。


将維はおとなしく侍女達と共に歩いて自分の対へ戻って行ったが、維心は自分は酔ってはおらぬと言い張って、なかなかおとなしく居間へ戻らなかった。

しかし、侍女達が取り囲んでどうかどうかと頭を下げるので、それに流されるように自分の部屋へ連れ帰られたのだった。

「だから酔ってはおらぬと申すに。」

維心はむくれていたが、侍女達に寝台へ乗せられ、侍女の一人は維月の前に、維心の着替えの着物を捧げ持って立った。着替えさせよということだ。

維月は維心の袿を脱がせて、新しい襦袢を広げて、腰ひもに手を掛けた。すると維心は、侍女達に言った。

「主らはもう良い。下がれ。」

侍女達が着物を置いて下がって行く。維月は引き続き、維心の腰ひもを解いて引き抜き、新しい襦袢に変えようと着物の前合わせを開いた。そこで、維心は維月を引っ張って寝台へ引き込んだ。

維月は驚いて維心を見た。そして、悟って、目を逸らした。

「…本日はお許しくださいませ。あんなことがございました後、私も…。」

「ならぬ。」維心は言った。「主は我の妃。我の許しなく部屋に戻ることは許さぬ。」

「維心様…」

維月は維心に組み敷かれながらも、顔を横へ向けた。どうして私の気持ちをわかってくださらないのかしら…。

「主は、我の気持ちなどわからぬ」維心が、維月の心の中と同じことを言った。「我が、どれほどにつらいか、主にはわからぬのだ!」

維月はそれを聞いて、気が付いた。維心様の気持ち…今回のことで、ちゃんと聞いていなかった…。

維心は維月に口付けると、その夜はそのまま離さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ