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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
散り逝く闘神
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あるべき所

龍の宮の寝台とは比べものにならない幅の、天蓋もない維月の部屋の寝台に横になりながら、維心は言った。

「十六夜とは、あれから話すのか?」

維月は頷いた。

「あの直後、毎日のようにずっと朝も夜も昼も名を呼ぶので…会うことは出来ないけれど、人の世に居た頃のように、夜少し話すのならと。十六夜は私がこちらに居る限りは神の世には戻らないと言って、ずっと月に居ります。なので、私にとっては、人の世に居た頃と変わらない生活であったのですわ。姿が違うので、またやりやすかったのは確かでございますが。」

維心は頷いた。やはり十六夜は知っていたのに我には一言も知らせて来なかったのだ。維月が、それを望んでいなかったから…。

「我も、何か職を探さねばならぬな。人の話し方を真似るのは簡単なこと。それに、我はどのような言語も解するゆえ、翻訳や通訳といった仕事も出来る気がするの。あとは、主らが使うあのパソコンという家電を解すれば良いな。人と同じように、手でキーを押して操作すれば良いのだから。今までは気で動かしていたがの…それでは、人の世では通用しまい。」

維月はびっくりした。思ったより、維心様は人の世を理解している。

「維心様…そのようなことをお考えであったのですか?」

維心は頷いた。

「主ゆえに、我は今の人の世をそれは学んだ。ここで生きて行くにはどうすればよいのか、考えもした。心配することはない。我は神よ。人の出来る大概のことは我にも出来る。日々の糧を稼ぐのなど、造作もないことよ。直に、主が働かずとも良いように出来るゆえな。」と言葉を切った。「それに、不都合が起きても記憶を操作すればよいだけであるから。気負いもない。」

維月は笑った。

「まあ…神とはなんと便利なこと。私もここを借りたりするのに、少し力を使いましたけれど。でも、もうあのお仕事も辞して、ここも引き払う準備をしなければ。」

維心は半身を起こした。

「別の場所へ移るのか?まだ一年ほどであろう。主が年をとらぬのを、不審に思う者もまだおらぬであろうに。」

維月は首を振った。

「維心様…ここでは維心様も存分にその能力を発揮出来ませんわ…私にはわかっております。普通の神ではなく、維心様は神の王の中の王なのです。それが人の世で人として生きるなど、してはならないのです。」

維心は困惑した。我に、神世へ帰れと申すか。

「維月…主と共に居れるなら、我はそれでも良い。」

維月は首を振った。

「神世が維心様を必要としております。仮に私が良いと申しても、碧黎様が連れ戻しに参りましょう。それほどに、維心様は大切な存在なのです。」

維心も首を振った。

「それは我が望んだ事ではない。我はもう存分に務めを果たした。我のたった一つの望みぐらい、叶えても良いではないか。」

維月は微笑んで、維心の頬を撫でた。

「はい。ですから今度は私が責務を果たさなければならないのですわ。地を平定するのを助けよと言われていたのに。私は逃げ出したのですから。」

維心は維月を見つめた。

「では…。」

「はい。」維月は頷いた。「私は神世へ戻ります。維心様と共に。」

維心は維月を抱き締めた。

「維月…確かにもうつらい思いはさせぬ。主を置いて戦場へ行ったりはせぬ。仮にどこかで、どのような傷を受けようとも、戻って主の命を切り離す。我は約束は違えぬ。」

維月は頷いて維心に口付けた。維心はそれに応え、そのまま再び維月を愛した。


夕方になり、維月はあの姿に身を変えて、維心と共にあのスーパーを訪れた。

「夫は外国に単身赴任していると申しておりましたの…。」

維月は維心に結婚指輪をはめた手を見せながら言った。女一人、独身では何かと不都合もあるのだろうか。維心は黙って頷いた。

維月は責任者とかいう立場の人に、維心を夫だと紹介していた。維心はそのままの姿だったので、相手は見上げるように見て驚いていた。そしてやはり青い目を見て、外国人かと訊いていた。

維月はそうだと答え、急に夫の国へ行く事になって、迎えに来たのだと説明していた。人の世では、仕事を辞するのも何かと理由が要るらしいことは維心にも理解出来た。それに、維月はあながち嘘を言っている訳でもない。

職場の同僚とやらに挨拶に行った際も、相手の初老の女は維心を見て一言、こう言った。

「いい男ねぇ!ほんと驚いたわ、こんな人を傍で見るの初めてだもの。」

維心が目を丸くしているのを見て、維月は苦笑した。

「あの…うちのダンナさまは日本語分かるので。」

相手は慌てて口を押さえた。

「あらごめんなさい。外国人ってみんな英語しかわからないのかと思って。」

いったいその思い込みはどこから来るのだろう。維心は思ったが、相手が謝っているようだったので、答えた。

「別に悪い事を言われた訳ではないので、気にすることはない。」そして人の世というものを思い出して、付け足した。「急に妻を連れ帰る事になって、迷惑を掛ける。」

相手は驚いた顔をした。

「まあ、日本語ペラペラじゃないの!でも、すごく偉い人みたいね。」

そりゃ王だもの…と維月は思ったが、笑った。

「国では王様だから。」

相手は冗談だと思ったのか、声を立てて笑った。維心だけ、何が面白いのかわからなかった。


その後、不動産屋にも立ち寄り、二人は海岸を歩いた。維月は姿を戻し、元の姿で歩いていた。月が出ている。維月は月を見上げ、言った。

「十六夜、ここへ来て。」

十六夜は、光の玉になって降りて来た。そして目の前に実体化すると、言った。

「…ついに見付けたか、維心。それで、説得したのか?」

維心は言った。

「我は人の世に住むと申したのだが…維月は共に戻ってくれると申した。」

十六夜は維月を見た。

「いいんだな?維月。オレはどっちでもいいけどよ。」

維月は頷いた。

「あなたも維心様も、神世に必要な存在なのよ。私は自覚しなければならないわ…碧黎様から与えられた、新しい責務のことも。」

十六夜は頷いた。

「そうだな。オレもこの一年月に居て、お前と昔のように過ごしながら考えてたんだよ。もう、こうやってのんびり過ごす時期は過ぎたんだってな。神世は相変わらず戦の残党が居て、蒼も必死に防御してる。オレは月から結界を強く張るだけ。昔のように一家族で収まる規模ではなくなっちまった…オレは守るものが、いつの間にか増えていたんだ。だが、お前に強制するのだけは嫌だった。だから、待ってたんだ。維心がお前を見付けてくれるのをな。」

十六夜は維月の手を取った。維月は微笑んだ。

「ありがとう。私の気持ちを尊重してくれて。昔からずっとそうね。いつも待ってくれるの…。」

十六夜は微笑んだ。

「オレには時間だけはあるからな。だが維月、お前はほんとに綺麗だな。やっぱりこの姿の方がいい。」

維月はふふっと笑った。

「いつも外見は関係ないって言うくせに。でも、月になって変わったのだとは思うわ。この姿を少し変えただけだと人が寄って来て仕方なかったの…それであの姿にしていたのよ。」

「まあ、神の王妃だもんなあ。」

十六夜は維月に口付けた。維心が眉を寄せた。

「…その王妃に、主は目の前で何をしておるのよ。」

十六夜はふんと笑った。

「オレだって触れるのは一年ぶりなんだ。いいじゃねぇか、減るもんじゃなし。」

維心は維月の手を引いた。

「何かを失っておるように我には感じるわ。」と、砂浜の先を指した。「さあ、この先へ共に参ろうぞ。頼みがあるのだ。維月も承知しておる。」

十六夜は、その視線の先を見て、意味を悟って頷いた。

「そうだな。オレもそろそろだと思ってたんだ。」

三人は、砂浜を炎嘉を封じた場所に向かって歩いた。


《…別に、良い。》

封じた中からは、炎嘉から意外な答えが返って来た。維心が言った。

「何を申しておる。そこから出て責務を全うせぬと、主は転生を目指してあの世へ行けぬだろうが。」

炎嘉は、気が進まぬように言った。

《出てどうする?我はまた月の宮へ参るのか?我は全て失ったしの。何かをしようという気力も起こらぬ。維月にも合わせる顔がないしの。》

維月は言った。

「そのような…私はもう大丈夫でございます。維心様の友であられるのは変わらないのですから。このような所へいつまでもお篭めしている訳には行かないのです。」

炎嘉はため息をついた。

《我に今更何が出来ると申すのだ。月の宮の守りは完璧であろうが。我が作ったゆえの。龍の宮には維心が居るし、維月が共に居る。維心が気が気でないであろうし、我も自信がないの。》

維心は眉を寄せた。

「わかっておる。我は先の戦のあと、困っておることがあったのよ。虎の宮の跡地の方は我の第二子明維と、第三子晃維に守りを任せたが、鳥の宮の跡地に建設中の砦を任せる将が居らぬ。義心は軍神筆頭なので宮から離したくないし、第五子の亮維一人であそこは任せられないのよ。主は知っておるであろうが、領土が広い上に守りにくい地形であるからの。ゆえに主さえ引き受けてくれるのなら、亮維は将維と共に宮に置き、主に鳥の宮の跡地、今は南の領地と呼んでおるが…そこを管理してもらいたいのだ。」

炎嘉から驚いたような気が発せられた。明らかに意外な事であったらしい。

《…主、南を我に任せようというのか。》

維心は頷いた。

「領土があまりに広がるとの、優秀な将が不足する。我は確かに広範囲を見ることに長けておるが、あっちもこっちも面倒なのだ。それに将維の代になった時、いきなり我と同じことが出来るとは思えぬ。ゆえに、主が必要なのだ。一年前から建設しておって、もう外観は出来ておる。今ならまだ、外回りの守りなど手を加えることも出来ようぞ。」

炎嘉は黙った。十六夜が、イライラしたように言った。

「おい、はっきりしな。オレだって暇な訳じゃねぇんだよ。維月が神の世へ帰るなら、オレも月の宮へ行って蒼達を見て来てやらなきゃならねぇんだからな。」と手を上げた。「ほれ。もしまだ封じててほしいんだったら、今度は維心に封じてもらえ。」

一瞬のことだった。

三人の目の前に炎嘉がドサリと落ち、まだ体が痺れるようで、全身を硬直させて動こうと小刻みに震えている。維月はそれを見て言った。

「ちょっと十六夜!あなたいきなり、デリカシーってもんがないの?!驚いてるじゃないの!」

「だからゆっくり付き合ってられねぇんだよ。」十六夜は面倒そうに手を振った。「お前もまた月の宮へ来い。オレは蒼が心配だからもう行くからよ。」

十六夜は飛び上がった。

「十六夜!」

「維月、心配しなくても、また明日には会いに行くからよ!」

十六夜は手を振って飛び去って行った。

維心は、慌てて炎嘉の様子を見ている。

「炎嘉?大丈夫か?」

炎嘉はなんとか身を起こそうともがいていた。

「…月はなんと大雑把なヤツよ。一気に解きよってからに。」

半身をやっと起こした炎嘉は、砂の上に座り込んだ。

「ああいうヤツなのだ。」

維心は諦めたように言った。炎嘉はため息をついた。

「主はよく付き合っておるよのう。我には付き合い切れぬ。」

「ま、良い所もあるゆえの。」維心は言った。「それに維月を望む限り縁は切れぬ。仕方がないわ。」

「おお、やっと目が見えてまいった。」

炎嘉は、ふと、顔を上げた。維月が立っている。維心はそれを見て、維月を自分のほうへ引き寄せた。

「…さあ、炎嘉。決めるのだ。」

炎嘉は、維月から目を逸らして、維心を見た。

「南の領地とやら、我が守ろうぞ。龍として。」と、ゆっくりと立ち上がった。「ついに主の臣下よ。良い気はせぬがの。」

まだ足元がおぼつかないようだ。維心はその腕を取った。

「良いではないか、どうせ臣下と申しても好きにするのであろうが。では、とにかく砦へ送ろうぞ。まだ作業をしておるが、ま、出来ておる所もあるゆえ。正式に布告する。」と 維月を見た。「維月、先にあの家へ帰っておれ。炎嘉を送ってすぐに戻る。明日、我と共に龍の宮へ帰ろうぞ。」

維月は頷いて、飛び上がった。

「お早くお帰りくださいませ、維心様。」

維心は微笑んだ。

「帰りは瞬時に飛ぶゆえの。待っておれ。」

維心は炎嘉の腕を取って、一緒に飛び上がって、夜空を南の方向へ飛んで行った。

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