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迷ったら月に聞け 5~闘神達  作者:
散り逝く闘神
11/35

懸念

維月は、気忙しげに空を見上げ続けていた。

あれから、一時間近く経っただろうか?維心様は…義心は…。

それを見ていた十六夜は、呆れたように横から言った。

「大丈夫だって。万に一つもあいつが怪我することはねぇよ。」と、ふと、顔を上げた。「帰って来やがった。」

結界に触れたのだ。維月は立ち上がった。維心が見る見るこちらへ降りて来た。

「…済んだ。義心は軍神に、後始末を指示しておる。」

維月は必死の形相で維心の頬を触った。維心がびっくりしていると、他腕やら胴やら脚やらをガジガシと触り、傷の有無を確かめている。

「い、維月、心配要らぬ。どこも怪我などないゆえに。」

維心が言うと、維月はフッと力が抜けたように座り込んだ。そして、キッと維心を見ると、言った。

「なぜに供も連れずに飛び立たれたのですか!私がどれだけ心配したか…もう!維心様など知りませぬ!」

維月はすっくと立ち上がると、プイと横を向いてスタスタと宮の中へ歩き去ってしまった。

維心は茫然としていたが、我に返って慌てて維月を追い掛けた。

「維月!我が悪かったゆえ!維月!」

その後ろ姿を見送って、十六夜はため息をついた。

「あ~あれは怒ってるな。知らねぇぞ、オレの経験上、なかなか機嫌が直らねぇパターンだ。」

蒼は苦笑した。維心様も母さんには形無しだな…。

それを見ていた翔馬は、蒼に頭を下げた。

「王。如何様にもご処分を。」

蒼は、シラッと言った。

「何の話だ?」と、驚く翔馬を見た。「まあなあ、もっと早く言ってくれてもよかったと思うが、最後には打ち明けてくれたろう。悩んだろうに。今回は罪に問わない。だが、二度は無しだ。」

翔馬は、深く頭を下げた。

「は!」

この王に助けられ、共に宮を作り、守って来たのだ。これからも、仕えて行こうと、翔馬は心の底から決心したのだった。


維月は、ひたすら人気のない宮の回廊を歩いていた。いったい、どれ程に心配したと思うのか。男の人なんて結局、待つ女の気持ちなんて分からないのだわ。維心様だって同じなんだから。

維月は何に腹を立ててこんなに苛立つのかわからなかったが、とにかくホッとしたら腹が立った。一人になって、気持ちを静めたかったのだ。人の頃は、こんなことはなかった。だって、自分で戦っていたから。蒼達愛するものを守ることが出来たから…。でも、今は失うことに怯えて待つしか出来ない。そして、その怯える気持ちを誰も分かってくれない。

後ろから、突然に腕を掴まれた。

「維月」維心だった。「何をそのように怒るのだ。我は無事であったであろう?己の身ぐらい己で守れるゆえ。主は夫がそれほどに頼りない男だと思うておるのか?」

維月は膨れっ面で維心を見た。

「…もういいです。所詮維心様には、私の気持ちなど分からないのですわ。放って置いてくださいませ。」

維月は腕を振りほどくと、クルリと背を向けて小走りに駆け出した。維心はまさか維月が走り出すとは思わなかったので、慌てて後を追った。打ち掛けが重いのでなかったのか。

「維月!」

と、着物の袖を掴むと、維月はムッとした顔をして、スルリと打ち掛けを脱いだ。維心がまたびっくりして面食らっていると、中の着物だけになった維月は自分の部屋の方へと一目散に駆け出した。

しばし茫然としていた維心は、我に返ってその打ち掛けを手に追い掛けた。

「待つのだ維月!そのような格好で!」

維月は打ち掛けさえなければ結構速かった。慣れた月の宮の中を、するすると近道して部屋へと走って行く。一方維心は慣れないので、追い掛けづらかった。しかも維月の打ち掛けはかさ張るので邪魔だった。手が届きそうで届かないのにイライラした維心は、ついに飛んで維月を倒して押さえつけた。

「捕らえたぞ。」維心は言った。「我が妃が我から逃げるとは何事ぞ!」

維月は横を向いた。

「放って置いてくださいませと申しました。そんな維心様は嫌でございまする!」

維心は言った。

「我が悪かったと申しておるではないか。もう、供を連れずに出掛けたりせぬゆえ。機嫌を直すのだ、維月。」

維月は維心を見ない。維心は顎を持って自分の方へ顔を向けた。

「維月…そのように怒るでない。そんなに心配したのか?我は決して怪我などしないであろうが。」

維月は維心を睨んだ。

「…仙術には掛かられましたわ」維月は言った。「もしも未知の仙術などがあったら、どうなさるおつもりでしたの?私は心配で…」

見る見る維月は涙ぐんだ。維心はたじろいた。

「維月…それは…」

その隙に、維月はクルリと回転して起き上がった。案外に素早い事に驚いていると、いつの間にか目の前にあった、維月の部屋の戸に手を掛けた。

「だから、私の気持ちなど分からないと申したのですわ!しばらく放って置いてください!」

「維月、」

目の前で戸は閉じられ、鍵の掛かる音がした。維心はその戸の前に立ち尽くした。

「維月…我はこんな戸、すぐに開けられるのだぞ?」中から返事はない。維心はため息をついた。「では…花見の席へ戻っておるゆえ。気が収まったら、来るがよい。」

維心はそっと維月の打掛を戸の前に置くと、振り返り振り返り、戻って行った。


席へ戻ると、十六夜と蒼がこちらを向いた。蒼が物問いたげな視線を向けて来る。維心は首を振った。

「何を言っても聞かぬ。しばらく放っておけと言うので、仕方なく置いて来た。」

十六夜は、杯を口に持って行きながら言った。

「やっぱりな。あれは本気で怒ってる時の維月だ。オレは最長1か月無視されたことがある。」

維心は十六夜を見た。

「…1か月?そんなに出て来ぬのか。」

十六夜は頷いた。

「オレなんてよ、実体化できねぇ時だったから、必死で念で呼びかけてるのによ…あいつは全く答えなくってさ。あの頃は夜しか話せなかったから、最後一か月目に一晩中呼び続けて、ああもう月が沈むって時にやっと答えてくれたってことがあった。だが、その言葉も、『もう、うるさいわね!』だったけどな。」とため息をついた。「だから言ったじゃねぇか、頑固だって。まあそれだけ元気になったってことなんだから、良しとしようや。」

蒼は眉を寄せた。

「十六夜…母さんこのまま放って置いたら、龍の宮へ帰らないぞ?なんとかしなきゃ。」

十六夜は手を振った。

「じゃあお前、なんとかしろよ。あの維月に声掛けられるんならな。オレはごめんだ。オレまで無視されちまうかもしれねぇじゃねぇか。」と、しばらく沈黙した。そして、言った。「…案外、あいつ神世が嫌になってなきゃいいがな。」

蒼と維心が同時に十六夜を見た。聞き捨てならない。

「…どういうことだ?」

維心が聞いた。十六夜は言いたく無さそうに言った。

「…オレだって、今度の戦じゃこの世界で生きて行くのは向いてねぇと思ったのによ…まあ、オレの思い違いならいいけど」と杯を空けた。「常に愛する者達が命の危険にさらされて、その帰りをただ待ってるなんてよ…あいつに耐えられるとは思えねぇ。人の頃のあいつは、蒼達が危険にさらされるぐらいなら自分が先頭切って戦いに向かって行くタイプだったからな。オレがそれで何度冷や冷やさせられたか…なのに今、待ってるだけなわけだろ?よく耐えてるなーとは思ってたんだよな…。ま、あいつも年齢上がって落ち着いたのならいいが。」

蒼は十六夜の言っていることは的を射ていると思った。オレ達を殺すなら自分が死ぬってタイプだった。だから一度死んだんだし。

維心は言った。

「だから、我が簡単に敵の所へ行くのを怒ったのか。」

十六夜は頷いた。

「どうにも出来ねぇじゃねぇか…あいつは月だし。軍神じゃねぇし。なのに命の危険のあるようなことに、一人でほいほい行っちまうんだよ、最愛の旦那がさ。自分が呼んでいるのも聞かずに」それを聞いた維心は、下を向いた。「待つだけなんてあいつの性に合わねぇんだよ。これからもこんなことが続くなら、無理が出て来ると思うぜ、維心。お前は少しも維月のほんとの性格ってのが掴み切れてないんだからよ。まだ蒼の方が知ってるんじゃねぇか?」

蒼は渋々ながら頷いた。

「確かに十六夜ほどじゃないけど、オレも母さんの性格は耐え忍ぶタイプじゃないことぐらいはわかるよ。オレなら絶対に嫁にしたくないタイプ…気が強過ぎて頑固なんだもんなあ。オレは瑤姫みたいなタイプがいい。」

十六夜はフフンと笑った。

「ははあ、真逆じゃねぇか。オレはお人形みたいな女は性に合わねぇなあ。自分ってのをしっかり持ってる維月は、だから「気」も清々しくて他とは違う輝きを放ってるんでぇ。おかげで他の神達に狙われて大変なんだけどよー。」と、ゴロリと横になった。「あーあ、だから怒った時大変なんだけどよ。」

十六夜は、そのままじっと薄っすらと赤く染まっている空を見ていたが、やがて、眠りに落ちて行った。

蒼は、維心に酒を注ぎながら、思った。誰よりも母さんを知ってるのは、やっぱり十六夜なのか。維心様は、知っているようでやっぱり掴み切れていないのか。それとも母さんは、今は少しは丸くなったんだろうか…。


日が暮れて、提灯に明かりが入った。

とても幻想的な様子に、瑤姫も嬉々として桜を眺めている。蒼は、維心が黙ったままなので、母を呼びに行こうと立ち上がった。

「ちょっと、様子を見て来ますよ。夜桜もきれいだからって言って。」

維心は考え事をしていたらしく、ハッとしたように顔を上げると、頷いた。ふと、寝ていた十六夜がガバッと起き上がった。

そこに居た皆が驚いて十六夜を見る中、十六夜は誰とも無しに言った。

「…夢か」と蒼を見た。「蒼、どこへ行く?」

「母さんを呼びに。」と蒼は草履を履いて歩き出そうとした。「ほんとこのままじゃ、月の宮に居着いてしまいそうだしさ。」

十六夜は、ちょっと考えて、立ち上がった。

「オレも行く。」

蒼は苦笑した。

「いいの?きっとまだ怒ってるから、十六夜だって当たられるかもしれないよ?」

十六夜は何やら深刻な顔をしている。

「そんなことなら、まだ我慢もしてやるよ。」と蒼の顔を見た。「…嫌な予感がする。あいつとオレは、なんやかんや言っても月でつながってるからな。感情が伝わって来ることがあるんでぇ。なんかとにかく…嫌な予感がする。」

蒼は何か、背筋をうすら寒い感じが抜けて行くように思った。なんだろう。またさらわれたとかじゃないよね?

維心が、不安そうに立ち上がった。

「確かに、怒っている「気」すら感じられない…陰の月の力の波動が感じられるから、部屋に居るのだろうと思って放っておいたが…。」

十六夜はすいっと飛び上がった。

「先に行く。」

十六夜がすいすい飛んで行くので、維心も蒼もそれに続いて飛んだ。



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