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Short Short Circuit

制限速度

作者: 境康隆

 アクセルをベタ踏みにする。メーターの針が一気に跳ね上がった。

 堪らない。

 周りの景色はおろか、他の車すら後ろに流れていく。

 ちんたら走る隣の車。見えたのは驚きに目を剥いたドライバーだ。

 驚け。俺が一番だ。

 もちろん隣の奴の顔なんか、一瞬でサイドミラーの向こうに消える。

 窓から空き缶を放り投げたって、似たようなもんだろう。

 カーブ。

 風切るように俺は曲がる。

 タイヤをアスファルトにこすりつける音が、小気味よく俺の耳に届いた。

 高速道路を俺は車で駆け抜ける。いじりまくった、最高の車でだ。

 アクセルを踏みつける度に、ピストンが喜びの悲鳴を上げた。

 ハンドルはとても気の利く相棒だ。

 振り回されようとも、急に切りかえそうとも、右に左にとご機嫌に尻を振って応えてくれる。

 サスペンションは陽気に踊り、俺とクラクションでセッションする。

 ギアはキレよく俺に応えた。

 クラッチが合う度にメーターが跳ね上がり、新たな世界を切り開いていく。

 流れる景色に、俺の心拍数も当然跳ね上がる。

 何しろその流れる景色の中には、警察の車だって含まれている。

 ご機嫌だね。

 俺はクラクションでそう叫ぶ。あんな車で、俺に追いつける訳がない。

 止まりなさい。

 ちんけな警官が、ちんたら走る車両で、陳腐な台詞を吐いてよこした。

 追いつけないのだろう。拡声器で遠吠えするのが精一杯なのだ。

 制限速度を守りなさい。

 知るか。制限速度なんて、知ったこっちゃねえよ。

 その制限速度が道路脇にチラリと見えた。

 全く足りない。

 俺は率直にそう思う。

 何てもの足りない制限速度だ。ママが決めた門限の方が、まだ気の利いてる上限だ。

 奴らは諦めずに追ってくる。追ってくると言っても、見る見る後ろに下がっていく。

 当たり前だ。俺の車に追いつける訳がない。

 進路を塞ごうとしてか、前から次々と警察車両が現れた。

 アクセルドカーン。ハンドルバーン。

 俺はクラクションで叫び上げる。

 サスペンションがきしみを上げて車体を支えると、タイヤが強引に路面をねじ伏せた。

 ガソリンは喜びに沸き立ち、ピストンはご機嫌なダンスを踊る。

 ブレーキだけがふて腐れたようにたたずんでいた。

 制限速度を守りなさい。

 懲りない奴らがまたもや拡声器でがなり立てる。

 足りない。足りない。足りない。こんな制限速度じゃ、俺には全く足りない。

 俺は制限速度など気にせずに、アクセルをベタ踏みにした。


 二手に分かれた道の一方を、警察車両が塞いでいた。

 俺は慌てず騒がず、空いている道にハンドルを切る。

 この道なんだ? あったっけ、こんな道?

 ああ、そうだ。いつもは閉鎖されてる道だ。ご機嫌なこの車で、いつも横目にしながら通り過ぎる道だ。

 見慣れぬ景色が後ろに流れていく。見渡せば他の車が一切ない。

 はめられたか? この先で待ち伏せでもしてるのか?

 制限速度を守りなさい。

 背後から、懲りずに奴らががなり立ててくる。

 知ったことか? いけるところまでいくまでだ。

 制限速度を守りなさい。

 知るか。だから制限速度なんて、俺には全く足りねえって。

 カーブ。

 俺はハンドルを従えて、サスペンションをきしませる。タイヤが路面と不協和音を奏でた。

 視界が悪い。カーブの先が見えない。

 制限速度を守りなさい。

 まだ言うか。

 制限速度を守りなさい。このままでは全く足りない。

 何がだ? 何言ってんだ、こいつら?

 カーブを抜ける。視界が開けてくる。

 制限速度を守りなさい。このままでは全く足りない。

 警察車両のブレーキ音。諦めたのか、瞬く間にその姿が声とともに小さくなっていく。

 俺の視界の端に、この道路の制限速度が飛び込んできた。

 全く足りない。

 なるほど、その通りだ。現れたカーブの向こうの道に、俺はそう思う。

 制限速度は遥か上に設定されていた。ベタ踏みどころか、底抜けにアクセルを踏んでも俺の車じゃ無理だろう。

 何がって?

 だから制限速度に、全く足りてなかったんだよ。俺の車の最高速度は。

 だがもう遅い。車がグンと坂道を駆け上がった。

 俺は制限速度以下のスピードで、その道に突っ込んでいく。

 そう、制限速度の――下限以下のスピードで突っ込んでいく。

 ジェットコースターのように空中で一回転している、そのおかしな道路に――

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