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 白と黒。

 両極なその二色の霧が、天に向けて煙となってもくもくと昇り上がっていて、しかし途中で黒と白で混ざり合い、灰色の入道雲、みたいなものに姿を転じている光景。図書館から突如溢れ出した白煙。あの図書館の中で、学校のように悲惨な事件が生じているのだろうか、と嫌な気持ちになってしまって僕は憂鬱。しかし落ち込んでいる場合でもない、歯もめっちゃ痛いし血が出てるけど香田の説明によれば、『ウーパールーパーの水槽を天に捧げれば』神様は怒りを静めてくれるらしく、この騒動も落ち着くというのである。

 どういうことかと僕は様々尋ねて、結局僕の家の臭いの正体が何であったのかも判明した。

 あれは、死体の臭いだったのだ。

 それも何の死体かと言うとウーパールーパーの死体らしく、その怨念が我が親族の家々に臭いを撒き散らし、さらに僕を『物書きになりたいあるいはギター奏者』と脈絡も無く言い出す人物に変えてしまい、親戚の吾郎くんは「ウーパールーパーになりたい」と思わされてしまい、兄はセロハンテープになってしまい、学校のみんなはおかしくなって校長などは巨大なホッチキスになってしまったというのである。さらに香田の話を聞けば、水槽のウーパールーパーを早く天にお返ししなければ街の騒動はさらに深まるばかりで、おそらくこのままでは僕の親戚一同全員が何かしらの文房具や動物などに身を転じてしまうこと確実で、学校のみんなもおかしくなったままになってしまうのだという。最終的には街全体が人間ではない奇妙な姿になること間違い無しで、そのまま問題を解決しなければ地球上の人間たちは全て人ならざる者へと身を転じてしまうことになるのだという。

「そういうわけで私は鉄くずでバベルの塔を作ろうと決意したってわけ」

 何故そういう結論に至ったのかは理解出来なかったが、香田は全てを理解したような賢者のごとくの双眸で蒼色の空を見上げ、太陽に指を示しているのだった。さも、神に立ち向かう勇者のような錯覚も覚えるレベルの勇ましさであったが、しかしそんな彼女も灰色の入道雲がウーパールーパーらしき影へと姿を変えることは予想出来ていなかったらしく、目を丸くしちゃった。

 灰色の入道雲は雲ではなかったということである。雲はぐんぐんその体積を空で増やし、そして時間が経てば経つほど膨張は増すばかり。灰色の入道雲は僕らの鉄くずバベルと同じくらいの高度の空で、街を見下ろすかのような体勢で空に横たわる、ウーパールーパーの王者らしき姿となったのである。巨大や巨大。王者の風格。

 僕は昔、子供の頃(いや今子供だけれども)に雲を見上げた時に『あれは犬っぽいなあ』だとか『あれは猫っぽいなあ』だとか『あれは虎っぽいなあ』だとか想像していたことを思い出した。それが現実に動物となって街に降臨するとは夢にも思わなかったが、巨大なウーパールーパーは空にたしかに存在していて、大きな口で今にも街を食べてしまいそうだった。

 一体あのウーパールーパーは何をするつもりなんだろう、あれが事件の黒幕なのだろうか、と僕は想像を膨らませてしまい、こんな時だってのに興奮してた。

「うひひっひ」

 口裂け少年も血をだらだら淀みなく口から垂れ流しながらも興奮しているらしく、卑屈な微笑みが半端ない勢いであって、楽しそうにはしゃいでいる。何か見たとこない踊りとか踊っちゃっててマジ怖い。だけど今はあのウーパールーパーを何とかするのが最優先事項だ。巨大な王者ウーパールーパーは今や口から涎を垂らしていて、口を街へ近づけているのだから!

 僕は香田を見る。香田も僕を見る。口裂け少年は踊る。

鉄くずバベルの頂上には僕たちとウーパールーパーの入っている水槽。

「お返ししなければいけないのかっ」

 僕が香田にそう尋ねると彼女は頷く。だから僕は歯から血がだらだらで痛かったけれども、それさえも忘れて、鉄くずバベル頂上の中心に置かれている、ウーパールーパーの水槽の目の前へと駆け寄る。香田も駆け寄っていて、そして彼女と僕は、同時に、水槽を天へと持ち上げようとした。太陽に水が煌いている中で、ウーパールーパーが目をキラキラ輝かせている。きっと、嬉しいのだ、王者ウーパールーパーの元へ帰してやれるのだ、これで…だが。

「あ」

「あーだめだ」

 僕と香田の身長があまりにも違いすぎるせいで、上手く天空に水槽を掲げられないことが判明した。僕は現在子供だから、どう考えても無理だったのだ。

 しかしそれで諦めたわけではなかった。香田は一人の少年へと白羽の矢を立てる。僕もそれを見て、彼女が何を意図しているのか理解。

「そうだ」

「そうか」

 阿吽の呼吸と言える程の意見の一致。頷きあった後に、香田は黒髪をはためかしながら、そして太陽を背負いながら、僕らに叫ぶ。

「二人はまだ子供。だから二人で一人分。だから口裂け少年が担いで、そして君は水槽を担げばいい。元々の問題の発端は、実は、君が悪いんだからね! 君がしっかりとウーパールーパーをお返ししなければ、いけないよ」

 口裂け少年は踊るのをやめる。そして相変わらずの「うひひ」という卑屈な微笑みのままに、僕へとはしゃぎながら接近してきて、ニヤッとする。

 気持ち悪いというか不気味というか、って感じだったけど僕は嘆願。

「頼むぜ。今はお互い子供の姿のままだ、久国」

 勘でそう言ってみる。

 口裂け少年はきょとんとした顔をした後、しかしやはり「うひひ」と笑った。そして正解だったらしく、

「名前を呼ばれたら、断るわけにもいかないぜ!」

 と格好良く言い切った後に、彼はしゃがみ込んでくれた。久国が協力的なことに感謝しつつ僕も、

「助かったぜ!」

 などとノリノリのまま彼に肩車をしてもらう。久国は力持ちらしく、平然と僕を担ぎ上げてみせる。僕は水槽を落としてしまわないように全神経を両腕に集中させながら、香田と同じ高さに到達することに成功した。まさしく二人で一人分だ。これで男女二人が、揃ったのだ。

 何か妙に感動する。僕は何だか楽しい。おそらく、真剣な顔つきだけど香田も楽しんでる。久国も顔は見えないけど楽しんでいる気がする。  

 まるで物語の主役であるような行為が出来ることに酔っているのかもしれないし、あるいは単純に普段あり得ない出来事の連続がたまらなく面白いだけなのかもしれない。だけど理由なんてどうでもよかった。

 ぬっと天に灰色の影。王者ウーパールーパーが僕たちの頭上で口を開く。

「うわっ、きたねえ」

「ほんとだ、きたねえ」

「けっこうきたねえ」

 涎がだらだら垂れてきてて汚い。家の悪臭と同じような臭いが鼻腔を突いてきてしんどい。だけど僕はそれでも、今この時間を楽しんでいる。きっと、香田も楽しんでる。久国も楽しんでる。

 口が近づき、涎の量は増加し続ける。水槽に涎が入りすぎて水が溢れ零れ落ちる。

 中に入ってるウーパールーパーまで零れ落ちてしまったらどうしようと思って焦るけれども、その寸前に、王者の口が。

 僕たち三人と水槽ごと、全部を丸呑みにしてみせた。



 



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