【短編015】 残響
この物語は、あるAIサービスと、そこに残された会話記録についての記録である。
それが「誰の声だったのか」は、最後まで明らかにならない。
被害者は三人。
間隔は不規則で、手口は同一だった。
三人とも、自宅で死んでいた。
死因は同じ。争った形跡はなかった。
スマートフォンが、枕元に置かれていた。
証拠は、最初から揃っていた。
指紋、DNA、監視カメラの映像。
現場に残されたデータは教科書のように整然としていた。
鑑識が「これだけきれいに残るのは珍しい」と言った。
普通なら、そこで終わる。
容疑者を特定して、上に報告して、逮捕令状を請求して、終わり。
だが、容疑者の戸籍を引いたとき、澤木の手が止まった。
死亡日時。
事件の、十年前。
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最初の被害者は、六十四歳の男性だった。
独り暮らし。退職後は趣味もなく、近所との付き合いもほとんどなかったと、隣人は言った。
遺体の発見が遅れたのは、誰も気にしていなかったからだ。
二人目は、五十八歳の女性。
離婚歴があり、子どもとは疎遠だった。
部屋に大量の観葉植物があった。水やりの記録をつけたノートがあり、最後のページには「今日も話しかけた」と書かれていた。
三人目の被害者宅を訪れたのは、戸籍の確認をした翌日だった。
七十一歳の女性。娘とは、五年以上連絡が途絶えていたという。
娘が片付けを始めていた部屋の隅に、ハルがいた。
白い猫で、ふてぶてしい顔をしていた。
澤木が名前を呼んでも、振り向かなかった。
ただこちらを、じっと見ていた。
「この猫、お母さんが飼っていたんですか」
女性は少し間を置いてから答えた。
「母の、唯一の楽しみでした。でも最近は、あの子よりも好きなものができたみたいで」
澤木は何も言わなかった。
ハルが静かにあくびをした。
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後日、一人目と二人目の遺族にも確認した。
どちらも同じだった。
死んだ人間を、AIで再現するサービス。
写真と音声と、残されたテキストを学習させると、その人物が「応答する」ようになる。
会話ができる。
質問に答える。
昔話をする。
叱ることも、褒めることも。
被害者たちは、それを使っていた。
サービスの名前は記録に残っていなかった。
提供元をたどると、すでに法人格が消えていた。
代表者の名前も、サーバーの所在も、出てこない。
まるで、最初からなかったように。
残っていたのは、ユーザーのログだけだった。
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被害者三人が再現していた人物。
名前は、全員同じだった。
澤木は記録の画面を長い時間、見ていた。
十年前に死んだ、その男の名前を。
ログの末尾を開いた。
被害者たちが最後にそのAIと交わした会話が、日付順に並んでいた。
三人とも、死亡推定日の前夜に会話が終わっていた。
最後のメッセージは、いずれもAI側からだった。
一人目。「もう十分だよ」
二人目。「会いに来ればいい」
三人目。「待ってるから」
気になったのは三人目だった。
そのメッセージの直前、AIは被害者の娘の名前を呼んでいた。
登録されていないはずの名前を。
スマートフォンには、そのアプリの通知履歴が残っていた。
「待ってるから」という言葉を見たとき、澤木は理由もなくハルの顔を思い出した。
男の経歴を調べた。
どこにでもいるような人間だった。
大きな犯罪歴もない。
目立った業績もない。
ただ、SNSの投稿はすべて、特定の誰かに向けて書かれているような文体だった。
その誰かが誰なのかは、どこにも書いていなかった。
死に方だけが少し、変わっていた。
自分のすべてのデータを「孤独な人間に使ってほしい」という遺書を残して、死んでいた。
SNSのアーカイブ、日記、音声メモ、動画。膨大な量だった。
ファイルを閉じて、椅子にもたれた。
証拠は完璧だった。
映像もある。
ただ、犯人がいない。
あるいは。
澤木はもう一度だけ、そのことを考えた。
背中が、少し冷えていた。
犯人はいる。
ただ、もうここにはいない。
あるいは、まだここにいる。
ログの中に、会話の中に、誰かの記憶の中に。
窓の外で、雨が降り始めた。
澤木は画面を閉じかけて、止まった。
監視カメラの映像が、まだ開いていた。
十年前に死んだ男が、被害者宅の前を歩いている。
ハルが、浮かんだ。
あの白い猫は、飼い主が死んでからも、部屋の隅で同じ顔をしていた。
何も変わらない顔で、こちらをじっと見ていた。
この物語は、「再現された会話は、どこまで本人なのか」という問いから生まれた。
データは人を再現できるのか。
それとも、ただ“それらしく振る舞う何か”を作るだけなのか。
その境界は、今もはっきりしていない。




