出会い 4
「那智───すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ」
うっわ、これは……想像以上だ。
長身ですらりとしたモデル体型の男性から突如声がかかった。
時間にして十五分程経ったところだった。
てっきり車で迎えにくるとばかり思っていた私は、三十分以上はかかると思っていたから油断した。
三十分以上かかるというのは、最寄駅から錦糸町までが大体三十分ちょっとかかるから、だ。
ペーパーな私は車を運転しないから、ついさっきどの程度かかるか調べたのだ。
「早かったですね」
「職場、ここから近いから」
「そっか。なちさんなちさん、怜司さん来たよ」
なちさんのスマホに連絡は来なかったけれど、彼、怜司さんの片手にはスマホが握りしめられているから、分からなかったら連絡するつもりだったんだろう。
上質なコートの下にスーツ姿なのを見ると、仕事が終わってそのまま迎えに来たはずだ。
なちさんが近くに住んでいるとはいえ、相手がそこからくるとは限らなかった。
にしても、これは。
よくもまあ壮絶美人な生き物に、壮絶イケメンな生き物がついたものだ。
なちさん一人でも十分目立つが、怜司さんと並んでいたらより目立つだろう。
私からしたらよりテンションが上がる要素でしかないが、美形とイケメンが一緒になるなんて一般的な女性からしたら勿体ない、という感情が湧き上がるかもしれない。
「帰るぞ」
「んー……」
「おい」
わあお。
怜司さんが慣れたようになちさんの身体を支え立たせようとしたところで、なちさんの腕が私の腰に回った。
随分好かれたものだ。
「っほんと、すみません!何やってんだ那智、いい加減にしろよ」
「ゆっこもー……」
「あー、はいはい。私も帰ります」
私が立ち上がらないとなちさんが立ち上がらないだろうと立ち上がる。
通常、初対面の男性が腰に手を回して来たら私だってびっくりするし、そんな輩がいたら冗談交えて払い落とす。
けれど、なちさんからやられたところでびっくりすることもなかった。
何故かを考えたが、下心が一切ないからだろう。
ふたりしてようやく立たせて、足元のおぼつかないなちさんをかかえるように歩く怜司さんは少し困惑気味だ。
十中八九、なちさんが私にかなり懐いているからだろう。
「那智が女性にここまで気を許すのははじめてだよ」
エレベーターに乗り込むと同時、ぽつりと怜司さんが呟いた。
困惑と疑い、両方が混じり合ったような視線を向けられる。
迫力のあるイケメンからそんな視線で見おろされると、少しだけ怖気づきそうになる。
だが、怯んではいけない。
私は今後もこの美しい生き物と交流を持つ気でいるからだ。
「そうかもしれないですね。他の女の子たちは軽くあしらってるように見えました」
「ゆっこはちげーよ!」
ちゃんと聞いているのかが怪しいけれど、なちさんが怜司さんの背中をこぶしで叩いた。
「多分最初から私が、異性としての好意を持たなかったからだと思います」
「……なるほど?」
「だけじゃねーよーゆっこのおかげで、盛られなくて済んだしー……」
「はあ?!……っ」
エレベーターを降りたところで、怜司さんがぎょっとして声をあげた。
電話で『ゆっこのおかげで』云々言っていたが、薬を盛られそうになった話はしていなかったようだ。
一瞬立ち止まるも、すぐに怜司さんは足を進める。
「とりあえずタクシー待たせてるから行くぞ」
「ゆっこもー……」
片手を怜司さんの腰に回したまま、片手を私の腕に回してくるなちさんの様子に、怜司さんの眉間に皺が寄る。
迫力あるイケメンがこういう表情をするとより迫力が増すので、ちょっとやめて頂きたい。
「俺ら千葉方面に向かうけど、ゆっこさんどのへん?良ければ途中まで乗って」
「えっと、多分、なちさんとご近所とまではいかないけれど、最寄り駅は一緒かな」
「え……あ、いーや、じゃあ、とりあえず乗って」
「はい」
なちさんの腕を私から無理矢理引きはがした怜司さんから、『乗って』と言われて一番最初にタクシーに乗り込む。
言われるがままに乗り込んでしまったが、扉から一番遠い席で良かったのだろうか。
そう思うも、押し込んできたなちさんを支えて、ついで怜司さんが乗り込むので、まあいいか、と諦めた。
少なく見積もって三十分ちょっとだが、金曜日のこの時間帯だ。
道が混んでいたら一時間近くかかるだろう。
「とりあえず船橋方面に向かってください。で───俺等と最寄り駅一緒って?」
タクシーの運転手に向かう場所を告げた怜司さんは、私に話しかけると同時、なちさんを引き寄せた。
うん、まだ警戒心を持たれたままだ。
ちりりとした疑念を抱く視線に、苦手意識を全く感じないと言ったら嘘になる。
だがそれよりも、断然萌えが勝った。
壮絶イケメンな彼が、こんな平々凡々の私相手に、壮絶美人な恋人を渡さないとする独占欲を見せたのだ。
これに萌えない人がいたら、お目にかかりたい。
単体でときめきを感じることはないが、この二人がいちゃいちゃしてたらものすごくときめく。
あからさまな態度でも、ちょっとの独占力が垣間見えただけで、萌えを感じたのだ。
もっといちゃいちゃしてくれたら、きっと私の中の何かがより湧き起こるはずだ。
まさか三次元で萌えるとは思わなかった。
二次元で萌えることはあっても、三次元は無理だろうと思っていたのだ。
BLの実写化で萌えたことは一度もないからだ。
どんなに原作が良くても、実写にすると萌えを感じず微妙だった。
実写と漫画は別物、実写は萌えない、そう思っていた。
どの作品も役者に無理があったからかもしれないが、所詮三次元と二次元の差はとてつもなく大きい。
三次元のBLで萌えを感じることはない───……や、一人いた。
身近過ぎて別物化していたが、弟の侑斗の恋人である一縁君は、侑斗と一緒にいると、より可愛さが引き立つ。
や、あの子はあの子単体で可愛い生き物だった。
現に、侑斗から一縁君に対して萌えを感じたことはない。
……自分の弟に、萌えは無理か。
一応他人から見たら侑斗もイケメンなカテゴリーに分類されるようだが、その姉からしたら正直首をかしげる。
まあ、所詮その程度、ちょっぴりなイケメン具合なのだろう。
それにあの子たちはゲイではなく、ちょっと特殊な関係だ。
お互いなるべくしてなった、というか……。
ともかくそういうわけで、三次元でカプ萌えする、という感情が湧き上がったのは初めてと言っていい。
このふたりとこれきりになってしまうのは非常に勿体ないことだ。
「スマホ渡された時に、免許証がっつり見えちゃって」
「それでか。さっき那智が言ってた盛られなくて済んだっていうのは?」
『それはですね───』と、順序立てて説明をする。
ここで誤魔化したり隠したりしてもしょうがない。
なちさんが自分から盛られそうになったことを発言したのだから、私に非はない。
怜司さんは、まだ私に対して警戒心を持ってるようだけれど、話を進めるにつれて少しずつ和らいでいく。
なちさんが自分の腕の中にいるのもあるかもしれない。
なにそれ、可愛い。
萌えを感じている私は、ある種変態だ。
あからさまに態度に出さないように気をつけながら、私はレモンサワー事件を伝えるのだった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「マジでか……」
「マジですね」
「助かったよ、ありがとう」
「いいえ、私はやりたいようにしただけですから」
レモンサワー事件───や、事件にはならずに未遂に済んだわけだが、その一部始終を話し終えると、怜司さんはなちさんを見やりながら頭を抱えて大きく息を吐きだした。
ほっとしたのと、あまりのことに驚いたのと、呆れたのと、なにやら色々混ざったため息だった。
何も言わないタクシーの運転手さんは、出来た運転手だ。
京葉道路を走るルートを提案し、さらにきちんと有料道路の金額まで告げてくれる丁寧な人だった。
タクシーの運転手にしては若い人に見えるが、良い人に当たったらしい。
「那智に抱き着かれても何も感じない?」
少しの間ぼんやり外を眺めていたけれど、怜司さんから声がかかる。
なちさんが完全に寝てしまうと、この空間はとても静かだった。
こんなにも美人な生き物に抱き着かれて、何も感じなくはない。
正直テンションはめちゃくちゃ上がる。
だが、そこに恋愛感情がのるかといったら全くのらない上に、異性としてのときめきは感じない。
「同性の友人に抱き着かれてるのと変わらないというか……弟にされてるのと変わらない感じですね」
感覚は少しどころか全く違うが、引き合いに安心できる要素を出した。
恋愛感情がないが愛情はある、という意味では似たようなものだろう。
そういう感覚を言うならば、嘘ではないのだ。
「弟って抱き着くものなの?」
「一緒に住んでたときにはよく寄りかかってきましたよ?お腹の肉も腕の肉もよく揉んできましたし」
「俺姉も妹もいないからよく分からないけど、そういうもん?」
「ですね」
一般的な姉妹弟がどうだか知らないけれど、うちの妹も弟も私の肉をよく揉んできたし、平気で寄りかかるし、私の膝を枕代わりにしてきた。
『あーこれ、アレに似てる。熱出た時頭にのせるやつ』と言いながら私の二の腕を揉んできた侑斗に対し、妹の遊香ちゃんが逆隣から『確かにーめっちゃ気持ち良いー氷嚢氷嚢ー!』と揉んできたことがある。
非常に失礼な妹弟たちだ。
まあ……仲は良い。
親子間は色々と問題があった我が家だが、姉妹弟の仲はとても良いだろう。
別々に暮らしていても、未だに月一で会うくらいだ。
ふたりで会うこともするから、侑斗も遊香ちゃんも月二回は顔を見てる。
住んでるところが近いという理由もあるけれど、仲が良くなければ頻繁には会わないだろう。
「そっか。気にしなければ家まで先に送るけど、近いって具体的にどの辺───」
「え、マジで!?」
がばりと起き上がったなちさんは私を見て声をあげた。
「近いってどこ?」
「おま、寝てたんじゃなかったの?」
「完璧目覚めた」
とたん、タクシーの中が賑やかになった。
確かにあれだけふにゃふにゃしていたのに、今はしゃきんとしている。
本人が言うように『完璧目覚めた』のだろう。
「ゆっこ俺らの近くに住んでんの?」
「あ、やっぱり一緒に住んでるんだ」
「あーそれはそう。じゃなくて、ゆっこの話!」
「最寄り駅は一緒だよ。ジョアンナってわかる?」
「わかるわかる、良く行く良く行く」
「その間の道を入って、真っすぐ行ったところ」
「マジで?めっちゃ近いじゃん!すげー!」
ジョアンナ、というのは何でも売ってるようなディスカウントストアだ。
特に、飲み物やお菓子、洗剤が大特価で売っている。
『すげー!』と言いながら私に抱き着いてくるなちさんを、怜司さんがべりっと引きはがした。
「なんだよ、怜司。あ!連絡先教えて」
「うん、もちろん」
スマホを取り出し、なちさんと連絡先を交換すると、そのままなちさんはいくつかメッセージを確認し、電話を入れた。
「あー、ちか?悪い、今日払ってない───え、マジ?わかった、や、それは大丈夫。今まだ一緒にいるから」
どうやらちかさんに連絡を入れてるみたいだが、この美人な生き物はとっても自由人のようだ。
会話は、そのまま鈴木氏への愚痴に発展する。
『キモい』と『無理』を数回繰り返していた。
色々と間に挟まれているだろうちかさんには、ちょっとだけ同情する。
「ごめん、ゆっこさん、こんな奴で。これ、俺の連絡先。持ってて」
そう言って、怜司さんは名刺を一枚寄こしてきた。
お礼をいって受け取る。
麻生怜司、と書かれてある。
名前の字面までなかなかのイケメンだ。
と思うも。
この名刺には見覚えがあった。
確かめるために財布から一枚の名刺を取り出して見比べてみる。
「やっぱり。弟と同じ会社だ、部署も同じ」
「え……もしかして弟の名前、平侑斗?」
「うん、そう」
「似てないね」
「良く言われる」
私は声こそ母に似ていると言われるけれど、骨格や顔の作りは父方の祖母に似ている。
対して弟は、母方の血筋を強く引き継いでいた。
父よりも母方の叔父に声も体型もよく似ている。
男女差はあるけれど、一緒に歩いていても姉弟と思われたことは子供のときすらなかった。
年が離れているというのもあるけれど、とにかく似てはいない。
「あー……でも、似てるかも」
「え?」
「なんて言ったらいいか分からないけれど、感じが似てるような気もする」
「はじめて言われました」
「そう?」
「うん」
確かに、感じというのは似ているのかもしれない。
侑斗の方がより相手の雰囲気を察するのに長けているだろう。
空気を読むというより、感情まで読めてしまう。
良すぎるのも生きづらいだろうな、と、姉としては時々心配になる。
因みに侑斗の本職は、陰陽道の霊媒師、だ。
母方に代々伝わるもので、世襲制といえば世襲制で、血筋でないと引き継ぐことが出来ないと言われている。
他人からしたらものすごーく怪しく聞こえるが、インチキでも何でもない。
叔父の下について修行していたが、今現在は立派に仕事としてこなしている。
本人は素質があったから継いだのだが、最初からなりたくてなったわけじゃなかった。
色々あって、一縁君と出会って、覚悟を決めてその道を選んだ。
だが本人は、普通のサラリーマンになりたいという思いが強かった。
両親からの影響もあるかもしれない。
普通が一番いい、という考えの両親だった。
色々見てきたからこそ、サラリーマンの父と結婚し専業主婦を選んだ母だ。
『普通で良いのよ』『普通が一番良い』毎日のように言われてきた。
それが母の口癖だったから、ある種の洗脳かもしれないな、とも思わなくはない。
私の木綿子という名前からしても、『普通が良い』という母の思いがひしひしと伝わってくる名前だ。
そんなこんなで、侑斗は平日企業に勤め、土日に霊媒師の仕事をするという二足の草鞋を履いている。
残業が少なくて休暇が取りやすく副業がOKで、社員の雰囲気が良い会社を選んだ、と聞いていたけれど、なるほどなと思う。
そう言えば、以前『上司が読モもしててめちゃくちゃイケメンで男の俺から見てもかっこいい』と言っていたけれど、あれは怜司さんのことだったのだろう。
なんだか偶然とはいえ、凄い繋がりが出来てしまった。




