出会い
私にとって、なっちゃんとの出会いは衝撃的だった。
最初に彼を目にした時には、恐ろしく美しい生きものが、同じ空間にいるっ!と、テンションが上がったものだ。
初めて参加する三十代中心のカラオケサークルは、仕事帰りのアクセスの良さと、毎回参加人数が二十人以上と多いのが決め手だった。
SNSに掲載されていた集合写真が、いい意味で派手さがなかったのも決め手のひとつだ。
出会い系でなく、単純にカラオケが好きな人たちの集まり、とうたっている通りに見えたからだ。
同世代のカラオケ友達が欲しかったことと、職場以外の場所で、共通の趣味を持つ異性と気軽に話せる機会も欲しかった。
大手企業の健診センターで事務員として働いている私は、普段接するのは同じ事務員と看護師ばかりで女性のみ。
男性の技師や技工士とも接するが、それなりに互いに忙しいので、殆ど連絡事項のみである。
自ら望んだ職場で環境もいいが、仕事に慣れてくると、日常生活の中での刺激が足りない。
独り身で彼氏なしの私は、恋愛にも女友達の付き合いにも、正直疲れていた。
がつがつと合コンや婚活パーティに参加する気にはなれないものの、異性と関わる場所は欲しい。
今年は、新しい場所で色々な人と関わり、広く浅くでいいから、楽しい時間を過ごしたい。
そんな目標を達成するべく、手始めに参加したのだ。
もともと、知らない人の中に独りで入るのには慣れている。
私は、いわゆる腐女子である。
今はネット小説や漫画の読み専に落ち着いたけれど、一時はイベントの参加や執筆活動もしていて、五年前まではコスプレもしていた。
コスプレでは、最初こそは友人と参加したが、すぐに別々となった。
友人はイベント会場で写真を撮り合う撮影会が好きだったけれど、私は、コスプレしてアニソンを歌うカラオケの集まりや遊園地でコスプレして乗り物で遊び、夕方から夜にかけてダンスパーティーに参加するイベントが好きだったからだ。
当時は、特にサークルに入っているわけではなかったので、行きたいイベントがあれば、募集をかけているところへ自ら問い合わせて参加していた。
大型の合わせが好きだったのと、五年前は都内の有名総合病院で医療事務をしていたので激務だったため、定期的には合わせられなかった。
だから、毎回同じような環境の社会人同士の集まりで、はじめましての人が多かったのだ。
物怖じしない性格で、美人とまではいかないけれど、愛嬌はある方だ。
害のなさそうな外見と人柄で、第一印象は良く、周りと馴染むのは早かった。
今回も遺憾なく発揮したい。
初めてだったこともあり、最初の集合時と部屋割り後に簡単な挨拶をしたが、その美しい生き物は、丁度挨拶が一通り終わったところで部屋に入ってきた。
「なち、おせーよ!」
「悪ぃ、寝過ごした!なちです、よろしくー」
常連なのか、名前だけ告げると、副サークル長の鈴木氏に呼ばれてその隣左奥へと腰を下ろす。
ふと、何気なしに周りを見渡すと、やはり、皆、彼、なちさんに注目しているようだ。
後から来たからじゃない。
彼が美人過ぎるからだ。
そりゃそうなるわ、と、目線を斜め前の美しい対象物に戻し、私は内心で何度も頷いた。
綺麗なものは、男も女も関係なく目を離せなくなるものだ。
それにしても、本当に美人だ。
素顔で2.5次元の世界。
ありえないほどの美人だ。
偶に私が『この人美人』と言っても首をかしげる人がいるけれど、きっと彼は誰がどう見ても美人だ。
あれだ、球体関節のドールみたいな。
あんな顔をしていたら大抵のことは許せる。
ゴミを投げてゴミ箱に入らずに『あ、入んなかった』とそのままにされても許せるし、使った後トイレの便座がそのままあがっていたとしても、電気がつけっぱなしだったとしても許せるし、ソファに我が物顔でぐでんとしてても許せる。
知りもしない初めての人に対し妄想を炸裂してるけれど、こういうことは対象が男性であっても女性であってもわりとやる。
わざわざ人に言わないだけで、妄想癖の激しい人間なのだ。
控えめに言って、変態以外の何者でもないと自分で思ってる。
でも思うだけならだれも気が付かないし、罪にもならないのだからいいではないか。
この手の顔の作りには、昔から本当に弱かった。
相手が、女性でも男性でもだ。
男性は、なかなかいない。
目の前の美人を抜かせば、ひとりだけだ。
実家近くにあるコンビニ店員の彼だけだ。
や、彼なんて言っても、知り合いでもなければ名前も知らない。
けれど入った時にたまたまその子がいると、めちゃくちゃテンションが上がる。
ともかく男女限らず何故かずっと目がいくし、や、これは相手が美人過ぎるのが理由だと思うけれど、私が守んなきゃって感じになるのだ。
コス合わせで一緒になった女の子で、このタイプの美人さんがいて、私はやっぱり気になった。
気になったというか、気に入ったというか。
すらりとしていて目鼻立ちがはっきりした色白の美人さんで一瞬でテンションが上がった。
因みに、私の恋愛対象は男性だ。
女性と付き合ったこともなければ、恋愛感情を抱いたこともない。
なんというか、ただ単に、男女関わらずその顔立ちの美人が好き、なのだ。
好きというか、弱い……うん、好き過ぎて弱いのだ。
美人に弱い男性がいると言うが、私はその女性版だ。
阿呆みたいな話だけれど、それが私という人間だ。
あの時も、彼女に対してあからさまに話しかけてぴったり一緒にいたわけじゃない。
でも守んなきゃって感じで、随所随所で気にしてフォローに回っていたら、『理想は逆だ』と周りに言われたことがあったっけ。
キャラクター上それもわかる。
わかるが、私本来の性格までは変えられない。
私が三人姉妹弟の長女だと知ると、それで皆に納得してもらえたっけ。
変態と暴かれずにすんで本当に良かったと思う。
さて、改めて思うが、本当に美人だ。
この美人すぎる生き物に会えただけで、今日の収穫があった。
良し、次も参加しよう。
自己紹介が終わった時点で、私は早くも次の参加を決め込んだのだった。
席順は予め決められていた。
私は初参加なこともあり、副サークル長鈴木氏の真、右隣が古参で会計担当のちかさんだった。
ちなみにちかさんは男性で、まだ二十代。
大手子会社のSEで、去年の九月から出向先が代わり、定時で上がれて遊べるほど暇になったらしい。
ちかさんとは集合時に軽く話す機会があり、彼の出向先が、以前私が派遣で働いていた会社だったこともあって話が途切れなかった。
今日の参加人数は、二十三人。
五、六人で部屋を分けることもあるそうだが、今回は年始ということで初参加の者が半数近くおり、大部屋二つに分かれていた。
もう一つの部屋は、サークル長が取り仕切っている。
私のいる部屋は全部で十二人いて、男女比は七対五で男性のほうが多く、途中退出の予定者が私を含めて四人いた。
週末の金曜日とはいえ、最後まで参加すると、終電はあるものの快速は終了し各駅となり帰るまでに時間がかかる。
それでも、十八時半の開始時間から二十二時半退出で計四時間の参加を予定している。
時間としては、十分楽しめるだろう。
部屋の行き来は一時間後に自由、とのことだったが、この人数でこのポジションなら最後までこの部屋で楽しめそうだ。
参加費は女性が三千円、男性が四千円で、からあげやポテト、枝豆、ピザなどの料理を頼んでの値段だった。
さらにアルコールも含むフリードリンクである。
生ビールはなく種類は少ないけれど、チューハイを中心にカクテルのソーダ割や焼酎などもあったので、かなりお得だ。
聞き慣れないカラオケ店だったが、調べてみたらそれなりに全国展開しているチェーン店らしい。
毎回この店で開催しているというから、参加費的にも、月に一、二回定期的に参加してもいいかもしれない。
「ゆっこさん、すげー上手いね!」
それなりに大きいテーブルだったため、会話は主に左右、目は主に斜め前の観賞物、なちさんを楽しんでいた。
だから、順番がきて歌い終わった後、びっくりするほどギャップのある笑顔と言葉遣いで急に話しかけられたときには、テンションが上がった。
「ふふっ、ありがとー、こう見えて声量だけはあるんです」
「やーびっくりした。ちかも相変わらず上手いけどさー、二人とも羨ましいわ」
「ねーちかさん声いいですよね!細いのに、どっから響いてるの?」
「ゆっこさん、細いとか言わないでください、気にしてるんだから。てか、SEなんて、メタボかガリガリのどっちかなんですよっ!メタボよりいいでしょ、メタボより!あ……」
なちさん、ちかさん、ゆっここと私の三人は、次曲のイントロをバックに話が盛り上がっていたけれど、私の左隣、マイクを手にしたメタボの彼を目にし、ちかさんが言葉に詰まった。
「あってなんですかー?メタボのSEまー君が歌いまっす!」
オンマイクで高々と宣言し、どっと笑いが湧き上がる中、まー君が歌い始める。
まー君も比較的古参で、ちかさんと同い年のSE職。
会社は違うが、仲は良いらしい。
「ぶっは、ちか、それはやばいわ!」
なちさんが大声で噴き出した。
「や、ちがっ、あ……トイレ、トイレ行きますっ!」
勢いよく立ち上がるちかさんを目にし、私はガン〇ムの一号機を思い浮かべた。
「ちか行きまーす!」
同時になちさんが高々と宣言する。
「ちょ、なちさんっ!もー……、すみません、ゆっこさん通りま…」
「あはは、はーい、いっトイレー!」
「わ、ちょっ、まー君、痛い、いたたた、通して、漏れるっ……っ!」
ちかさんは、スーツに銀縁の眼鏡で、見た目固そうに見えるけれど、話すとかなり話しやすい。
先ほどの、メタボかガリガリの~のくだりは、ジョーク含めてだろうけれど、集合時からの印象だと基本はかなりフラットな性格であるように思えた。
見た目に反してフットワークも軽いのかもしれない、意外な一面を発見した。
弄り甲斐があるようで、まー君に続き、皆が道をわざとふさぎに走っていた。
こういう雰囲気は楽しい。
いい大人になっても同じ趣味の者同士が集まってわいわいするのはとても楽しくて居心地がいいものだ。
私は笑いながらちかさんを見送った後、すっかり観賞物化しているなちさんに目を向ける。
単に目の保養だから、という理由が大半で、今まで会話を楽しんでいたから、という理由は後付けのようなものだ。
すると、なちさんもびっくりしたような顔でこちらを見つめていたので、お互いに目が合う。
びっくりしたのは、私のほうだ。
彼は歌が上手い云々の前までさっぱり私に興味はなさそうだったし、今現在、それ以上に驚いた顔をしていたからだ。
「え、なんか私やらかした?」
「やー、良いセンスしてんなって思ってびっくりしただけ。そーいうのすげー好き」
「………」
思わず言葉に詰まった。
うわぁー!!
物凄い美人な男が言うと、物凄い破壊力があるものだなーと感心してしまう。
最初は、ただの観賞物で終わるだろうと思っていたのに、『好き』をいただいたのだ。
それも、ただの『好き』ではない、『すげー好き』である。
そこにまさか恋愛感情はのっていないが、お世辞でもないだろう。
始まってまだ一時間ほどだけれど、良くも悪くも思ったことをぽんぽん口にするようで、繊細な顔の作りに似合わないほど良く笑い、嫌な時は嫌だ、と口でも態度でも示していた。
私の中では、実に魅力的な観賞物であり、観察対象だったと言える。
「なちが女褒めるのって珍しいな?」
副サークル長の鈴木氏が身を乗り出し若干不機嫌そうに割り込んできた。
なちさんにしてみれば救いだっただろう。
はっと気が付いたように固まり、なちさんがうろたえた。
「え、そ、そっか?そんなことな……、あー……や、うん、そうかも」
鈴木氏がなちさんの腕を引き、彼はぎくしゃくとそちらへ身を寄せるように離れた。
いい気持ちではなかったが、ここまで美人だと男にも嫉妬があるのだなぁといっそ感心してしまう。
残念だが、話し相手から観賞相手へと戻した。
先ほどから観賞……や、観察するにあたり、なちさんは、もしかするとゲイかもしれない、と想像していた。
想像……や、妄想の間違いか。
でも、私はわりと勘が良い。
確信はないけれど、家系譲りなのか結構当たる。
『ゆっこちゃんのそれは信じて行動した方が良いよ』と本職の弟に言われてからは、根拠のない自信がある。
もしかして、だとか、こうかもしれない、という、ぽんとした思いつきには従ってきた。
近づかない方が良い人や場所も、だ。
悲しいかな恋愛に対してだけは、対象が自分だと発揮してくれない役立たずへとなり下がるのだが。
とにかくそういうわけなので、この勘はあながち間違いでもないんじゃないか、と思うのだ。
ほんの少し話をしただけで、相手がゲイかもしれないという考えは、あまり一般的じゃない。
単に私の頭が、腐女子脳だからかもしれない。
けれど、一時間もせず数人可愛い女の子がなちさんの隣にかわるがわる座って話しかけるも、彼は良い顔をしていなかった。
迷惑そうな表情で、いい加減なあしらい方だった。
それもあり、私は、この部屋に入ってから女性と殆ど会話をしていない。
基本、最初は男女交互に座る席順だとしても、美人な生き物にあしらわれた一部のかわいい系の女子達が自然と入り口の隅に固まった。
一時間したら、移動する気なのだろう。
少し気にはなるけれど、仕事ではないので放っておくことにした。
女の子のああいう部分を可愛いとは思うが、関わるととても面倒だっていうことも知っている。
は、兎も角。
なんというか、ほら、例えばまー君。
私とは逆側に座る女の子は、まー君と会話を楽しんでいたようだったけれど、女の子には優しく、という男性特有の対応が感じられる。
ちかさんも私相手ですら態度は違ったし、男性としてごく当たり前な対応だと思う。
が、なちさんにはそれがない。
既婚者だったら奥さん愛でそれもありかもしれないが、独身だと言っていたのでそれもない。
男に優しいわけではないし、しぐさも服装も女性らしさというものは全くなかったが、恋愛対象が男性だというのと、女性になりたいというのとは別物だし、どちらも一定数いる。
実際、私の身内にも知り合いにもゲイはいる。
しっかし、本当にこれだけの美人だったらさ、たとえ恋愛対象が女性だけだとしても考えちゃうだろうなあ。
私がめちゃくちゃイケメンで、今まで女性としかお付き合いしてこなかったとしても、告白されたらころっと落ちるね、絶対落ちる。
私の思考は、すでにおかしなものとなっていた。
なちさんがゲイであることを前提にして、更に自分がすこぶるイケメンだったら、というありえない妄想だ。
私自身、どんなに美人な女性に告白されてもおつき合いはしないだろうし、相手が男性なら、普通の女の子は自分が『美人だったら』とか『可愛かったら』とかで想像するはずだ。
そう、腐女子脳を侮ってはいけないのだ。




