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第80話   斑目の息子⑤

「あの…名誉顧問」


「なんじゃ?」


「差し出がましい様ですが、皇国警察に出動要請してはいけませんか?」


「それはいかんな…」


「何故です!」


「魔導に対する備えなくばいたずらに犠牲者を出すばかりじゃ。慎之助の息子ならば恐らく自分に向けられた殺意を感じ取ることができるじゃろう。攻撃される前に反撃が可能じゃ。お前や警備兵がやられた赤い光での!」


「ええ!」


「それに《魔導壁》が厄介じゃ!」


「《魔導壁》?」


「ああ。魔導士が身の回りに貼る見えないバリアじゃ。これをやられると一切の攻撃が通じん。こちらが大勢で構えれば、奴も警戒して常時魔導壁を貼るであろう。そうなれば手も足も出なくなり百が百人、千が千人やられてしまう」


「そ、そんな!では打つ手はないのですか?」


「焦るな山田男!兵法とは道なき道を切り開くようなもの。魔導壁は消耗が非常に激しい。さすがのあやつも出来れば常時発動は避けたい筈じゃ。それにこちらに備えがあるとも思っておらんじゃろう。そこに付け入る隙があるかもしれん」


「は、はい」


「そして、お主は惣司の技を受けても死を免れた。これは殿下にかけられた慎之助の術のおかげとみねばならん。とすれば主戦場は観覧室じゃ!」


「で、でも死なずに済んだとはいえ麻痺して動けませんでした!」


「それについては考えがある。わしのような老いぼれは仲々物を捨てることができんでのう」


「?」


「それに声掛けしておかねばならぬ者がおる。その上でじゃ!耳を貸せ!」


「は、はい」


平九郎のささやき声を聞いてタカシは肺の空気が全て外に出た。


「本当ですか!」


「でかい声を出すな山田男!惣司に聞かれるかもしれぬではないか!」


「し、しかし…」


「とにかく時間がない。これから殿下の元に行くぞ!」


「は、はい!」



そして平九郎は納戸や書斎に出入りして慌ただしく支度を済ませ、家政婦のきよを呼んだ。


「これから記念館に行ってくる」


「まあ旦那様!今の御時間にでございますか?それに刀まで持って…いくさでもなさるおつもりですか…」


「ああ…そんなところじゃ。それと明日じゃが…帰りが少し遅くなるかもしれん。その時はこの家の事…よろしく頼むぞ」


「まあ…変な旦那様。お戻りが遅くなられても私はちゃんと待っておりますよ」


「そうじゃったな…では行ってくる」


平九郎は軍帽を目深にかぶると玄関ドアを開けて外に出た。後ろに続くタカシは清の方に振り返って深々と腰を曲げて挨拶をした。


「いってらっしゃいませ…」


清も笑顔でお辞儀をした。




少し歩いて平九郎は足を止めた。


振り返った先には、長年住み慣れた黒板壁の屋敷が月明かりに浮かんでいる。


「……行くぞ、山田男」


それだけ言うと再び前を向いた。


「はい!」


タカシは顔を引き締め平九郎の後に続いた。


清は玄関ドアの前に立ち二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。





ほどなくして記念館に到着した二人は足早に観覧室に入った。


玉座には和子の姿はない。


平九郎は床に平服すると金屏風に向かって髭を震わせて声を発した。


「不肖平九郎、山田男より全ての事情を聞きました。殿下の永きにわたる隠忍も知らず、のうのうと生き永らえて参りましたことを深くお詫び申し上げます!」 



金屏風が少しだけ震えたかのように見えた。


平九郎は続けた。


「本来ならばこの命を御返ししてお詫びせねばならぬところではございますが、あいにく未曾有の危機が迫っております。魔の手より殿下をお守りする為この老骨の命、今暫し猶予を頂戴しとうございます!」



「……………」



「殿下!」



「平九郎…もう良い…」


金屏風の裏からガラス越しにかすかに声が響いた。


「…惣司の狙いはわたくしと記念館。事態を治めるにはこの二つだけで十分です」


「殿下、つれないことを申しますな」


「え?」


「三十年前のあの時、殿下は私を連れて行って下さいませんでした。また御一人で全て抱え込もうとなさっておられる」


「平九郎…」


「もう一人だけ取り残されるのはご勘弁ですぞ!臣の力をもう少し信じてくだされ!この山田男も不退転の決意をしております」


「え!タカシさん……もう来るなと命じた筈です!」


「和子様…ご命令には従えません!」


「え?」


「お許し下さい。でも僕は和子様を置いて逃げるのは嫌です!最後まで戦います!必ず皇女様を守り抜きます。だからお姿をお見せください」


「タ…タカシさん…」


「殿下。この通りでございます。ですからもう天の岩戸から御出になってくだされ。そして一言ご命令下さい。『護れ!』と」


玉座の間をしばらく沈黙が支配した。


そして金屏風の袖から涙に濡れた自分の首を両手で抱えた和子が現れた。


平伏する二人。


和子は首を抱く手を震わせながら二人を見た。


涙が頬を伝い、声にならない嗚咽が漏れる。


そしてようやく絞り出すように言った。



「わたくし…を……護れ」



二人の臣は声を揃えて応じた。



「御意に!」





次回  決戦が迫る


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