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第4話 皇太子の悩み


夜更けの観覧室。


タカシは館内の清掃をあらかた終え、最後に玉座周辺の床の拭掃除に掛かった。


「いつも一人で大変ですね」


和子は 労いの言葉をかける。


「経費削減とやらで人を増やしてくれないんですよ!全く!」


そう言いながらもタカシは楽しそうだった。


そして玉座の後ろの金屏風の裏も掃除に入った時だった。


観覧室の入口で人の足音がした。


体格のいい燕尾服姿の2人の男性がさっと入ってきて入口の両側に別れて立ち、斜め45度にお辞儀をした。


そしてその中央にふわりとした麗人が姿を現した。


金屏風の陰からその姿を見てタカシは息を飲んだ。


彼女は純白のドレスを纏っていた。


 それは白というより、光そのものを織り上げたかのような色だった。ドレスは床まで流れるように広がっていた。

 生地は総ジャカード織。花とも蔓ともつかぬ文様が、光を受けるたびに煌めいた。


 首元には、隙間なくダイヤモンドが連なる。ティアラと完全に調和した宝石は、肌の露出を宝飾で置き換えていた。耳元のイヤリングもまたそのきらめきが高貴さを演出していた。


 白いロンググローブに包まれた手も、指先に至るまで隙がない。


 そして胸から肩へと斜めに走る一条の帯。勲章を支える大綬は、彼女が単なる貴婦人ではないことを明確に示していた。国家を代表し、国家の名で立つ者。その証がそこにあった。


「ご苦労でした。ここで結構です」


彼女がそう言うと燕尾服の2人は会釈し、さっと 退出した。


そして貴婦人は流れるようにしなやかにカツン、カツンとヒ―ルの音を鳴らしながらガラスケースの前に歩み寄った。


近くで見るその女性の美しさにタカシは呼吸を忘れた。


背中を覆う漆黒の髪は足元迄まっすぐに落ちており、先端は綺麗に切り揃えられていた。


静謐な光を宿したその顔立ちは、白磁のごとき肌に一点の曇りもなく、切れ長の双眸は湖面に月を映したかのようだった。


小ぶりに整えられた鼻梁は気高さを際立たせ、わずかに紅を差した唇は端正に結ばれていた。


しかしその長いまつ毛の奥の瞳は憂いに満ちていた。


和子はその美貌に圧倒されつつも首をかしげた。

(一体誰なのかしら…皇族であることは間違いなさそうだけど…こんな方いたかしら?)


貴婦人がバラの花びらのような口を開けた。


「叔母上様…」


(叔母上!?ええ!もしかして!春仁!)

和子は驚愕した。


自分を叔母と呼べるのは、現在の海皇である兄の子の春仁ハルヒト皇太子しかいない。


しかし目の前にいる美女を前に、和子は激しく混乱していた。


彼女は幼少期の春仁の姿しか知らない。

猛烈に可愛かった記憶はあるが それでも皇太子だから絶対に男子の筈である。


「叔母上様…このような夜更けに突然参りました事をお詫び申し上げます。人知れず悩みを抱えておりこの様な事を誰にも打ち明ける事も出来ず、今宵忍んで敬服致しております叔母上様の前で、情けなき一人言を申したく参りました」


(なるほど私のことがバレてるわけではなかったのね)

和子は少しホッとした。


皇太子は透き通るような美しい声で語り始めた。


「私は今年で齢18 となりました。しかしいまだにこのような婦女子のような姿をさせられています。私はれっきとした男子でございますのに。」


春仁は、はぁ~と可憐にため息をついた。


「7歳までは女子の格好するのは良いのです。それは 皇室の習いですから」


(そうね。海皇家の皇祖神は女性だから、男子の場合でもそうする。ピンクのフリフリとか着て可愛いのよね)


「しかし7歳を過ぎても侍女達は懸命に私の唇に紅をさし、眉を整え、髪を梳かし、婦女子のドレスを着せるのです。」


(ふむふむ…)


「何故このような格好をするのですかと聞いても、『あなた様は天に選ばれた方なのです!』とか『尊い方にはふさわしい姿がございます!』などと理性を失ったかのように興奮して言われるので逆らえません」


(なる程!ふふ!)


「この前など、髪が長すぎるのでその御手入れで皆に迷惑をかけるので切りたいと申したら『国家の損失でございます!』とか『私どもは皆死にます!』とか言われて泣かれ閉口しました…」


(うふふ。大体事情が分かってきた!)


「父上に申しましても『皆が喜ぶから従いなさい』との一点張りです」


(あらあら…兄上も侍女達の圧にやられてそう)


「でも…でも…わたくしは…礼和男児でございます!」


とうるうるしながら極上のプリンセス顔で叫んだ後、美しいシルクの手袋に包まれた細いしなやかな指で顔を覆いわっと泣き崩れた。


(ぷ!くっ!わ、笑っちゃダメ!でも…なんとかしてあげなくちゃ!)


そうすると和子はひそひそ声で屏風の後ろにいるタカシに話しかけた。


(タカシさん。春仁にちょっと アドバイスしてあげて)


(ええ!僕ですか!無理ですよ!)


(だってタカシさん男子でしょ!お願いだから)


(わ、分かりました…)


仕方なくタカシは玉座の間を出て、泣いている皇太子に声をかけた。


「え!いらっしゃったの!」


「はい…すみません。清掃作業中でした」


「まぁ…御仕事中に邪魔をして申し訳ございません。」


「いいえ…それより大分お悩みの御様子ですね」


「…聞いてらっしゃったのですね。そうね…殿方に御話をお伺いするのも悪く無いかも。」


そうつぶやくと春仁は真剣な面持ちで、絶世の美女全開でタカシに訊ねた。


「あの…わたくし男らしく在りたいのです。どうすれば良いでしょうか?」


タカシは春仁の殺人的な美しさにクラクラしながらもなんとか助言を絞り出した。


「まず言葉使いから入られては如何でしょうか?」


「言葉使い?」


「はい。男らしい言葉で喋るのです。例えば『お前を守れなきゃ、俺は俺じゃねえ』と言って見て下さい」


春仁はそれを聞くと、手の甲を口に当てて『オ―ホホホホホッ』と高笑いした。


「まぁ!そんなの簡単でございますわ!うふふ。では参ります。『貴方様を御守り出来なければ、わたくしはわたくしではございませんわ』…あれ!」


(うふっ!極上のお嬢様!)

和子は笑いを噛み殺した。


「俺の後に付いて来やがれ!」

「『わたくしの後に付いて来て下さいませ!』あれ…」


「俺の酒を飲みやがれ!」

「わたくしのお酒をお飲みになって下さいませ!え…」


(うふふふ!私の腹筋…もう駄目かも…)


タカシは和子の限界に近い様子を見て慌てて、もう一度真似をしようとする春仁を静止した。


「皇太子様!申し上げたき事がございます!」


「何でしょう…グスン…」

涙目の春仁がタカシを見た。


「皇太子様の男らしくあろうとするその御姿に自分は感服致しました!」


「さ、左様でございますか?」


「はい。その御心持ちが有る限り殿下は決して婦女子などでは有りません!」


「ま、まあ!」

春仁の表情がパッと明るくなった。


「自信をもって礼和男児として胸をお張り下さい!」


「分かりましたわ!わたくしは礼和男児!」


春仁はそう言うとドレスの裾を摘んで恭しく礼をし、優雅で気品のある足取りでドレスを揺らしながら退出していった。




皇太子が去った後の観覧室。


「…あれで良かったのでしょうか?結局極上の貴婦人のまま去って行かれましたね」


タカシは浮かぬ顔だった。


「仕方有りませんわ。あの美貌ですもの。暫くは周りが放って置かないでしょう。でも…」


「でも?」


「立場が人を作ります。あの方もいずれは皇帝になられる。その時は」


「その時は!」


「あのままかもしれないわね!」


「がくっ!何ですかそれは!」


「あはははは!」



次回 人外の者が現れる



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