第48話 タカシの休日③
二階には長いエスカレーターを登る。
美枝は前後をキョロキョロするが外国人の姿も目につく。
「海外からもたくさん来られるんだね」
「和子様は映画化もされたしね。最近はアメリアナからの来場も多いよ」
「ふうん…あんた、アメ語なんて喋れるの?」
「いまいち…でも喋れなくても何とかなるもんだよ」
「本当かねえ…」
エスカレーターを昇りきると正面に常設展示室の入口が開いていた。
「すごい大勢の人が並んでいるね。ここでは何が展示されてるの?」
「皇女和子様にまつわる展示が3室に分かれてストーリー仕立てで閲覧できるよ。ここでしか見れない物もたくさん置かれてる」
「そうなんだね!楽しみだよ。でもなかなか列が動かないね…ちょっとあんたの特権で先に入らせてもらえないかしら」
「だからダメだって!」
第1室《始まりの部屋》では礼和国の歴史と皇女の生い立ちについて紹介されている。
―礼和国と皇室の歴史年表
―古代歴史書《礼和書紀》の最古の写本
―先代海皇久仁と皇室一族の肖像写真
―和子の幼少時の白黒画像と皇族幼児服
―戦災で失われた桜の離宮の復元模型
―和子と平九郎が対局した将棋盤と駒
―和子の帝国桜華学園時代の制服
―和子が好んだ食事メニューのサンプル
など。
どの展示も黒山の人だかりである。
「ああ!もう!」
背の低い美枝は、背筋を伸ばしたり人の隙間から覗き見しようとしたり必死である。
「焦らずに横から順番に並びなよ!全く…もう…」
呆れて美枝の手を引っ張るタカシ。
「ひぇ~!はぁ~!」
美枝は一つ一つ目にする展示にいちいち感嘆の声を上げる。
特に食事メニューの説明文にいたく感心。
《皇女和子様はお蕎麦をこよなく愛しておられました。土地が痩せていても栽培でき、栄養も大変豊富です。そんな蕎麦を皇女様は高く評価し、いつも『ごちそう 』と呼んで召し上がっておられました》
「蕎麦!皇族が?」
「皇室では豪華な食事も用意されたようなんだけど、その時は決まって和子様は不機嫌でらっしゃったようだよ」
「ああ…皇女様…なんて御質素な…」
美枝は懐から小さな手帳を取り出して鉛筆でメモし出した。
次の第2室の入口案内には《大洋戦争の時代》の表記。
大洋戦争前の礼和と近隣諸国との関係図からスタートする。
「元々礼和は近隣諸国と結びつきが強かった。資源や物産、人的交流のやり取りは盛んだったんだよ。そこにアメリアナが介入してきたんだ。主に原油や鉱物資源が目的で」
「ふうん…それで何で戦争がおっぱじまっちゃったのかねえ」
「それは次のパネルを見たらよくわかるよ」
タカシが指をさす方向にはガラスケースの前に多くの人だかりができていた。
その中にはアメリアナ語で書かれた書簡が安置されていた。
パネルには次の説明が書かれている。
《ゲールマンの書簡;アメリアナの外交官ミハエル・ゲールマンは当時の久仁海皇に対し1通の書簡を送りました。そこには周辺諸国との同盟友好関係の完全破棄、神戸港と横浜港の永久租借、雅仁皇太子殿下の人質要求が記されていました。この書簡が礼和国の戦争開戦のきっかけとなりました》
「雅仁様!皇女様の兄君じゃないの!」
「そうだよ。今の海皇陛下」
「母さん…知らなかったわ…」
「そうかもね。だって戦後教育じゃこんなの教えないもの」
しばし絶句する美枝。
このパネルにはアメ訳文も併記されており、これを見たアメリアナ人は声が出ない様子だった。
この後
―和子が戦時中に着用したカーキ色の《正五式軍服》の実物
―さつまいも、オカラ、野草のみの戦中食のレプリカ
―礼和大空襲後の廃墟となった帝都の白黒動画
―戦艦永遠の沈没直前の航空写真
―トールマン大統領の前で頭を下げる若村大使の無条件降伏時の写真
などの展示が続き、最後の第3室に続く。
鎮魂の静かではあるが厳粛な旋律が聞こえてくる。
桜離宮の玄関を模した《忠國の部屋》の入口の前で 美枝は大きく息を吸った。
最初に、サングラス姿で太い葉巻をくわえる尊大なライゼンバーグと、その横で燕尾服姿で直立不動の久仁海皇が並ぶ写真が目に入る。
その横に《五箇条の政策》の説明パネルが大きく貼られている。
『敗戦後の礼和国に進駐軍総司令官として乗り込んだデビッド・ライゼンバーグ元帥は次の五箇条の政策を掲げていました。
1、礼和の言語と文字の破棄
2 、礼和の歴史文章の焼却
3、礼和の神道、宗教施設 全ての解体
4、礼和の稲作の中止と小麦への転作
5、海皇制の廃止
これは礼和の国体を完全に消滅させる意図を持っていました。皇室は強い危機感を持ちます。このことが 《皇女自決事件》に繋がっていきます』
ここにもアメ語が併記され「Oh My God…」と嘆息する声が聞こえてくる。
「あっ!加藤さんだ!」
次の展示を見て美枝が歓声を上げた。
加藤義国の肖像画と説明パネルである。
「なぜこの人だけ油絵なの?」
「加藤さんは写真嫌いだったらしい。『人は死ねば無になるのみ!』が口癖だったらしい。肖像写真が1枚も残ってないんだよ」
「変わった方だねえ…」
「でも皇女様が信頼を寄せるのはこんな無骨な人達だったんだよ」
「ふうん…あんた…なんでそんなこと知ってるの?」
タカシはドキッとした。
「あ…いや…そんな気がするだけだよ…」
「そんな気…まるで皇女様を知ってるかのような口ぶりだったけど…」
「は…はは…次だ!次は大事な展示だよ!」
ジト目で見つめる美枝を無理やり追いやるタカシ。
次のガラスショーケースの前には今回の展示の中で最大の人だかりができていた。
和子が自決時に着用していた儀礼用の血糊の跡のついた軍服と、加藤義国が用いた仕込み杖の刀、その前に広げられた遺族に当てた手紙である。
その横のパネルには《進駐軍司令部皇女自決事件》と題して詳細な説明書きが綴られていた。
生々しい展示物を見て息を呑む美枝。
(和子様…この展示…嫌いなんだよな…)
タカシは和子との夜の散歩時のことを思い出した。
『この軍服…恐いですわ…タカシさん…』
『え…何故!』
『何か怨念にまみれてそう…動き出したら…わたくし…気を失ってしまいますわ…』
『は…はあ…』
(ご自身の服なのにな…本当に怖がりだ)
「あんた!神聖なご衣装の前で何をニヤニヤしてるの!不謹慎な!」
突然美枝に叱られ慌てて真顔に戻るタカシ。
「だ、誰?この軍人さん…」
美枝は次のパネルを見て体が凍った。
ぼろぼろの白黒写真。
一人の軍人が敬礼しているらしい様子が辛うじて判る。
説明パネルには《帝国陸軍 第一級魔導士 斑目慎之助》と書かれている。
「皇女様の御身体に魔法をかけた魔導士だよ」
「魔法?」
「うん、彼のおかけで今も皇女様は美しい姿を保っておられるんだよ」
「…いったいどんな方だったのかしら…」
「さあ…僕も詳しくは知らない。先の大戦では随分活躍された様だけど。半生が謎の人だから…」
「そうなの…」
美枝はじっと肖像写真を見つめている。
タカシは母のそんな表情をあまり見た事が無かった。
2人は最後に、和子が愛した屈原の漢詩《国殤》の大書を見た後常設展示室を後にした。
「ああ…母さん…まだドキドキしてる…」
「大丈夫かい…これからメインなのに…」
「あたし…心臓が破裂しちゃうかも…」
「止めてくれよ…全く。さあ、3階に上がるよ!」
「あっ!待ってよ…タカシ!」
先に進むタカシを美枝は慌てて追いかける。
エスカレータ―を上がった先は皇女観覧室前ホ―ルとなっている。
ここで来館者は観覧室でのマナ―や注意点の説明を受ける。
「母さん。はしゃいだり大声出したら駄目だよ!それに写真撮影も禁止だから」
「ええ!写真駄目なの…1枚だけなら…いいでしょ…皇女様の前でVサイン…ふふ」
「だ・か・ら!絶対駄目!」
口を尖らせる美枝からカメラを強制収容するタカシ。
「お待たせ致しました。では次にお並びの方。観覧室に御入場下さい」
案内の呼び声がかかり、桜の御紋が入った両開きの豪華な扉が開かれる。
2人は期待に胸をふくらませる大勢の観覧者と共に入場した。
次回 美枝 皇女と対面




