第38話 夢子さんのビデオテープ④
夢子は床に打ち付けた顔をゆっくりと上げた。
右の鼻の穴には血が滲んでいる。
そして床に転がった自分の銀歯を拾い上げると悲しげにそれを見つめた。
「あたし…幸せになっちゃダメなのかな…」
夢子は悲しそうにつぶやく。
「夢子さん………」
タカシは慰めようと声掛けしようとした。
その瞬間であった。
「ぶ…ぶえ…ぶええん!」
激しく泣き出す夢子。
「ぶへええ!ぶあああぁん!」
床にうつ伏せになって嗚咽し涙が大理石の床に流れ出した。
タカシと和子はかける声が見つからなかった。
だがその時であった。
「泣くのはやめるんだ… 夢りん!」
観覧室の入口で男性の声が響いた。
「さ、佐藤さん!」
タカシはその姿を見て驚いた。
佐藤は白のフロックコートにアスコットタイトと白手袋を合わせた新郎衣装を着用していたからである。
夢子は涙と鼻汁まみれの顔をあげた。
「《夢りん》…どういうこと!あんた…誰?」
「僕だよ…夢りん…」
佐藤は首をひねって180度回した。
その後頭部を見て夢子は愕然とした。
「あ、あんた!首夫君!」
「そうだよ。アイドル夢りんをずっと応援していた首夫だよ」
(え…佐藤さん…首夫 って呼ばれていたんだ。それにしてもこの二人知り合いだったのか…)
「3丁目地下劇場でもあんたずっといたわね。いつも首をひねっているから正面から見たことなかったけど…気味悪かったからよく覚えてる…本名がわからなかったから首夫って呼んでたけど…」
「僕が首をひねっていたのは…君がまぶしすぎたからだよ」
「え!」
「夢りんが可愛すぎて…素敵すぎて…僕は心臓が破裂しそうになって…まともに見ることができなかったんだ 。だからいつも首をひねって応援していた… 君の声が聞けるだけで十分だったんだ」
「そ…そんな…」
夢子は一瞬戸惑ったが、佐藤をきっと睨んだ。
「で、一体何しに来たわけ?年をとってババアになった、かっての地下アイドルを笑いに来たわけ?」
「君は今でも素敵だよ。あのアイドル時代と何も変わらない。いや…今の方がもっと綺麗だ!」
「首夫君……」
「僕は…君と一緒になれることを夢見て…叶うわけもないのにこんな服を用意して…でも着ることなんてないと思ってた」
「あたしと一緒に?」
夢子は瞳が大きく広がる。
「でも君がウェディングドレスを着て記念館の前で中の様子を伺っているのを見つけて…僕はいても立ってもいられなくなりました!」
そういうと佐藤は表情を引き締めて夢子の前にゆっくり歩み寄った。そして懐から小さなジュエリーケースを取り出した。
タカシは慌ててウェディングドレスの裾から飛びのいた。
佐藤は夢子の前で片膝をつくと、ジュエリーケースを開けた。中には光るリングが見えた。
(え、まさか…結婚指輪?ここでプロポーズ!)
和子の目が2人に釘付けになっている。
「夢子さん !ずっと好きでした!これからも大好きです!こんな僕ですがよろしくお願いします!」
夢子に両手で指輪を差し出し頭を下げる佐藤。
夢子は佐藤をじっと見つめていたが、鼻汁を拭ってからゆっくりと指輪に手を伸ばす。
両目をつむる佐藤。
息を飲むタカシと和子。
パーンという音がしてジュエリーケースが床に転がる。
何もない両手を見つめて震える佐藤。
夢子は振り払った手を戻して言った。
「そんな指輪受け取れないわ…夢子…あなたのこと…後頭部以外何も知らないもの」
佐藤は涙をまなこで絞り、唇を噛みしめた。
「だから、あたし…あなたのこともっと知りたい。指輪を受け取るのはそれからよ…」
佐藤は、はっと顔を上げた。
(佐藤さん!)
タカシはぐっと手を握った。
和子はにっこり笑った。
タカシはスクリーンを元に戻し、ビデオデッキからテープを取り出した。
タカシは一息ついて和子に声をかけた。
「やれやれ…とんだ騒ぎになりましたね…」
「ええ…でも手をつないで帰る2人の姿は新郎新婦みたいでしたわ」
「ええ…これからうまくいけばいいですね」
「本当に。ところでタカシさん…」
「はい」
「夢子さんに好きな人がいるのか聞かれたけど、どなたかいらっしゃるの?」
タカシはぎょっとした。
「い、い、いないです。滅相もありません!」
「あら…本当に?」
「本当ですよ…や、やだなあ…は、ははは…」
冷や汗をかきながら頭をかくタカシ。
そんな彼を和子はジト目で見つめるのであった。
記念館の外の雨はいつのまにか上がっていた。
次回
皇女がイケメン3人を採用するために策略を巡らす。
「だから…あの方達には女の子になってもらうの!」




