第35話 夢子さんのビデオテープ①
映画《Princess Kazuko》とのコラボ期間も終わり 、幾分か落ち着きを取り戻してきた皇女記念館。
しかし人員の補強が叶わず、タカシは相変わらず多忙な日々を過ごしていた。
当初は夜だけの清掃業務だったのに、いつの間にか昼からも駆り出され、 最近は朝一から出勤することも珍しくない。
(あの3人の内、一人でも来てくれれば…)
タカシはうらめしく思いながら、その日も入場者の案内に追われていた。
「だ~れだ?」
突然後ろから両手で目隠しされぎょっとするタカシ。
(またあの女だ!)
タカシは気が滅入りながら答えた。
「ユメコさん…ですよね…」
「キャイ~ン!当ったり―!」
目隠しを外されてみると化粧きつめの女性が満面の笑顔で立っていた。
濡落葉 夢子
自称29歳
襟の大きなパフスリーブの白ブラウスにド派手な紫のリボン。
丈は短かいヘソ出しルック。
超ミニのグレンチェック柄のスカ―トはぎりパンティーが見えない長さ。
紺色のニ-ハイソックスと厚底のプ―ツを合わしている。
髪型は、今時ほとんど見かけない、かって一世を風靡した《聖子ちゃんカット》。
「タカちゃん…今日も頑張ってるね…偉いぞ!」
そう言ってタカシのほっぺを人差し指でちょんと突く。
(うう…今忙しいのにな…)
仕方なくタカシは引き吊った顔で愛想笑いを返す。
(そういえば この人、年間パスを購入したって言ってたな…)
彼女は最近ほぼ毎日姿を表し、タカシに話しかけてくるのである。
「今日のあたしのコ―デどうかな…ちょっと冒険しちゃったぞ!」
そう言ってあひる口で後ろに手を回しポーズを取る夢子。
(冒険っていうレベルをとうに超えているんじゃ…この人29歳って言ってるけど絶対に40超えてるよな)
くっきりとしたほうれい線と目尻のシワが分厚い 化粧でも隠しきれない。
しかし彼女がお客様である以上、本心に蓋をして「はい…よくお似合い…です…」としか言えないタカシ。
「まあ!お・じょ・う・ず!」
と言って夢子は両手で胸にハートマークを作る。
「はあ…」
ため息をつく タカシ。
「いつも頑張ってる君にご褒美だぞ!」と夢子は赤いリボンに包まれた白い紙箱を差し出してきた。
「だ、駄目です!物をお客様に頂くわけには行きません…」
「あーん!まじめっ子なんだから!大丈夫よ…後で開けてね!バイナラー…」
箱をタカシに無理やり手渡すと夢子は飛ぶように去って行った。
休憩時間に事務室に戻ったタカシは、先に休憩に入ってふくらはぎをストレッチしている佐藤に声掛けされた。
「おや…なんだいその箱は?」
「いや…いつも よく来るお客様に無理やりプレゼントされまして…お断りしたんですけど…」
「ふうん…プレゼント ねえ…何が入ってるんだい…見せてよ」
「はい…」
リボンを外して箱を開けると中には1枚の大きな丸いクッキーがラップに包まれて入っていた。
クッキーの表面にはホワイトチョコレートで相合傘がど真ん中に大きく描かれていた。
左側には《ユメコ》と書かれており、右側には《誰かさん》と書かれている。
タカシは背筋に冷たいものが走った。
「…この《誰かさん》ていうのは一体誰のことなんだ…」
佐藤は眉間にしわを寄せてタカシに訊ねた。
「い…いや分かりません。ていうか分かりたくない…」
「そうなんだね…でもお客様から物をもらっちゃいけないよ!駄目だよ全く!」
佐藤はちょっと トゲのある物言いでタカシをなじる。
「は、はい。すみません」
タカシは謝りつつも、普段にあまり無い佐藤の不機嫌な様子を少し怪訝に感じた。
数日後、売店のポスターを張り替えているタカシにまた夢子が声をかけてきた。
しかし、いつもと違いちょっと様子が変であった。
「あの…タカちゃん…」
夢子は顔を赤らめてもじもじしている。
「はい…何でしょう…」
「こ、これ…夢子の大切な想いが一杯詰まってるビデオテープ!必ず一人で見てね…絶対誰にも見せないでね!約束よ!」
「ええ!ちょっと待ってください!困ります!」
しかし夢子は強引にビデオテープをタカシに手渡すと、きゃっと叫んで両手で顔を覆いながら走り去ってしまった。
呆然と立ち尽くすタカシ。
その夜は梅雨入りを思わせる湿っぽい雨が降り続いていた。
観覧室では和子の前でビデオテープの処遇に悩むタカシの姿があった。
「これ…どうしましょう…見たくないし…でも見なければ…必ず内容がどうだったか聞かれるし」
「うーん…そうね…」
和子も思案を巡らせた結果、 一つの提案をした。
「とりあえずは中身を確認するしかないんじやないかしら。私も一緒に見てみるわ。夢子さんにどう話したらいいか一緒に考えてみますから」
「ええ!でも夢子さんは誰にも見せるなと…」
「私は人形だから見ているけど見ていないの。ふふ…」
「は…はい…」
「映写室供え付けのビデオデッキで再生すればスクリーンで映せるはずよ」
「え、ええ!こんな巨大画面で見るんですか?」
「どうせ見るなら大画面よ!さあ 早く映しましょう」
「うう…分かりました…」
タカシは不吉な予感がしながらも皇女に逆らえず、映写室に入ってビデオをインプットする。
それからボタンを押して大スクリーンを下ろし、ビデオの再生ボタンを押した。
大画面に夢子のビデオテープの再生が始まった。
次回 戦慄の展開




