第31話 採用面接再び③
「それでは次の方…どうぞお入りください」
田端の招きで入り口に立ったその男は右手を白いシルクのベストに添え、頭を軽く下げる欧米式挨拶を行った。
スラリとした上背に黒い燕尾服と白い蝶ネクタイを着用した彼の立ち姿は一部の隙もなかった。
そして燕尾服のテールを優雅に翻がえしながらツカツカと歩み寄り応募者席に音もなく腰を下ろした。
「西園寺 光彦さん。27才でよろしかったでしょうか?」
「はい。左様で御座います」
落ち着きと自信に満ちたビロードボイス。
真っ白の透き通る様な肌に切れ長の眼。
端正な鼻筋に形のよい唇が穏やかな笑みをたたえていた。
艶のある漆黒のロングヘア―は背中で銀色の光沢のあるリボンで束ねられている。
彼が存在するだけで面接室はラグジュアリーな空間へと変貌していた。
(ああ…わたくし…一生眺めていられますわ…)
和子は夢の世界に引き込まれていた。
西園寺は玉座の方をチラリと一瞥した。
一瞬その目が潤んだように見えた。
(何だ?今の顔…)
タカシは彼が見せた表情の変化を見逃さなかった。
田端は履歴書を見ながら嘆息した。
――国立帝京大学 経済学部首席卒業
――白鳳堂公爵家 筆頭執事
華麗なる 経歴に圧倒されながら、彼は西園寺に訊ねた。
「まだお若いのに執事の長を任されておられるとは……公爵家ではどの様な業務をこなして居られたのですか?」
「全てです」
「はい?全て?」
「公爵家といいましても一つの都市の様な物ですから…公爵家の御家族の御世話は勿論、整備清掃、警備、経理、果てはグループ会社の経営参画までお命じになられまして…」
(有能に果てが見えない…)
微かに震えを感じながら田端は瑠璃にも行った質問を西園寺にもぶつけてみた。
「ふむ。売上増分ですか…興味深い問いですね」
西園寺は蝶ネクタイを整えながら少考して「3億1千万前後でしょうか。多少の誤差はお許し下さい」と回答した。
田端とタカシは目を丸くして顔を見合わせた。
(瑠璃の時よりさらに精度が高い!)
もはや偶然や憶測ではあり得ない。
確かな知識と計算能力に裏打ちされている結果である事は明白であった。
しかし、ここでタカシに一つの疑念が生まれた。
(こんなに優秀なのに…なぜこの面接に?)
タカシはどのように問うべきか逡巡していたが、西園寺はにっこり笑って語り始めた。
「私がなぜ今回応募したか、についてですよね」
(え!何も喋っていないのに…)
目を見開くタカシ。
「白鳳堂家の執事も優秀な人材が揃い、安心出来る体制に仕上がってきました。ここらである程度は 彼らに業務を任せ、人材にお困りのご様子の記念館に1つ助太刀に参りたいと、そう思った次第でございます」
(本当にそれだけかな…)
疑念を払拭できないタカシは一つの質問をぶつけてみた。
「あの …西園寺さんはもしかして…皇女様がお好きなのでは。あ!いえ…変な意味じゃなくて」
その質問を聞いた瞬間西園寺の表情から柔らかい笑顔がピタリと消えた。
一瞬だけ端正な表情が戦慄いているように見えた。
着ぐるみの奥の平九郎の右眉がピクリと動いた。
「な…何をバカな事を…ふふ…そ…そのようなことはございません」
慌てて笑顔に表情を戻す西園寺だが両耳が真っ赤になっている。
(やはり…)
タカシはその様子を見て何かに得心した様子である。
田端はコホンと咳払いをすると面接の終了を伝えた。
「本日はこの辺りで結構です。気を付けてお帰り下さい」
(ええ…もう終了なのですか…もう少しビロードの御声を聞いていたかったのに…しくしく)
名残惜しそうな和子。
面接会場を後にした西園寺はニ階の第2特別展示室の前で、面接会場に向かう背の高い精悍な顔つきの男とすれ違い際に、にっこり笑って挨拶をした。
「おや…珍しい方がおいでですね。大蔵省の御仕事は大丈夫なのですか?」
「ふん!てめえこそ、白鳳堂家の筆頭執事がなんでこの場にいやがる?」
「ふふ…ただの気紛れで御座います。しかし今回の事…あなたのお父様はご存知なのですか」
「親父は関係ねえ!」
「関係無い…ですか…でも伊集院総理がお知りになったら黙っておられるかどうか…」
「うるせぇ!帝京大学時代からお前の詮索癖は変わらねえな!」
「あなた様も相変わらず思春期真っ只中におられるようで」
「けっ!こんな所でお前の相手をしてる時間はねえんだよ。もう行くぜ!」
「はい。ご武運をお祈りします」
優雅に頭を下げる西園寺を後にして、その男は記念館の照明に反射して光るしなやかな銀髪をなびかせながら面接室に向かった。
次回
《伊集院 龍磨》の面接




