第20話 皇女 ピンヒ―ルを所望する
真夜中の記念館。
タカシが入念に施設の入口を見て回っていた。
「よし、全て戸締りは大丈夫。」
全て確認が終わるとタカシは観覧室に走り、和子に声掛けした。
「和子様、宜しいですよ!」
「分かりました。参ります」
和子は右脇に自分の生首を抱えると、玉座の間から外に出て来た。
今晩は、彼女の記念館内の散歩の日である。
無人である事を入念に確認してから館内をぶらつくのである。
大体毎月2階の特別展示室の内容が入れ替わるので、そのタイミングで行う事が多い。
和子はこの日を毎回とても楽しみにしている。
「それでは1階から参りましょう」
格調高い軍服に身を正し背筋をピンと張って歩みを進めるその様は、胴体に首が無いにも関わらず威厳と女性皇族らしい気品を同時に発現していた。
タカシはいつも和子のその姿に、畏敬と憧憬を感じずにはおれなかった。
2人はまず1階の忠国レストランに向かった。
カツンカツンと優雅に足音を響かせる皇女の後ろにタカシは付き従う。
忠国レストランは、和洋折衷の格式のある空間で、和子のお気に入りの場所である。
高い天井は、皇城の迎賓室を模した御殿仕様で金地に描かれた花鳥の天井画が、格子状の梁にはめ込まれている。
壁面の大きな窓には横格子の障子がはめられ、昼間は柔らかい光が差し込む。
白いクロスを掛けたテーブルが均等な間隔で配置され、椅子は重厚なマホガニー仕上げ。
意匠は洋風でありながら、和の感覚を残しており、礼和が開国後洋式を取り入れ始めた頃の建築様式を感じさせる。
入口の横にショ―ケ―スが有り、メニューサンプルが華やかに並んでいる。価格設定はかなりリ―ズナブルである。
和子は、定番の《皇女ランチ》や《忠国セット》などの他に《魔道士ライス》という初めて見るメニューを見つけた。丸く盛ったライスの上に目玉焼きがふたつ乗っかていて、左右それぞれに赤と黄のマヨネーズが盛られている。
「タカシさん。これって新しい御品?」
「はい。この前追加になりました」
「魔道士?」
「ええ。慎之助さんをイメージしています。《koujo》上映後、人気が出てしまったみたいで…
左右の目玉焼きはオッドアイを表しているそうです」
「あははは!慎之助が見たら目を白黒させるわね」
「何だかんだいってもあの映画は未だに話題に出ますよ。ハチャメチャだけど面白いと再評価されてきてるみたいで…」
「そうなの……え-と…あの…」
和子はもじもじしている。
「?殿下…どう致しました」
「あ、あのね…実はタカシさんに相談したい事があるの。聞いて下さる?」
「はい…何でしょう?」
「この前の映画の中で女優さんがピンヒ―ルのブーツで戦っていたでしょう。あんなブーツを履いてみたいの…」
「え!ええ!!」
「あれってすごい格好良くて素敵だなと思って。何とかならないかしら」
「う-ん」
タカシは唸った。
「皇女様のお召しになっている衣装は皇室庁が認可している物ですしねえ…勝手にお召し替えになられたら大騒ぎになりますよ。特に名誉顧問が見たら発狂されるかも…」
「そうなのよ…そこが問題。でもわたくしは30年も同じ靴だし…新しい素敵な靴で皆に見られたいの」
和子の切実な表情に断る事が出来ず、「分かりました」と依頼を請けてしまった。
しかし 一晩考えてみたがなかなか良い考えは浮かばなかった。
翌日、寝不足の赤い目を擦りながら事務室で佐藤満と雑談していた時に、手首に数珠を巻いていたので、最近亡くなった彼の祖母の話題になった。
「私の婆ちゃんは霊媒師をやっていてね。と言っても完全にインチキなんだけど」
「インチキ?」
「そう。自作の《降霊の札》を使うんだ。『霊を降ろします』と言って自分の額にはってから、訳の判らない呪文を唱える。後は霊の振りをして当たり障りの無い事を言って終わり。ひどいもんだよ」
「佐藤さん!」
タカシはその話に食らいついた。
「え、え、何!」
「その御札ってまだ有ります?」
「御札?ほとんど捨てたけど、形見代わりに一応1枚だけ残してる」
「それをお借りしても良いですか!」
「別にいいけど。そんなものどうするの?」
「とにかく貸してください! 必ず返します!」
「わ、分かった…」
佐藤はタカシの気迫に押されてタジタジ。
御札をゲットしたタカシは、その夜和子と作戦会議を開いた。
古びた和紙に意味不明な呪文が朱書された偽札を見せながら計画を説明。
「まず名誉顧問を呼び出します。その時にこの偽の降霊の御札を和子様の額に張りますので、ブーツのご要望を喋って下さい」
「ええ!分かりました!『降ろされた霊の振り』をする訳ね!」
和子は気合充分。
「殿下…何だか妙に御自信がお有りの御様子…」
「ま、まあ!そうかしら…オホホホ!」
和子はかって怨霊を演じた事があるのをまだタカシに知らしていなかった。
決行は満月の夜となる7日後と決まった。
タカシは翌日の朝、いつもの様に観覧室に来る平九郎に声掛けした。
「名誉顧問に大切な御話が!」
「うむ。何じゃ」
「この御札を見て下さい。霊媒師だった佐藤さんのおばあさんが所有していたものです」
「それがどうした?」
「これは強力な降霊の札だそうです。これを張った人に霊を降ろせるとか」
「な、何だと!では…もしかして…」
「はい!皇女様をお呼び出来るかも知れません!」
「や、山田男!それはすぐ試せるのか!」
平九郎の意外な喰付に気圧されながらもタカシは続けた。
「今すぐは無理です。中秋の満月の夜にだけ使える札だそうです。5分位しか持たない様ですが」
「5分でも良い!殿下にご拝謁出来るならこんな嬉しい事は無い。6日後に必ず参るぞ!」
平九郎はかなり興奮気味である。
「かしこまりました!」
タカシは内心舌を出していた。
満月の美しい夜の観覧室。
「本当に平九郎は来るかしら?」
「はい。僕も最初は不安でしたが、あれから毎朝名誉顧問に今晩の予定をしつこく確認されるので間違い無いと思います」
「でも…今時《降霊》なんて話に飛び付くなんて…平九郎…どうしちゃったのかしら…」
「それは名誉顧問の皇女様に対する思いの強さが御判断を鈍らせておいでなのでは…『わしはもう先が短い。もう一度殿下の御声が聞きたかった』とよく御話されますから」
「平九郎……」
その時、観覧室に息を切らせながら慌ただしく平九郎が現れた。
「待たせたな山田男!さあ早く殿下をお呼びしろ!」
到着して早々にタカシを急かす平九郎。
「ま、待って下さい。」
タカシは慌てて玉座室に入ると御札を取り出した。
平九郎はガラスの前で正座し、口髭を整えた。
「皇女様、失礼します」
タカシは和子の頭の額に御札を張った。
平九郎は固唾を飲んで見守る。
程なくして和子の生首の口がゆっくりと開いた。
「平九郎…久し振りですね…」
「お、おお!殿下!殿下であらせられますか?」
平九郎は目に涙を溜め、唇を震わせた。
(本当は毎日顔を見てるけどね…)
御札の陰で和子の口は笑っていた。
次の瞬間平九郎の号泣が炸裂した!
「ぐおおおぉ―ん!」
「ところで平九郎に話があります」
「うおおおぉ―ん!」
「へ、平九郎…」
「ぶおおおぉ―ん!」
泣き叫んで話が耳に通らない平九郎に和子は弱った。
慌ててタカシは号泣する平九郎に駆け寄り声掛けした。
「名誉顧問!皇女様は何か御要望がある様です!」
「おお!いかん…つい感極まってしまった!殿下!お許し下さい。不肖この平九郎に何を御望みでしょうか?」
「わたくしは靴を履き替えたいのです。」
「靴を!?でございますか!」
「はい。もう30年も同じ物でしょう」
「確かに!」
「そこで平九郎には、先のハリウッド映画の中でわたくしを演じた女優が履いていたのと同じ様なブーツを用意して頂きたいのです」
「なんと!あの様なふざけた映画の衣装を御所望でございますか!平九郎は承服致しかねます」
「平九郎。《koujo》は再評価されて来ています。アメリアナの風が民衆の指示を得つつある証左。それに寄り添うのもアメリアナとの関係深化も含めて大事だと思います。」
「ぐ、むむ!さすがは殿下。常に我が身では無く周りの事に配慮なされておられる。かしこまりました!全身全霊を持って御靴を御用意致します!」
「それとね、ついでだけど耳飾りも同じ物をお願いします」
(和子様!それ台本に有りません!)
タカシは頭を掻いた。
「むむ!それも同様の意味ですな!併せて用意し奉ります」
平九郎はふふんと鼻を鳴らした。
(やった!上手くいったわ!)
和子は心で喝采を叫んだ。
平九郎は夢の中で皇女の御告げが有ったとして
力技で皇室庁を動かした。
一ヶ月後、ピカピカのブーツと耳飾りが完成した。
ブーツは映画と同じく黒エナメル仕上げで、つま先が尖り、10センチのピンヒールであった。
耳飾りは桜の花弁をあしらった装飾とピンクのダイヤが組み合わされた長く豪華な物だった。
平九郎は《御召替えの儀》を提唱し、大安吉日を選んで関係者の参列の上、厳かにブーツと耳飾りの付替えが行われた。
その夜の観覧室。
和子の弾んだ声がこだまする。
「ねえねえタカシさん!どう!似合ってる
!」
「はい…とても良くお似合いです……」
100回目の和子のポージングを見せられてタカシはぐったりしていた。
「じゃあ次に自分の目でブーツを眺めるわ!はい、これを持って離れて」
と言って和子は自分の生首をひょいとタカシに渡した。
「!!!だ、駄目ですよ!神聖な御首を!堪忍して下さい…それに名誉顧問にこんなところを見られたら間違いなく僕刀の錆になります」
「平気平気!あっ、タカシさん、もう少し離れて」
両足を交差させてポーズをとる和子。
(これ暫く毎晩続きそう……)
タカシは半泣きであった。
次回 《夢と魔法》の会社が動き出す




