第16話 皇女 映画化される(ハリウッド編①)
ロードショーが開始されると『國燃ゆる 桜散る』は列島を飲み込む巨大な熱波へと変貌した。
劇場のチケットカウンターには連日「満員御礼」の札が掲げられ、上映が終わるたびに、赤く目を腫らした観客たちが波のように街へと溢れ出していく。映画館のロビーに誰かのすする鼻声が絶えることはなかった。
その勢いは、年末の『礼和アカデミー賞』をも席巻した。
司会者が封筒を開けるたび、会場を埋め尽くしたフラッシュが一点に集中する。
「最優秀作品賞――『國燃ゆる 桜散る』」
「最優秀主演女優賞――浜田美波」
脚本、美術、照明、そして胸を締め付ける旋律を紡いだ音楽賞……。賞を総なめにするその様は、まさに映画史に刻まれる台風の目そのものであった。
熱狂は国境を越え、全世界三十カ国へと飛び火した。なかでも最大の衝撃を持って迎えられたのは、かつて銃火を交えた因縁の敵国――アメリアナである。
当初、東海岸の限られたミニシアターでひっそりと始まった上映は、初日の夜に早くもキャパシティを使い果たした。劇場は連日長蛇の列を成し、事態を重く見た配給元は、すぐさま全米五千館規模への拡大放映を決定した。
劇場動員が進むにつれ、アメリアナ国民の反応は概ね次の5つに分かれていった。
① 一般観客(最大多数)
「重いが美しい映画」
「プリンセスが犠牲になる話は胸に来る」
「あの少女はヒーローだ」
「戦争は誰も幸せにしない」
反応:概ね好意的、だが複雑
② 進歩派・リベラル層
「これは帝国主義の悲劇を描いた作品」
「アメリアナの行為は、当時の“構造的問題”」
「個人と国家を分けて考えるべき」
反応:若干辛口
③ 保守派・軍事層
「反アメリアナ・プロパガンダだ」
「あれは占領ではなく解放だった」
「史実を歪めている」
反応:かなり批判的
④ 学術・評論・メディア
「被支配者が自分の物語を語る構造」
「沈黙する皇女というメタファー」
「処刑を描かないことで暴力を強調する手法」
反応:めちゃくちゃ食いつく
⑤ 炎上(ごく一部)
「プリンセスを美化しすぎ」
「礼和国が弱かっただけだろ!」
「魔法で人を治すだって!馬鹿げてる!」
「レディの首を切るだって!無茶苦茶だろ!」
反応:罵詈雑言の嵐
だが、ざっくりといえばアメ人の思いは下記に集約された。
「これは、敵国の映画なのに……なぜか、胸が痛い…」
タカシが驚きの情報を知ったのはそんな皇女の映画が盛り上がりを見せている最中であった。
休憩時間に事務室で鮭弁当食べていたタカシは、備え付けのテレビのCMを見て咀嚼していた米飯をブーと吹き出した。
『皇女の物語 遂にハリウッドにて映画化!総製作費7億ドル!《koujo 皇女》今秋上映決定!』
タカシは口を拭きながら隣で新聞を読んでいた田端に咳き込みながら訪ねた。
「これマジですか!館長はご存知でしたか!」
「ああ。でも私も昨日知ったばかりだ。制作も極秘で進められていた様だね。映画会社はワーナー ・スタジオらしいけど」
「ワーナーですか!すごいですね!」
「うん。でもこれから大変だよ。今回も世界に先駆けてまた観覧室で上映会を行うらしい。今度は1000人呼ぶ計画だよ」
「げっ!」
「さあ 、これから忙しくなるよ。 覚悟しておいてくれたまえ」
「うぐう…」
タカシの脳裏に前回の準備に忙殺された悪夢が蘇がえっていた。
1週間後、各メディアにて正式発表が華々しく行われた。
題名『koujo 皇女』
──"我々は勝ったはずだった…──
【作品概要】
監督:ジョージ・サーカス(『スターファイト』『トレンディジョーンズ』『アメリアナ ・グラフィティ』)
脚本:ローレンス ・ブラケット
音楽:ジョン・ウィリアム
制作:ワーナー ・スタジオ
公開予定:今年秋 全世界同時ロードショー
【ストーリー】
聖暦19☓☓年
アメリアナは東洋の神秘の国、礼和国との《大洋戦争》に突入した。
アメリアナは《koujo》和子が率いる魔道士軍団に苦戦を強いられていた。
しかし戦況を覆す一人の男が現れた。
その男の名はライゼンバ―グ。
彼の指揮により戦況は逆転し、礼和国を打ち破る事に成功する。
占領後、戦犯を裁く《帝都裁判》が行われる。
そこでライゼンバ―グが目撃したものとは……!
【主要キャスト】
デビッド・ライゼンバ―グ(ジム・クル―ズ)
《koujo》和子(リ―・チャンチ―)
ジェフ・ゴードン将軍(R・リー・ジャーメイ)
ト―ルマン大統領
加藤義国(渡瀬謙)
東郷平九郎(三船敏夫)
斑目慎之助(浅井忠信)
エンペラー久仁(真田広行)
【特報ナレーション】
《世界最強に立ち向かうのは1人のプリンセス!》
《伝統 vs 近代。勝つのはどちらだ!》
《どちらにも負けられない戦いがある!》
それからひと月が過ぎた。
ハリウッド映画の公開を翌日に控えた夜、閉館後の観覧室は照明を落とし、静まり返っていた。
展示ケースの前に立つタカシは、しばらく言葉を探すように逡巡してから、意を決して皇女に声をかけた。
「……あの、皇女様。今回の映画化の件ですが……正直なところ、どうお感じになっていますか」
和子は黙しながら自分の膝に生首を乗せ、漆黒の髪がさらりと流れ落ちるのを、右手でゆっくりと撫でる。
「元敵国だったアメリアナが、皇女様を題材に映画を作るなんて……」
タカシは苦笑しながら続ける。
「どんな内容になるのか、正直少し不安で。名誉顧問なんて『アメリアナの連中め! ようやく殿下の偉大さと己の愚かさに気づいたか!』って、もう大騒ぎで……」
和子はようやく顔を上げ、穏やかな声で答えた。
「そうね……。来館するアメリアナの人々の反応を見ていても、礼和はまだ“未知で珍しい国”なのだと感じるわ。でも、だからこそ――映画の内容には、とても興味があるの」
「そう、ですか……」
「ええ」
和子はわずかに微笑む。
「戦後三十年。かつて刃を向け合った国が、今、我が国をどう見ているのか。それを垣間見る手がかりになるかもしれないでしょう?」
指先が黒髪をなぞりながら、言葉は続いた。
「国家としては平和協定を結び、結びつきも強くなったわ。でも……民間の感情は、必ずしも同じとは限らないもの。映画は、そこを映す鏡になるかもしれないわね」
「はい…」
たかしはゆっくりと頷いた。
次回 ハリウッド映画《koujo》いよいよ上映!




