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第13話 天使の証

その日、記念館は夜も更けていた頃、タカシは清掃を終え観覧室で和子と語らっていた。


前日の偽物の話で盛り上がった後、ふと和子にかけられている魔法の話になった。


「『龍命替術』でしたっけ。それってどんな魔法なんですか?」


「私も詳しいことは分かりませんが、魔導の歴史を習った時にその記載が少しありました。術者の命と引き換えに死人を完全蘇生する魔法の様です」


「すごいですね。死人を生き帰らせることができるなんて」


「ええ…でも斑目の術が凄まじいのはそれだけではありません」


「ええ!とおっしゃいますと?」


「1つ目は私の首と胴体が離れたまま蘇生したことです。通常は人体が損傷している場合それを直してから行われる術です。しかしおそらく斑目は警護に気付かれた為その時間がなかったのでしょう。慌てて術を使った形跡があるのに成功しています」


「えげつないですね!」


「2つ目は蘇生した人体が不死化していることです。事件から30年も経っていますが私の体は全く老化していません。余程術者の込められた思いが強力だったのでしょう」


「想像すれば斑目術師の執念に寒気すら感じます…ですが殿下」


「?」


「殿下の御体を維持しているその魔法がそれほど強力であれば、放出されているエネルギーも相当なものでは…普通の人間が気付かなくても、人外の者ならあるいは呼び寄せられるかもしれません。僕の思い込みであれば良いのですが」


「あ!蛸壺ルミ子さんとか!?それは確かに!」


そう和子がつぶやいた瞬間であった。



観覧室の入り口のドアが蹴り飛ばされて激しい音を立てて開いた。


「おう!邪魔するで!」


そう言って銜えタバコの目つきの鋭い男が両手をズボンのポケットに突っ込みながら肩をいからせてズカズカと中に入ってきた。


その男は黒のドカジャンに地下足袋を履き、背中に『根性』の金色の刺繍が入った薄汚れた紺色のジャージを羽織り、素肌に水色の腹巻を巻いていた。

頭には黄色と黒の縞模様の野球帽を被っている。


「あの…もう閉館後なので、御入場は困ります!」


タカシが制止しようとすると肩をぐっと掴まれて押し退けられた。


万力の様な力であった。


茫然とするタカシを尻目に男はハンドポケットのままガラスケ-スの前で仁王立ちした。


「これが兄貴の言うてた皇女はんかい!」


彼は顎をしゃくるように斜め上へ持ち上げ、皇女にガンを飛ばした。


(こ、恐い!)

和子は男の野獣の様な鋭い目付きに怯えた。


「おう!皇女!寝たふりせんでええで!ネタはばれとるさかいな!」


「え!!」

2人は息を飲んだ。


「一体…あなたは?」

タカシが声を落として問い掛けた。


「わしは天界から使わされた天使『グラドリエル・ド・サンシャイン』や。覚えときや!」


「はあぁぁぁ―!!!?」


(全く天使に見えない!)

2人は目をパチクリした。


和子は慎重に声を振り絞った。

「何故わたくしの事を御存知なのですか?」


「ああ。兄貴に教えてもろたさかいな。地上にも気合が入ったどえらい女がおる、ちゅうてな」


(『兄貴』て誰だろう?)

タカシは思った。


「その…天使の方が、何故わたくしの元に参られたのですか?」


「その事や。わしは人間を正しく導いたれと神さんに言われて地上に来たんやが、誰も天使やと信じよらへんねん。やりにくうてしゃあないわ。そやけど天使の特別能力を使うたらあかんねん。人間がびびるさかいにな。そこでや!」


「はい…」


「みんなに自分が天使やと信じて貰える天使7か条を考えたんや!兄貴に披露したら人間でもピカイチの皇女にチェックして貰え!云われてな、ほんで来たんや!」


「え!わたくしが!?」

(何故……うう…最悪…)

和子は半泣き状態。


「ほな行くで!耳かっぽじってよう聞きや!」

グラドリエルは気合を入れて語り出した。


①パチンコは完全に擦るまでやらない

「スッカラカンになるのはアホのやる事や!」


(擦っちゃたのですね…)


②タバコはピースを吸わない

「ピ―スはニコチンがきついさかいにな!」


(吸ってらしたのね…)


③コンビニエンスストアでは値切らない

「コンビニで値切ったら外道やろ!」


(値切ったのね…)


④居酒屋ではハイボールは10杯までとする

「飲み放題でも加減が要るやろ!」


(それでも10杯は飲むんだ…ふふ!)


ここでグラドリエルが「ちょっと待てえ!」と叫んだ。


「おう!皇女さんよう!なんやにやついてないか!」


顔の筋肉が制御を失いかけていた和子は慌てて否定した。

「と、ととんでもございません!真剣に話をお伺いしております!」


「それやったらええわ。人の話は真面目に聞くもんやさかいにな。ほな続けるで」


(うう…)

和子はげんなりした。


⑤夜 立ちションはしない

「お巡りさんに捕まるさかいにな!」


(夜でなくても駄目ですけどね…)


⑥野良犬の頭は撫でたる

「それぐらいの優しさは必要やろ!」


(もしかしてちょっかい出して噛まれた?)


⑦将棋で待ったはしない

「一番やったらあかんやつや!」


(待ったしたんだ…)


「さあ!どないや!バッチリやろ!」


グラドリエルがドヤ顔でニヤリと笑う。


(え!これ!どやと言われても…)


ツッコミどころが多すぎて和子は返答に窮した。



その時であった。


「アホか!おっさん!」と声がした。


全員が観覧室の入り口の方に顔を向けると

そこにもう一人の男が立っていた。


タカシは彼の姿を見て声を失った。


巨大リ-ゼントにバッチリ剃り込みを入れ、10センチハイカラ―の長ランを着込み、背中は金色の『歯礼琉矢』の刺繍を背負っている。

下半身はボンタンと先端のとがった黒のラメの靴で決めている。

ゴリゴリのヤンキーである。


彼は肩を怒らせながらズカズカと中に入ってきた。


「じ、時間外入館は困ります!」


「ワレ!何中じゃい!」


タカシは刃物のような視線でメンチを切られ震え上がった。


グラドリエルはゆっくり彼に近付き正面に立った。


「ヤムリエル!ワレ!何しに来たんじゃ!こら!」


(ヤムリエル!彼も天使なの!?)


「半端もんのおっさんはあっち行っとけ。ワイはそこの皇女に用があるんや!」


グラドリエルはニヤリとした。


「お前ももしかしたら兄貴に言われてここに来たんちゃうか?天使7か条を皇女に聞いて貰えちゅうて。人間に信じてもらえん奴は悲しいの。かかか!」


「じゃかましわい!ワイの7か条はおっさんとは桁が違うんや!」


そう言うとヤムリエルは和子にがんを飛ばした。


和子はビクッとした。


「聞いての通りや。ワイの名前はヤムリエル・ド・サンシャイン!天使の端くれや!」


(またサンシャイン…)


「ワイの渾身の7か条聞いたらんかい!行くで!」


(…聞くしかないのね…)

和子は諦めて耳を傾けた。


①シンナーはダサイ!


(ふっ!)


②舐めたやつには頭突きかます!


(ふふっ!)


③血が出るまではやめといたる!


(うふふ!)


④しかしホンマに舐めとるやつは鮫島さんにチクる!


(うふふふ!鮫島さんって誰!?)


⑤強い奴にはタイマン!


(だ、駄目!我慢よ!)


⑥メリケンサックはダサイ!


(これ天使の7か条よね!う、うふっ!)


⑦ドリンクはレッドブルで決まりや!


(翼を与えるのね!!もう無理!)


和子はついに腹筋が崩壊した!


「あはははは!」



「なんじゃい!」

「ちょっと待てや!」

二人の天使が同時に和子の方に顔を向けた。


(しまった!)

和子は顔面が蒼白になった。


その時であった!


カツ―ン、カツ―ンと足音が響き渡った。


全員が入り口の方に目をやると、凄まじい威圧感を放ちながら白いスーツを着た巨漢がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。


太い首に黒シャツ、 白いネクタイ。

顔は傷だらけでパンチパーマ。

サングラスの奥の表情は全く 伺い知れなかった。


「あ、兄貴!」

「鮫島さん!」


 二人の天使は硬直して動けなくなった。


鮫島さんはゆっくり2人に近づくと両手を2人の肩に回した。

そしてドスの効いた太い声で「帰ろうか」と一言呟いた。


2人は同時にピンと伸び上がり「押忍!」と叫んだ。


3人が観覧室の出口に差し掛かった時、鮫島さんは和子の方に振り向いてボソリと「すまなかったな」と言った。


和子とタカシは思わず背筋を正して「押忍!」と叫んだ。


3人は夜の闇に消えて行った。




「結局鮫島さんって何者なのかしら?上級天使?」


「多分そうだと思います。2人のビビリ方が半端じゃ無かったですから。でも…」


「でも?」


「殿下の事を相当買っているみたいでした。少し鼻が高かったです!」


「ええ…でも嬉しくない…又あの2人来るかも…」


「次は『真 天使10か条』とか持って来るかもしれませんよ」

 

「もう!タカシさん!堪忍して!」



誰も居ない観覧室に2人の声が響き続けた。


外では梟が鳴いている。





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