第12話 わたしが本物よ!
日曜日、皇女記念館は大勢の来場者でごった返していた。
観覧室にも大勢の観客が群がっていた。
そんな昼下がりのことであった。
「すいやせん! すいやせん !ちょっと通してもらいやすよ」
女性の手を引いた一人の中年の男が人ごみをかき分けてガラスのショーケースの前に進み出た。
その男は茶色のくすんだフェルト帽をかぶりチェック柄のダブルのジャケットを羽織っている。
インナーは水色の開襟シャツにえんじの腹巻を合わせていた。
そしてジャケットと同柄のダボっとしたズボンと雪駄履き。
総じて旅のテキヤと言った風情である。
その横に立つ女性は、梅・牡丹・桜が合わさった花柄に全体が覆われたワンピース姿である。
膝下丈に白い丸襟で、太めのウエストベルトが閉められているが、ぽっちゃりとした体型でウエストの締まりがなかった。
彼女は覆面レスラーの様な、目と口のところだけ穴が開いた黄金色のマスクを被っている。
その為人相や 年頃などが全くわからなかった。
しかし額には「和子」と 漢字で書かれていた。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!皆様は本当に良い顔をしてらっしゃる!本日は北は北海道から南は沖縄まで遠くから御出になり誠にありがとうございます!」
男は細い吊り目で、銀歯混じりの歯を出してにっこり笑って両手を広げた。
「おい!邪魔だ!」
「皇女様が見えないぞ!」
「誰だ!お前!」
観覧客から怒号が飛んだ。
「へっへっへっ!あたしは『轟 善治郎』。名乗る程の者でもありやせん!」
「名乗ってるじゃねぇか!」
「結構毛だらけ猫灰だらけ!細かい事は言いっこ無しだよ!今日はとっても大事な話をしに来たんだ!こいつを聞かなきゃ一生の損だよ!」
「早くどっかいっちまえよ!」
「一体何の話だ!」
「良く聞いて頂きやした!天にも道があるごとく、人それぞれに定めを持ち合わせております。とかく子年の干支の方は晩年が色狂いに陥りがちだ!丙午の女は家に不幸をもたらす、羊年の女は角にも立たすな、蛇年の女は執念深い。当たるも八卦当たらぬも八卦、人の運命などというものは誰にもわからない。そこに人生の妙味が有ります。
ここにお話するのは御存知皇女様の真実の物語だ!」
そう言うと善治郎はにっこり笑って、顔を突き出す観客に向かって横に立つ覆面女性に両手を差し伸べた。
「こちらにおられる高貴な御婦人!この方こそ正真正銘、本物の和子様だ!!」
「ええ~!!」
観客が仰け反った。
(ええ~!!)
和子も仰け反った。
「嘘こけ!」
「いい加減にしろ!このペテン師野郎!」
又怒号が飛ぶ。
「嗚呼~!やだねぇ!人の話は最後まで聞くんだよとお母ちゃんに教えられなかったのかい?」
「その女が本物なら、後ろに鎮座なされている方は一体誰なんだい?」
「そう!そこが話の肝心要だ!しかし続きを語るにはタダと言う訳にはいかない!」
「なんだい!金を取るのか!?」
「当たり前だのクラッカー!この礼和国の驚天動地の秘密を明かすんだ!さあこの世紀の話を語るのにたったの500円だ!しかし今日は大安の善き日だから特別に400円!なにそれでも高い!ならば投げ値の200円だ!これで駄目ならやけのヤンパチ日焼けの茄子だ!ええい!100円でどうだ!」
そう啖呵を切ると「功徳箱」と書かれたブリキのバケツを前に差し出した。
観客はブーブー言いながらも好奇心に勝てず100円玉を入れた。
「ありがとうございます!これで皆様も極楽往生は間違い無しだ!」
「早く話せよ!」
「勿体ぶるな!」
観客から催促が飛ぶ。
「そんなに焦っちゃ駄目だよ!慌てる乞食は貰いが少ない!さあいよいよ明かすよ!後ろにお座りの方は元吉原の遊女小菊さんだ!」
「ハァァァ―!?」
観客又仰け反った。
(ハァァァ―!?)
和子も仰け反った。
「聞くも涙、語るも涙の物語だよ!」
善治郎は遠い目つきで斜め右上を見つめた。
「正和20年のあの時皇女様は御決断なされました」
そして一人芝居を始めた。
「『加藤!わたくしはライゼンバ―グの元に参ります。その時にわたくしの首を切れ!』
『出来ませぬ!姫様、私には出来ませぬ!』
『ええい!わたくしの命令が聞けぬか!』
『止むを得ぬ!御免!』
『あっ!何!この者達!離せ!離せ!』
『殿下を丁重にお連れしろ』
『あ~れ~!』
『良し!小菊!出てこい!』
『はい!』
『お主!覚悟は良いな!』
『勿論です!吉原から拾って頂いた御恩を今こそお返しする時と存じます。殿下に瓜二つのあちきが国の為に死ねるんでありんす。悔いはございません!』
『小菊すまん!では参るぞ!』
こうして身代わりとなった小菊さんは後ろの玉座にお座りになった。そして皇女様は今まで身を隠しておられたが、嗚呼!」
善治郎はすぅ~と深呼吸した。
「ついに!ついに!この場にてその身を晒され、小菊さんに謝罪する為御出になられたのです!」
観覧室は激しくざわめいた。
(小菊さんて誰!?もう話が無茶苦茶!)
和子は呆れ果てた。
「ちょっと待て!じゃあ何故皇女様は顔を隠しておいでなんだ!」
「嗚呼ぁ~、情けないねぇ!野暮な事は言いっこ無しだよ!考えてごらん!皇女様は生きながらえてしまった事を深~く恥いっておられる。面目無いってこの皇女様のお気持ちが分からないってのかい!」
「へえ!じゃあ何で皇女様は黙ってるんだよ!何か喋ってみろよ!」
「全くデリカシーの無い奴らだね!よし分かった!皇女様!この分からず屋共に尊いお声を聞かせてやってください!」
すると覆面の女は暫くもじもじしていたが、小さな声で語りだした。
「うふふ…あたし…和美…本物よ…信じてね…」
「和美!?」
「名前が違うだろ!」
「あ!間違っちゃた!和子よ、和子!ホホホホホ!」
そして和子の方を向いて頭を下げた。
「小菊。ごめんなさい。許してね。」
(だから…小菊じゃありません!)
「怪しいなあ!」
「本当に本物なのか!」
観客の疑惑は高まるばかり。
学者風の男が質問した。
「殿下は和歌を嗜んでおられ、数多の美しい歌を詠まれた。一句詠んでみろ!」
覆面女は沈黙の後答えた。
「和子…和歌…嫌い…詠むの嫌…」
「そんな馬鹿な!お得意であらせられた筈だ!」
「まあ待てよ!これには深~い訳があるんだ!皇女様は確かに和歌がお得意だった。しかしある日の事。いつも教えを受けてる和歌の偉~い大先生にご指摘を受けたんだ。
『殿下。最近お詠みになる歌は何か自慢げです』
『まぁ!左様でございますか!』
『はい。傲慢な風が滲み出ておられます』
『そんな!嗚呼!天狗になっておりましたのね!』
こうして皇女様は恥入り、和歌を御封印されたってこういう訳だ!」
(無い無い!そんな話は有りません!)
しかし観客の疑惑は止まらない。
「皇女様のお好きだった料理は?」
「え!…次郎系ラ―メン肉3倍増しかな」
(お蕎麦です!)
「皇女様の座右の銘は?」
「(敗北を知りたいの)です」
(《我只足知》われただたるをしる、です!)
「皇女様が好きな歌は?」
「六甲おろし!」
(君が世です!)
返答を重ねる度に観客のざわめきが大きくなるばかり。
その様子に2人は慌てだした。
「ちょっ、ちょっと待ちなって!静かにおなりよ三度笠。人を疑うのは百年の不幸だって帝釈天様も御達しだよ!先ずは話を聞いとくれ!」
その時、観客をかき分けてタカシが現れた。
「お金を取ったでしょう!ここで商売は固く禁じられています!皇国警察を呼びますよ!」
「げっ!こいつは縁起が悪い!長居は無用だ!退散退散!」
2人はバケツを抱えてそそくさと逃げて行った。
「二度と来んな!」
観客は2人の背中に向かって叫んでいた。
閉館後の観覧室。
「あちきは小菊でありんす!あははは!」
「殿下!おふざけも大概にして下さいよ!でも奴ら皇女様を名乗るなんて本当に悪質です!」
「でも善治郎さんの話術は巧みだったわ。みなさんお金をだしていたもの。100円は安すぎるけどね」
「勘弁して下さい!もう…」
夜に2人の会話が吸い込まれて行く。
次回、天使が現れる。




