幕間:交差する魂と理
(ステージは一時的に静寂に包まれる。対談の合間、舞台の奥の控えスペースには、ふたつの静かな対話の輪が生まれていた)
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ヒルデガルト × ナイチンゲール
(ステージ脇、緞帳の裏。柔らかな白布が風にそよぎ、淡い光が差し込む空間に、ヒルデガルトとナイチンゲールが並んで座っている)
ヒルデガルト(微笑みながら):「あなたの語る“看護”には、祈りのような美しさがありますね。
空間に神を宿らせようとしているようで。」
ナイチンゲール(穏やかに目を伏せながら):「ありがとうございます。私はかつて、聖職者になりたいと思っていました。
でも神は、私を病人のそばに立たせた。あの戦場で、暗闇の中、私は蝋燭を手に祈るように歩いていた。
祈りとは、働くことだと気づいたのです。」
ヒルデガルト:「それはまさに“賛歌”です。私が書いた聖歌は、神への感謝だけでなく、魂の浄化でもありました。
病める者を癒すことは、神と共に歌うこと。」
ナイチンゲール:「けれど私たちは、あまりに“見えないもの”を信じすぎて、患者を見失ってしまうことがあります。
だから私は、数字と統計という“現実”の武器を持つようにした。」
ヒルデガルト(優しく):「それでもあなたは、手を触れ、目を見て、言葉をかける人であり続けた。
それこそが、神のなさる癒しと同じです。」
ナイチンゲール:「あなたと私の共通点は、“信仰を形式ではなく、働きの中に生きさせた”ことかもしれませんね。」
ヒルデガルト:「ええ。そして、“癒しとは愛”――その真実を、あなたは看護の中で体現された。」
(ふたりは静かに手を重ねる。時代も地理も違うふたりの女性の霊性が、交差する)
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華佗 × パラケルスス
(少し離れた舞台裏、硝子越しに庭園のような景色が広がる空間。パラケルススは一人、手を組み足を踏み鳴らしていた。そこへ、華佗が静かに現れる)
華佗(穏やかに):「苛立ちが、呼吸を浅くしています。肝の気を乱しますよ。」
パラケルスス(振り返り、少し驚いた顔):「……あんたにまで説教されるとはな。」
華佗(微笑む):「怒ると、体に毒です。」
パラケルスス(小さく笑い):「毒は俺の専門分野だ。」
(ふたりは並んで立つ。沈黙。少しして、華佗がそっと語りかける)
華佗:「あなたは“命を救いたい”という思いが強い。それが、あの激しさを生んでいるのでしょう。」
パラケルスス(腕を組み、ぽつりと):「俺は……人間の弱さを嫌悪していた。医者であるくせに、“死を受け入れろ”と口にするやつらが。
だからこそ、“死に抗う知”が必要だと思った。」
華佗:「私は、死を“敵”とは思いません。けれど、人が“生きる”ために、できる限りの手を尽くしたいとも思う。
あなたと私は、その手段が違うだけです。」
パラケルスス:「…お前の言う“気”だの“五臓”だのは、俺には実証できない神話のように聞こえる。」
華佗:「では、こうしましょう。“治った”という現象があれば、方法はすべて等しく尊い、と。」
パラケルスス(目を細める):「面白い。“結果”を先に置くか……合理的だな。
……お前、案外、科学者でも通じるぞ。」
(二人は視線を交わし、笑みを交わす。パラケルススの顔から、少しだけ険しさが消える)
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(舞台に再び柔らかな光が差す。幕間が終わり、次のラウンドの準備が始まる)