3 全巨頭と流しカレー
ワタナベ18才、仙台から東京に出てきた。
なんとも古めかしい寮に居を求める。
そして大学のサークル紹介冊子を見て「俺はここに『骨』を埋めよう」と決心した。
「全巨頭」。
つまりは頭のでかい人間の集まりである。
ワタナベの入学当時、既に「全共闘」(学生左翼運動組織)など学生運動はほぼ衰退していたのだが、サークル紹介冊子の「全共闘」のその下にアイウエオ順で「全巨頭」とあるではないか。
その当時、頭の大きさという点に於いては、万有引力の法則で近くの衛星くらい平気で引き寄せられるのは頭周囲63cmのワタナベ以外いなかった。
しかし意気込むワタナベに、当時の名ばかり部長が「ワタナベ君、君が地球上にいると、引力で太陽系への影響が・・・」という理由で入部を拒否されてしまった。
そこでワタナベの柔軟なところは、転じてサークルなどよりも大学祭に向け、いかに自分の理想を追求するかということであった。
東京に出てきた田舎者の戸惑いと紆余曲折。
涙なしには語れまい。
「よし、屋台を出そう」大学祭において孤立無援の自分は一人でも出来るお手軽なものを考えていた。
しかし寮の同じ部屋の宇宙航空学のコバヤシはさすがロケットの打ち上げに邁進しているせいか「空飛ぶカレー」を強烈に推した。しかし当時のJAXAには、「カレーを宇宙に」という発想もその技術も無かったのである。泣いて馬謖を斬る思いで、コバヤシの提案を却下。
ついでに言えば、恐らく民生ドローンが普通に使われている現在ならば、「空飛ぶカレー」はそれほど難しいことではないのだろう。ただ、それを何に応用しようと考えていたのか?文系のワタナベとしては、今後あらためてコバヤシの「空飛ぶカレー」の研究とその学会発表を注視するばかりである。
まあ、鳴り物入りで大宣伝した割に、チケットすら売れない大阪万博の「空飛ぶクルマ」より
40年遡っても、少なくとも1億倍はマシ、というか凌駕していたということは言っておこう。
吉村、今から「空飛ぶカレー」のアイディアを売ってやってもいいぞ。
ともあれ、屋台で何を売るか。
アイディアは浮かんでは消える。
「流しソーメン」→「流し寿司」→「回転寿司」→「回転カレー」
しかし、どうにもありきたりである。
どうにか、この発想の貧困さから抜け出せないものか?
回転ものは、モーターや燃料において、ビンボー学生には実現が困難。
やはり「流し」にかけるしかない。
流す食材について、一人民主主義の多数決で決めるほかにない。
納豆(流れない)、もづく(粘る)、フグ(命懸け)、トリカブト(何のため流すのか意味が分からない)、梅毒スピロヘータ(同左)、腸チフス菌(同左)などなど。
しかし天祐一閃。
「流しカレー」である。
地球上においては、万物は地球の圧倒的な質量ゆえ、地球に引かれる。つまり上から下へと向かうのである。
ニュートンはリンゴは落ちる、と言ったが、ただ「リンゴが落ちる」と言ったに過ぎない。ワタナベの発見は、凡そ質量のあるもの、特に「カレーは地球の引力ゆえに上から下へ流れる」ということである。インド人もビックリである。(このワタナベのインディアに対するステレオタイプは何とかならないものか?)
何も上から下へ向かうのは「リンゴ」だけではないのである。
つまり「カレーは地球の引力ゆえに上から下へ流れる」←しつこい。
とりあえず、左手にライス、右手に流れてくるカレーをお玉ですくう。
もしくは一番下で待ち構えるシステム。
これならば貧乏学生のワタナベにも東急ハンズでのアマドイ購入一発で実現できる。
アマドイに流す量、アマドイの角度は、地球の緯度経度レベルの計算と相まってその微妙にして精緻な調整が大学祭当日未明まで行われた。さらにどれだけのカレーが損益分岐点になるのか、全て計算づくの「流しカレー」。
無敵である。
大学祭初日
「じゃあ流しまーす」と、やおらワタナベが少し緩いカレーを流すと
左手にごはん、右手におたまでカレーをすくおうとする奇特な人々が殺到した。
さらに流しの上流はまだしも、下流での人々は誰の唾液か分からないものを粛々と食する。
大学祭初日から「食べたいけど不潔」もとい、「行列が2時間待ちで食べられない逸品」と噂され、さらにはトッピングのラッキョウと福神漬けの無料サービスは食中毒の原因、保健所の監修の元、途中でストップしなければならないほどの盛況ぶりを見せた。
それは大学内の新聞だけでなく、2日目からは全国紙が駆け付けたほどである。
このように衛生面に最大の注意を払ったワタナベの精神が、その年の大学祭の成功を招いたと言っても過言ではない。
食中毒については、保健所に
「ホソカワ(参照 https://ncode.syosetu.com/n2262jz/1)のせいだと思います」。
その一言で済んだのであった。
かくして全国紙が狙っていた「大学祭で食中毒多数!」の見出しは、ホソカワのおかげで
葬り去られたのである。