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2 統一教会入信へ

 ワタナベ18才、大学キャンパスにも、当時は改名前の統一教会、勝共連合の若年組織=原理研究会(以下原理研)の勧誘者がウロウロしていた。


 自分のような田舎者ほど、こういう勧誘に弱い。先日は渋谷でレーザーディスクの販売について行きトラブルになり、英会話教室の勧誘にもついて行き、個室でしつこい入会強制を受けたばかりではないか。それなのに今度は原理研の勧誘について行ったのである。


 大抵の場合「勧誘する女性が可愛い」という理由で鼻の下を2メートルほど伸ばし、目尻を3キロメートルほど下げ、よだれを身長以上に垂らしながら、向こうの術中に見事にはまってしまうのである。こちらから勧誘されに行ったも同然である。懲りない。今回も。


 キャンパスのすぐそばにある「ビデオセンター」に来ませんか?真実を知るためのビデオです。

 ワタナベは二つ返事である。「はい、真実を知るために、そして可愛いあなたのために行きます」


 そして「ビデオセンター」とやらに行きつく。しかし、苦学生だった自分は「まずは何か食いたい」と要求する。ワタナベ、田舎者ではあるが、そんじょそこらの田舎者ではない。赤貧なのであり、合同結婚式で裕福な人と結ばれればどうでも良いのである。そのためには、まずは現状、ビデオを見る前に腹ごしらえをしなければならない。


 実はワタナベの私兵が「ビデオセンターに行くとカレーが食えるらしい」との報告をあげていた。可愛い勧誘者と腹を満たすカレー、酒池肉林ではないか。そうして、このところひもじかった自分は2杯カレーを平らげ、さらにお代わりを要求。そして食後にタバコを一服しようとしたら、灰皿が無い。「灰皿ください」とお願いすると「ここは禁煙なんです」との答え。


 ちょっと待ってくれ、自分は原理研に入るために、そしてその真実を知るために「真実の教義」をビデオで見るために、ここまで足を運んだ。その俺に灰皿ごとき理由で帰れと言うのか?


 「分かりました分かりました」と慌てた青年が、コップの内側にアルミホイルを張り、それを自分に提供した。

 「これで灰皿の代わりになれば」と。


 ん、よきにはからえ、しかし、客人を招くにあたって、カレーと灰皿はセットではないのか?と言ったような気もする。いずれにしてもこの後「真実のビデオ」を見る必要がある。しかし、そうした難しい教義を教えてもらう前に、心のリラックスが必要なのは古今東西当然のことである。


 「ん、その前に、どうせビデオ機器があるのならば『ローマの休日』を見たいのだが」あのオードリーヘップバーンが出演しており、それだけでストーリーなどどうでも良かった。ワタナベは興味がありながら、この映画を見そびれていたのだ。周囲のメンバーが不服そうな顔をするので「じゃあ、帰る」と告げると、すがるように一人の青年が言う。近くにレンタルビデオ屋さんがあるので借りてきます。大変、真面目で良い青年である。ほめてつかわす、と言ったような気もする。


 ローマの休日に夢中な田舎者が次に要求したのは、映画「愛と青春の旅立ち」である。これも聞き入れられた。


 その日は、自分は一旦寮に帰った。なにせ、2本も映画を見せられ疲れていた。そして教義を流布することなく、時間が無くなったのは、どう考えてもビデオを2本も見せた原理研側の責任なのである。どうせなら「真実の声=教義ビデオ」を見せれば良いのに。しかし対応した誠実な青年に免じて、その場は許した。


 「教義ビデオを見たかった」という自分と、「教義ビデオを見せたかった」原理研の人々とは思いは一緒なのである。ビデオセンターの去り際に「君たちは俺のためによくやってくれている」その言葉に安堵したのか、横一列の原理研の方々は、感涙にひたすらむせびながら、文鮮明ではなく俺を教祖と崇めるのであった。


 しかし、そこにタダ飯があれば、そちらに足が向くのは世の常である。2日に1回はビデオセンターに通い、カレー三昧、ビデオ三昧、タバコ三昧に溺れ、2週間ほど経った頃、「麻雀卓を用意してほしい」というワタナベに、「ワタナベさん、そろそろ教義ビデオを…」と差し向けられる。


 しかし自分がこのビデオセンターに通うようになった理由はと言えば、あの勧誘の女性のおかげである。あの方にもう一度お礼と、その後の合同結婚式を前提としたお付き合いをお願いしたい。聞けば、彼女は慶応大生だという。自分は代々ゾロアスター教であるが、愛があれば宗派の違いなんてどうでもいい。

 その意見に原理研一同深く頷いた。ような気もする。


 そして今から2週間後に2泊3日の原理研勉強会合宿がある、というではないか。その場では答えを一旦保留しながら「自分は文鮮明の代わりに教祖となってもいい」という旨を伝えた。


 翌日、「2泊3日の勉強会合宿に行きたい(=ひもじいので何か食わせろ)」という旨を知らせるために、ビデオセンターに行くと、なぜだか人々は俺と目を合わせるのを避けているようだ。何かあったのだろうか?

 灰皿を作ってくれたあの青年がもじもじしながら言う。

「ワタナベさん、申し訳ないのですが、今後はこちらに来るのを遠慮してもらえませんか」

えっ!俺のカレーがっ!もとい、俺の信仰心、原理研愛をどうしてくれるのだ!?(←まだ教義ビデオも見ていないが、カレーは死ぬほど食べた)


 青年曰く「ワタナベさんの『教祖になる』発言が問題視されまして・・・」これは全くの言いがかりである。あの時「文鮮明に代わり、自分が教祖に『なる』」ではなく『なってやってもいい』と言ったのである。そしてそれを君たちは聞き、ワタナベを崇めたではないか(ように見えたではないか)


 彼らは、日々ワタナベに提供するカレーが面倒になってきたに違いない。カレーで信者が増えるならばそれで良いではないか?統一教会の弱点は、そうしたケチ臭い金銭感覚、カレー代のために一人の信者を葬り去る姿勢にこそある。


 統一教会の見解に拠れば、日本は韓国の集金マシンだという。その一方で、恐ろしい守銭奴。それはカレー代ごときを渋った自分の一例を見るだけで明らかである。数百万と言われる印鑑や壺を売りつけながら、たかだかカレー代を惜しんで、ワタナベの入信を拒否し、反社会勢力となってしまった。この程度の連中が「反社」(=暴力団・半グレ)と同じカテゴリーになってしまっては、暴力団も半グレも、そして他宗教すらいい迷惑であろう。


 そして最大の被害者はワタナベである。せっかくの2泊3日の勉強会合宿に自分を参加させず、あの慶応大学の女性との確固たる合同結婚式を、統一教会自身に封じられたのである。


 確かに「文鮮明の代わりに自分が教祖に『なってやってもいい』」とは、毎日カレーの施しを受けている身で、大層なことを言ってしまったかもしれない。しかし、カレーと可愛い慶応大生との合同結婚式のため、自分はどうしても統一教会に入る必要があるのだ。そのために面倒くさそうな2泊3日の勉強会合宿にすら参加してやると言っているのである。(あの慶応大生も参加することが条件)それはそれは自分の信仰心の篤さを強く涙ながらに訴えた。


 しかし本部(どこ?)からの指示だという。そのワタナベなる者の申し出は断れ、と。


 これは宗教弾圧ではないか?

 入信したいという者を排除するとはどういうことか?

 信教の自由の侵害ではないのか?


 最後に青年が言う。「ワタナベさんの熱意は分かるのですが、あなたを受け入れると、教義に反して『自堕落』を認めることになりそうで」かくして、ワタナベは統一教会=勝共連合=原理研、出入り禁止どころか、入信禁止となってしまった。


 あれほど活発に勧誘活動をしておきながら、いざ、入りたいと言うと、断るのである。これほど信心深いというのに。。。


 ワタナベは統一教会から「自堕落」の烙印を押されてしまった。


 まだ「サタン」の方がマシだった気がするのである。


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